第5話 ファーストネームの意味

『ユウ。俺は、もっと多くの人を救うぜ! そんでもって、お前にも負けねぇからな!』


 あぁーー俺も負けねぇよ。


『ユウさん。俺、人造人間と戦う時、どうしても怖い時があるんです……向いてないんですかね?』


 そんなことねぇよ。俺だって、怖い時があるさ。


『ユウ副隊長! 僕、副隊長みたいに強くなりたいです! だから、もっと稽古をつけてください!!』


 バカ野郎が。俺なんかより、他の隊長を目標にしろよ。


「成瀬副隊長。真面目すぎなんですかね……自分。どうしても、腕が上達しなくて。やはり、騙し討ちとかを習得した方がいいんですかね?』


 志島。お前は、真面目が美点なんだ。下手なこと覚えると、逆に腕が下がるぞ。


『ねぇユウ。今回で、何人目かしら?』


 ……何人目?

 あるお墓の前で、座りつつ手を合わせていたアヤメからのその一言で、俺は、やっと自分の後ろを振り返った。

 そこには、多くの人が倒れている。

 同じ時期に一番隊に入った奴。俺の初めてのパートナー。俺を慕ってくれた奴ら。

 ーー何人だ?

 何人、俺は護れなかった?

 ……わかんねぇな。もう、数えきれないくらいだってのが、唯一わかることだが。


『そうね。私も、もう数えきれないくらい見送ってきたわ』


 そう言いつつ立ち上がったアヤメは、長い髪を耳へとかけると、俺へと続けて話しかけてくる。


『ねぇユウ。私ね、今までどうして永世光和組の中で、ファーストネームを口にしてはいけないのか、正直いってわからなかったの。それが、今わかったわ』


 へー、俺もわからなかったのに、よくわかったな。

 教えてくれよ。


『それはね。。でないと、引っ張られてしまうじゃない……先に行った人達に』


 ……なるほどな。


『だからユウ。約束しましょう』


 うん?


『私達は、これからお互い以外ファーストネームで呼び合うのを禁止するのよ。どうかしら?」


 ふわりと、髪を片手で抑えつつ振り返ってそう微笑んだアヤメに対して、俺はーー。

 頬を流れる水を拭きつつ、こう返した。

 ーーそれは、いい考えだな。







 ゆっくりと、意識が覚醒していく。

 眩しい光が当たったかと思えば、それは、見慣れない天井の照明だったので、重苦しい身体を支えつつ俺が上体を起こすとーーどうやら、病院の一室らしい。

 怪我する度にきていたから、意外とすぐに理解できたのが悲しいことだが。

 と、自著気味に鼻をならすと、視界の隅で、何かが地面へと落ちる。

 花?


「あっーー成瀬先輩! よかった! 気がついたんですね!?」


 視線を花へともっていくと、そこには、歓喜の顔を浮かべた三島が立っていた。

 どうにも、俺のそばにある花瓶へと花を添えようとしたらしい。

 だがーーそれよりも、状況の確認が先だ。


「三島。あれから、どうなった?」

「あっ、はい。その、あの時私を庇ったせいで、先輩が倒れてしまって。一日眠ったままでした。先生の話では、命に別状はないとのことですけど、一応頭を強く打っているとのことで、しばらくは入院するようにとのことです」


