第4話 人造人間

 一波乱あってから、次の日。

 と言っても、ただ単に話を聞かない暴走した三島による物投げだったのだが……。

 ちなみに、少し落ち着いたらきちんと話をきいてくれて、お互い悪かったとその場で謝ることで、その件は、一応の決着がついた。

 で、何故かアヤメから直々に呼び出しをくらった今の俺達は、気まづい中、隊長室にいる。

 まさかと思うが、昨日の件が誰かしらにバレてチクリでも入ったのかと、俺と三島が落ちつかずにいると、アヤメが瞳を鋭くするとーー。


「なんなのあなた達。気持ち悪いくらいに、仲が良いわね?」


 などと言ってきたので、俺は、努めて冷静に答えてやーー。


「そんなこと「ぜっ、全然そんなことありません!!」」


 ろうとしたのに、なんだその、まるで何かありましたかのような丸わかりの早口は、三島よ。

 当然アヤメも同じことを感じたらしく、腕を組むや、不機嫌そうに背もたれへとふんぞり返る。


「ふーん。何かしら? とてつもなく、不愉快だわ。何でかしら?」


 いや。知らねぇよ。


「ふっ、不愉快と言われましてもーー」

「あれかしら? 私の考えが甘くて、もしかしての万が一。億が一で、ユウがオオカミになったなんてことないわよね?」

「おっ! オオカミ!?」


 おい。過剰反応し過ぎだろ。

 それじゃ、まるで俺が襲ったことになるだろうが。


「冗談よね? ユウ」

「あぁ、冗談だ。だから、その手にある刀を下ろせ。というより、何でここに呼んだのか、早く説明してくれるか?」


 と、俺には冗談かどうかきいてきたくせに、冗談では済まないほどの殺気を出しつつ、刀を手に持つアヤメ。

 なので俺は、ここに呼んだ要件を言うように伝えると同時に、いまだに顔を紅くしている三島の頭をひっぱたいてやる。


「いたっ!?」

「事故がおきただけだ。しかも、些細な事故だよ。こいつくらいの年齢だと、ちょっとしたことでも過剰反応するのさ」

「ちょっとしたこと!? ひっ、酷いですよ先輩! 私は、本当に驚いーー」

「先輩?」


 ……もう、口を開くなよお前。

 三島の先輩呼びに、ピクリと再度反応したアヤメが、鋭い視線を俺へと向けてくる。

 対して三島は、アワアワとするや、まるで言ってはいけないことをしたかのように、両手でもって自身の口を塞ぐと、俺の背へと隠れる始末。


「あれかしら? あなたは、犯罪者一歩手前まで落ちてしまっているわけ? 先輩呼びが好きなら、私も呼んであげるわよ。ねぇ先輩?」

「そんなんじゃねぇ。それより、早く要件をーー」


 と、完全な嫌がらせを受けていた俺が、再度アヤメに促そうとすると、隊長室のドアをノックする音がし、アヤメが着席したことで、ようやくキツイ拷問から解放された。


「どうぞ」

「失礼します! あっ! 成瀬副隊長も居られましたか!」

「志島? それに、上田もか……お前ら、どうかしたのか?」


 ノックして入ってきたのは、志島と上田の二人であったのだが……どうにも、二人の表情があまり優れていない。

 具体的に言えば、上田の顔色がよくないのだ。

 俺がそのことに触れると、二人とも何やら気まずそうな顔をするだけで、すぐにアヤメの近くに歩いてくる。


「揃ったわね。で、どうだった志島隊士」

「ハッ! やはり、帰宅した痕跡がありませんでした」


 帰宅した痕跡?

 話の流れが見えず、俺がアヤメへと視線を向けると、先ほどのふざけた様子を無くし、大きなため息をつく。


「そう。では、成瀬副隊長をここに呼んだ要件を伝えるわ。簡潔にのべると、坂田隊士がここ数日間、行方不明だということが判明したわ」


 なっ!?


「ちょ、ちょっと待って! 坂田が行方不明ってーーあいつは、この前の事件の時に一緒にいたんだぞ! 一体いつから!?」


 あり得ないことをアヤメから告げられた為、俺が食いぎみにそう言うと、アヤメの視線が志島へと向けられる。


「……そ、その事件の後からです」

「なっ!? バカ野郎! なんで、もっと早くに伝えなかった!!」

「れっ、連絡が上田の所に来ていたんです。体調不良で休むということが! しかし、いくらなんでも四日以上休むのはおかしいと思い、隊長に報告させていただいたんです」

「それで、私が隊長権限で坂田隊士の自室を調べることを許したのよ」


 あまりのことに、掴みかかりつつ俺が志島を問い詰めていると、アヤメが静かにそう言いつつ、俺の服を引っ張ってくる。

 チッ! わかっているよ!

