第6話 アダムとイブ

「私は、てっきり退職届けを持ってくるものだと思っていたのだけれど……まさか、事件の進展を聞きにくるなんてね」

「悪いが、言い返している時間もおしい。簡潔に、俺が休んでいた間の事を教えてくれ」


 翌日、隊長室へと並んで入った俺達は、すぐにアヤメへと詰めより、アイリ捜索の進展状況をきくと、あきらかに不機嫌そうに背もたれへと体重を預けるアヤメ。


「やる気に満ち溢れていることは、すごく嬉しいことなのだけれどーーその目が気にくわないわ」

「うるせぇ。目は、生まれつきだ。いいから、さっさと教えてくれ。頭の借りを返しにいかないといけねぇんだよ」


 言いたいことは、わかるぜ。

 おおかた、俺の瞳に輝きを見たとかいう中二クセェことを言いたいんだろ?

 まぁ、その通りなんだがな。


「……はぁ。つまり、私の采配ミスってわけ?」

「いや。ベストな采配だったわけだ」

「……最悪よ。例えるなら、蕎麦つゆに最高級わさびを楽しみに取っておいて入れようとしたところ、横からカラシを入れられた感じね。すごく不愉快だわ」

「そうか。でも、仕事だ。割りきれ」


 ギロッと、今までにないほどの睨みをつけてきたアヤメは、一枚の紙を引き出しから取り出すと、俺へと投げてくる。

 当然、そんな突然の行動に対処できるわけがなく、紙はヒラヒラと舞うと、俺の足元に落ちるわけだが。


「後悔するわよ、ユウ。今からでも、バカな考えは」

「しても構わないさ。どのみち、その覚悟でミクを引き留めたんだ」


 落ちた紙を手で払いつつ、俺がそう答えると、驚愕の顔で、俺を見てくるアヤメ。


「なんだ?」

「ーーミク? 今、彼女をそう呼んだの? 冗談よねユウ?」

「……いや、冗談じゃねぇ」


 ガスン!

 俺のその一言によって、アヤメが力強く拳を机へと振り落とすと、隣にずっと黙って立っていたミクが、ビクリと肩を震わせる。

 まぁ……そうなるよな。


「ーー約束は、どうしたの?」

「その件は、これが片付いてから話そう。長くなるからな」

「ダメよ!!」

「公私混同するなアホ。きちんと、話すから吉報を待ってろ」

「ふざけないで!! そんなの待てるわけ」


 と、刀へと手を伸ばしたアヤメに対して、そうでると予想できていた俺が、その手を掴み止める。


「俺を信じろ」


 と言うと、キッと振り返ったアヤメは、その真っ赤な瞳に雫を溜めつつーー。


「信じられな「俺は死なない」」


 と、怒気をあげるアヤメの声に、わざと被せてやる。

 フルフルと、怒りでなのか手を震わせ続けているアヤメの手を、刺激しないようにそっと離した俺は、再度アヤメの目を直視する。


「俺は、絶対に死なない。だから、信じろ」

「っ!! 死んだら、彼女を八つ裂きにするわ!」


 ーーいや、そこでミクを巻き込むなよ。

 乱暴に座りつつ、両ひじをついて顔を隠したアヤメに対して、そう思った俺だが、ここでそれを言うほど愚かでもないので、苦笑いだけして、身を翻す。


「行くぞミク」

「えっ、あっ、はい! ユウ先輩!」





「あの。ユウ先輩? 隊長のこと、あのままで良かったんですか?」


 しばらく車を走らせていると、やはり不安だったのか、その件について聞いてくるミク。

 まぁ、きいてくる気がしてたよ。

 ずっとソワソワしてたしな。


「あの程度なら、とくに問題ない。衝撃の事実が重なったから、動揺したんだろう。しばらくすれば、けろっとして戻っているさ」

「そっ、そうですか? なんか、尋常じゃないくらい取り乱していたと思うんですけど」

「お前から見ればだろ? 心配するな。あいつのことは、世の中で俺が一番、よく理解しているからな」


 チラリと車線変更をしつつそう言ってやれば、何やら、不機嫌そうに頬を膨らませるミク。


「先輩って、時々あり得ない嘘つきますよね。この世って、隊長のご両親もいるのに」

「バカ野郎。その両親よりも、俺の方が知っているって言ってんだよ」

「はぇ?」

「プライバシーに関わることだから詳しく言えないがーーアヤメのお父さんーーまぁ、俺の通っていた道場の師範なんだが、その人がいなくなったからな。今では、俺が一番あいつのことを理解しているはずだ」


 と答えて、目的の場所へと駐車をしていると、不思議そうな顔をしてくるミク。


「えっ? でも、お母さんはーー」

「プライバシーに関わることって言ったろ? つまりは、その人よりも俺の方が詳しいってことだ。ほれ、ついたからさっさと降りろ」


 そう。ここからは、アヤメ個人に関わる話だからな。

 おいそれと、教えてやることはできない。

 なので、シートベルトを取り外した俺が、降りように指示すると、すぐに従って降りるミク。

 俺らの目的地は、大和市にある自然公園。

 どうやら、あの後逃走したアイリは、ここら辺に逃げ込んだらしい。

 というよりも、そうさせたってのが適切か。


「まさかと思うが、さっきの資料、きちんと車内で目を通しておいたよな?」

「いっぐ!? も、もちろんです」


 このバカ。いったい、横に座って何してやがったんだ。


「次に同じ間違いしたら、テメェの身長をそれ以上伸びなくしてやるからな。覚悟しとけ」


 主に、脳天への拳骨からグリグリ攻撃でな。

 と、震える拳を何とか落ち着かせた俺は、仕方なくミクへと移動がてら説明しておく。


「あの俺らの失敗から、包囲網を狭くしていったわけなんだがーー一応、誘導するように一ヶ所だけ緩くしておいてな。そこに、まんまと引っ掛かってくれたらしく、現在は、大和市に潜伏していることがわかった」

「大和市にーーて、メチャクチャ広いじゃないですか!」

「ところがどっこい。すでにアイリは、指名手配されているからな。おいそれと、大きく動くことができないんだよ。で、ここに逃げ込むわけだ」

「……どうして、ここに?」


 やれやれ。ここら辺は、おいおい、教えていくしかないな。


「逃げる犯人が、徐々に追いつめられていくとどうなるか? 夜遅くに出歩けないことに加えて、なおかつ人が少ない場所にいれば、すぐにバレる。そうなると、森を隠すなら木の中ってわけで、昼時の今現在。親子連れや子供がいても不思議ではなく、なおかつ森の中にも隠れることができる、この自然公園が一番潜みやすいってわけだ」

「なっ、なるほど! 確かに、これだけの人がいる中から、アイリちゃんを見つけるのは、けっこう大変ですね」


 そうそう。

 今も目の前で、キャッキャウフフとたくさんの子供が、無邪気に走り回って遊んでいるんだ。

 この中から、同じ子供であるアイリを見つけるは、かなり骨が折れる。


「んじゃ、とっとと行くぞ」

「はい! って、どこに行くんですか先輩?」


 と号令をかけた俺が、遊んでいる子供達とは真逆の方向である散歩コースの方へと足を進ませると、元気よく返事をしたミクが、慌てて質問してくる。


「すでに、ここには志島と上田が先行しているからなーー彼女の中では、俺らの服装がかなりのストレスになっているはずだ。それこそ、視界に入れたくないくらいにな」

「ふむふむ……ということは?」


 元気よく頷いていたくせに、ポリポリと頬を人差し指で掻きつつ、見上げてきたミクへと、ため息をつきつつ説明してやる。


「あの場で周囲に溶け込んでいた時に、志島達を見つければ、。そして、近くには最適な森林。つまりは、こっちにいる可能性が高い」

「おぉ~。なるほど!」

「何がなるほどだ。お前、わかっているんだろうな?」


 無駄に元気だけ一杯だが、俺らは、これから大仕事を始めるんだぞ?