 俺が目覚めたことが嬉しかったのか、駆け寄ってきた三島へと俺が現状の報告を頼むと、面食らったかのような顔になりつつも、一応俺の状態を教えてくれる。

 だが、残念なことに俺の質問の答えとは違うな。


「俺の状態はどうでもいい。知りたいのは、あの子供型の人造人間がどうなったかだ」

「どっ、どうでもいいってーー彼女は、今も逃亡しています」


 俺の言葉に、一瞬眉を寄せた三島であったが、一番知りたい情報を、そう素直に教えてくれた。

 そうかーーやはり、逃してしまったか。

 俺としたことが、痛手だな。


「あのーー成瀬先輩」


 最悪な結果に、額へと手を置きつつ俺がため息をつくと、何やら消え入りそうな声で、俺を呼ぶ三島。


「あぁ? なんだ?」

「その。ごめんなさい!! 私のせいで、先輩に怪我をさせてしまって、本当にごめんなさい!!」


 バッ! と、その場できれいに腰を曲げつつ、大声で謝る三島。

 なんだ。そんなことか。


「やかましい。病院だぞ」

「うっ! すっ、すいません」

「別に気にするな。俺は、お前のパートナーでなおかつ副隊長だ。部下のために身体を張るのは、当然のことだからな。むしろ、防ぎきれなかった俺が悪い」


 そう、俺の負傷は自業自得の結果だ。

 あの場で、三島に気を取らず、きちんとアイリに注意を払っていれば、こんなことにはならなかったんだからな。

 だから、これは本心だ。


「ーー先輩」


 俺の言葉に、なにやら感動したような顔をした三島だが、その反応は早すぎるぞ。

 なぜなら俺は、これからこいつに伝えなければならない言葉があるからだ。

 そして、それを伝えれば、こいつはきっと俺を嫌いになるだろう。

 でも、それでいい。


「三島ーーお前、永世光和組を辞めろ」


 淡々と冷酷に、俺は、三島の顔を見もせずそう告げる。


「……えっ?」


 そして、数秒遅れて想像通りの気の抜けた声が三島からもれる。

 なので、今度はあえて三島の目を見つつ俺は、続く言葉を告げる。


「今回ので理解した。お前は、はっきり言ってこの仕事には、向いてねぇ。だから、辞めろ」


 そう。

 今回の件で、はっきりした。

 三島は、優しすぎるのだ。

 前に、永世光和組に入るきっかけを聞いた時から、少し危ういと思っていたが、今回の件でそれがはっきりと出てきた。

 こいつは、人造人間への恨みや憎しみを抱いたり、一般人を護りたいという感情でここに入ってきたのではない。

 誰かを救うーーもしくは、弱い人を救うヒーローのように見えた永世光和組に憧れて、入ってきたのだ。

 つまりは、こいつの中では、弱者を護るもの=永世光和組になっている。

 だが、現実はそうではない。

 この前の人造人間タロウもそうであったがーー世間的に見れば、同情を誘うような動機で暴走するものが人造人間の中にはいるのだ。

 そして、今回のアイリもその一人。

 見た目からして、人間の情緒に訴えかけるような存在だが、結局は、自身の逃亡のために俺らを殺してもおかしくないほどの手段を、あいつは平然と打ってきた。

 それが、暴走した人造人間の本性であり、そいつらの同情を誘うような、いかなる訴えをも鉄の心で無視して、人々の平穏の為に切り捨てるのが、俺ら永世光和組だ。

 だからこそ、あの真面目一徹の志島でさえ、暴走した人造人間を相手にした場合、刀を緩めるようなことは、決してしなかった。

 だが、こいつは違った。

 暴走した人造人間ですら、俺らと変わらないと考えていやがる。

 そして、それを問答無用で斬りつける奴らは、こいつには、悪に見えてしまうのだ。

 それでは、犠牲を最低限で抑えることなど、できない。

 なにより、いずれこいつが命を落とすことになってしまう。

 だから、ここで微塵の優しさすら出さずに、拒絶する。

 それが、こいつのためだ。


「どっ、どうしてですか? もしかして、私が今回先輩を怪我させたからですか?」

「違うな。任務中の完全な命令違反。それと、暴走状態の人造人間への一時的な味方行為。なにより、上司に向かっての抜刀行為なんてのは、特別な理由以外禁止行為だ。他にもいろいろとあるが、これ以上理由がいるか?」


 まぁ、今言ったのは、人造人間の味方以外それほど重い罰ではないのだが、理由付けにしては、ちょうどいいだろう。


「そっ、そんな。でも、私はーー」

「しつこい奴だな」


 なおも、まだ何かを言おうとしている三島に対して、俺は、心を殺しつつも、最大限の睨みをきかせーー。


「お前がいると、仲間が死ぬって言ってんだよ。ようするに、足手まといだ。さっさと、荷物まとめて、とっとと消えろ」


 そう、最後に突き放す言葉を告げる。

 俺の言葉に、じわりと瞳に涙を溜めた三島は、ふらりとバランスを崩しつつも、身を翻して、その場から走り去ってしまう。

 ……はぁ。

 我ながら、酷い言い方だったと思う。

 正直あの顔を見てしまうと、心が痛むが、それでもこれがあいつのためだ。

 憎まれようとも、命には、変えられない。

 などと、心の中で結論づけていると、病室の扉をノックする音が響く。


「どうぞ」


 確認する元気もなかった俺が、窓の外を見つつ促すと、近づいてきた人物は、俺の膝へとフルーツの盛り合わせを置いてきた。


「思っていたよりも、元気そうね。ユウ」


 なんだ、お前かよ。


「元気そうで悪かったな。あいにくと、簡単には死ねないんでね」

「あらそう。それなら、なおのこと良かったわ」


 そう言うとフルーツを置いてきたアヤメは、俺の見舞いの品のはずだと思われるのに、勝手にリンゴをそこから取ると、遠慮なくかぶりつく。

 いや、お前が持ってきた物だから、別にいいけどよ。

 わざわざここで食うなよ。


「それで、彼女と何かあったの?」

「彼女?」

「そこで、三島ミクとすれ違ったわ。彼女、ものすごい泣いていたけどーー何したのよ?」


 あぁ、そういうことか。

 確かに、タイミング的にすれ違っててもおかしくねぇわな。


「いや。ただ、あいつに永世光和組は向いてねぇから、辞めろって言っただけだ」


 と説明しつつ、俺もバナナを取り出して食べ始めると「ふーん」と、リンゴを食べつつ俺の顔をジッと見てくるアヤメ。


「やめろよ。食べている時に見つめられるのは、気分が良くない」

「はぁあ~。ねぇユウ」


 なんだよ、その大きなため息。


「ユウは、私の好きな食べ物知っているかしら?」

「あぁ? んなの知ってるに決まっているだろ。蕎麦そばだろ?」

「えぇ、正解よ。ユウの好きな食べ物は、お子さまよろしくハンバーグだものね」


 ……何こいつ?