 それが、志島から手を離せという意味であるとわかっていた俺は、志島に詫びを入れつつ、そっと手を離す。


「自分が、隊長命令で部屋を調べてきたんですが……おそらく、ここ数日出入りした形跡がないと思われます」

「とのことよ。情報は、頭に入ったかしら? 成瀬副隊長」


 あぁ。嫌ってほどに理解できたさ。


「もちろんだ」

「では、これより成瀬副隊長をリーダーとして、坂田隊士の捜索をここにいる四名に命じます。知り得た情報は、全て私に知らせるように」


 と、アヤメの口から指示がとんできたため、俺は、強く刀を握りしめる。

 久しぶりの出動命令が、こんなことになるとはな……。

 などと思いつつ隊長室から出た俺らの間には

、重苦しい空気が漂っていた。

 だが、いつまでも暗くなっていては、意味がない。


「志島。とりあえず、どこまで調べた?」

「あっ、はい。えっと、まだ自室のみです」


 部屋だけか……。


「そうか。上田。坂田と最後に会ったのは、いつ頃だ?」


 こいつと坂田は、つい数日前までパートナーだったからな。

 それで、ある程度の指針が立てられるはずだ。


「はい。最後に会ったのは、副隊長と同じです。実は、あの後隊長に報告するために支部に残っていたんですがーーあいつから、体調が悪くなったから、報告を任せたって連絡がきて、それっきりあっていません」


 つまりは、あの事件の時別れてから、一度も坂田を見ていないってことか。

 それなら、やることが決まったな。


「よし、わかった。それじゃ、二手に別れて行動するぞ。志島と上田は、まず坂田の部屋をもう一度念入りに調べたのち、警視庁に行け。俺らは、事件現場にもう一度行き、何かしらの手掛かりがないか探ってみる」

「りょ、了解です!」


 サッと、俺の言葉に対して、すぐに敬礼した志島に、遅れて同じ動きをする上田。


「上田。俺もさっきは、少し取り乱したがーー希望を捨てるな」


 おそらく、ここにいる全員が、すでに坂田の身に危険がおきたと考えているだろう。

 だが、それで気持ちまで落ちてしまえば、何もできなくなってしまう。

 それこそ、大切な情報を見落とすことだってあり得る。

 なので、今だ気落ちしている様子の上田へとそう声をかけると、悔しそうに顔を歪める。


「すいません副隊長! 俺が、もっと早く坂田のことを隊長や副隊長に報告していれば、こんなことにはならなかったのに! 本当に、すいません!」

「バカ野郎。お前が、誰よりも先に相棒を勝手に消すんじゃねぇよ。あいつの腕は、お前が一番知っているだろ。誰よりも隣にいたんだからなーーそれくらいわかるだろ?」

「っ!? はい!」


 よし。少し、目に力が戻ったな。


「いくぞ。あのバカをひっぱたいて、連れ帰る」

「はい!」


 そう言って上田の背中を叩いてやれば、やっと元の上田へと戻ってくれたのか、志島と共に歩き去っていく。

 さて。これで、あいつらは平気だな。

 あとは、この小動物か。


「……初任務が、ずいぶんと酷なことになっちまったな。先から一言も話してないが、息をきちんとしているか?」

「しっ、していますよ。だっ、大丈夫です!」


 と、三島へと話しかけてやると、顔色を悪くしつつも、胸の前で両拳を握りしめる。

 わかりやすいカラ元気だがーーまぁ、そこがこいつの美点でもあるか。


「アホ。息してねぇだろうが。いつまで背を丸めてんだ。もっと、胸を張って顔を上げろ。下を見ても、呼吸が詰まるだけだ」

「うっ! はっ、はい!」

「何も、最悪の結果に繋がったわけじゃねぇ。いいか? 隊士が行方不明になった時には、主に二通りが考えられる」


 と三島へと伝えつつ、俺が指を二本立てると、不思議そうに首を傾げる。


「二通りですか?」

「あぁ。まずは、この仕事が嫌になり消えたことだがーー意外とそういう奴がいるには、いるんだ。まぁ、命懸けで戦うのが俺達の仕事だからな。突然嫌になるなんてことは、あり得る話さ。だが、俺達は、刀の所有を特別に許されていたり、役職によれば政府との関わりもあったりするからな。秘密保持のために、退職するにも契約書を交わさないといけない。だから、無断での失踪となると、強制的に捕まえる必要がある」

「なっ、なるほど。つまりは、坂田さんが何かしらの理由で、永世光和組を辞めたくなって逃げ出した可能性があると?」

「そういうことだ。で、もう一つだがーーそれは、俺達が最初に考えたことだと思うが、つまりは、何かしらの事件に巻き込まれて、既に命を落としている線だ。はっきり言って、この線は、二重の意味であってほしくないと俺は、思っている。一つは、坂田が仲間だから、もちろん生きていてほしいと思うこと。そして、もう一つはーーってことだ」


