サミット編
第7話 奇妙な共同生活
「俺だ。もうすぐ、指定のポイントにつく。準備は良いか?」
目の前を走る
『はい! 任せてください!』
と、俺のパートナーである三島ミクから、完全に力が入りすぎている声が返ってくるがーー。
任せてください! って、あいつ。
「お前、力入れすぎるなーー」
「とぉー!!」
などと、角を曲がりつつ俺が伝えると同時に、某戦隊ものよろしく、ミクの声が聞こえてくるーー派手に何かをぶちまける音と共に、であるが。
……普通に姿を現すだけでいいって、言ったんだけどな。
「はぁ。だから、力入れすぎるなって、言ったんだよ」
と、頭からゴミ箱を被っているミクへと、俺は、呆れつつそう伝えるのだった……。
「とりあえず、この発信器をつけておく。理由は、今言ってくれたことだと俺達は信じるからなーーだから、もう誰も傷つけるようなことは、しないでくれ」
と、伝えた俺は、ポッケから取り出した小型の発信器を、いまだに困惑顔をしている人造人間へと渡す。
どんなに頑張っても、料理の味に難癖をつけられ、ついに耐えられなくなってしまい、つい店主を殴りつけて逃げ出してしまった……か。
暴走理由としては、納得できることではある。
もちろん、暴力は認められないがーーそれが、こいつの精一杯の抵抗だったと考えれば、死人が出てないだけマシか。
「あっ、あの」
「大丈夫ですか? もし、頭とか打っていたら病院ーーは違うか。えーと。人造人間の人は、どうすればいいんでしょうか?」
コック姿の人造人間の境遇に、俺が同情をしていると、困ったように顔を向けてくるミク。
ふむ。
「そうだな……やっぱり、機械工場に行くのが一番いいんじゃねぇか?」
「機械工場って、どこにあるんですか?」
「あぁ? それはーーそこら辺だよ」
「あー。今の顔、絶対に知らない顔ですよね?」
あぁ? このくそガキ。
「なら、お前が調べろよ。こっちとら、どっかの足手まといに時間を割いているせいで、寝る時間すら削ってるんだぞコラ」
「うっ! そっ、それは卑怯というものですよ!」
何が卑怯だよ。
事実だろうが!
などと、ミクと言い合いをしていると、キョロキョロと、俺とミクを交互に見ていた人造人間が、突然声をかけてくる。
「ど、どうして……私を、見逃してくれるんですか? あなた達は、永世光和組の人達ですよね?」
ーーまた、それか。
と、俺が何度目になるのかわからない説明を、またしなくてはならないのかと思い、自然と額に手を置くと、隣にいたミクが、慣れたように自身の手を差し出す。
「見逃すんじゃありませんよ。また、どこかで会いましょうということです。だって、私達同じじゃないですか」
「おっ、同じ?」
「はい! 感情というものをもった、同じ種族ですよ。だから、また会いましょう。タイプ356番さん」
と、微笑みつつそう告げたミクの手を、涙を流しつつ握るタイプ356であった。
世間がざわつく五月一日……。
ゴールデンウィーク《GW》とは、誰が名付けたのかーー世間の人々は、珍しい長期休暇に色めき立ち、町には、いつもよりも多くの人々が行き来している姿が目にうつる季節だ。
そして、そんな季節には、何が起こるのかというとーー簡単なこと。羽目を外し過ぎた人間が多く出くる分、暴走する人造人間も多くなるという悪循環である。
原因の解明がいまだにできていないが、事件発生を統計的に見てみると、人々がはしゃぐ季節には、極めて暴走件数が多くなるという結果がでている。
なので、そんな熱気にうかれている世間の人達とは違い、俺達永世光和組は、この季節は、あっちやこっちへと、休む暇がほとんどない。
その忙しさには、慣れている俺ですら、ため息がもれるほどである。
なので、先月入隊したばかりであり、隣を歩いているこの紅髪ツインテールのパートナーが、グダグダした足取りになるのも、仕方がないことではあると思うーーのだが。
「うぇ~。もう、歩けませーん」
「今日だけで、三件だからな。気持ちはわからなくねぇが、せめてフラフラして俺に当たるのだけは、我慢できねぇのか? その頭叩くぞ?」
