僕とカナブンの三十五分戦争
和菓子辞典
和菓子辞典と図々しいカナブン
ありがたい生協弁当をちまちま、一時間かけて米だけ貪っていた。夏休みはかさみがちなところ、おかげさまで倹約できている。被扶養者の身分、あまり贅沢すまい、しかし不摂生もすまい、と思っているのでまことにありがたい。
そこで側近くから「ばばば」、と。
いつかの事件があったので、僕は一息ついてから取りかかった。相当近かった。弁当の下を見、脱ぎ散らかしたものを裏返す、その手仕草は多分まだ落ち着きがあった。なんならどこにも見つからず、空耳だったように思ってもう安心し切ったところ、「ばばば」。
流石に位置を確信した。僕が弓を引いていたころ愛用していた、矢筒(矢入れ)の影の下だった。カナブンだった。
やはりもはや慣れていて、というのもつい一昨日、同じようなのがやってきていた。やつは窓サッシに入り込んで、じぃとしていたところ、カップ麺のために沸かしていた湯で熱殺した。僕はもうこの寮の虫の湧き具合に慣れていた。同じように湯を沸かしに行く。
湯沸かしボタンON「べべべべべ」僕は僕は低音声で情けなく「うおぁあ!」とおののいた。
こちらに飛んできた。僕は大ゴミ袋を避けて、ぴょんぴょん、カナブンとすれすれすれ違いつつ逃げた。
ここから長丁場になる。
やつは蛍光灯に突進を繰り返す。僕は、「どうしてそんな痛いことするの……」とすすり泣くくらいの弱気で吐いていた。灯りをつけたり、消したり、灯りの上に登ったので棒で近くを突いてみたり。
しかしやつが本当に図々しく、みじんも動かない。小虫程度ならこれでひょんひょん飛ぶはずだが、なんとも剛気な虫だ。どこか水平面に降りてくれないと、熱殺出来ない。
動きがあって、こちらに飛んできた。今度の僕は無言だった。無言で、足に布団をとられながらドチャンドチャン後ずさった。
ここでまた、図々しい。やつめ今度はエアコンの真横に付けおって、もちろん触れないからどうしたものか、そうだ、と僕はペットボトルのキャップを投げつけてみることにした。けれど、どれだけ近くにあたっても、直撃じゃないから大丈夫、おれは平気さ、びくともしない。
さてここから示唆的なことが起こる。僕は「長物が必要だな」と思った。
長物といえば、僕は弓を引いていたわけで、振り返った。例の矢筒に、僕と苦楽を共にした矢が十数本詰まっている。3秒迷う。僕は手に取った。
突いた、「べべるるっ」。やつは落ちた。熱湯を取る。そのときやつの真横に、僕の愛するゲームカード数百枚の入った段ボール箱が転がっている。
間違いなく、巻き込む。
僕は2秒迷って、やった。
今回一日空いたので、随分冷静に書くこととなった。
虫との死闘はまたも僕に教訓をよこした。行動・精神性に関わらず優しくなりきれない宿敵はいること、そういった我を通すには代価を要すること。幸いダンボールはよくできていて、カードは無事だったが矢は可哀想だ。弓道では砂に突き刺さるからその中の虫をついたりすることもあろうけれど、これは、感覚的に、いやだ。
僕はなんだか敬虔な気分になって、やつをつぶさずに捨て、合掌をやった。
僕とカナブンの三十五分戦争 和菓子辞典 @WagashiJiten
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