 そう。

 あいつは、新入隊士なんかとは違い、そこまで弱い訳ではないのだ。

 その坂田を倒したーーもしくは、傷を与えた相手がいると考えた時、それは、とても危険なことに繋がりかねない。

 だからこそ、その線がないことを祈っているんだがな……。

 そう思いつつ俺が説明し終えると、コクコク頷いていた三島は、自分の手を握りしめーー。


「私も……先輩と同じく、坂田さんが無事でいてほしいです」


 と、少し血色が戻った顔色で、そう呟くのだった。







 事件現場となった藤沢市の高層マンションタワーへと向かうことにした俺達は、年齢的に車の運転ができないため、三島を横に乗せつつ、乗用車を発進させる。

 技術が進んだことに加え、永世光和組という特別組織には、特例として一応16歳から免許の取得を許されている。

 もっとも、最近の最新技術ならば、そうそう事故などおきやしないのだが。

 車を走らせつつ、隣の三島へと視線を向ければ、高速に乗ることがあまりなかったのか、子どものようキョロキョロと忙しく視線を彷徨わせている。


「三島。一応、俺らが担当していた事件の概要を伝えるから、よく聞いておけ」

「あっ、はい!」

「通報があったのは、藤沢市の高層マンションタワーの、24階の三人家族のところでな。週に三回ほど出入りをしていた家庭教師型の人造人間の暴走によって、両親が殺害。少女一人を保護っていう、まぁ珍しい事件だ」

「人造人間の事件なのに、珍しいんですか? たしか、近年では、かなりの件数があるって授業で言っていたようなーー」

「あぁ、説明が足りなかったか? 珍しいってのは、富裕層からの事件って意味でだ。基本的に人造人間が暴走するのは、建設現場や飲食店とかーーつまりは、厳しい労働環境での暴走が多いことが、最近わかってきてな。だから、富裕層で、しかも数回しか関わりのない教師型の人造人間が暴走するのは、あまりない例なんだ」


 横浜新道を抜けつつ、俺がそう教えると、納得したように頷く三島。


「でも、その残された女の子。大丈夫なんでしょうか? だって、両親がその……」

「そこは、彼女自身に任せるしかないな。俺達ができるのは、命という最後の大切なモノを守ることだけだ。一人一人のメンタルケアに時間を使っていれば、救えるはずの命を捨てることになる」

「そう……ですよね。でも、その子は、きっと辛いと思いますよ。家族がいなくなるのは、きっととても辛いはずです」


 俯きつつ、そう口にする三島。

 そういえば、こいつも施設育ちだって話だったな……もしかしたら、思うところがあるのかもしれない。

 でも、今は、その子よりも坂田の方が優先だ。

 彼女は、既に俺達が救った。

 ならば、俺達が次にすることは、危険な状況にある人物の救出だ。


「三島。気持ちはわからなくないが、切り替えろよ。今は、坂田の方が危険な状況なんだ。彼女のことを考えるのは、坂田を救ってからでもできる」


 と俺が口にすると、ゆっくりとだが、首を縦に動かす三島。


「先輩は、強いですね……」

「アホ言え。本当に強ければ、部下を失踪なんてさせやしねぇさ……」


 そうだ。

 決して、上田や志島の責任ではない。

 あの時、あの場に坂田に残るように指示したのは、他でもない俺だ。

 本当の責任なら、俺にある。

 だから、絶対に見つけてみせる。

 それが、例え最悪な状況であったとしてもーーな。







 藤沢市へと入った俺達は、目的のタワーマンションへとつくと、管理人の元へと出向き、身分ーー一応、世間的には広く知られていないので、警察としての身分証があるーーを見せて、マスターキーを貸して貰った。


「いくぞ三島」

「はい!」


 広々としたエントランスが初めてだったこともあり、立ち止まっていた三島へとそう告げて歩き出し、エレベーターへと乗り込む。

 ……24階までにつくには、まだ時間があるな。

 それなら、一応ここで確認しておくか。


「お前、人が殺られた後の惨状を見るのは初めてか?」

「はっ、はい」


 やはり、そうか。


「なら、覚悟しておけよ。事件現場ってのは、かなり悲惨だからな。あと、しばらくは俺の後ろを常に歩いていろ。例え敵がいてもだ」

「えっ? 敵がいてもですか?」

「そうだ。離れすぎると、もしもの時に守れなくなるからな。無理に戦おうとするな」


 なんせ、まだ百回素振りができるかどうかの腕前だからな。

 そんな奴を、前に出させるわけにはいかない。

 などと、注意をしつつ目的の階につくのを待っていると「あのーー」と緊張した顔で、三島が見上げてくる。


「なんだ?」

「たっ、戦うことになるんでしょうか?」

「低い確率でだが、それもあるかもしれないな。もし、坂田が何者かと戦って倒れたのなら、事件現場に隠れていることもあり得る……だが、おそらく誰もいないだろう。そこまで、人造人間あいつらは、バカじゃない」