 喧嘩売りに来たわけ?


「ユウが、五歳の頃に私の家でおねしょしたことだって、知っているわよ?」

「あぁ? 先から何なんだテメェ。それなら、テメェの五歳の頃の将来の夢なんて、お花屋さんだろうが。遠く離れた夢見やがって。今からお花屋さん目指してみろよ。腹抱えて笑ってやるからよ」


 なにやら突然触れられたくない過去を触れてきたので、お返しにそう言ってやると、脛を思いっきり殴られた。

 もう、何なのこいつ。


「つまりは、。どうせユウのことだから、彼女にきちんと説明もしないで、一方的に辞めろって言ったんでしょ?」

「いってぇな……それが何だよ。てか、どういうことだ?」

「私は、ユウと昔から一緒にいるから、言葉の裏もきちんと理解できるわ。だから、私にいつも辞めろって言ってきても、それが私の身を案してくれての言葉だと理解できてきるから、私は辞めずにいれる」

「……意味がわからねぇ。結局、何が言いたいんだよ」


 殴られた脛を擦りつつ俺がそう言うと、食べかけのリンゴを俺の顔へと押しつけてくるアヤメ。


「彼女のことを、? しかも、たったの数日でね。せめて、もう少し理解してから突き放してあげたらどう?」 


 と、にこりと、いたずらっ子のように笑みを浮かべたアヤメは、そのまま立ち上がると「間接キスだから、嬉し泣きしていいわよ」などと、ふざけたことを言いつつ出口へと向かっていく。


「誰がするかって、お前。普段は、二人きりの方がいいとかなんとか言っておきながら、お前もあいつが心配なわけかよ」


 さすがの俺も、わかりきった事実を再確認させられると、少し顔が熱くなってしまったので、仕返しとばかりにそう言ってやると、顔だけ振り返ったアヤメはーー。


「バカね。その気持ちに嘘なんてないわよ。ただ、あの子のことで私のユウが全力を出せなかったら、困るでしょ?」


 と、気恥ずかしいことを言いつつ去っていってしまった。

 私のユウってーー。


「はっ……誰が、お前の物だよ」


 押しつけられたリンゴを持ちつつ、俺は、アヤメの言葉を頭の中で繰り返すーー。

 三島のことを、もっと知ってからーーか。

 たしかに、それからでも遅くはないのかもしれない。

 考えてみれば、あいつとは、出会いからして異質すぎたのだ。

 訓練校を一ヶ月で卒業したにも関わらず、腕っぷしもダメなら、知識もほとんどなかった。

 そして、異例の局長命令の配属。


「あいつに乗せられた気がしてムカつくが……調べてみるか」


 本当にムカつくことだが、暇なこともあるしな。

 そうと決まれば、こんなところで寝てるわけにはいかねぇ。

 明日にでも、動き出すかね。

 そう決めた俺は、目の前においてあるリンゴへと、そのままかぶりつくのだった。







『三島ミクについて詳しく調べたいから、育った場所を教えてほしい? またどうして? まぁ、気になるのは私も同じだからわからなくはないけど……いいユウちゃん。本来なら、個人情報に関わることだから、気軽に教えちゃいけないのよ? そのことを忘れずに調べるのよ?』


 という副長の言葉をもらった俺は、翌日、案の定医者に止められたが、平気だと強引に外出の許可をもらって、川崎市へと来ていた。

 三島は、施設育ちだと言っていた。

 だからこそ、副長に育った施設の情報を聞き、そこへと向かって、詳しく聞こうと思ったのだ。

 ちなみに、今回は完全な仕事外なので、この前のアヤメとの食事会と同じく、パーカーにジーパンという休日スタイルで来ている。 

 川崎駅からしばらく歩き、住宅街へと入る。

 さて、副長に教えてもらった住所だと、ここら辺だと思うのだがーー。


「住宅街だから、目立つと思ったんだがーー予想が外れたな」


 すでに近くに来ていると思うのだが、これといって施設のようなものが存在しない。

 どうしたものかと、周辺をウロウロとしていると、どうやら下校時刻だったのか、複数の小学生が、マンションの中へと入っていく姿が見えた。

 ……いや、あれは、本当にマンションか?

