第3話 食事会

「五十! ……五十一! ……五十五!」

「おい。回数をとばすな。初めからやり直しにさせるぞ」


 やっと五十回振れるようになった三島が、まるわかりのサボりをしたため、俺が睨みつつそう言うと、泣きそうな声をあげる。

 三日でそこまで振れるようになったのは、いい進歩だと思うが、それでもまだまだだ。

 実戦では、とてもじゃないが使い物にならない。

 なんとか、息切れをしつつも六十回振り終えた三島に対して、10分間休憩するよう伝えた俺は、その場から離れると、今度は、他の隊士の動きを見に行き、細部まで注意深く観察する。


「志島。脇の締めが甘いぞ。それじゃ、力が完全にのらない。脚運びも重要だが、腕にも神経を使え」

「あっ、成瀬副隊長! はい! 御指導ありがとうございます!」

「副隊長! 俺のも見てもらっていいですか!?」

「副隊長。捌きからの攻撃がうまくいかないのですが……」

「副隊長!」


 と、志島の動きを注意した瞬間、なぜかワラワラとみんなして俺のところにくるや、各々注文してきやがる。

 たく。一度に言うなよ。


「わかったわかった。順番に見てやるから、とりあえず練習を続けてろ。ほれ。お前からだ」


 ガヤガヤと、俺の前に集まっているバカ共を避けつつ俺は、一人一人しっかりと約束通り見てやる。

 そうしてそれなりの時間を使って指導していると、なにやらポケーとしつついつまでも休憩していた三島に気がついたため、自然とため息がもれてしまった。

 なにしてんだ。あいつ


「おいコラ。いつまで休んでんだテメェ。とっくに10分過ぎてんぞ!」

「すっ、すいません! 成瀬先輩って、意外と慕われているんですね」

「今は、仕事中だぞ。成瀬副隊長だ。……べつに、慕われているわけじゃねぇよ。ここで腕がありつつ、なおかつ指導ができるのが俺くらいってだけだ」

「あっ、そうですね。すいません先輩。でも、皆さん嬉しそうにしていましたよ?」


 ……副隊長って、言ってんだろうが!

 と、再度注意しようとしたが、何やらニコニコしつつ俺を見る三島。


「そんなことねぇだろ。それより、くだらねぇこと言ってねぇで、さっさと訓練にーー」


 ピタリ。

 俺が頭を掻きつつ、三島へと再度素振りを始めるように言おうとした瞬間、響き渡っていた声が一瞬にして静まりかえる。

 その違和感を不思議に思った俺が、辺りを見回してみると、一礼しつつ、道場へとアヤメが入ってくるところであった。

 ーーそういうことかよ。


「どっ、どうしたんでしょうか?」

「隊長が来ただけだ。気にするな」


 張りつめた空気に対して、三島がオドオドしつつ俺へとそう尋ねてきたので、事実まま返していると、スタスタと自然に分かれてできた人々のアーチを歩いてきたアヤメは、俺の元へと迷わずに真っ直ぐ向かってくる。

 嫌な予感がするぞ、おい。


「成瀬副隊長。彼女は、どうかしら?」

「あぁ。今のところ、実戦では使えないダメダメレベルだが、努力はしているからなーー早くて一ヶ月くらいか?」


 アヤメなりに気をつかっていたらしく、三島の状況をきいてきたので、俺の主観をそのままに伝えると「そう」と、流し目で喜んでいる三島へと一瞥くれるアヤメ。


「では、成瀬副隊長。一試合お願いできるかしら?」


 前言撤回だ。

 ただ、俺に試合を申し付けたくて、ダシに三島のことをきいたな、こいつ。


「他の隊士に頼んだらどうですか? なかなか隊長が指導してくれないからと、みんな悲しんでますよ」

「あら、意外とドSなのね成瀬副隊長。隊士達の前で、私に『腕が弱すぎて、稽古にすらならない』と言わせたいなんて。お望みなら、そうさせてもらうけれど?」


 この! あからさまな脅しじゃねぇか!

 この前なんて、三島の声が士気に関わるとか何とか抜かしていやがったくせに、お前の言い方の方が他の奴らの士気に関わるわ!

