第14話 死神の天秤

 翌日の昼頃、鍵子は弦之介の病室に居た。ベットの横に用意した椅子に座り、ただ弦之介を眺めていた。

 良く晴れた日だった。白い薄手のカーテンを貫いた陽射しが、弦之介の顔を照らしている。

 ふと、誰かが泣きながら話す声が聞こえた。それはテレビから発せられているものだった。

 鍵子は顔を上げ、病室に備えられたテレビを見る。

 『私は……正直な話、まさか娘がケーメン病にかかるとは……思ってもいませんでした……』

 そこには、頭に包帯を巻いた厚生労働省の大臣が、泣きじゃくりながらニュースキャスターのマイクに話をしている映像が流れていた。

 『大臣は難病に対しての支援を見直すと共に――』

 映像が離れていき、スタジオのニュースキャスターが締めくくると、CMが流れ始めた。

 「ほら」

 ぱさりと、鍵子の横のベットテーブルに花束が置かれた。

 「……籠目さん」

 「俺はこいつのことなんにも知らないけど、手ぶらってのも、あれだろ」

 「……ありがとうございます」

 鍵子は再び、弦之介の方へと視線を移す。

 「……芝鮫の計画通りになりましたね」

 「難病の娘を抱える父ならば――。という芝鮫の信頼を、大臣は裏切らなかったわけだ」

 そう言うと籠目は茶色の書類封筒を鍵子に渡した。

 「検死の結果だ。芝鮫の体内からは毒が見つかった。テトロドトキシン、フグ毒だ」

 「初めから死ぬつもりだった……」

 「そういうことだろうな」

 「……少し不思議だったんです。大臣の娘を人質に取れば、簡単に逃げられたはず。なのに、なんでそれをしなかったんだろうって。……死ぬつもりだったなんて」

 「ヤツは、優しかった・・・・のさ。弱いとも言えるが。大勢の他人の不幸を踏みつけて生きていけるほど冷酷にはなれなかった。血も涙もちゃんとあったのさ」

 「当たり前ですよ。だって、医者・・なんですから」

 「……ごもっともだな」

 沈黙がしばらく続くと、籠目は頭を右指で弾く。人間で言うところの、頭を掻いているわけだ。

 「あー、俺は先に戻ってる。またな」

 「はい、ありがとうございます」

 籠目は振り返らずに手だけ振った。


 


 籠目が部屋を出てからしばらく。

 鍵子が感慨にふけっていると、後ろから声をかけれた。

 「斑目鍵子さん、ですよね?」

 振り返るとそこには、白いニット帽を被った小柄な人物が立っていた。

 藍色のダッフルコートに長ズボンという服装はパッと見男性のようだが、それにしては声が高かった。

 「……どちら様で」

 「初めまして、私の名前は田中真由たなかまゆ。職業は探偵です」

 そう言うと真由は名刺を渡す。

 「はぁ……浮気調査なら、間に合ってますが」

 「まさか、営業に来たわけじゃないですよ。私はあなたと、取り引きに来たんです」

 「取り引き?」

 「えぇ。正確に言うならば取り引きというよりは、協力関係のお誘い、ですかね」

 協力関係。鍵子はその言葉に身構える。

 多分、コイツは知っている・・・・・

 「私は、あなた欲しいものを探しているんです。あなたにはその協力者になってもらいたい」

 「……勿体ぶらずに言いなさい」

 真由はニッと笑うと、こう言った。

 「あらゆる病を治療する能力者・・・・・・・・・・・・・



 超査係の部屋に戻って来た籠目は、自分の椅子に座ると、考え事を始めた。籠目には、引っかかっていたことがあったからだ。

 ――ヤツは、尋問や拷問と言った。

 尋問は分かる。だが、拷問。

 警察の尋問、いわゆる取り調べは度々問題にはなっている。自白の強制ってやつだ。

 しかし、いくら警察でも拷問はしない。

 ――やはり。

 "俺たち側のバック”。意地でもヤツから協力者の詳細を、聞き出したかった奴らが居る。

 それこそ拷問・・してでも。

 重圧に押しつぶされたから死んだ。きっと、それも間違いじゃない。

 逃げれたのに逃げなかったのは、多くから当たり前を奪っておきながら、自分は当たり前を謳歌する事を自分自信が許せなかったから。

 だが。

 ――娘との再会。

 ヤツには死ぬ理由と同じくらい、生きる理由があった。

 それでも死を選んだのは。

 ――取り引き。

 ヤツが逃げるには、逃げた後、生き延びるためには、協力者明日得の力が必要不可欠だ。

 だが当然、そこには対価・・が必要となる。

 それはきっと、ヤツが今回の計画を実施するために用意したホワイトスノーのと、いや、用いた・・・のと同じ。

 ――病を生み出す能力。

 ヤツだけが持つ、使い方を熟知する、凶悪な能力。そのオリジナリティーが、ヤツ自身の保身にもなる。

 その時、籠目は思い出した。

 『私はもう能力を失ってしまって』

 ――なる、ほど。

 ヤツは、手放した、いや、差し出した・・・・・んだ。オリジナリティーを。

 最後の取引材料として。

 それは、これ以上、自分の手で誰かを不幸にすることは出来なかったから。

 自分が生きるために、他者を殺すことができなかったから。

 秘密を抱えたまま生きていくには犠牲が必要だった。だがヤツは、それを許諾できなかった。

 だから、『耐えられる自信もない』と言った。それは死んでも守らねばいけない秘密だから。

 ――芝鮫、お前は一体、何を知ってたんだ?

 


 男が1人、スマホで電話をしていた。

 その外見は緑のモッズコートにサングラスをかけた、金髪だった。

 「えぇ、はい。芝鮫は自殺しました。僕が手を下すまでも無かったです」

 彼のいる場所は、誰もいない寂れた公園の滑り台の上だった。

 「……情け?まさか。次そんなことを言ったら、あなたの額に第三の目が開きますよ。えぇ、はい。いつでも、なんなりと」

 彼は口角を釣り上げる。

 「――この死神・・に、お任せを」

 彼は電話を切ると、スマホをポケットにしまった。

 

 

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