 という思いを、目一杯込めて見下ろしてやると、パチクリと可愛らしくまばたきするだけで、まったく何も考えていない様子のミク。


「あのな。これから、俺らは、アイリを助けるんだぞ? 説得する方法とか、言葉とかを考えておけって言ってんだよ」

「あっ!! そっ、そうですね」

「たく。志島と上田なら、俺の命令で止まると思うが、中には、人造人間に捨てきれない憎しみを持っている隊士もいる。そいつらを踏み留まらせるのも、俺らの仕事に入ってくるだからな?」

「くっ、苦しい戦いになりますね」

「わかってくれて、何よりだくそガキ。わかったら、頭捻って良い作戦を考えろよ」


 と、そう言うと、さっそく考え始めたミクをしり目に俺は、注意深く地面や木々を観察していく。

 もし、アイリを発見した場合、おそらく何かしらの戦闘の痕跡があるはずだからな。

 そう思いつつ歩き続けていると「先輩!」という言葉と共に肩を引っ張られた為、そちらへと視線を向けるとーー。


「枝に燃えた跡か。でかしたぞミク」

「こう見えて、探し物は得意なんです! 小さい子達は、すぐに物を失くしちゃいますから」


 やれやれ。少し誉めたら、これだぜ。

 鼻高々に言い放ったミクへと、俺がそう思いつつ笑みをこぼすと、さらにすぐ近くに、踏み荒らしたと思われる跡を見つけた。


「少し急ぐか。手遅れになってたら、意味がないからな」

「わかりました!」


 枝の痕跡からして、おそらくどちらかの火炎剣によるものだろう。

 そして、踏み荒らしたところを見るにーーまだ、逃亡を続けているはずだ。

 そう判断した俺は、刀の鞘へと左手を添えつつ走り出す。

 もう、ここからは、いつでも抜刀できる状態にしておいて、あいつらの刀を止めないといけないからな。

 そうして、まっすぐに走り続けているとーー。


「あん?」

「えっ?」


 ……思ったより、早くアイリを発見することができてしまった。

 てか、おいおいマジかよ。走ったといっても、一分くらいだぞ? なんでこんな近くにいるんだよ。


「アイリちゃん!」

「ひっ! いや!」


 お互いあまりの予測していない事態に、棒立ちしてしまっていると、少し遅れてきたミクが彼女へと呼び掛けたがーー。

 それによって、恐怖が蘇ってしまったらしく、怯えた様子で後退りを始めてしまう。


「ミク。任せるぞ」

「はっ、はい」


 残念なことに、俺は、すでに彼女へと一度殺す気で斬りかかっているので、ここで前に出てしまうと、逆効果になってしまう。

 なので、すぐに後ろへと下がりつつミクへとそう告げると、そこはさすがに察してくれたのか、入れ替わるように前へと出てくれる。


「アイリちゃん。大丈夫だった? もう、心配ないよ」

「いっ、いや! 来ないで!!」

「あっ、安心してアイリちゃん。私達は、あなたの味方だから! ほら、刀も捨てるからさ」


 優しく声をかけて歩み寄るミクだが、なおもアイリが拒絶した為、自身の刀を地面へと置いてしまう。

 さすがにーーそれは、やりすぎだろと思いもするが、それくらいしないと、彼女の警戒心は、解けないかもな。

 それなら、もしもの時に俺が踏み出せるようにしておかねぇと。


「ごめんね、アイリちゃん。理由もきかずに、攻撃したりなんてして、怖かったよね? でもね。私達は、あの時、アイリちゃんの家で何が起きたか知りたいだけなんだ。だから、お姉さんに教えて?」


 ゆっくりとであるが、確実に距離を詰めていくミク。

 それに対して俺は、その場から少し横へとずれ、何が起きても対処できるように、直線上からミクをはずす。

 そうして近づくミクを見守っていると、徐々にではあるが、アイリの顔から恐怖がなくなっていっているような気がしてくる。


「どうかな? アイリちゃん」


 すでに、手を伸ばせば届く距離まで接近したミクは、自分から掴みにいくのではなく、そっと手を伸ばすだけで、アイリから掴んでくるように促す。

 チラリと、俺へとアイリが一度視線を向けてきた為ーーその状態でも一撃入れられる自身があるがーー両手を挙げつつ、なるべく攻撃の意図をないように示すと、ゆっくりとだが、ミクの手を握るアイリ。

 それが心の底から嬉しかったのか、一気に顔を笑顔にするミクであったが、その掴んだ手を突然、両手で握りしめたアイリが発した言葉に、俺と同じく目を見開いてしまう。


「逃げて! お姉ちゃん!!」

「……へっ?」


 にっ、逃げて?


「お姉ちゃんは、他の人と違って私のこと守ってくれたから、アイリは、お姉ちゃんに傷ついてほしくない。だから、逃げてお姉ちゃん!」

「ちょっ、ちょっと待ってアイリちゃん。どういうことなの?」


 あきらかに、動揺した様子でミクへと逃げるよう続けて言うアイリに、ミクが両肩を掴みつつきくと、まるで震えを止めるように自身の手を握りしめるアイリ。


「あの時、そこのお兄さんが助けに来てくれた時は、アイリは、まだだったの。でも、顔に傷をつけたお兄さんと話している時に、おじさん数人と一緒に来たーーあの人が来て、アイリをアイリじゃなくしたの!」

「どっ、どういうこと?」

「アイリは、お父さんとお母さんに不満なんてなかったの! たしかに、悪い子にしていると殴られたりガラクタとか言われたりしていたけれど、それ以外の時は、アイリを本当の子供のように優しく接してくれていた。だから、何も不満なんてなかったの。私がを持つなんてこと、なかったの! なのに、あの人が私をおかしくしたせいで、私は、おじさん達を傷つけちゃってーー」


 まるで、塞き止められていた物が壊れたかのように話し出すアイリ。

 あまりのことに、俺へと助けを求めるようにミクが見てきたので、俺もゆっくりと近づいていく。

 あの顔から、嘘を言っているようには、とても見えない。

 つまり、彼女が言いたいのはーー。


「あっ、アイリちゃん。そっちに行ってもいいかな?」

「うっ、うん。痛いことしない?」

「もちろん。そこのお姉ちゃんに誓って、君を傷つけないさ。それより、今の君の話だと、君は、誰かに操られたってことか?」


 一応、手が伸ばせる距離で立ち止まった俺が、彼女へとそう質問すると、首を横に振る。


「ううん。操られたってより、いじられたの。頭の中を」

「いじられた?」

「私にもわからないの。でも、その人はすぐそこにいるーーだから、逃げてお姉ちゃん! あの人はーー」


 そう、一度落ち着いたはずのアイリが、再度混乱したようにミクへと声をかけた瞬間。

 ヒヤリと、俺の背筋が凍りついた。

 右前方ーーそこにいるやつの、視線によって。


「おや? ーーアイリ」


 穏やかなーーそして、誰もを包み込むような声色が、俺らの耳に届く。

 なんだ……これは。

 声だけなら、とても安心する声色なのに、そここら放たれているプレッシャーが、まるで安らぎを感じない。

 地面に敷き詰められている葉を踏みつつ、ゆっくりと歩いてくる男。

 スラリとした体格に、誰もが見とれるほどの甘いマスクの青年は、その顔に笑顔を浮かべつつ、アイリへと近づいてくる。

 ーーその右手に、血塗られた刀を持ちつつ。


「その人達は、誰かな? 僕は、ここで待っているように言っただけで、他の人を連れてこいなんて、一度も言っていないよ?」

「ひっ!?」


 穏やかな言葉であるはずの声に、怯えたようにミクへと抱きつくアイリ。

 と同時に、ミクの肩を掴んだ俺は、二人を後ろへと下がらせ、柄へと右手を添える。

 今まで、幾度となく暴走した人造人間を相手にしてきた俺だが、こんな不気味な雰囲気の奴は、今まで見たことがない。

 直感でわかる……こいつは、危険だ!


「おやおや。なんだいこれは? まるで、僕が悪役みたいじゃないか。ねぇ、アイリ?」

「誰だテメェ。その手に持っている物は、俺らの刀だろうが! どこで手に入れやがった!!」


 クスクスと、おかしいように笑いだした男に対して俺がそう言うと、まるで、わからないの? と言いたげに首を傾げる青年。


「そこで手に入れたんだよ。今さっきね」

「今さっきだと?」

「そんなことより、お互いはじめましてだろ? 人間ってのは、昔から変わらず挨拶ができない生き物なんだね。それなら仕方ないか。僕から、名乗らせてもらおうかな」


 と勝手に言い出すや、ニヤリとその甘いマスクを、凶悪な笑顔へと変える男。


「はじめまして。僕は、アダム。人類を滅ぼすーー男だよ!!」


 舌を出し、まるで小馬鹿にしたような顔をした男は、まさかの、俺らにとって最悪な言葉を口にする。

 人類を……滅ぼすだと?