 と言えたら、どれだけスッキリするか……。

 仮に隊士達の前でそんなこと言えば、組織としての体制を守れてないと思われてしまう。

 ましてや、こいつと俺の威厳に関わるしな。


「で、試合をしてくれるのかしら?」

「わかりましたよ。やらせていただきます。おい、三島。お前は、素振りを継続しておけよ。また60回だ」

「はっ、はい!」


 あまり待たせていると、半強制的にやらされかねないため、仕方なくーー本当に仕方ないとわかるくらいのため息をついてから、アヤメの申し出を受け、三島へと素振りを指示しておく。


「よかったわ副隊長。もし、断られていたら私、悲しくてここで斬りかかっていたかもしれないわ」

「……とてつもなく不本意なので、嬉しそうにしないでもらえますか? ムカつくので」

「ふふっ。あなたは、そうでしょうけれど、残念なことに、私は楽しいわよ。久しぶりの手合わせじゃない。それに、これはあなたのためでもあるのよ」


 はぁ? 俺のため?


「だって、最近は下の育成ばかりに気を使っているじゃない。しれないでしょ? だから、私が確かめてあげる」


 横並びで歩きつつ、そんなことを言ってきたアヤメは、道場の中央へとたどり着くと、反転して俺へと向きをかえる。

 へぇー、俺の腕がおちてるかもしれないから、確かめてやるだと?

 自分の欲求を棚上げして、よくもまぁふざけたことをぬかしやがる。


「わかりやすい挑発ですが、乗ってあげますよ。で、試合形式は?」

「もちろん、真剣でのよ。かなりの技量がないと、危険な方法だけれどーーあなたなら、問題ないでしょ?」

「隊長の言い分だと、俺は腕がおちてますからねぇ。寸止めできないかもしれませんよ?」


 と、挑発されたままもムカつくので、逆に挑発仕返してやると、ふっと、小馬鹿にしたような笑みをうかべたアヤメは、ゆっくりと刀を抜きはなつ。


「冗談でしょ? あなたの刀が私に触れるなんてことーー絶対に無いわ」

「今日は、触れるかもしれませんよ?」


 鯉口をきりつつ、俺がそう告げると、その顔を満面の笑みへと変えるアヤメ。

 ……スイッチが入ったな。

 ジリジリと、ゆっくり間合いを詰める俺に対して、刀を胸の中央へと近づけたアヤメは、まるで突きをするかのような姿勢をとる。

 独特な構え方だが、あれは、アヤメが本気になった時の構えだ。

 ……確認しておくか。


「一応言っておきますけど、一手だけですからね?」

「冷たいこと言うのね……わかっているわよ」


 今のアヤメの顔が、一応確認しておかなければならないほど、ギラついていたため、伝えておいたがーー。

 まるで、飢えた獣かよ。

 隊長と副隊長の立ち会いということもあり、他の隊士達の視線も、俺らへと集中してくる。

 息が詰まりそうな中、ジリジリと距離を詰めていた俺は、間合いへの中へとアヤメを入れたのを確信すると、すぐさま足を踏み出す。

 現時点での、俺の最速最大の一太刀ーー。

 火炎剣、一式!


「炎武!!」


 地を震わせる踏み込みと同時に、抜刀した俺は、独特の正眼ーー刀を身体の前で構えることを正眼というが、アヤメのそれは、ちょっと変わっているーーの構えをしていたアヤメの胴へとむけて、刀を振るう。

 が、吸い込まれるようにアヤメの脇へと向かっていた刃が、割り込んできたアヤメの刃によって、いとも簡単に防がれそうになる。

 やはり、反応してきやがった!

 だが、それは想定の範囲内。

 刀同士での打ち合いなら、ここで防がれて終わるのだが、俺らは永世光和組だ。

 刃同士が触れ合うギリギリで、俺は、炎を発生させる。

 タイミングと純度は、申し分なく俺の全力であった。

 だが、俺の炎が轟音を響かせると同時に、アヤメの刀から莫大な煙が噴き出す。

 っーーまだだ!