もう少し、シャキッと歩けないものかね。
あとちょっとで、寮の部屋につくってのによ。
とまぁ、頑張っているから、そこまで口うるさくは言わないがーー当たるのだけは、本当に勘弁してほしい。
俺だって、慣れているとはいえ、いつもより疲れている。
心の余裕がないんだよ。
「いいじゃないですか~。先輩が『感情をもっと燃やせ!』なんて、熱血なことばかり最近言うせいで、私なんて、心身共に疲れているんですよ!」
などと、誰のモノマネなのか、しゃくれ顔のまま両手を前へと突きだしたミクは、まるで催眠術師が、催眠をかけるように、ふるふるとその手を震わせる。
似てもいなければ、バカにすらしているだろ……こいつ。
なので、その小さな頭に拳骨を叩き込んだ俺は、痛がって頭を擦するミクを見つつ、あのアダムとの戦闘の瞬間を思い出す。
莫大な感情の発露と共に、身体中から吹き出した炎……。
あれを、こいつはいつでも出せるのかどうなのかーーそれを調べるために、ここのところ毎日仕事前に一度試してもらっているのだが、あれから一度として出したことがない。
結局は、一時的なことだったのかもしれないが……もし、あれがまた起きる可能性があるのであるならば、早めに対策を練ったほうがいいだろう。
なんせ、本人ですら記憶が飛ぶほどの力なのだ。
また、あんな恥ずかしい方法で止めなければならなくなる前に、解決方法を見つけねぇとな……。
だが、まぁそれでも、刀に纏わせるという規模で見れば、通常の人間なら、確実に動けなくなるくらいの放出時間を、このガキは、記録している。
具体的には、10分でもしんどいところを、一時間以上真顔で放出していたからな……。
もしかしたら、そこにあの謎を解く鍵があるのかもしれないがーー。
「それ以外は、基本的にくそガキだしな。お前」
と、俺がじーっと見ていたことに首を傾げていたミクへと、そう言って歩き出すと、何やら頬を膨らませつつ、ブンブン両手を振り下ろしてくるミク。
「くっ、くそガキ!? また、くそガキって言いましたか!?」
「作戦立てれば、気合いが空回りするし、見廻りしていれば、婆さんの荷物持ちはするし……一度は、お前に誓った身だ。善行をするなとは、俺も言わねぇよ。だが、もう少し『餅は餅屋』って言葉を学べこのバカ。それで、無駄な体力消耗していれば、世話ねぇだろ」
本当、こいつのお人好しには、頭を抱えるぜ。
俺らの本質は、あくまで人造人間だ。街中を見廻りするのだって、そういう事件が起きた場合、いち早く人々を助けるためにしていること。
なのに、道行く人の困り事をいちいち解決していたら、それは、もはや警察官を飛び越えてボランティア活動と言ってもおかしくない。
そんなことを続けていたら、そっちを本業にしている人の仕事がなくなってしまう。
という意味合いを込めて言ってやると、お得意の小さな握りこぶしをつくり、プルプル震えるミク。
そう、最近気づいたよ。こいつは、気合いを入れる時でも、怒る時でも、よく握りこぶしをつくりやがる。
「だって、見過ごすなんてできませんよ!」
「大概にしておけっての。第一、お前他人の心配してる場合か?」
この後、鬼が待っている部屋に戻るんだぞ?
と流し目をしつつわからせてやると、ビクリと肩を震わせるミク。
そう。あの恐怖の出ていけ発言からすでに数日たっているが、いまだに沖田アヤメーー俺の幼馴染みであり隊長だーーからは、何かにつけて、ミクだけが毒をはかれまくっている。
さすがに刀沙汰になりそうな場合は、俺も止めに入るのだがーー。
なんでか、俺がミクの肩をもつと、なおさら不機嫌になって、攻撃の苛烈さが増すという訳のわからない条件がアヤメには、あるからな。
そのせいで、下手に手助けができないので、現状は、ミクに耐えてもらっている。
俺に現実を突きつけられた為か、気落ちしてしまったらしく、上がっていた肩を下げつつとぼとぼついてくるミク。
そんなミクと共に、自分の部屋へとたどり着いた俺は、いつものように鍵を開けてるとーー。
「帰ったーーぞっ!?」
と、帰宅を告げると同時に、自身の鼻を反射的につまんでしまう。
なっ、なんだこの!?