 たしかに、パッと見こそマンションに見えるのだが、それにしてはそこまで高くないし、エントランスすら見当たらない。

 その割りには、門は大きく厳重ぽいのだが。


「まさか、あそこか?」


 子供達が入ったのを見計らい、すぐにその場へと向かうと、その建物には、マンションの番号を押す物が存在せず、代わりにインターホンのみが壁に貼り付けられていた。

 やれやれ。

 先入観ってのは、怖いものだな。

 てっきり、フェンスに囲まれた場所を想像していたのだが、まさかこんな立派な建物とは。

 とにかく、無駄足にならなくてよかったぜ。

 などとインターホンを押しつつ、応答を待っていると、しばらくして若い女性の声が聞こえてくる。


「突然、すいません。永世光和組の人間ですが、それで伝わりますか?」


 残念なことに、俺らの存在は意外とマイナーなため、所属を名乗ったところで疑問符を頭に浮かべられることなど、ザラにある。

 なので、そのための警察階級も所持しているのだがーー三島の話だと、永世光和組の隊士が助けに来たとか言っていたので、これで伝わると思い、そう伝えてみるとーー。


「永世光和組? しょっ、少々お待ちください」


 と慌てた様子で応答を切ると、五分後くらいに門から50代くらいの女性が出てくる。

 よかった。やはり、伝わってくれたか。


「初めまして。成瀬ユウといいます」

「……こちらこそ、初めまして。とりあえず、中へとお入りください」


 頭を下げつつそう言うと、少し怪しむような表情をした女性は、門を開けつつ俺を中へと招き入れてくれる。

 まぁ、こんな人目のつくところにいられると困るだろうしな。

 そうして中へと入ってみると、またも俺は、驚いてしまった。

 施設などと聞いていたが、中もマンションとほとんど変わらない作りで、きちんと部屋ーー玄関が何ヵ所も設置されていた。


「こちらです」

「あぁ、すいません」


 あまりの衝撃にボーと立っていると、女性から声をかけられてしまい、謝りつつ後ろをついていくと、名札が無記入の部屋へと通された。

 そして、そこへと入ってみると、どつやら会議室なのか? 広い部屋のみになっている場所であった。


「萌さん。お茶を持ってきてくださる?」

「はい」


 案内された席へと俺が腰を下ろすと、先ほどの若い声の女性と思われる人ーー萌さんというらしい人に、お茶の手配をする女性。


「では、改めまして。永世光和組一番隊副隊長の成瀬ユウといいます。本日は、突然の訪問申し訳ありません」

「ご丁寧にどうも。この『平和の園』の責任者をしています。三浦加奈子みうらかなこといいます」


 一応、身分証と共に俺が名乗ると、同じく名刺を出しつつ名乗ってくれる三浦さん。


「しかしーー永世光和組の方が、本日は、どのような件でいらっしゃったのでしょうか?」

「不安にさせてしまったのなら、申し訳ありません。実は、私の部下に三島ミクという少女がいまして。聞いたところによると、こちらの施設で育ったとか?」


 俺の身分がはっきりしたからか、警戒心が解けた三浦さんが、今度は不安そうな様子になったので、さっそく三島の名前をだすと「あら。あの子の上司さんでしたか」と、驚きの声をあげる。


「はい。では、やはり彼女はここで?」

「えぇ。三島ミクは、たしかに私達の家族です」


 家族ーーか。


「そうでしたか。実は、彼女のことを少し聞かせていただきたくて、本日は、こちらに伺わせていただきました。決して、彼女が何かをしたとかではないので、そこは、心配なさらないでください」


 と、先に不安要素を取り除くと、ホッとした顔をした三浦さんは、にこやかに笑いつつーー。


「そうですか。彼女は、元気にしていますか? 私どもとしても、あの子がそちらに行かれたのは、正直心配していたので」


 と言うと、萌さんがお茶を持ってきてくれたので、さっそく情報の引き出しにかかる。


「彼女は、優しいですから。ご心配になる気持ちも、わからなくありません。もしかして、こちらにいた時から、あのような性格で?」

「えぇ、そうなんです。いつも笑顔を絶やさず、私達も元気をもらっていました。ただ、人一倍優しい子でしたからーーよく、上級生に泣かされている子がいると、立ち向かったりして、喧嘩になる時もあったのが、玉に傷でしたが」


 ふむ。そこは、何となくわかっていたが、やはり小さい頃からそんな感じだったのか。

 まぁ、そうでなければ、あそこで俺に対して抜刀などしないわな。


「それは、三浦さんも大変でしたね」

「いえいえ。むしろ、私達が大変な時は、自ら率先して助けてくれたりもしてくれたので、助かっているところもありましたよ」

「そうですか。あっ、そういえば、彼女手料理もそうとうなものでしたが、それもこちらで覚えたんでしょうか?」

「えぇ。一応、施設から出るとわかった時から、一人でも生活できるように、ある程度のデモンストレーションを行うんです。そこで、覚えさせました」


 なるほどね。

 施設育ちなのに、ずいぶんとしっかりしていたのは、それのおかげか。


「しかし、あの子が元気そうにしていて、本当によかったです。がありましたからーー本当に心配で」

「あぁ、彼女から聞きました。暴走した人造人間が出た件ですね。しかし、我々の到着が間に合ってよかったです」


 と、おそらくその件であろうと察した俺が、出されたのに手をつけないのも失礼かと思い、お茶を飲みつつそう言うと「間に合った?」と、首を傾げる三浦さん。


「えぇ。永世光和組の隊士が、すぐに駆けつけて事なきを得たって、話ですよね?」

「すぐに? まさか、とんでもない! 光和組の方が駆けつけてくださったのは、暴走から一時間後でしたよ」


 ……はぁ?