 俺らと違い、人造人間は、高性能なのがほとんどだ。

 だからこそ、その場に留まるなどという愚策は行わないだろう。

 目的の階についたことを知らせる音と共に、脳内にあの時の状況が甦る。

 あの時も、こうして四人で乗っていたのだ。

 ……チッ。


「あの、先輩?」

「あぁ、悪いな。いくぞ」


 何を思い出しているんだ俺は。

 部下に注意しておきながら、自分が集中できなくてどうする。

 切り替えろ。

 一度、髪の毛をかき上げた俺は、気合いを入れつつ歩き出す。

 長い廊下を歩いた先、1025号室へとたどり着いた俺はーーことを確認しつつ、マスターキーでもって扉を開ける。


「おっ、お邪魔しま~す」


 玄関に入るや、三島が律儀にそんなことをいうので、に一瞥くれた俺は、土足のまま部屋へと入る。


「ちょっ!? 先輩! 靴を脱がないと!」

「アホかお前。敵がいたら、まともに戦えねぇだろうが。お前もそのまま来い」

「でっ、でも」


 どこで、良い子ちゃんぶってんだこいつ。

 たく。めんどくせぇ。


「あとで謝ればいいだろ。さっさと来い」


 ……まぁ、謝る相手がいるかもわからないけどな。

 という言葉は、心の中で呟いた俺は、家庭教師型人造人間、タロウと戦った場所へと入る。

 さすがに遺体がそのままってことはなかったがーーやはり違和感がある。

 あの時と、何かが違うぞ。


「先輩。どうですかーーっ!?」

「吐くなら、トイレにしろよ。ここで、やられると困るからな」


 おそらく、大量の血痕を見て気持ち悪くなったのだろうことは、鋭く息をのむ音でわかったので、振り返らずそう告げると、バタバタと去っていく三島。

 まぁ、初めてなんてそんなもんだろうな。

 俺やアヤメのように、勤める前からそういう状況を見てないと、あんなもんだ。

 さて……違和感としては、やはり血痕の量か?

 あの時は、キッチンにはかなりの量の血が溜まりがあったが、今では、それが居間にまで広がっている。

 そして、正確な鑑定ではないがーー色も、だいぶ違う気がする。

 それは、つまりーー。

 ここで、あの後から流血沙汰の何かがおきたということだ。


「くそが。ふざけやがって」


 俺らの後に、何がおきた?


「せっ、先輩。どうですか?」

「あぁ? もう大丈夫なのか?」


 フラフラとしつつ、壁に手をついた三島へと俺が話しかけると、弱々しくではあるが、きちんと頷く。


「そうか。まぁ、永世光和組にいる間は、こんなの日常茶飯事になる。今のうちに慣れておけ」

「むっ、難しそうです。それより、何かわかりましたか?」

「あぁ。残念なことだが、最悪な線に近くなったな」


 普段なら、貼られているはずのテープと、玄関に付着していた血痕。

 そして、このリビングにつけられた大量の血。

 ここからわかることは、坂田の無事ではない。


「見てみろ、この血溜まり。キッチン方とは違い、まだ色が黒くなってねぇ。つまりは、ここで流血沙汰があった証拠だ」

「えっ? あっ! 本当ですね」

「それに、ここに来る時に一切の立ち入り禁止の印がなかった。普通なら、警察がそこら辺のことをきちんとしてくれているはずだし、玄関に付着していた血なんかは、俺達が突入する時には、なかったモノだ」