 まだ勝敗が決まったわけでないため、すぐさま上段へと刀を持っていった俺は、全力で振り下ろす。

 が、それすらも反応してみせたアヤメは、刀を頭上へと持ってくるや、真横へと倒し、俺の刃を受け止める姿勢をするーー。

 いや、これは、!?

 刃が触れるギリギリで、またも白い煙を大量に出すと、アヤメの刀が左へと傾く動きに合わせて、俺の刀へと乗っていた力が、アヤメの刃へ誘われるように真下へと吸い込まれていく。

 この、身体から力が抜けていく独特の感覚ーー。

 水流剣、一式。ながれか!

 グラりと、俺の身体が地面へと倒れる中、ながし終えたアヤメの刃が、真上へともってかれる感覚から、上からの追撃をしてくると察した俺は、すぐに刀を自身の左肩へと回しーー延髄へと振り下ろされる刀を受け止める。

 ギン!!

 甲高い金属音を響かせつつ、俺の身体へと衝撃がくると、周囲に撒き散らされていた白い煙ーー俺の炎がアヤメの水によって蒸発した水蒸気だーーがはれていく。


「……寸止めだって、話では?」


 左肩へと伝わる力に、片膝をつきつつ俺がひきつった笑みをうかべると、アヤメも嬉々とした笑みをうかべーー。


「するつもりだったわよ。ーーね」


 と、嬉しくないことを言いつつ、刀を退けてくれる。

 くっ。この威力をくらったあとだと、嘘に聞こえるぞお前。


「本当かよくそが。今回は、て思ったんだがな」

「ふふっ……」


 アヤメが退けてくれたこともあり、強い力が乗った肩の調子を確かめつつ、俺がそう呟くと、何やら小さな笑い声をだすアヤメ。

 気持ち悪っ!

 と言ってやろうかと、いざ視線をアヤメへと向けると同時に、俺の背筋が一気に凍りつく。

 中段ーーしかも、胸の前で地面と平行になるように倒された、あの突きの構えは!?


「まっ!」

「水流剣、二式」


 ボソリと呟やかれた言葉に対して、急いで背後を確認した俺は、刀に炎を纏わせたまま垂直に構えつつ、空中で一回転させ、アヤメの動きに合わせて、突き技を放つ。


しずく!」

火炎陣かえんじん!」


 アヤメの刀から水が溢れると同時に、巨大な炎の槍となった俺の突き技が、すれ違うようにぶつかり合うと、大量の水蒸気を周囲へと撒き散らす。

 火炎剣の中でも、もっとも効果範囲が大きな技。三式、火炎陣。

 対して、アヤメの放った技は、水流剣の中でも最速の技。

 あの速度と威力の突きを確実に止めるためには、俺の実力では、最大範囲の技を放たざる終えなかったーー。

 そのためか、俺の炎による暑さで周囲の隊士が大声をあげ始めたため、心の中で一応謝っておく。

 てかーー。


「テメェ。一手だけだと、言っただろうが」


 ギリギリと、お互いで突き技を放ったこともあり、アヤメと鍔本つばもとでの押し合いをつつ俺が怒気を強めてそう言ってやると、やっと頭が冷静になったのか、数回まばたきをした後、すぐに刀から力を抜くアヤメ。