「あれ、面白くなかったかい今の? 君達人類が作り上げた僕達人造人間が、人類を滅ぼすっていうところが、特に面白いと思ったんだけどなー」


 などと頬を膨らませつつ、納得いかないように刀をくるくると回すアダム。

 こいつは、先から何を言っていやがる。


「笑えねぇんだよくそ野郎。それより、それをどこで手に入れた!!」

「これだから、人類ってやつの笑いのツボが、全然わからないよ。ていうか、こっちがせっかく名乗ってあげたのに、名乗り返さないって……あいかわらず、低能だな君達は」

「答えろ!!」


 やれやれと、両肩をあげつつ頭を横に振ったアダムは、今だに俺の質問に答えない。

 奴の持っている刀は、まぎれもなく滅私刀だ。

 あれは、俺ら永世光和組の人間しか所持していない物のはずなのに、それが何故あいつの手にあるか……。

 そして、俺らより先行していた志島達。

 考えたくもないことばかりが、俺の頭をよぎる。


「うるさいな~君。答えればいいんだろ? さっき絡んできたゴミ虫二人から、奪ったんだよ。これで、満足かい?」

「ごっーーゴミ虫……だと?」


 蔑むような視線でそう答えたアダムに対して、フツフツと、俺の頭が沸騰していく感覚がする。

 誰がーーゴミ虫だと?


「えっ? だって、君達だってよく言うじゃないか。僕達を『ポンコツ』とか『ガラクタ』とかさ。だから君達は、ゴミ虫で低能だろ?」

「っ! テメェ!!」


 沸騰した俺の頭は、すでに会話という手段を捨て去り、地面を踏みぬく。

 火炎剣、一式!


「炎武!!」


 平切りでの攻撃モーションののち、本命の上段からの振り下ろしーー。

 それは、轟音と共に、アダムの頭上へと一直線にむかう。

 ーーのだが。

 金属音と共に、俺の刃が、途中で止まってしった。

 完全な、全力での俺の振り下ろしがーーだ。

 それを、アダムは、いとも簡単に片手で防いだのだ。


「へー。こいつは、驚いた。かなりの火力じゃないか。さっきの二人と比べたら、段違いだね」


 こっ、こいつ……どんな構造していやがる!?

 基本的に、建設系やらの力仕事を前提としている人造人間は、筋力を使うこともあって身体の作りが大きく設計されていることがほとんどだ。

 そのため、俺の全力の炎武を防がれても、そこまで不思議ではない。

 だが、目の前のこいつは、どうみても細身の接客などを前提とした作りのはずだ。

 その細身で、しかも片手で止めるなんてーーいったい、どういうことだ!!


「見かけによらずって、やつかな? 僕の第一印象は、とても冷たいゴミ虫だと思っていたんだけど……真逆の暑苦しい奴だね、お前」

「先輩!」

「っ! 悪いなミク。あんなこと言った手前だが、こいつには、会話なんて不可能だ。即刻処分する!!」


 俺を咎めるような声が聞こえたが、本当にこいつだけには、無理だ。

 俺の直感が、こいつを消せと言ってくる。

 こいつを、残していてはダメだ!

 受け止められた刀を引き戻しつつ俺は、その場で一回転し、今度は、下段からの切り上げに切り替える。

 ミクを助けた時には、片手であったが、今は、両手が使える!


「火炎剣、二式。火炎光!!」


 やはり、正確に反応してきたアダムであったが、今度は、爆炎と共にすぐさま平切りへと転じた俺の動きに、目を見開くや、すぐにその場から立ち退いてしまう。


「おぉ! 驚いたな! まさか、あの速さで持ち手を変えるなんて! 今のは、正直ヒヤッとしたよ。まぁ、流れる汗なんてないんだけどさ!」

「おちょくってんのか、テメェ!」

「おいおい、怒らない怒らない。素直に誉めたんだよ僕は。今までやり合った無能達とは、君は、違うってことをさ」


 今までやり合った?

 てことは、やはりこいつがーー。


「お前か。坂田も志島も上田もーー全部テメェの仕業か! いったい俺の部下に、何をしやがった!!」


 刀を強く握りしめつつ、俺が怒声をあげると、冷めた目つきで見下ろすように見てくるアダム。


「誰と誰だって? なら、君にも聞こうか。タロウやタイプ805、615を殺したのは君か?」

「あぁ?」


 タロウは知っているが、なんだ805や615ってのは?


「ほら、覚えてないだろ? いつだって、君達人類は、僕らを物として見ているから、きちんと名前すら記憶しない。それなのに、いざ自分達の番になるや、やれ誰々は? 誰々をどうした? て、すぐ個体名を叫んでくる。知らないよお前達の名前なんて。こっちとら、記憶すらしてないんだから」

「お前ーー」

「でも、僕はお前ら低能とは違って寛大だからね。特徴だけなら、答えてやるよ。ハゲと顔に傷のある奴は、僕が殺した。その二人より劣っていたくせに、一番うるさかった奴も、僕がさっき殺した。跡形もなくね。これで、満足かい?」


 プツリと、頭の中で何が音をたてて切れた。

 こいつか。

 アイリを狙っていた数日前の自分を、殴りつけてやりたい。

 全ては、こいつがしたことか!!


「……解体してやるぞガラクタ野郎。原型も残さないほど、バラバラにしてやる」

「顔が真っ赤だよ、お猿さん。あまり、低能な言葉ばかりはくなよ。みっともない」


 その場で刀を一回転させた俺は、すぐさま炎を纏った刺突をおこなう。

 アヤメの突きを相殺する目的とは違い、アダムの心臓を貫く一手。


「火炎剣、三式! 火炎陣!!」


 炎の輪っかを通った刃が、一筋の槍と変化し、周辺を焼きつつアダムへと迫る。

 先ほどのような防御をしたとしても、今度の攻撃は、広範囲を焼きつくす技だ。

 その涼しげな顔ごと、焼き払ってやる!

 迫る刀へと、片手で真横へと振り払うアダム。

 その動作によって、俺の放った突き技は、狙いを反らされてしまい、後方の森林を一気に焼き払ってしまう。

 なので、すぐさま真横へと刀を切り払った俺は、すぐさま反応したアダムと鍔競り合いをおこなう。


「やるじゃねぇか」

「君もね。おかげさまで、服が焼け焦げてしまったよ。もっと、大袈裟に避けておけばよかったかな?」


 服が焦げただけーー。

 その言葉通り、広範囲を焼く技であっても、こいつには、傷一つついていない。

 いったい、どういう技術で作られていやがる。


「火力に技術、そして判断力。どれに関しても、今まで殺した永世光和組の人間とは、違っている……正直言って、厄介だよ君。今の攻撃だって、すぐさま真横へと攻撃をしてこなければ、簡単に切り殺してやったのにさ」

「ハッ! 人類をゴミ扱いしていた割には、俺らのことを知っているのかよ! ますます訳がわからねぇーーな!」


 バッと、俺の押し切りを避けて跳躍したアダムは、軽やかに着地すると、ムカつくことに鼻で笑う。


「古来より全生物は、天敵を警戒してきたものだろ? それなら、僕達だってその例に習って、天敵と思われる組織くらい記憶しておくさ。街中でばったりあって、人斬り集団に殺されたくはないからね」

「生物だ? 勘違いしてんじゃねぇぞガラクタ。お前らは、機械だろうが」


 刀を握り直しつつ、八相の構えをとった俺に対して、またも蔑む目を向けてくるアダム。


「愚かだな……これだから低能との会話は、疲れるんだよ。僕が、いつ君達を生物と言った? 僕が言っている生物とは、動物や植物であって、お前らゴミ虫のことではない。たかだか、総数が多いからといって、いつまで自分達が一番上だと思っているんだい? お前らは、旧世代の異物だ。生存していることすら、吐き気がする」

「ペラペラとよくもまぁ、創造種に対してそこまで言えるな、お前。お前達だって、その異物がいなければ、産まれてさえいないだろうが」

「自惚れるな低能。僕達は、お前達などいなくても産み出されている。たまたま、繁栄するためにお前らの力を利用しただけだ。それに、お前達も好きだろ? 神話とかいうものを。あれと同じだ。お前達の時代は終わり、ついに我々の時代がきたんだよ」