「うっ!? なっ、なにぇすか! この臭い!」
ーー俺の言いたいことを、口にしてくれてありがとう、ミク。
そう。開けたと同時に俺らを襲ってきたのは、甘ったるいような生臭いようなーーそんな、口にすることが難しい臭いであった。
なので、瞬間的に俺は、鼻を抑えてしまったのだ。
ちなみに、ミクも同様に鼻を抑えていたため、あんな変な言葉を発している。
「せっ、先輩。これってーー」
「いいかミク。下手な言動をするなよ。あいつは、すぐに抜刀してくるからな……」
現状、この部屋には、俺とミクーーそして、アヤメしか住んでいない。
つまり、ここに俺らがいるということは、残りの約一名が、今の異臭を作り出している犯人ということになる。
その事実を、ミクと共に無言で頷きあって確認した俺は、しぶしぶ鼻から手を離し、リビングへとゆっくりと向かう。
がーーし、しかし、これは、キツイぞおい!
今にも鼻を摘まみたい衝動にかられるが、そんな姿をあいつに見られでもしてみろ『あら? 何よその手は? 鼻がいらないって訴えているのかしら?』などと言い出して、刀を抜きかねない。
つまり、どれほどの異臭であろうと、耐えなくてはならないのだ。
そうして、自分自身を鼓舞しつつ何とかリビングへと続く扉を開けるとーー。
「あら、お帰りなさいユウ。見廻りご苦労様」
と、お玉を片手にリビングにいたアヤメが、ニッコリと微笑んでくる。
戦闘時以外は、いつも結ばずに腰まで流している白髪を、今日は、シュシュでポニーテールに纏めていたアヤメは、これまた意外なことにーー全体がピンク色で、大きなハートが眼をひくエプロン姿という、まるで女子のような出立ちをして立っていた。
……誰だこいつ? 俺の知っているアヤメじゃないぞ?
「何を鳩が豆鉄砲を食ったかのような顔をしているのよユウ。そこに突っ立っていると、小娘が入ってこられないわよ? まぁ、私はそれでも全然いいけれどね」
「よくありません!」
「あっ、あぁ。悪かったなミクーーて、お前、そこで何してんだよ」
あぶねぇ! あぶねぇ!
帰宅したら美少女がキッチンに立っているというだけでも、驚き案件であるのに、それが、普段色気のない奴が、あんないかにも女の子ぽいエプロンを着ていたせいで、余計に視覚情報が処理できなかった。
……いや、この前のように、ドレス姿とかになる時があるから、決して色気がないわけではないのだがーー。
とにかく、俺の背中を押してくれたミクには、感謝だな。
「何って、見てわからないのかしら? 料理しているのよ」
「いや、料理はわかるけどよーーなんで、お前がしてんだよ。どちらかといえば、俺達がする方だろ?」
仮にも、部下なわけだし。
「バカなのユウ? あなた達と違って、私は、休日。つまりは、共同生活をする上では、休みの人が料理を作るのは、当然のことでしょう?」
などと、ムスッとした顔で俺へと言ってきたアヤメは、すぐにその顔を笑顔へと変えると、お玉を片手に俺の目の前へと近づいてくる。
なっ、なんだ? その笑顔は?
「それにしても、ちょうどいいタイミングで帰ってきたわね。実は、言ってみたかった言葉があるのよ」
「はっ、はい? 何をだよ?」
「ふふっ。お帰りなさいユウ。ご飯にする? 夕食にする? それとも、ゆ・う・げ?」
と言うや、お玉を口元へと運んで、可愛らしく首を傾げて聞いてくるアヤメ。
……いや、可愛いよ。その姿は、とても可愛いし、こちらとしても、夢に見た新婚生活で言われて嬉しい言葉の一つでは、あるんだがーー。
なに、その選択肢が三つあるくせに、答えが食事一択しかない言葉。
どうやっても、お前の後ろから発生している異臭の物を食べないといけないわけ?
「えっ……と、そうだな。とりあえず、風呂に」
「夕食ね。まぁ、ユウも男の子なんだし、お腹も減るでしょう。任せなさい」
と、俺が風呂だと言っているのに、それを華麗にスルーしたアヤメは、さっきの笑顔など秒で消し去ると、鍋の元へと向かうだす。
「任せなさいってーーお前、いったい何を作っているんだよ」
「あら。そんなに、知りたいの? それなら、どうぞ?」
クスリと、意地悪そうに笑ったアヤメが、そう言うと、流れる動作で鍋を見るように手で指し示してくる。
その顔に、少しイラッときたもののーー興味がないかと問われると、嘘になるため、おそるおそるその中身を見てみるとーー。
「……カレーか?」
なっ、なんだこれ?