「なっ、なるほど。てことは、誰かが先輩達が立ち去った後に、ここに来たってことですか?」

「あるいは……確率がかなり低いが、元から居た人物による犯行か」


 と俺が三島へと告げると同時に、タイミングよくイヤホンから電話の音が響く。


「繋げろ」

「へっ?」

「お前じゃねぇ。こっちの話だ」


 口頭での対応で、俺がスマホへと電話を繋げることを伝えると、勘違いしたらしい三島が不思議そうに首を傾げてくるので、手をプラプラ振りつつ違うことを教える。


『副隊長。志島です」

「あぁ。どうだった?」

『坂田の部屋ですがーーやはり、めぼしいモノは見つかりませんでした。なので、今上田と共に警視庁に来ています』


 そうか……部屋で何も見つからなかったのは残念だが、警視庁にいるなら、好都合だな。


「派遣された刑事達の安否は?」

『はい。やはり、出勤していないようです。坂田と同じく、携帯での欠勤報告はあったようで、今日から警視庁も捜索するところだったとのことです』

「まぁ、そうだろうな。こっちも、争った形跡をいくつか見つけた。おそらく、刑事達も無傷じゃないだろうな」

『……そう、ですか……』

「志島。上田に保護した少女がどうなったか確認してみてくれ。おそらく、保護できてないだろうからな」

『えっ? アイリちゃんですか?』


 そう。保護したアイリという少女。

 俺の予想が正しければ、きっと彼女は保護できてないだろう。


「あの、先輩? どうして、彼女ことを?」


 俺の言葉から、少女の名前が出たことに首を傾げると、三島がオズオズとしつつ話しかけてくる。


「ーーお前には、人造人間のことを詳しく教えたよな? 俺らのライフスタイルーーいわゆる生活には、奴らは欠かせないモノになってきている。その中でも、あまり例がないがーーあるには、あるんだよ」

「なっ、何がですか?」

が、子供型の人造人間を家族のように扱う例がーーだ」


 そう告げた俺の言葉に、三島が目を見開く。

 そう。

 近年、技術が発達したことで子どもの出生率もあがったのには、あがったがーーそれでも、授からない夫婦もいる。

 その人達の心を繋げるためや、心を癒すためーーのみならず、老年期に入った夫婦の刺激のためにも、孫のように寄り添ってくれたりしてくれる存在。

 それこそが、子供型人造人間だ。

 生産があまり多くないがゆえに、その可能性を捨てていた。


「で、でも! 家庭教師型の人造人間を雇っていたんですよね? それってつまり、人造人間が人造人間に教えていたってことですか!?」

「人造人間を本当の家族のように扱う人達も、中にはいるのさ。ひどくなれば、戸籍まで秘密裏に作る例もあるしな。そう考えれば、別段不思議なことじゃないだろ?」

「でもでも! 人造人間なら、先輩達が気がついたんじゃ!」


 そこは、油断していたとしか返せないな。

 子供型の人造人間は、その役割から俺らに特に近くなるよう設計されている。

 初めから、そういう物かもしれないという意識で見るなら気づけていたかもしれないが、あの状況では、なおさら難しかった。

 ……いや。全ては、言い訳だな。


「いや、気づけなかった。あの時は、家庭教師型人造人間に目がいってしまっていてな。仮に触れあっていたなら、気がついていたと思うんだが……」

『副隊長。確認とれました』


 と、俺が三島へと答えていると、どうやら確認を終えたらしい志島から連絡がある。


「どうだった?」

『副隊長のよみ通りでした。彼女を保護した形跡がないとのことです』


 やはりか。


「よし。なら、志島と上田は、そのまま警視庁で、人造人間のデータベースで子供型の検索をかけろ。顔は覚えているだろ?」

『こっ、子供型って!? まさか、副隊長ーーアイリちゃんが、子供型人造人間だっていうんですか?』

「可能性の話だ。誰かがここに侵入してきたなら、玄関先とかで少なくとも流血が多くあるはずだろ? だが、実際にあったのは、リビングだ。つまりーー」

『彼女が、暴走したと?』

「あぁ。頼んだぞ」


 了承の言葉と同時に、通話が切られる。

 これで、あとは志島の返答を待つだけだ。

 その間に、アヤメに報告しておくか。

 俺は、イヤホンについているボタンを押しつつ「アヤメへと連絡開始」と声に出す。

 すると、すぐさま呼び出し音が耳から響き、三コールでアヤメが応答する。


『ユウ、どうだった?』

「現状の報告としては、通報にあった家族の子供が、人造人間だった説が有力だな。今、志島達にデータベースを探してもらっている」

『その根拠は?』


 と、俺が報告をしていると、アヤメから鋭い声で質問がくる。

 ふっ。仕事のスイッチが入ると、これだもんな。


「根拠としては、事件現場の立ち入り封鎖が一切なかったことと、玄関付近に血痕があったこと。そして、リビングでの大量の流血から総合して、その線が濃いと判断した」

『……そう。確かに、その情報だと元々内部にいた犯行が高いわね。でも、外部からの侵入者の件も捨てきれないから、油断しないように。それとユウ。その子の顔写真がわかり次第、私に寄越しなさい。全隊員に捜索をかけるわ』