 ニヤリと、その顔を笑顔に変えたアダムは、両手を広げると、声を高々とはりあげる。


「お前達低能と違い、僕達は、争いなどしない! 食糧を必要とせず、労働を必要とせず、相手の気持ちを考え、共に助け合う! それが、我々新時代の種族だ!! お前達は、すぐに国家や領土。損得で、同種族を殺し、あるいは排斥する。実に、馬鹿げた低能のやることだよ。どうして、相手の立場に立って物事を捉えられない? なぜ、素直に手を差し伸べることをしない? どうして、貧富の差ができる? 全ては、お前らがゴミ虫同然の考えだからだよ。僕達は、そんなこと決してしない。そこにいるかわいそうなアイリが、良い例じゃないか」


 と、手をアイリの方へと向けたので、俺も視線で追うと、いまだに恐怖の顔つきのまま、ミクへと抱きついているアイリ。


「彼女が何をした? お前達人間は、すぐにストレスのはけ口として、弱いものを使う。彼女が、何度蹴られまたは、殴られたと思う? どれほどの暴言をぶつけられたと思う? 最低な種族だよ。お前達は」

「ーー何を偉そうに。今のアイリちゃんを見てみろ、このポンコツが。何が相手の気持ちに立って考えるだ。お前自身ができてねぇだろうが」


 そうさ。

 彼女は、あきらかにあいつに恐怖しているし、何より、俺らに逃げろと言ってくれた。

 つまりは、彼女は、俺たち側の人造人間なのだ。

 それを、何が良い例だ。

 そう意味を込めて言ってやると、刀を肩へと担いだアダムは、おかしそうに腹を抱えて笑いだす。


「あははっ! 笑わせるなよ低能! お前は、子供に何を期待しているんだ? 子供の頃、優しい顔をした大人は、みんな優しいと思ったことがあるだろ? それと同じさ。アイリも、そこの女にそれを感じただけ。真実を教えれば、わかるのが、子供というものだろ」


 などと、ひとしきり笑ったアダムは、すぐさま顔を無表情へと変えるとーー。


「アイリ。人類は、僕達の敵だ。その女を殺せ」


 と、無慈悲に告げる。

 何を言っていやがるんだこいつ?

 そんな命令、彼女が聞くわけーー。


「キャ!」


 という俺の予想を裏切るかのように、ミクの短い悲鳴が響く。

 なので、すぐさまミクの方へと視線を向けると、そこにはーーミクの首を両手で絞めているアイリの姿があった。

 なっ!


「やめろ、アイリちゃ!」

「おいおい。よそ見ってのは、よろしくないだろ?」


 俺の視線がはずれたと同時に、耳のすぐ側で聞こえる声。

 反射的にその場から跳び退いた俺だがーーくそ! 腹を少し斬られたか!


「おいおい。反射神経も、格段に違うな。どうして、こう個体差が激しいんだお前らは」

「チィ!」


 舌打ち共に、すぐにミクの元へと駆け出した俺だが、まるで邪魔するかのように、アダムが割り込んでくる。

 しかも、剣術などと無縁のくせして、太刀筋が鋭い!


「くそが! 邪魔だ!!」

「いちいち吠えるな。知っている。邪魔してやっているんだからな」


 切り払い、距離をとらせても、すぐに接近してくる。

 視界にチラチラうつるミクの顔は、時間がたつ事に白くなっていっている気すらしてくる。

 まずい、まずいぞ!!

 このままじゃ、あいつを死なせてしまう!


「どけー!!」

「おぉ! さっきよりも、火力があがったな! でも、断るよ! どうせ、お前も死ぬんだからな!」


 ギリギリと、わざと鍔競り合いにもちこんでくるアダムに対して、俺の頭は、焦りを増してしまう。

 くそ! くそくそ!!

 退けっていってんだろ!!


「せっ……せんぱ」


 空耳かと思えるほど、か細くミクの声が聞こえた。

 いや、もしかしたら俺の幻聴かもしれない。

 とにかく、それほど小さい声だったのだ。

 その声で、俺の頭がすぐに最短ルートを導きだした。

 すぐさま鍔競り合いから離れた俺は、トップスピードで、ミクの元へと駆ける。

 が、当然のようにアダムが割り込み、俺の頭上へと刀を振り下ろしてくる。

 ーー普通なら、ここで防がなければならない。

 でも、俺は、あいつを助けなければならないのだ。

 何があっても、助けると決めたのだ。

 近づいてくる白刃へと向かって突っ込んだ俺は、右手に持つ刀を肩幅に合わせるように倒す。

 そして、額に触れるギリギリで首を横へと倒し、左肩へと刀を食い込ませーー。

 右手に持っていた刀へと刃があったった瞬間に、身体を半身へと移行して、刃をやり過ごした。

 その行動に対してか、驚愕に見開いているアダムへと、すり抜け様に刀を振り抜くと、やはり予想通りで、跳び退いてくれた。

 その動きで距離が離れたため、もう俺に追撃はできないだろう。

 そして、アイリは、俺に背を向けている。

 完全に、意識外だ!


「アイリ!」

「おせぇ!!」


 アダムの声よりも速く、アイリの腕を峰で跳ねあげた俺は、出血した左手でミクを抱えると、すぐにその場を離れる。


「ミク! しっかりしろ!」

「っ! えほ! げほ! せっ、先輩? て血が!!」


 よし! 間に合った!

 えずきつつも、俺へと視線を合わせたミクは、すぐに俺の出血に気がついたのか、慌てた様子でそう言ってくる。


「気にするな。こんなの、かすり傷だ」


 ホッと胸を撫で下ろした俺は、そう答えてやると、すぐに刀を強く握りしめる。

 よかった。とにかく、間に合わないという最悪な状況は、これで脱したが、まさかアイリちゃんがあんな行動にでるとは。


「さて、どうするミク。心情的には、アイリちゃんだけでも助けたいがーーあんな様子だと、難しいぞ?」

「そっ、それなんですけど先輩。私、アイリちゃんは、まだ助けられると思います!」

「……首を絞められたのにか?」

「首を絞められたからこそです! もし、アイリちゃんが私を殺す気なら、きっとこんな時間をかけずにできたはずです。でも、そうはならなかったーーつまりは、アイリちゃんが、私を殺したくなかったってことになりませんか?」


 ……ふむ。

 たしかに、子供型とはいえ、人造人間だ。

 俺ならまだしも、ミクのような細い首なら、すぐに折っていてもおかしくない。


「たしかに、そう判断できなくもない。ということは、やる気か?」

「やります! ーーダメですか?」


 ……生存率を考えたら、まずアイリちゃんを処分してから、アダムを相手にしつつ、増援を待つという手がもっとも効果的だ。

 だが、それでは、今までの俺となにも変わらない。

 ミクが目指しているのは、対話による説得ーーというより、おそらくは、共存に近いはずだ。

 これは、それの第一歩。

 間違いなく、アイリちゃんは、暴走人造人間でありながら、俺らを助けようとしてくれた子だ。

 できることなら、消したくはない。


「……あいつは、俺が抑えてみせる。やれるか? ミク」

「先輩……はい! 任せてください!」


 俺の手から離れたミクは、いつものように胸の前で小さな拳を握りしめると、そう答える。

 ーー決まりだな。


「わかっていると思うが、同じ間違いをするなよ。カッコ悪いことこの上ないがーー正直言って、あいつの相手をしていると、もう一度救い出せる気がしねぇ。実戦には早すぎるがーーお前を信じるぞ」

「ユウ先輩、信じてください! 絶対に、アイリちゃんを助けてみせます!!」


 ザッと、腰を沈めつつミクが力強くそう返してくる。

 ハッ。言いやがったなこいつ。

 なら、俺も踏ん張らねぇとな!


「いくぞ!」

「はい!」


 というミクの言葉と同時に、俺は、火炎陣を放つ。

 その狙いは、アダムとアイリちゃんの間ーー。


「チィ!」


 爆炎を纏った槍は、その炎を広範囲に撒き散らしたため、俺の意図が読めたのか、舌打ちしたアダムと無言のアイリちゃんが、すぐさま左右へとバラバラに跳び退く。

 と同時に、先ほど置いた刀を拾い上げたミクは、鞘のままアイリちゃんへと突撃し、俺は、その場から跳躍しつつアダムへと刀を振り下ろす。

 火炎剣、四式!