いや、茶色のスープに沢山の具材が煮込まれているから、カレーだとは、思うのだが……絶対に疑問系が出てしまうぞ。
なぜかというと、その……スープから顔を出しているのだ。
……サンマの頭が。
「カレーに決まっているでしょ? 見てわからないなんて、いったい今までどんなカレーを食べてきたのよ。ユウ」
「カレーですか? 私もカレー好きでーーす?」
ほれみろ。俺に続いて覗き込んだミクも、首を傾げているじゃねぇか。
「普通のカレーを食べたことがあるから、きいたんだろうが。俺がききてぇのは、この魚が原因だよ。身だけならわからなくもねぇ……そういうカレーもあるかもしれねぇからな。だがなーーなんで一本丸々入ってんだよこいつ! 鍋に収まりきらないで、頭と尻尾がスープから飛び出てんだろうが!」
どう考えても、そこは、普通じゃねぇだろ!
と、普通じゃない箇所を俺が指摘すると、何故かやれやれといった顔をするアヤメ。
「バカねユウ。魚の骨には、人体の骨を強くする成分が含まれているのよ。捨てるだなんて、もったいないと思わないのかしら?」
「骨まで食うなら、半分に切って入れるとかあるだろうが。しかも、なんだこの野菜! 全部ぶつ切りな上に、俺の目が悪くなければ、皮がついてねぇか!?」
「これだからキッチンに立たない男は、困るのよ。いいかしら? ニンジンもジャガイモも玉ねぎもーー全ての野菜には、食べられないところなんて、存在しないのよ。食材への敬意が足りないわ。ユウ」
「お前もキッチンには、数えるくらいしか立ったことねぇだろうが! 何を偉そうに上から目線で説教してんだテメェ!」
「グチグチうるさいわね。先から、文句ばかりじゃない。ここは、作ってくれたお礼を言うのが先でしょ?」
「まっ、まあまあ! 二人とも、落ち着いてください」
と、俺とアヤメの言い合いに堪らず割って入ったミクは、身近にあるスプーンを手にとる。
「みっ、見た目は、独特ですけどーー味は、美味しいかもしれませんよ? ほら! きちんとカレーの味……が」
などと、元気よくカレーを口にしたミクが、どんどん顔を青くしていくと、何故か自分の喉を抑え出す。
「かっ、痒い!? 甘~い!!」
えっ?
「あっ、甘い?」
ダッ! と、いつもなら考えられないほどの速さで洗面所へと向かったミクは、音だけだがーーものすごいうがいをしている気がする。
こっ、こいつ……いったい、何を入れたんだ?
「大袈裟ねあの子。ほら、ユウも食べてみなさい」
「いや、その前に甘いってミクが言っていたがーーいったい、何を入れた?」
「なにって……カレーといえば、ハチミツでしょ?」
ハチミツ?
……なるほど。たしかに、合いそうではあるが、それならどうしてあそこまでーー。
と、俺が思考をめぐらせつつ、近場に置いてあるゴミ箱へと視線を向けてみると、そこには、中身がなくなった1L入りのハチミツ容器が、悲しそうに捨て去られていた。
まっ、まさか!?
「おっ、お前、まさか! 一本丸々入れたんじゃねぇだろうな!」
「入れたわよ。ちょうどいい甘さだと思うけど?」
あっ、アホかこいつ!
三人分のカレーに、1Lのハチミツを、一本丸々入れる奴がいるか!?
「げほ! おほ! あっ、あの、沖田隊長? 味見ってしていますか?」
アヤメのあまりの爆弾発言に俺が絶句していると、なにやら、咳き込みつつ戻ってきたミクが、おずおずといった様子でそう質問する。
がーー。
「ふっ。これだから、三流はダメなのよ。いいかしら泥棒猫? 一流の主婦は、味見なんてしないのよ」
と、何故か自信満々な顔で、鼻で笑うアヤメ。
どこが一流だ!
「バカ野郎が! お前が、味見してないからこういうことになってんだろう! なにを、自信満々に格下発言してんだよテメェ!」
「なにを、先からそんなに怒っているのよユウ。そこの小娘の味覚が、絶望的におかしいだけでしょう。食べてみればわかるわ」
はぁ!?
あんな、フラフラした足どりしているミクを見ておきながら、俺に食わせる気かよこいつ!