「了解だ」


 そう答えると同時に、通話が終了する。

 写真か……。


「三島。家族写真を探してくれ。見つけたら、写真を撮って、アヤメに送りつけろ」

「ふぇ? あっ、はい!」


 俺が指示をだすと、ずっと立ち続けていた三島が、すぐに動いてくれる。

 リビングには見当たらないからーー他の部屋だな。

 そう判断した俺は、三島とは違う部屋へと向かい、引き出しやらを開けつつ探していると、三島の呼び声が聞こえた為、すぐに向かう。


「ありました! これですよね?」


 と、元気にアルバムを掲げる三島がいた部屋は、おそらく子供部屋と思われる場所で、そこのカラーボックスの中に入っていたらしい。


「貸してみろ」

「はい」


 一ページめくって見ると、そこには、楽しそうに笑っている三人家族の写真。

 実に、幸せそうな写真だ。


「とっても、良い写真ですね」

「間違いない。この子だ」


 茶髪がかった髪の毛を、短く切り揃えている少女。

 あの時の、アイリで間違いない。

 確認もできたため、俺がスマホを取り出して写真撮り、すぐにアヤメへと送信する。

 さて。ここで得られる情報は、もうないだろう。

 そうと決まれば、次だ。


「いくぞ三島」

「えっ? ど、どちらにでしょうか?」

「昔から言われている言葉だ。捜査は、足で行えってな」


 と俺が言うと、三島が不思議そうに首を傾げる。


「歩くんですか?」

「あぁ。ただし、あまりここから離れない距離でだ。今アヤメに写真を送ったから、すぐに一番隊士全員に、彼女の顔写真が送られるはずだ。そうなれば、一気に範囲が狭まるからな」

「ですけど先輩。すでに四日以上たっていますよ? 仮に彼女が犯人だとすると、かなりの距離まで逃げているんじゃないでしょうか?」


 へー、そこに気がついたか。

 こいつも、頭を回転していたってわけか。


「いいよみだ。たしかに、四日もあればかなりの距離を移動できるだろう。だが、仮にも子供型の人造人間。移動速度は、大人と考えるとそれほど速くないし、向こうにしてみたら、警察や俺らになるべく見つけられたくないだろうから、目立った動きはできない。例えば、夜の八時以降は動かないとかだな」

「夜の八時以降?」

「そうだ。考えてもみろ。この見た目からして、小学生くらいだ。そんな奴が夜に一人で歩いていれば、善良な市民からは、心配されて通報されるだろうし、警察からは、近づいて必ず話しかけられるだろうさ。だから、夜は動かずに、どこかで朝までじっとしているだろうぜ」


 まぁ、人造人間だからこそ、食事や睡眠。そして、休憩も必要ないからからな。

 その分、普通の子供と比べると距離が広がるわけだがーー。

 それでも、俺らの範囲から逃れることはできないさ。

 一番隊の管轄は、主に東海道沿い。千葉・神奈川・静岡の三県と、東京都の一都三県だ。

 だからこそ、仮にこの神奈川から出たとしても、他の県で補足されるはずだ。

 俺の言葉に納得したような顔をした三島は、おもむろにスマホを取り出すと、俺へと画面を見せてくる。


「本当だ! 今沖田隊長から、写真が送られてきましたよ!」

「だろ? それじゃいくぞ」


 と俺が言いつつ歩き出すと、三島がすぐに後を追いかけてくるのだった。







 それから俺と三島は、共に周辺住民に聞き込みをおこなっていると、志島から連絡が入り、やはりアイリちゃんーー例の少女が、人造人間と判明。

 そのため、すぐにその事をアヤメへと伝えると、すぐに現在の捜索状況を俺へと伝えてくれた。

 そこから察するにーー今のところ、他の県外での発見報告はなく、あるのは、綾瀬市のみ。

 つまりは、藤沢から綾瀬に向かったということだ。

 なので、すぐに車に戻った俺達は、三島へと指示して、吸盤式の赤色回転警光灯せきしょくかいてんけいこうとうを車の天井へと貼ってもらう。


「緊急車輌が通ります。申し訳ありませんが、道を開けてください」

「おい。そんなに丁寧に言わなくて言い。もっと、命令形でいけ」

「えぇ!? むっ、無理ですよ!」

「たく仕方ねぇ。例を見せてやるから、インカムを俺に近づけろ」


 と俺が言うと、しぶしぶボタンを入れつつ俺の口元へと持ってくる三島。


「緊急車輌が通ります。道を開けなさい。前の白いワゴン車、道を開けなさい」


 と俺が淡々と言うと、ヒェーと声にせずに口を開いた三島が、おそるおそるインカムをどける。


「こんな感じだ。次に道を塞ぐ車輌がいたら、お前がやれ」

「なっ、慣れそうにないです。ていうか、そこまで急ぐ必要あるんですか?」

「俺らがいるのは、藤沢市だからな。昼時のこの時間帯は道が混むし、なおかつ綾瀬市の発見情報は、一日前。それなら、急いで包囲網を縮める手が効果的だろ。だから、一秒でも速く向かう必要がある」