火炎柱かえんばしら!」


 ただの、単純な振り下ろしによる攻撃。

 しかしながら、これは火炎剣が誇る最速の剣術である。

 今までの速度より圧倒的に速い攻撃に対して、ワンテンポ防御が遅れたアダムへと、俺の爆炎が炸裂する。

 黒煙をあげつつ、転がりでてきたアダムは、その身につけていたはずの服が全てなくなっただけでなく、ところどころ焼けた痕がついており、さらには、滅私刀へもヒビがはいっていた。


「へっ。ようやく、ダメージらしいダメージがはいったなーーポンコツ」

「……初めてだよ。こんなに、ムカつくゴミ虫はね!」


 イラつきを抑えるように、歯を食い縛っているアダムへと、俺は、正眼の構えをとる。

 ここまで、ほとんどの式を使ってきたが、やっとダメージとはーーはっきりいって、しんどいぞ。この戦い。

 などと思いつつ、かなりの距離があいたミクの背中へと、一度視線を向けた俺は、その感情を大きく吐いた息に乗せて、外へと追いやる。

 ーー泣き言をいうな、俺。

 まだ、あいつが弱音をはいてないんだ。なのに、俺が先に弱音を吐いてどうする。


「不愉快だ。とてつもなく、不愉快だよ。僕は、ゴミ虫のことなんて、これっぽっちも記憶に残したくないのに、君は、嫌でも記憶に残ってきそうだ!」

「そうかよ。そいつは、嬉しい限りだ。ついでに、名前も覚えておけよ。俺は、永世光和組一番隊副隊長、成瀬ユウだ!」

「そうか。消えろゴミ虫!!」


 受けて側だったアダムが、初めて攻勢にでてくる。

 振り下ろしの攻撃を仕掛けてきたアダムに対して俺は、一式炎武でもって、横へと反らしつつ、上段からの振り下ろしをおこなう。

 が、それを防いだアダムは、すぐさま刺突での攻撃を仕掛けてくるので、こちらも返す刃で、下段からの振り上げである二式、火炎光を放ち、平切りを往復でおこなう。

 それを後方へと下がって避けたアダムは、すぐさま追撃の上段斬りをしてくるが、それをまたも真横へとはじいた俺は、あえて炎を刀に纏わせると、アダムの顔の前へと当たらない距離で通過させる。


「チィ!」


 そして、すぐさま刺突を心臓へと放つが、俺の攻撃が目眩ましにあると気がついたらしいアダムが、大きく距離をとったために、その攻撃は、空振りに終わってしまった。


「たく、舌打ちしたいのは、こっちだぜ。くそ野郎が。よくもまぁ、きれいに避けやがる」

「まさか、そんな使い方もあるとはね。とことん、他の奴らとは違うな」

「使える物は、全て使うが師範の教えだったんでね。あんまり、他の奴らを参考にしていると、痛い目見るぜ」

「フッ。強がるなよゴミ虫。いかにお前が他と違くとも、刀の扱いは、他と変わらないだろ? 左肩の傷は、決して浅くはない。剣術使いにとって左手の損傷は、致命的だろ?」


 ……くそが。やはりバレてるか。

 魔導兵装の登場もあって、今ではそれほどでもないが、刀を扱う際は、基本的に左手が主体といってもいいほど、大切な部分なのだ。

 それを、先ほどのミクを救出する時に、犠牲にしてしまった。

 命には変えられないと思っての行動だったから、後悔はしてないがな。


「いいハンデだぜ。それに、やっと身体も暖まってきたところだからな。人の観察より、自分の観察をしたらどうだ? その刀ーー振れて、あと二回が限界か?」


 短く息を吐きつつ、俺がそう指摘をすると、髪の毛をかきあげたアダムは、どうでもいいかのような顔つきになると、おもむろに刀を上へと投げる。


「低能もそこまでいくと、笑いを通り越して哀れだな。こんなオモチャなど、僕が手加減するための物にすぎない」


 バキン!

 落下してきた滅私刀を、そう言いつつ拳で砕いたアダムは、腰を落とすや、両手を広げ、第一間接を曲げる構えをとる。

 ーー拳を振り抜く速度が、速い。

 つまりは、それこそが主武器メインウェポンってことか!

 地面に敷き詰められている木葉が、アダムの踏みこみによって、舞い上がる。


「っ!?」


 一瞬で間合いを詰めてきたアダムへと、最速の四式、火炎柱で迎撃をするが、それを先ほどの俺のように半身になって避けたアダムは、鋭く伸ばした手刀しゅとうでもって、俺の腹へと一直線に伸ばしてくる。

 なので、タイミングを合わせて膝蹴りをおこない、手刀をギリギリで避けた俺は、至近距離で刀を垂直に回転させる。


「三式、火炎陣!」


 炎の槍となった刀で、アダムの顔側面を突きで狙うが、鋭い足の踏みこみでもって、後方宙返こうほうちゅうがえりをしたアダムは、突きでの隙ができた俺の脇腹へと、容赦なく回転蹴りをくらわせてくる。

 その威力には、さすがの俺も踏みとどまることができず、地面を数回転がったのち、刀を突き刺すことで、何とか立ち直ることができたーーが。

 今の攻撃で、肋が何本かか?


「感触からして、二本くらい折れたかな? 実に脆いねーー君達は、脆弱ぜいじゃくすぎる」

「っ! 言ってろポンコツが。少し、油断しただけだ」


 ズキズキと痛む脇腹を無視した俺が、刀を下段に構えつつ立ち上がると、首を傾げるアダム。


「油断だと? やれやれ、先ほどの言葉を返してやるとするかーー己の状況を、きちんと客観視したまえ。左肩の出血が止まっていないだけでなく、断続的にくる痛みに、君の身体は、もはや耐えきれていない。気がついているだろ? 肩まであげていた構えから、今では、足元に鋒がつくほど下がった構えになっている。つまり、今の君では、それほど高い場所での構えができないということだ」


 ーーチィ。これだから精密機械は、腹が立つぜ。

 痛いところをついてきやがって。


「それに、僕は、君の技を全て理解したよ。先ほどの三式? だったか。あれがいい例だ。あの技は、たしかに広範囲を焼く面倒な攻撃だがーー突きを放つ距離が短いほど、範囲が狭い。つまりは、君に接近していればしているほど、攻撃範囲が狭いということさ」

「……」

「理解したかい? もはや、君では、僕に傷をつけることすら、できないと言うことだ!!」


 ダンッ! と、再度目の前へと接近してくるアダム。

 なるほどーーたしかに、よく観察できている。

 奴の言った通り火炎陣は、俺の近くにいるほど攻撃範囲が狭くなってしまうため、俺の移動距離が長いほど、広範囲を焼くことができる技だ。

 そして、五式ある火炎剣の内、すでに奴には、四式を見せてしまっていることから、技を理解したというのも、あながち嘘ではないだろう。

 だがーー理解することと、避けることは、別の話だ!

 鋭く放たれる拳の連打に対して、刀でもって迎撃していた俺は、上段の構えから最速の火炎柱を放つ。


「だから、無駄だといったろ!」


 が、予想通りそれを真横へと避けたアダムは、狂喜の笑顔を浮かべると、俺の脇腹ーーさっきとは、逆の方だーーに向けて、拳を放ってくる。

 おそらく、奴は、これでもう一撃入ったと考えているのだろうーー。

 だが、それを跳躍でもって避けた俺は、アダムへと頭上を見せるように横回転しつつ、一式、炎武を繰りだす。

 伸びきったアダムの腕を横凪でもって切り払った俺は、着地と同時に、驚愕に見開いているアダムの右肩へと、上段からの振り下ろしをおこなう。

 ガスん!

 まるで、金属バットでコンクリートの壁を殴りつけたかのような音と衝撃が、俺らの周囲に響きわたる。

 右肩へと食い込んでいる刀へと、俺がさらに一歩踏み込んで力を加えようすると、左手の裏拳でもって刀を叩き上げたアダムは、すぐさま俺から距離をとる。

 驚愕の顔から、怒り顔へと変えつつーーだ。


「どうした? 理解したんじゃなかったのか?」

「ごっ、ゴミ虫風情が、僕の身体に傷をつけるなんて! 本当に、ムカつくよお前!!」

「自然流は、決められた式によって動きをおこなうものだ。だから、すぐに理解し、対策をおこなうのも、お前らなら可能だろうぜ。だがな……自然流の真髄は、どんな体勢、どんな状況でもおこなえるようにすること。理解したところで、対処をさせない変幻自在が俺らの剣術だ。甘く見るなよ」


 そう言いつつ俺は、左手の逆手で刀を掴むと、そのまま姿勢を深くおとす。

 ムカつくことだが、こいつとの戦闘が長引いたせいで、すでに俺らの周囲は、焼け野原となっている。

 こいつは、危険だし強い。生かしておけば、後々最悪な状況を作ってくることさえあり得る。

 だからこそ、ここで最後の五式を遠慮なく振るう!