 三浦さんの言葉に、驚きでお茶を持っていた手が止まってしまう。

 暴走から、一時間だと?

 バカな。そんな時間があれば、この施設にいる人間なんて、全員死んでいてもおかしくない時間だぞ!


「どっ、どういうことですか? たしかに、彼女は、すぐに駆けつけたと」

「まぁ……そうですか。それなら、ミクは、あの時のショックで、記憶が混乱しているのかも知れませんね。間違いありません。光和組の方が来てくださったのは、一時間後でした」


 そんなバカな!


「で、でしたら、多くの人が傷を負ったというのも、彼女の勘違いで、もっと酷い被害が出たんですか!?」

「いいえ。ここの大人が数名傷を負ったのは、本当ですがーーそれ以上の被害は、出ていません」

「えっ? 一時間も人造人間が暴走していたのにですか!?」


 バカな、あり得ない。

 いったい、暴走した人造人間をどうやったら一時間もくい止められるんだ!


「ど、どのようにしてそんな最小限の被害にくい止めたのですか?」


 あまりの前例にないことに、俺が驚愕しつつ 身を乗り出してそうきくと、とたんに三浦さんの顔が暗くなってしまう。


「それは……彼女てす。ミクが、私達を護ってくれたのです」

「えっ? 三島がですか?」


 それは、どういうことだ?

 あいつは、刀すらまともに触れない奴だぞ。

 それが、一時間もくい止められるなんてーー。


「私達もあの時は、驚きました。ちょうどクリスマスの日でしてーー暴走した人造人間は、一階の小学生組の部屋にいたんです。そこには、数人の大人と一緒にミクもいまして、飾りつけをしている時でした。突然、人造人間が暴走したらしくて、子供達の叫び声を聞いて、私達も急いで向かったんです」

「それでーーどうなっていたんですか?」


 俺が待ちきれずに先を促すと、短く息をついた三浦さんは、拳を握りしめつつ話してくれる。


「私達が駆けつけた時には、既に数名の人が傷つき、倒れていました。そして、怯えた小学生の子達を護るように、両手を広げてあの子が立っていたのです。もちろん、私達もすぐにあの子を護るために動こうとしたのですがーーそこで、あり得ない現象がおきたのです」

「あり得ない現象?」

「えぇ。今にも殴りかかろうとした人造人間に対して、片手をまっすぐとあげた彼女は、まるで別人のように一言『従え』と言ったのです。すると、まるで女王に跪く騎士のように、狂暴だった人造人間が跪き……永世光和組の方が来て、首を跳ねるその時まで、ずっとその姿勢のまま居続けたのです」


 ……なっ、何を言っているんだ?

 三島が命令をしたら、人造人間がその通りに動いただと?

 ーーあり得ない。

 バカな話だと、一笑にけることすらバカバカしいほど、ふざけている作り話だ。

 なのに、三浦さんの瞳は、まるで嘘を言っているように見えない。

 きっと、彼女は、事実を言っている。

 だが、あまりにもおかしすぎて、俺の頭が理解を拒んでいるのだ。

 力なく椅子に座り込んだ俺は、髪の毛を一度かきあげる。

 落ち着けーー落ち着くんだ。

 仮に、万が一その話が本当だったとしよう。

 そうなると、暴走した人造人間を、三島は、一言で無力化することができるということになる。

 俺らのように、命をかけて止めるのではなく、ただの一言で。

 ーーなんて、最強の切り札だよ。


「そ、そのことを光和組には?」

「もちろん話しました。駆けつけてくださった方に」


 どこのどいつだよ! そんな、大切なことを言わなかったやつは!!


「その人の名前は、わかりますか!?」


 その人物から、さらに情報を得ようとした俺はすぐに前のめりで三浦さんへと問いかける。

 と、椅子に座り込んでいたのに急に立ち上がったからか、驚いた顔をした三浦さんは「えーと。たしかーー」とこめかみを揉みつつーー。


「近衛さん? だったかしら?」


 と、驚愕の名前を口にした。


「こっ、近衛!?」

「えぇ、間違いありません。愉快な方でしたので、よく覚えています」


 近衛って、近衛局長かよ!!

 て、そうか! その事実を知っていたからこそ、あの人は、局長命令なんてものを使って、三島を最前線の一番隊に送り込んできたのか!

 あまりにも驚きの連続で、ガックリと肩を落とした俺は、今度は、ゆっくりと椅子に座る。


「あの、その事実を本人には?」

「話していません。彼女には、辛い出来事だと思ったので……それに、彼女は、人造人間を止めてから、すぐに気を失ってしまいましたから」


 そうなのか……。

 てことは、あの時アイリを救ったのは、その能力があるから、自分なら傷つけずになんとかできるという意味ではなくーー。

 本心での、あいつの優しさってことか。


「あの、成瀬さん?」

「はい」

「あの子のことですから、色々と迷惑をかけていると思います。何せ、まだ14歳な上に、両親の顔すらも知らない子ですから。ですが、あの子は、人一倍優しい子なんです。ですから、どうかよろしくお願いします」