「おぉ、なるほど」


 と俺が説明していると、早速道を塞いでいる青い乗用車が現れる。


「ほら。出番だぞ」

「うぅ~。まっ、前の青い乗用車。道を開けてください」


 ……まだまだだな。

 結局丁寧になってしまっている三島の言葉へと、俺は、大きくため息をつくのだった。







 そうして、綾瀬市へと入った俺達は、赤色回転警光灯を引っ込めて、近場へと車を駐車し、徒歩による捜索を開始する。

 赤色回転警光灯をつけたまま歩き回っては、相手にこっちの位置を教えてしまうからな。

 手段としては、そうした方がいい時もあるが、今回は、隠密の方がいいだろう。

 何せ、まだ狭い範囲ではないからな。


「目撃情報があったのは、この大通りですよね?」

「あぁ。飲食店やショッピングセンター。少しいけば、綾瀬市役所もある。しかし、大通りを選ぶってのは、さすがは知能が売りの人造人間だな。小道よりは、人の目に残りずらいからな」


 などという会話をしながら、道行く人に写真を見せつつ目撃証言を集める。

 しかし、藤沢から綾瀬とは、よく歩いたものだ。

 だが、それもここまで。

 すでに、王手はかけているからな。

 などと思いつつ、情報を整理して俺らが向かったのは、海老名市との境界線近くにある廃工場。

 錆びた門を軽く飛び越えた俺は、身長的にか、乗り越えるのに苦労している様子の三島を手伝い、何とか二人して中に入ることに成功した。


「あの先輩。どうして、ここに居ると思うんですか?」

「疲れ知らずの人造人間が、一番恐れることがあるとすると、雨風だからな。いくら頑丈なあいつらでも、錆びたらそれで終わりだ。逃走中でなおかつ雨風を凌げるのは、こういう場所が妥当だろうぜ」


 そう言いつつ、俺は、刀の柄へと片手を添える。

 もう、ここからは警戒体制だ。

 いつ、どこで襲われても不思議ではない。


「三島、俺が言ったこと覚えているな?」

「はい。後ろにいますけど……探すなら、手分けした方がいいんじゃないですか?」

「お前の実力があればそうしている。それに、テメェは初任務だろうが。下手な考えをおこして、勝手に離れるなよ」


 たしかに、これほどの広さなら手分けして探した方が早く発見できるだろう。

 だが、三島はまだ実戦で使えるレベルではないし、さらには初任務だ。

 そんな状態で、もし敵と遭遇したら、最悪の結末になるだろう。

 なので、改めて釘を刺しつつ二人で歩き回っていると、小さな物音が頭上から響く。

 落ちてきたのはーー小さいネジか?

 それを拾った俺が、上へと視線を向かわせると、どうやら予想的中だったらしい。

 そこには、怯えた表情の少女ーーアイリが立っていた。


「よぉ。四日ぶりかクソガキ。あの時と違って、ずいぶんと服が鮮やかじゃねぇか」

「ひっ!?」


 どこで着替えたのか、子供らしい花柄のワンピースに、ジャンパーを羽織っていたアイリは、俺のことを見るや、すぐに駆け出す。

 逃がすかよ。クソガキ!

 即座に運動量をあげた俺は、その場から跳躍して、ビルの二階くらいの高さにある場所へと降り立つと、逃げるアイリの背中を追う。

 さすがは、子供型なだけあって、廃工場の中をアスレチックのように避けたり潜ったりして進んでいくアイリ。

 なので、俺は、邪魔な鉄骨などを刀でもって切り捨て、最短ルートを突っ走っていく。


「イヤー!!」


 ハッ! 本当の子供見てねぇに叫びやがって。

 その顔で、坂田や刑事を殺したくせによぉ!!