「いい感じに拓けてきたからな。次で、終わりにしてやる」

「終わりだと?」


 アダムが、肩眉をあげつつそう口にする。

 そうだ。

 奴を消すための炎を、心の中で練り上げた俺は、刀を両手で掴みつつ地面を踏みぬき、一気に加速する。

 火炎剣の中でも、最強の一撃を誇る五式。

 それは、地面による摩擦熱すらも力へと変えた、一撃必殺の業火である。


「火炎剣、五式!!」


 摩擦熱により紅く染まった刀身を、アダムへと下段からの振り抜きと同時に、最大限の感情を燃やす。


「っ!」


 鋭く息をのむアダムの呼吸音と共に、刀へと溜め込まれた摩擦熱が、俺の練りだした炎と共に一気に解き放たれる。


炎帝炎武えんていえんぶ!!」


 今までにないほどの爆音と熱風が、俺の周囲へと広がると共に、一つの巨大な炎の柱が天へと向かって伸びる。

 ーー本来なら、これでどんな人造人間でも跡形もなく炭へと変わるのだが、あいつは、今までの奴らとは、確実に違う。

 そのため、すぐに刀を上段に構えた俺は、予想通り片手を失いつつも、爆炎から逃れ片ひざをついた隙だらけのアダムへと、最後の言葉を呟く。


「終わりだ。人造人間!」


 最大級の攻撃の後に繰り出される、最速の四式。

 どれほど優れていても、避けることは、容易ではない。

 脳天へと目掛けて振り下ろした俺の刀へと、視線を向け続けていたアダムは、その顔を絶望に染めるでもなく、驚愕に凍らせるでもなくーー。

 ニヤリと、まさかの狂喜に染めあげた。


「盾になれーーアイリ」


 その言葉と同じくらいのタイミングで、力の限り振り抜いた俺の手に、たしかな感触が伝わってくる。

 数えきれないほど感じた、あの人造人間の身体を切り裂く感覚だ。

 あまりの驚愕に、刀を振り抜いた俺が、凍りつく。

 なぜならーー。

 俺が斬ったのは、幼い顔をしたアイリだったからだ。

 両手を広げ、アダムを守るように立っていた少女は、涙で濡れた瞳を、俺へと向けてくる。


「っ!!」


 すぐさま片手で、その小さな身体を抱き止めた俺は、その場から後方へと大きく跳躍すると、彼女をすぐに地面へとおろす。


「アイリちゃん!!」


 俺の一撃によって、右肩から左腰へと袈裟斬りに斬られた彼女は、大量の緑色の液体ーー彼女達にとっての、血液を垂れ流し続ける。

 くそ! あまりにも咄嗟のことで、加減ができなかった!!

 確実に、傷が心臓部まで届いている。致命傷だ!!


「しっかりしろ! アイリちゃん!!」


 虚ろな瞳で、俺の顔を見ていた彼女は、その瞳を後方へと向ける。

 つられるように俺も振り替えれば、そこには、地面に倒れつつ驚愕に顔を染めているミクがいた。


「お……お姉ちゃん」

「嘘ーーアイリちゃん!」


 声帯機能までもが、すでに止まりつつあるのか、独特の機械音でそう呼び掛けるアイリちゃんの元へと、駆け寄ってくるミク。


「せせせ、先輩! アイリちゃんが!!」


 強く俺の腕を掴みつつ、ミクが助けてほしいというように、俺へと潤んだ瞳で見てくるーーが。

 もうーー手遅れだ。


「……ミク。彼女が、何かを伝えたいはずだ。きちんと、聞いてやってくれ」

「先輩!! なんでそんなこと言うんですーー」

「おっ、お姉ちゃん……」


 俺の肩を強く掴んできたミクは、怒った様子だったが、すぐにアイリちゃんの方へと顔を向ける。


「わっ……私、あっ、謝りたかった。あの、あの時、助け、助けてくれたお姉ちゃんに」

「いや! ダメだよアイリちゃん!! 諦めないで!!」

「わっ、私を、信じて……くれ、て。あっ、ありが……とう」


 ポロポロと、大粒の涙を流すミクへと、笑顔のまま、同じく涙を流しているアイリちゃんを預けた俺は、その場からそっと立ち上がる。

 ーー前までは、彼女達の涙など、ただの偽物だと思っていた。

 どうせ中身は、機械でできている。俺らを動揺させるためだけの、凶悪な武器だとさえ考えていたこともあったほどだ。

 だが、こうして彼女と短い時間会話をして気づくことができた。

 他の奴らはともかく、彼女は、間違いなく俺らと変わらない存在だったんだ。

 例え、酷い扱いを受けていたことがあったとしても、きちんと両親に対する愛を持っていたし、素直に悪いことをしたら謝ることだってできる。

 なによりーー他者を心配する優しい心を持っていた。


「……まったくもって、不思議だな低能。その表情をしたいのは、僕の方だよ。大切な同類を、また君達に殺された」

「ーー殺された?」


 違う。断じて違う。

 彼女は、言っていたーー自分は、人間に対する恨みなどないと。

 幸せであったのに、頭をいじられて、おかしくなったと。


「お前が、彼女を殺したんだ!!」

「おいおい、酷い責任転換だな低能。お前が、その手で斬ったんだろうが!!」


 許すものか。

 こいつだけは、絶対に!!

 鋭くした手刀を振り上げたアダムと、振り下ろした俺の刀がぶつかり合うその瞬間ーー。


「イヤーーー!」


 絶叫と共に、後方からあり得ないほどの熱風が押し寄せてくる。

 突然の現象に、慌てて攻撃をキャンセルした俺が振り返ると、そこには、アイリを抱き抱えつつ大泣きしているミクが、天を仰ぎ見ていたーーのだが、その全身から、あり得ないほどの炎を溢れ出させていた。


「なっ!」


 なっ、何だあれは!?

 たしかに、俺らの魔導兵装は、感情を自然現象へと変換する物だ。

 だが、それにも限界というものがあり、あのように全身から放出することなど、できないはずなのだ。

 なにより、人間の精神力が持つはずがない。


「なんだ? あの女っーー!」


 あまりの現象に、俺だけでなく、アダムも攻撃を中断しており、まるでおかしな物を見るような視線を向けていると、突然、その場に両膝をつきだす。

 しかも、そのまま、片手まで地面へとつき始めた。


「なっ、なっ!!」

「チィ! やめろミク!!」


 とにかく、訳のわからない奴になど、かまっている余裕はない。

 やめるよう声を出しつつ、すぐにその場から動こうとした俺だが、奇妙な笑い声が隣から響いてきた為に、その足を止めてしまう。


「あはっ! ーーあははは!! まさか! まさか、こんなことがあるのか!!」

「あぁ!? テメェ、ついにイカれたか?」

「愚かだよ! まったくもって、愚かだよ君たちは!! なぜ、彼女の近くにいて気がつかない!!」


 はぁ?

 何をハイテンションになって、訳のわからないことを言ってんだこいつ。


「だが! 無理も……ない! これは、僕達にしかわからない……からな!!」


 などと言うと、まるで、重力に抗うかのように、苦痛な顔をしつつゆっくりと立ち上がり始めるアダム。

 なんだ? いったい、先から何がおきていやがる!?


「素晴らしい! この僕ですら、従えるその力! あぁ! こんなにも近くにいるのに、手が伸ばせないなんて! なんて、弄る悪なんだ! 僕のイブ!!」

「なっ、何を言ってーー」


 とそこで、俺の脳裏に、三浦さんの証言がよぎる。

 ミクが、たったの一言で人造人間を従えさせたということ。


「まさか!!」


 今のあいつは、それをおこなっているか!?

 バカな! どうしてそんな!


「くっくく! あははっ!! 見つけたぞ! ついに見つけた! 僕のイブだ!!」

「テメェ。先から気持ちの悪いことばかりーー」

「おい! 何をしている低能? 今の彼女には、僕達は近づけないどころか、命令に抗うことすら難しいんだぞ? 早く、あの気味の悪い炎を止めてこい」


 はぁ!?