あっ、あり得ねぇ……。
絶対に食わないからな!
「いっ、いけねぇ。そういえば、今日は、部下から夕食を誘われていたんだった。急がねぇと」
と、まさかの味見発言が俺に向いたため、そんな突拍子もない嘘を小言で呟いた俺は、急いで玄関へと足を向ける。
が、その俺の顔の数センチ横を、なにかがものすごい速さで通りすぎると、それは、深々と玄関扉へと突き刺さる。
「隊長命令よ。そんな約束、すぐに断りなさい」
「しっ、知っていたか隊長さん。刀は、投擲に使う物じゃないんだぜ?」
突き刺さった余韻でか、ビィ~ンと震える刀と同じく、後ろから迫る圧に、俺の腕も震えだすが、そんなことお構い無しとばかりに、アヤメの手が、俺の肩へと触れる。
「ユウ? 席に戻りなさい」
「はっ、はははっ」
もう……壊れた笑いしかでないんだけど。
ニコニコ顔のアヤメによって、強制的に座らされた俺は、もはや、覚悟を決めて、机へと置かれたスプーンを握りしめる。
最悪だ……疲れている時に限って、こんな仕打ちなど!
「あっ、あっ! そっ、そういえば、私も友達から食事に誘われていました!」
「聞こえなかったのかしら小娘? 隊長命令って言ったでしょ? 黙って席につきなさい」
俺の顔色を見てなのか、はたまた、自分だけでも助かりたかったのかーー。
今度は、慌てた顔でそんなわかりやすい嘘をついたミクが、バタバタと玄関へと急いで向かうが、ちょうど刀を回収し終えたらしいアヤメによって、アイアンクローーー片手の中指と親指でコメカミを圧迫する技だーーをされつつ、連れ戻されるミク。
「いっ、いだだ!! すいません! ごめんなさい!!」
「さぁ、二人とも。冷めない内に食べるわよ?」
と、俺とは違い、乱暴にミクを地面へと下ろしたアヤメは、ニッコリと笑いつつカレーを人数分よそってくるのだった……。
正直、人造人間との対決より、酷く消耗した気がする。
あまりの甘さに喉は痒くなるし、魚の骨はチクチクするし、野菜は固いしで、とてつもなく疲れた。
まぁ。結論からして、とても美味しいとは言えなかったのだがーー野菜の固さには、さすがに作った本人も不安に思ったらしく、チラチラと俺の顔色を伺ってきた為、あんな顔を見せられたら、嘘でも美味しいと言うしかなかった。
しかも、あり得ないことに、甘さに関しては、なんとも思っていないらしい。
もともとが、辛さが嫌いで甘いのが好きな奴だったがーーまさか、ここまでとは。
「先輩。コーヒーいりますか?」
「あっ、あぁ。ブラックでくれ」
机に顔をつけたまま、キッチンで飲み物を作ってくれていたミクへと、そうリクエストした俺は、もはや、立ち上がる力すらない。
「それにしても、頑張りましたね……先輩。まさか、おかわりするなんて思いませんでした」
「バカ野郎。あれは、おかわりをしたんじゃなくて、させられたんだよ。あの白髪野郎。全世界の男が食いしん坊だと、いまだに思っていやがる」
と、俺の近くに温かいコーヒーを置いたミクが、苦笑いしつつそんなことを言ってくるので、事実をありのままにして返してやる。
たく。今のご時世、少食の男子もいるんだぞ?
俺は、人並みに食べる方ではあるがーーそれも時と場合によるっての。
などと、心の中で悪態をついた俺は、とりあえず作ってもらったコーヒーを一口飲む。
ちなみに、元凶の人物は、ただいま入浴タイム中である。
「それにしても、強烈な味でしたね。もしかして、沖田隊長ってーーそのーー昔から料理は、あんな感じだったんですか?」
「あぁ? あーまぁ、そもそも料理なんてしたことないと思うぞ。入隊時に、少しだけ作ったことあるとか、前に自慢してた気がするけど……産まれてから、ずっと料理人任せだっただろうしな」
「へっ? 料理人?」
おっと、いけね。
ついつい、気が緩んで余計なことを言っちまったな。
「りょ、料理人って。あの、料理を作ってくれる人のことですよね!?」
「そっ、そうだな」
案の定、俺の発言に食いついたらしいミクが、身を乗り出しつつ俺の方へと迫ってくる。
なので、すぐさまコーヒーカップを持ちつつ、反対方向へと俺が顔を向けるが、わざわざ立ち上がると、正面へと戻ってきやがった。
「料理人ってことは、もしかして、沖田隊長お嬢様なんですか!?」
「さっ、さぁな」
「あっ! その顔、知っているのに黙っている感じですね! 教えてくださいよー!」
ばっ!