 鉄骨を潜り抜けたアイリと違い、俺は跳躍でもってそれを避けると、ついにその小さい背中へと手が届く。

 アイリの肩へと片手を振り下ろし、そのまま地面へと力強く押し倒した俺だが、錆びていたこともあったのか、底が脆く抜けてしまい、二人して地上へと落下する。

 予想していなかったこともあって、一度手を離してしまった俺は、受け身を取りつつ刀を握りしめると、すぐに戦闘態勢へとうつる。

 対してアイリは、頑丈だったのが幸いしたのか、特に外傷もなく立ち上がると、怯えた表情を俺に向けたまま、後ずさりする。


「追いかけっこは、終わりだガキ。失敗したぜ。まさか、お前も人造人間だったとはな」

「いっ、イヤ!」

「もう、芝居をするのをやめたらどうだ? 他の奴なら、多少の効果もあるだろうが、俺には通用しない」


 そうやって、哀れな少女を演じていれば、刀が鈍る奴もいるだろう。

 だが、残念なことに俺は、そんなレベルとっくに過ぎている。

 何といっても、そうやって油断して死んでいった奴らを何度も見てきたからな。

 刀を垂直に立てた俺は、それを顔の側面へともっていく。

 いわゆる、八相はっそうの構えというやつだ。


「どうせ、廃棄処分になるんだ。最後にあの時、俺らが立ち去ってからおこったことを全て話せ」


 そう問いかけてみるが、ふるふると首を横に振りつつ、偽物の涙を流すだけで、答えないアイリ。


「なら、せめて坂田はどこにやった? すぐに答えろ」


 そう俺が再度問いかけるが、なおも震えるだけで答えない。

 ーー話にならないな。


「そうか。なら、もういい。消えろガラクタ「ダメー!!」っ!?」


 みきりをつけた俺が、感情を燃やしつつ、斬りかかろうとしたタイミングで、突然背中へと衝撃が襲ってくる。

 どうやら、その声の主は、俺へと体当たりをしてきたらしく、すぐにアイリとの間に割って入り込んでくる。

 ここには、俺とアイリーーそして、三島の三人しかいない。

 つまりは、味方の三島が、俺の攻撃を妨害したのだ。


「テメェ。なに考えていやがる?」

「なっ、何しているんですか成瀬先輩! この子ーー怖がっているじゃないですか!」


 バッ! と両手を広げつつ、俺の前に立ちはだかった三島は、あり得ないことに、彼女を庇う言葉をいってくる。


「お前は、バカか? そいつは、暴走した人造人間だぞ。わかったら、さっさとそこをどけ」

「先輩こそ、何言っているんですか! 彼女が犯人だって決まったわけでもないのに、問答無用で斬りかかるだなんて!」


 はぁあ……こいつは、訓練学校で何を学んできたんだ?


「人造人間は、暴走した段階で処分するのが基本だ。そこに、一切の例外はねぇ。仮に犯人がそいつでなかったとしても、見ればわかるだろ? 命令なしで行動している時点で、暴走が確定している。理解したな? だからどけ」

「どっ、どきません! 例え人造人間であったとしても、この子の表情を見ればわかるじゃないですか! 怖がっているんです! !」


 感情ーー。

 その言葉で、ついに俺の我慢が限界に達してしまう。


「いい加減にしろテメェ! 感情があるだと!? それなら、何故坂田や刑事の保護を素直に受けなかった! どうして、俺らに助けを求めずに逃げた! たった一度の任務で、何をわかった気になっていやがる。それは、そいつらの作戦なんだよ!!」


 俺の言葉に、あきらかな恐怖の顔で震える三島。

 わかってねぇ……。

 情にほだされても、結局危険な目に会うのは俺達なんだ。

 自然と、刀を握る手に力が入ってしまう。


「……命令だ。そこをどけ」


 いまだに動かない三島へと、俺が鋒を向けつつそう告げる。

 がーー。


「どっ、退きません。きちんと、彼女の話を聞いてからでも、遅くないはずです!」


 と、あろうことか、震えつつも抜刀してくる三島。

 こいつ、その意味が、わかってやっているのか?


「そうか。なら、テメェもーー」


 敵だ。

 と俺が言う前に、三島の背後ーーアイリが動き出すと、何かをしていることに気がつく。

 柱に寄りかかっているのか?

 いや。あれは、柱に何かをしようとしている!?


「チィ! 三島!! こっちにーー」


 バキン!!

 大きな音と共に俺の声がかき消されると、柱が中腹から折れ、追撃にアイリが放った平手打ちによって、天井が崩壊を始める。


「えっ!?」


 突然のその現象に、三島は、驚きの声をあげつつ上を見上げると、あり得ない光景だったのか、まさかの固まってしまった。

 バカ野郎が!

 そのため、その場から一気に加速した俺は、下段に刀を構えつつ片手でもって三島の頭を掴むと、強制的にしゃがませ、片手での斬り上げを放つ。

 火炎剣、二式。火炎光かえんこう

 降り注ぐ鉄骨を両断しつつ、爆炎が俺らの頭上に上がるが、元々が廃工場。その鉄骨の量が、半端ではない。

 しかも、突発的な技だったために、威力も半減している。

 ーー消しきれない!

 そう判断した俺は、刀を地面へと突き刺すと、すぐざ下で伏せさせていた三島の身体へと、自身の身体を覆い被せる。

 ガラガラガラ!

 いくつもの金属のぶつかる音と共に、身体中に走る激痛。

 そして、とどめとばかりに俺の側頭部へと鉄パイプがあたったのをきっかけに、俺の意識は、遠ざかっていくのだった……。

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