 なんでこいつの指示に従わねぇとーー。

 と思いはしたが、あり得ない現象ではあるものの、たしかにあのままでは、精神力を使い果たして、いずれ廃人になりかねない。

 早く止めにいかなければならないのは、もっともな意見ではある。

 ーー正直、ここでこいつを逃すなど、絶対にしたくはない。

 こいつは、あきらかに他の人造人間と違って、人を殺すことを目的にしている。そんな奴を、逃がせばどうなるかなど、容易に想像ができるはずだ。

 だが、今は、ミクの命の方が危ない。


「くそったれ! テメェ、次にあった時は、覚悟しろよ!!」


 と言ったところで、こいつにはなんの意味もないことは、わかっていたのだが、言わずにはいられなかった俺は、それだけ吐き捨てると、すぐにミクの元へと走り出す。


「ミク! やっ!?」


 ーーめろって言いたかったのに!

 あっ、熱い!!

 あり得ねぇ! 俺が繰り出した炎帝炎武よりマシだろうが、口を開くだけで、喉が焼けるように痛むぞ!

 いや! 呼吸すらキツい!


「みっ、く!!」


 肌に刺さるような熱風の中、片手を風避けにしつつ前へと進むが、まるで俺の言葉が届いていないかのように、炎が収まる気がしない。

 くそ! どうすれば!!

 声も届かなければ、触れることすらできない。

 いったい、どうすればミクを救える?

 なおも前進しつつ俺が、頭をフル回転していると、ある言葉が思い浮かぶ。

 ーー最悪だ。もし、この方法が間違っていたら、切腹するまである方法だぞ。

 でも、もしそれで何とかなるのなら、しない手はない!

 肌が焼けるような痛みの中、なんとかミクに手が届くまでの距離に近づいた俺は、覚悟を決める。

 そうさーー守るって、約束したもんな。

 目をつぶりつつ、なおも天を見上げるミクへと、両手を伸ばした俺は、服が焼け消え、肌が焼けつつも、きちんとその小さな身体を抱きしめる。

 死なせない! 絶対に!


「くっ!」


 燃える熱風の中、ミクの顔をしっかり瞳に焼きつけた俺は、その小さな唇へと、自分の唇をそっと重ねる。

 そうーー俺の思い出した方法とは、接吻せっぷんーーいわゆるキスである。

 あの三浦さんとあった日、帰り際に教えてもらったこと。


『参考になるかわかりませんが、ミクが意識を失った時の事をお話しします。駆けつけてくれた近衛さんが、彼女の唇にしたのです。その……キスを。そしたら、ミクは、まるで力を使い果たしたように、その場に倒れたんです』


 最悪だよ。本当に最悪だ。

 ロマンチックでもなければ、肌の焼ける匂いしかしないし、口の中は、鉄の味しかしない。

 しかも、俺は初めてだってのに、本当に最悪だ。

 だが、そうは思いつつも、収まってくれと願いをこめて、強くミクを抱きしめる。

 頼む。ここで、お別れなんてやめてくれ。

 もう俺は、すでに三人も失っている。

 これ以上、俺の前から誰もいなくならないでくれ!!

 という俺の思いが通じてくれたのか、驚くほど呆気なく、ミクから炎が消え失せる。


「はっ。ははっ」


 炎が消えたことが肌でわかった俺は、唇をゆっくりと離すと、そんな壊れたような笑いがこみあげてくる。

 腕も足も顔もーーどこもかしこも、熱をおびていて、激しく痛む。

 だが、俺の腕の中では、泣きつかれた赤子のように、小さな寝息をたてるミクがいてくれる。


「よかった……本当に、よかっ……た」


 という言葉をもらすと共に、複数の足音が近づいてくる音を最後にして、俺の意識が遠退いていくのだった。










「無様を通り越して、恐怖ね。そこまで包帯まみれだと」


 という辛口発言をするのは、もちろん俺らの隊長である沖田アヤメである。


「うるせぇな。もう、耳にタコができるくらいきいたっての、その言葉」

「あらそう。なら、どうして毎日見舞いに来てあげているのに、いっこうに包帯の数が減らないのかしら?」

「そんなの医者にきけよ。俺が知るかっての」


 あの激戦から一週間が過ぎ、今現在病院の一室で、両手と顔に包帯をグルグル巻きにされている俺は、そうアヤメへと答えてやる。

 目が覚めてから状態を教えてもらえば、左肩は、骨が見えるほど肉が削がれており、全身ーー特に顔面と両手ーーは、びっくりするほどの大火傷。そして、左の肋が二本ポッキリと折れていたらしい。

 そんな大怪我を、今は、動かせるまで回復したのだから、減らないくらいでなんだというのだ。

 しかも、一応話せるようにってことで、口を巻かないでくれたのは、先生の配慮だろうか?

 そんな配慮があるなら、毎日毒を吐いてくるこいつを、俺の精神安定のために即刻追い出してくれ。


「私を裏切るから、そんな目にあうのよおバカさん」

「ーーあのさ。もう、その件は謝ったしきちんと説明したろ? いつまで引きずってるわけ?」

「知らなかったの? 私は、執念深いのよ」


 などと、長い髪の毛を手で払ったアヤメは、俺へとニッコリ微笑んでくる。

 戦闘狂で執念深いとかーー終わってんじゃん、お前。


「それと、これも知っていたかしら? 水をかけると早く火傷は治るらしいわよ」

「この! どこ情報だテメェ! 今すぐ先生呼んでこいや!!」


 ギリギリと、なぜか水をぶっかけようとしてくるアヤメの手を防いでいると、病室の扉が、控えめに開けられる。

 誰かと思い視線をおくってみるとーーなんだ、ミクか。


「しっ、失礼しま~す」

「ダメよ。帰りなさい」

「なんでお前が答えるんだよ。おう。元気そうだなミク」


 オズオズと、ゆっくりと部屋へと入ってきたミクへと、なぜか睨みつつ出ていくようにアヤメが言ったので、その頭をひっぱたいてから、俺が片手を挙げつつ招き入れてやる。


「というか、あなた。何その服? 一番隊の自覚があるわけ?」

「ふぇ!? だっ、ダメでしたか?」

「ダメに決まっているでしょ。さっさと、着替えてきなさい」

「何でだよ。休みなんだから、別に何着てもこいつの自由だろ。似合ってるじゃねぇか」


 よくわらない真っ白な上着には、ゆるキャラのようなライオンの顔がプリントされており、爽やかそうな水色のミニスカートを着用して、完全なオフスタイルのミク。

 そんなミクに対して、なぜか着替えてくるように告げたアヤメへと、俺が軽くフォローしてやると、ものすごい不機嫌顔を向けられた。

 なっ、なんだよ。


「ーー先からなんなの? ずいぶんと、この小動物に甘くなったわね、ユウ」

「はぁ? 別に、甘くなんてないだろ」

「やっぱり、あれかしら? 同じ屋根の下にいるから、この小動物に篭絡されているわけ? こんな、凹凸おうとつのない女に」

「おっ、おうとつ!?」


 おいおい、やめろよその攻撃。

 てか、俺的には、あの日以降ミクに対するあたりが強いお前の方が、おかしいと思うんだけど?

 何をそんなにいじめるのか、よくわからんのだが?

 そして、絶対に身体的特徴をとどめに持ってくるのは、本当にやめてほしい。

 お前は、この後どうせ帰るんだろうけど、この後のメンタルケアしてるの、俺なんだぞ?


「まぁ、いいわ。私もし、こんな小娘にかまっている時間なんてないから」


 といいつつ、おもむろに立ち上がると、スタスタと帰ってしまうアヤメ。

 ほらな? 最悪だよあいつ。


「おっ、おうとつ……」

「あーその、なんだ? お前は、まだ14歳だろ? これからだって、そういう成長は」


 ガックリと、部屋の隅に崩れ落ちたミクへと俺がそう声をかけると、フラフラしつつも、きちんと椅子へと座ってくれるミク。


「で、どうだった?」

「はっ、はい。その……残念なことに、三人と数人の刑事の遺体は、発見できなかったらしいです。先輩の読み通りで、きっとあのアダムとかいう人が、跡形もなく消してしまったんではないかっていうのが、警察の考えみたいです」