 そう言いつつ、立ち上がった三浦さんは、俺へと深々と頭を下げる。

 ……辞めろって言っちまった手前、とても心が痛むんだがーー。


「あの~。すいません」


 俺が心の中で舌打ちをしつつ、そんなことを考えていると、萌さんが、おそるおそる俺の元へとやってくると、一枚の色紙を出してくる。


「これは?」

「ここの小学生組の子達が、ミクちゃんの為に書いた物です。すぐに永世光和組の人が引き取って行ってしまったので、お礼ができてなかったと皆で作っていたんです!」

「本当だったら、直接渡したかったのですが……永世光和組の方と関わると守秘義務がありますから。渡して貰えませんか?」


 寄せ書きを受け取りつつ、俺がそれを見ていると、三浦さんからも強くおされてしまう。

 そこに書かれていることは、どれもが感謝に溢れた言葉ばかりであり、ある子にいたっては、三島のようになりたいとまで書かれていた。

 ーー永世光和組たるもの、自分を殺し、世の為につくすべし。

 そこに、名誉や感謝など不要。

 だからこそ俺達は、多くの命を救うことを第一に考えて、心は二の次にする。

 のだがーー。

 いつだったか? 俺も、小さい頃は、アニメの主人公のような、人々の命を救いつつ、心すらも救う優しいヒーローのような存在になりたいと思っていた時期があった。

 だが、現実は、そんな簡単ではなく、仲間は消えていくし、いくら敵に同情しようとも、切り捨てなければならない。

 ヒーローなんて、理想に過ぎないはずだったのにーー。


「彼女は……この子達にとってのヒーローですね」

「えっ? えぇ。そうですね」


 久しく忘れていた思いが、俺の中に広がってくる。


「必ず、彼女に渡します。お忙しい中、お時間をとっていただき、ありがとうございました」


 自然と笑みがこぼれた俺は、三島へと必ず渡すことを誓い、先ほどと同じように、今度は俺が、三浦さんへと深々とお辞儀をする。

 非現実的で、不可能に近い行動かもしれない。

 それでも、賭けてみてもいいかもな。

 そう思いつつ、その場をあとにしようとした俺に「あっ! 成瀬さん!」と、何かを思い出したように三浦さんが呼び止めてくる。


「参考になるかわかりませんが、ミクが意識を失った時の事をお話しします」








 平和の園から病院に戻った俺は、翌日の夕方に退院の許可を貰ったため、夕暮れの中、やっと帰宅することができた。


「あっ……お帰りなさい、先輩」


 と、俺の姿を見るや、安堵の息をつきつつも、消え入りそうな声をだす三島が、机の前に座っていた。

 どうやら、俺が帰ってくるのを律儀に待っていたらしい。

 その証拠に、キャリーケースは、荷物を積め終わったのか、すぐ横に置かれているし、なにより目の前の机の上には、退職届けと書かれた手紙が置かれている。


「お世話になったので、さすがになにも言わずに消えるのは悪いかと思いましてーーなので、居させていただきました。もう、出ていきますから」

「そうかーーちょうどよかった。飯を食いにいくぞ」


 もしここにいなければ、探しに行くところだったからな。

 と思いつつ俺は、考えていたことをすぐに決行するため、三島を食事へと誘う。


「へっ?」


 まぁ、案の定鳩が豆鉄砲をくらったかのようなアホ面をさらしたが。






 三島を連れて向かった先は、ハン&バーグという、俺の行きつけの店である。

 予約していた訳ではないが、すでに店員ーーもちろん人造人間だーーと顔見知りであるため「話しやすい所を頼む」と伝えるだけで、個室へと案内してくれた。


「どれにする? 今日は俺の奢りだから、何でも好きなものを頼め」

「えっ? いや、あの~。これは、いったいどういうことですか?」

「オススメは、ハンバーグだ。ハンバーグ以外は、オススメしない。もちろん、トッピングをつけるのはありだぞ」


 と、いまだに困惑している三島へとそう説明すると「で、では、おろしハンバーグで」と、言ってきたので、すぐに店員を呼び寄せる。


「ダブルハンバーグと、おろしハンバーグを頼む。ライスはどうする?」

「おっ、お願いします」

「では、ライスも二つで」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 ペコリと、頭を下げた人造人間は、注文をきくとすぐに引っ込んでいく。

 さて、始めるか。


「三島」

「はっ、はい!」

「俺の好物は、ハンバーグだ」

「……はい?」


 突然の俺の好物発言に、かくりと首を傾げる三島。

 だが、そんな反応など無視をしつつ、俺は続ける。

 もちろん、


「子供っぽいとかいったら、ぶっ殺すからな。中でも、目玉焼きハンバーグは大好物なんだが、あまりにもアヤメに笑われたから、今日は苦肉の策で自重した」

「えっ? なっ、なんの話しーー」

「俺が剣術を始めたのは、五歳くらいからだ。男なら、武道の一つでも身につけておけっていう親の勝手な理屈で、アヤメのお父さんが経営していた道場に強引に入れさせられた。まぁ、今になって思えば、その経験が戦闘に役に立っているんだから、良いことだったかもしれないな」