コーヒー持っているんだぞ! 身体を前後に揺らすな!!
「ちょっ! 待て待て! こぼれるだろうが!!」
「気になるじゃないですか!!」
ブンブンと、なおも俺を前後に揺らし続けるミクに対して、俺が何とかこぼれないように耐えていると、ガチャガチャと洗面所の方から物音が響く。
「うるさいわよ、あなた達。バカなことしてないで、さっさと風呂に入りなさい」
「バカなことってーーて! イヤー!!」
あん?
何やら、突然顔を真っ赤にしたミクは、すぐさま俺から手を離すと、タオルで髪の毛の水分をとっているらしいアヤメへと突撃するようにぶつかりに行く。
助かったが……なにを、そんなに慌ててるんだ?
「おおお、沖田隊長! なんて格好で出てきているんですか!!」
「えっ? なんて格好って、見ればわかるでしょ? 部屋着よ」
「部屋着って! こっ、ここには、ユウ先輩がいるんですよ! そんな無防備な格好は、やめてください!!」
と、両手を振り回しつつアヤメに早口で捲し立てるミクだがーー。
なるほど。言われて思ったが、これに関しては、俺も少々麻痺していたかもしれん。
というのも、今のアヤメは、タンクトップにショートパンツという、身軽も身軽な格好をしているのだ。
いくら幼馴染みとはいえ、俺らも年頃の男と女。
さすがに、あんな格好でいられるのは、非常識というものかもしれん。
「ちょっと、なんなのこの小動物。突然向かってきたと思ったら、訳のわからないこと言い出して、私の背中押してくるんだけど。ユウ、とめるの手伝いなさい」
「悪いが、今回は、ミクの言う通りだ。黙って、もう一枚服着てこい」
「はぁ? また、この小娘の味方につくわけ? いい度胸じゃないユウ。もう一度私とゆっくり話し合いを」
「あーもう! いいですから、こっちに来てください!!」
ギャーギャーと、騒ぎながら洗面所へと連行されたアヤメは、遠くからだから正確にはわからないがーー何やら服について、ミクから説教に近いものを受けているらしい。
……やれやれ。
普段は、アヤメにビクビクしているくせに、こういう時には、それを忘れてるわけだ。あいつ。
まぁ、でも……。
比較的一般人として生活してきたミクなら、アヤメのおかしな所も色々注意してくれるかもしれんな。
というか、そうしてくれると、俺の無駄な労力が減る。
頑張れよ。ミク。
などと、思わぬ場面で、俺の苦労が一つ減ったことに喜びつつコーヒーを飲んでいると、おもむろに、アヤメのスマホが振動を始める。
なので、そのまま放置するわけにもいかず、スマホを手にとった俺は、洗面所へと向かい、必死に説得しているミクに対して、理解できない表情をしているアヤメへと、スマホを手渡してやる。
「おい。電話だアヤメ」
「電話?」
「ちょっと! きいてますか隊長!! 仮にも沖田隊長は、年頃の女の子なんですよ! そんなタンクトップなんて、胸が強調されるような服装で、ユウ先輩の前に出るなんて」
「おい、落ち着けミク。とりあえず、電話が終わってからにしろ」
真っ赤にしながら、ヒートアップしているらしいミクへと俺がそう伝えるが「いいえ! ここで、きちんと言っておかないと、もっと酷いことになるかもしれません!」などと、言って、一向にとまる気配がない。
……さては、こいつ。冷静さを、なくしてやがるな?
まったく、くそめんどくせぇな。
と思いつつ、いまだにガミガミ言っているミクの口を片手で抑えた俺は、リビングまでそのまま引きずって行こうとするがーー。
そこで、一度視線を向けたアヤメの顔が、なにやら険しくなっていることに気づいた為、ミクの口を抑えたまま呼び掛ける。
「おい、アヤメ。どうかしたか?」
「……いいえ。なんでもないわ。お母様からだったから、少しーー電話に出たくなかっただけよ」
と、スマホを握りしめつつ、そう口にするのだった。
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