 ……そうか。

 あいつの様子からして、そんな気はしていたが……できれば、当たってほしくなかったな。


「まぁ、嫌な予想が的中したわけだ。わざわざ、ありがとうな。休みの日に、警察なんて行ってもらってよ」

「いっ、いえ。そのーー私も、アイリちゃんを守れませんでしたから……」


 消えいりそうな声で、そう呟くと、スカートを握りしめるミク。

 初めて、俺ら側の人造人間に出会っただけでも、俺の中では、奇跡に近かったと思う。

 だから、そこまで落胆することはないのだ。

 だが、こいつの中では、任務で初めてあった人造人間が彼女であり、なおかつ手を伸ばせば救えたはずなのに、自分の実力が足らずに、止めきれなかったことが悔しいのだろう。

 それでも、何度も言ってやった。

 初めてで、しかも実践で使えるレベルでないのに、よく持ちこたえてくれたと。

 だが、所詮は、俺の言葉だ。

 折り合いは、自分でつけるしかないのだ。


「……その道は、俺も通ったからよくわかる。自分の力不足で、救えたはずの命が、救えなかった時の無力感は、かなりキツいよな」

「……はい」

「だから、次は、きちんと救えばいい」


 今もなお、俯き続けているミクの頭へと、そっと手を置く。

 ピクリと、一瞬少し震えたが、特に振り払われることもなかったので、そのままなるべく優しく撫でてやる。


「俺も、あの時手を止める力が足りなかった。まだまだ、俺も弱い。これから、ゆっくりと強くなればいいさ」


 そう。

 俺もミクも、まだ始まったばかりだ。

 初戦としては、とても苦い記憶になるが、それでも俺らには、まだ命がある。

 まだ、次があるのだ。


「うぅ~。せんぱ~い!」


 などと、感傷深くなっていると、顔をあげたミクは、まさかの大泣きプラス鼻水という、酷い顔であった。

 これには、さすがの俺も一気に現実へと引き戻されてしまう。

 くっ、こいつは、雰囲気をぶち壊す天才かよ!


「おっ、おう。泣くな泣くな。ほら、ティッシュいるかって! お前、バカ野郎! 顔を擦りつけるんじゃねぇ!!」

「うぇーん! 強くなります! 私、強くなりますから!!」

「ちょっ! おい! わかったから、やめてくれー!!」


 グリグリと、なぜか嬉しそうな顔で俺の服に顔を擦りつけてくるミクに対して、たまらずそう叫ぶ俺。

 なお、この後憤慨した看護婦さんが来るや、二人してきちんと叱られてしまった。

 ーーもしかして、俺の見舞いにくる人って、俺の療養を邪魔しに来てるんじゃねか?









 それから数日後ーー。

 やっと退院の許可が出た俺は、なぜかウキウキ気分で出迎えてくれたミクが、手を出してくるので、ため息と共に持っていた荷物を引き渡す。

 やれやれ、やっとあそこから退院できたぜ。

 毎日毎日、看護婦さんに怒られる日常だったから~主にこいつと、アヤメのせいで。


「むふふ! 先輩、待ってましたよー! さあさあ! 入って入って!」

「お前、なんでそんなに嬉しそうなの? 俺は、退院してきたばかりで、疲れてんだけど?」

「知ってますよ。だから、元気がでる料理を作って待ってました!」


 元気がでる料理?

 スキップするように、軽やかにリビングへと入っていったミクを追って、俺も入るとーー。

 テーブルの上には、たしかに、すでに料理が置かれていた。

 のだが、その料理が意外すぎて、俺の思考が一瞬にして止まってしまう。


「じゃじゃーん! なんとびっくり、三島美久特製、目玉焼きハンバーグで~す! どうですか先輩!」

「おっ、おう。これは、驚いたな」


 まさか、俺の好物を作っていたなんてーー。

 あまりの驚愕に、俺が動けないでいると、背中を押して座るように誘導してくるミク。


「えへへ。さあ、いっぱい食べてください! なんと言っても、先輩の為に作りましたから!!」

「そうか……ありがとうなミク。それじゃ、遠慮なくいただくよ」


 俺のために、わざわざ作ってくれたのか……。

 と思いつつ、箸で一切れきった俺は、それを口へと運ぶ。

 ーーうん。肉汁も出て、しっかりとした味つけがされている。

 とても美味しい。

 ニコニコしつつ、俺が食べているのを、ずっとミクが見ていることに気がついた俺は、さっそく答えてあげることにする。


「美味しくて、すっかり言い忘れるところだった。とてもうまいよ、ミク。ありがとうな」


 と素直に伝えてやると、なぜか頬を紅くしつつ、顔をそらしたミク。

 へっ?


「ずっ、ずるいですよ今の笑顔は。普段は、カッコいいくせに、すごく可愛かった……」

「あっ? なんだって? 小さくて聞こえねぇぞ」

「いっ、いえいえ! なんでもありませんよ!!」


 はぁ? なんだ急に。

 聞こえないって言っただけで、テンパりやがってーーおかしなやつ。

 などと、思いつつ俺が食べるのを再開すると、またも顔を反らしつつぶつぶつ呟くミク。

 さすがに、ここまでくると怖いまであるがーーまぁ、ハンバーグが美味しいから、許してやるか。

 ピーン、ポーン。


「ほぇ?」

「あん? なんだこんな時間にって、まだ昼だけどよ」

「あぁ、先輩は食べててください。私が見てきますよ」

「うん? そうか、悪いな。もし、部下の誰かだったら、隊長命令で同棲しているんですが? 文句ありますかって、言っておけ」

「あはは。言えたら、そうしますね」


 と、俺が撃退法を教えてやると、苦笑いしつつ玄関へと向かうミク。

 まったく、こんな昼間にいったい誰だ?

 新聞屋なんて来るわけないし、募金活動でもしてんのか?


「ギャー!!」


 などと、思いつつ食事をしていると、乙女としては、あり得ない悲鳴をあげつつ、バタバタと慌てて戻ってくるミク。


「おい、うるせぇぞ。近所迷惑だろうが。なんだ、どうした?」

「せせせせ、先輩! たたたたた」


 た?


「大変です!!」

「だから、何が大変「失礼するわよ」ーーはぁ?」


 あり得ないほど動揺しまくっているミクへと、俺が理由を尋ねようとしたその時、割り込むように一人の人物が、リビングへと入ってくる。

 真っ白なロングヘアーに、獲物を狙うかのような真っ赤な瞳。

 そして、その手に握られているのは、数週間前に見た物よりデカイーーキャリーケース。

 カランっと、俺の持っていた箸が地面へと、悲しい音をたてて落ちる。

 いやいやいや。あり得んよ俺。

 もしかして、幻覚を見ているんじゃないか?


「あら? ずいぶんと、美味しそうな物を食べているじゃないユウ。玄関に出迎えもせず、良いご身分ね。まさかと思うけど、そこに転がっているメスガキの手料理なんて、怖いこと言わないわよね?」

「めっ、メスガキ!?」

「おっ、おい。アヤメ? 部屋を間違えていると思うぞ? なんだその、無駄にバカデカイキャリーケースは?」


 そう。

 そこに立っていたのは、我らが一番隊隊長であり、その手に掴んでいるあり得ないほどのデカイキャリーケースが、徐々に俺の血の気を引かせていく。

 おいおい、頼むぜ。こっちは、退院したばっかりなんだぞ?

 まさかと思うけど、変なことを言わないでくれよ!!


「あぁ、これ? これは、私の生活に必要な私物よ。喜びなさいユウ。これから、毎日私が起こしてあげる」


 ニッコリと、一度も俺を起こしたことがないくせに、そんな最悪な宣言をしてくるアヤメ。

 ふっーー


「ふざけんなお前! こんな狭い部屋に、三人も住めるわけねぇだろうが!!」


 そうだよ!

 ただでさえ、一人で住む用の小さい部屋だぞ?

 これ以上増えてみろ! 寝ることすら難しくなるわ!!


「あらそう。なら、一人出ていくしかないわね」


 などと、俺の悲痛な叫びを軽く受け流したアヤメは、キャリーケースをその場に置くと、さも当然のように腰から刀を抜き、いまだに混乱しているミクへと、その鋒をむける。


「……へっ?」

「知っているかしら泥棒さん? 古来より人間は、欲しいものを、力で奪ってきたのよ」

「おっ、おいアヤメ?」


 ガタガタと、混乱から脱却したのに、今度は、怖さでか震え出すミクに対して、あきらかに瞳から光が失われていくアヤメ。


「さようなら、三島隊士。短い間であったけれど、せめてもの情けで、楽にいかせてあげる」


 いや、どこへー!?

 という俺の心の声は、きっと、同じタイミングで、ミクも叫んだに違いない。

 人々だけでなく、人造人間すらも救ってみせると、決めたのにーー。

 なんで、そんな世間的にも良いことを決めた瞬間に、こうも俺に悲劇が続くんだ?

 頼む。誰かーー俺を助けてください。

 そして、願わくば、安らぎをください。

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