「ちょっ、ちょっと待ってください! 先から、いったいどういうーー」

「ちなみに、俺の口が悪い理由は、昔はもっと細くて、小さかったからな。よく女に間違えられてたんだ。それがムカついて、男らしくあろうと強い言葉を使ってたら、いつの間にか抜けなくなっちまってた」

「だから、待ってください!!」


 バン! と、三島にしては、力強い勢いで机を叩いたので、さすがに一度口を閉じてやる。


「っ! 先から、いったいなんなんですか? 突然食事に誘ってきたと思ったら、訳のわからない話ばかりしてきて! 訳がわかりません!!」

「……まぁ、そうだよな」


 一昨日、冷たく辞めろと言ってきた奴が、再会するや突然食事に誘ってきて、挙げ句の果てに己の事を話し始めるのだ。

 訳がわからないし、下手したら恐怖すらあるかもしれない。

 でも、それでも知ってもらいたい。

 でないと、俺の覚悟が伝わらないからな。


「ときに、三島。お前は、どうして永世光和組の隊士が、ファーストネームを呼びあわないか知っているか?」

「また! もう! 先から私は、説明をしてくださいってーー」

「それはな。もしもの時に、引っ張られないようにーー簡単に言えば、死んでいった者達に、愛着を持たせないためなんだ」

「ーーえっ?」


 そう。

 人間とは不思議なもので、名字で呼びあうよりも、名前で呼びあう方が、親近感が沸くのだ。

 そして、俺らの仕事に死別は付きもの。

 一人一人と友好を強く結んでしまうと、いつか耐えきれなくなってしまう。

 だからこそ、お互いを名前で呼びあう事を暗黙の了解で禁止しているし、お互いの名前の漢字すら教え合わないように、気をつけている。

 それでも、強い絆を求めてしまうのも、また人間という者でーー。

 俺も、その力には耐えられず、多くの人と名前で呼びあったりもしていた。

 だが、結局は、その呼びあう相手も、今やアヤメ一人になってしまっている。

 辛いーーとてつもなく、あの感覚は辛いことだ。

 まるで、足元の底が無くなるような喪失感と、自分だけが取り残された孤独感。

 あんな感覚は、二度と味わいたくはない。

 そう思ったからこそ、もう必要以上に肩入れをしないと決めて、他者とは適度な距離を取ってきたし、常に冷酷であろうとした。

 だが、見てしまった。

 

 誰もが子供の頃より学び、実践してきたような、道徳の模範とも言える人物をーー。

 組織に居続けて、皆が捨て去ってきた可能性を、捨てずに実践した奴。

 そいつの理想が、新たな可能性となり、叶うのかどうなのか。

 店へと置かれている手拭きのティッシュを、おもむろに一枚取った俺は、そこへと持ってきたペンで一文字書く。

 もう一度だけ……賭けてみても良いかもしれない。

 誰もがしたいと願いつつも、捨て去ったものを!


「一度辞めろと言った奴が、今さらどの面を下げてと思うかもしれない。だが、俺は、お前に賭けてみたいんだ。人類も、人造人間も変わらないという絵空事に」


』と書いた紙を、三島へと見せる。

 優しく、そして強い男の子でいて欲しいと、親がつけた俺の名前。


「成瀬優……これが、俺の本名だ。三島……お前の事を知りもしないで、きつい言い方をしてすまなかった。もしも、お前の心がまだ変わっていないなら、続けてみないか? 今度は、お前のしたいこと。つまりは、暴走した人造人間と言葉を交わし、止めるような仕事をだ」


 そう口にしつつ、俺は、三浦さん達から託された色紙を持ってきていた鞄から取り出し、三島へと渡す。

 特別な力があったとしても、暴走した人造人間は、恐ろしかったはずだ。

 なのに、自分より弱い者を護ろうと、体を張ったり、俺の殺気を受けても、抜刀してまで弱い者の味方であり続けようとした三島。


「これ……」

「優しすぎることも、また一つの力かもしれない。もし、お前に続ける意思があるのなら、俺が全力を賭けてお前を護ってみせる」


 はっきり言って、どの誰に言ったとしても、鼻で笑われるようなことだ。

 俺らがしようとしていることは、人を殺す人造人間すらも、護ろうとすることだから。

 だが、もしもそれが実現できたらーー。

 もう、誰も傷つかなくて良い世界になるのだ。

 人もーー人造人間もーー。

 俺の名前と、寄せ書きを交互に見た三島は、その手を強く握りしめると、不安げな視線を俺へと向けてくる。


「いっ、いいんですか? だって、私が邪魔したせいで、先輩は傷ついちゃったし、アイリちゃんも逃がしちゃったんですよ? もしかしたら、もっと酷いことになるかもしれませんよ?」

「そんなこと、俺がさせねぇさ。お前よりだてに長生きしてねぇからな、任せろ。それに、俺に傷をおってほしくないなら、お前が早く俺より強くなればいいだけの話だ」


 だから、必要なのはお前の決意だけだ。


「わかっているとは思うが、生半可な道じゃない。俺らのせいで、犠牲が出ることだってあるかもしれない。それでも、人造人間すらも俺らと同じだと貫くというのなら、ここに留まって欲しい。その道が無理だというのなら、今すぐ違う道に行くべきだ。警察や消防士ーーお前の信念を殺さずに人を救う仕事なんて、たくさんあるからな……その子達の思いを、無駄にだけはしてほしくはない」


 俺の言葉を受け、チラリと寄せ書きに視線を落とす三島。

 さぁ……どうする?

 周囲の声すらも、遠くなるような沈黙が、俺らの間に流れる。

 ここで、もし三島が辞めれば、俺もそれまでのことーーもう、二度と人造人間にも被害者にも、同情の感情など持たず、ただ人々のために刀を振り続けるだけ。

 だが、三島が踏み留まるならーー俺も、あの時憧れたような、誰にでも慈悲を与えるヒーローのように、多くの人の心すらも救ってみせる。

 例え、それが人造人間でもーー。


「美しいという字に、久しいという字で、です」


 知らず知らずの内に、力強く握られていた俺の拳が、ゆっくりと開かれていく。

 それは……それが。


「お前の……本名か?」

「はい! 三島美久! それが、私の本名です!!」


 寄せ書きを握りつつ、強い眼差しで俺へとそう告げる三島ーーいや、ミク。

 それに対して俺は、自分でも不思議なほどに、柔らかな声が出ていた。


「そうかーーいい名前だな」








「あの、先輩? 本当にお金いいんですか?」

「あぁ。気にするな。対して高くねぇさ」


 その後、二人してハンバーグを食べた俺達だったが、どうにも予想より高価だったことから、ミクがなおも金額を払わなくていいか聞いてくる。

 あれくらいの金額、べつにたいしたことではないのだがーーたかだか、二人で五千円くらいだし。


「まぁ、あまり金をかける生活してなかったから、貯金はある方なんだ。だから、気にするなミク」

「みっ! ミク!?」


 あぁ? なに驚いてんだこいつ?


「どうした?」

「どっ、どうしたって! あの、その、なっ名前が」

「名前がなんだ?」

「だって、先輩今まで三島ってーー」


 あぁ、そんなことかよ。


「あのな。俺らは、これからお互いの命を助け合うーーまぁ、いわば一蓮托生なんだぞ? 名字で呼び合っていたら、いつまでも他人だろうが」

「で、ですけど、暗黙の了解とかなんとか言っていませんでした?」

「それがどうした? 俺だって、部下がいない時は、アヤメと名前で呼び合ってんだ。進むって決めたんだろ? それなら、べつにそこまで気にすることじゃねぇだろ」


 たく。訳のわからねぇところで赤面してんなよな。

 などと、帰路につきつつ話していると、何やら急にモジモジとし始めたミクは、チラチラと俺を見てくるとーー。


「ゆ、ユウ?」


 と、なぜか頬を染めつつ上目遣いで名前を呼んでくる

 ……っ!


「なんか、嫌だな」

「えっ!? なんでですか!?」


 と、特に嫌でもないのに、つい口をついて出てしまった。

 てか、なんだ今の!

 呼ばれた瞬間に、心臓が少し強く脈打った気がしたんだが!?

 しかも、一瞬だけだが、こいつが可愛く見えてしまったのは、目の錯覚か? いや、錯覚に違いない!!


「お前。呼び捨て禁止な」

「えぇえ!! なんで、私だけ禁止なんですか!!」

「当たり前だろ、そもそも俺は、お前より年上だし」


 落ち着け俺。

 こいつは、14歳だぞ? 

 世間で言えば、中学生なんだぞ?

 犯罪になりかねんことを、自覚しろ。


「そうさ! だいたいアダルトの俺が、こんなチンチクリンに惑わされるわけ」

「誰がチンチクリンですか!!」


 いっだ!?

 こいつ、本気で脛を蹴りやがったぞ! しかも、爪先で!!


「バカ野郎! テメェ、何しやがる!!」

「まだ、私は成長途中なんです! 勝手に、チンチクリンにしないでください!!」


 ふんっと、顔を背けたミクは、そう言うとズカズカと前を歩きだす。

 くそ、いってねぇな。


「早く帰りますよ! ユウ先輩!」

「あぁ、くそ。誰のせいだと思ってんだくそガキ」

「くそガキじゃありません! 三島美久です!!」

「はいはい。わかりましたよ。く・そ・ガ・キ」

「言いましたね? この変態横暴くそ上司!」

「んだとテメェ! 誰が変態だ!!」

「べー、だ!」


 と言いつつ、あっかんべーをしてきた為、俺が手を振り挙げれば、笑顔で走り出すミク。

 その笑顔に、俺もつられて笑ってしまう。

 もし、俺らのどちらかに致命的な何かがおこれば、きっと辛いことになるだろう。

 だが、それでもこうやって絆を深めていこう。

 それが、きっと大変な道を照らす希望になると信じてーー。

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