「……ごめんなさい。つい、興奮しちゃったわ」

「バカ野郎がーー」


 だから、お前とは、あまりやりたくないんだよ。

 と口にしたい衝動に駆られたが、納刀したアヤメの顔が、その言葉を塞きとめてくる。

 ……アヤメは、幼い頃から剣術の天才であり、道場でも、女の身でありながら多くの大人を倒してきた。

 それゆえに、自分が満足できる相手がなかなかいないため、少しでも手応えがあると感じると、どうしても戦闘を楽しんでしまうらしい。

 ーーまぁ、それくらいなら、特に変わった性格ってなだけで問題はないのだが、あの時の惨殺事件が、その性格に拍車をかけてしまった。

 本人曰く、『ギリギリでの命をかけた戦いが、どうしょうもなく楽しくなってしまった』とか。

 だから、こうして手合わせをすると、時々歯止めがきかなくらしい。

 どうにも、本人自身それが嫌らしく、歯止めがきかなくなった後は、いつも今のように自分を追い詰めるかのような辛い表情をする。

 ……あの顔さえしなければ、ボロクソに文句を言ってやれるんだけどな。


「今、言われても嬉しくないと思うけどーー少し、安心したわ」

「あぁ?」

「本当に、腕が鈍っていると思っていたのよ。けれどーーまた上げたわね。その調子で、精進しなさい」


 アヤメと同じく、俺が刀を納めていると、俯きつつそんなことを言ってくる。


「チッ。テメェに言われなくても、そのつもりだ」

「そう……それなら、よかったわ。私の隣に居れるのは、ユウだけなんだから。もっと、強くなってちょうだい」


 と、聞く人がきいたら、告白みたいな言葉を残しつつ、白い髪の毛を翻して去っていくアヤメ。

 ーー残念なことに、あの言葉の意味としては、本気で斬りかかったとしてもなかなか死ぬことがない男って、意味なんだよな……。

 てか、感傷と興奮のダブルパンチで、他の奴がいる前で、俺のこと名前で呼びやがったなあいつ。

 あとで、注意しておかねぇと。


「副隊長!!」

「スゴいですよ副隊長! あの隊長の突きを止めるなんて!」


 などと、鬼がいなくなったこともあってか、そんなことを言いながらバカ共が、俺の元に駆け寄ってくる。


「あたりめぇだろが。俺が止められなかったら、誰が隊長を止めるんだよ。くだらねぇこと言ってないで、とっとと戻れ」

「それでもスゴいですよ! 自分達なら、確実に防げませんでした!」

「どうやったら、あんな炎出せるんですか!?」


 戻れと行っているのに、なおも話しかけてくる隊士達に、俺の怒りがだんだん溜まりはじめる。

 こいつら、戻れってのが、聞こえてなかったのか?


「自分の三式は、あれほどの広範囲じゃないんですけど、どうしたらあそこまでできるんですか?」

「ものすごく暑かったんですけど副隊長~。火傷したらお嫁さんにもらってくれるんですか?」

「あ~俺も、裾が焼けたんで、新しい胴着買ってくださいよ副隊長!」


 プツン。

 そんな音共に、ついに我慢が限界にきてしまった。


「だー! うるせねぇよテメェら! 黙って、訓練に戻れクソ共!!」


 ギャアギャアとやかましい! 猿かテメェら!!

 と、アヤメとやり合ったこともあって、沸点が低くなっていた俺は、とりあえず群がるバカ共の中で代表ーー志島の尻を蹴っ飛ばしてやる。


「いった!? 何で自分なんですか!? 一言もまだ言ってないですよ成瀬副隊長!!」

「やかましい! これ以上騒ぐなら、全員まとめて男女関係なく叩き潰すぞ!!」


 などと、竹刀を拾った俺が振り回せば、たちまち全員散っていく。

 くそどもが! 無駄な労力使わせやがって!

 ぜぇぜぇと、一通り振り回し終えた俺は、チラリと自分の背後ーーアヤメが突きを放った直線上ーーへと、目を向ける。

 そこには、人一人通れるくらいの穴が開けられており、削られた表面は、水が滴るほど濡れていた。

 つまり、俺の最大範囲の攻撃ですら、アヤメの攻撃を無力化できなかった証である。

 まだまだ、俺の見る背中が遠い証拠ーー。

 その事実に俺は、竹刀をもう一度強く握りしめ、軽く息をはきだすのだった。






 その後、日が傾くまで三島の動きを指導していた俺は、ちょうど良い頃合いのため、終了を伝えてやると、息切れをしつつ棍棒を地面へと置く三島。


「つ、疲れた!! もう、腕があがりまひぇん!」

「二回目だな、その台詞を聞くの。その度に振れてるから、心配するな」


 などと、話し半分で聞きつつ後片付けをしていると、プクーと頬を膨らませる三島。


「……成瀬先輩って、意外と酷い時ありますよね。こっ、この前の夜も私より大きな下着見たことあるとかなんかと言ってましたし!」

「言うのが恥ずかしいのなら、ワザワザ思い出すんじゃねぇよ。どんな人間にも、悪いところなんて、腐るほどあるだろ?」


 と、何やらめんどくさそうなことを思い出しつつ言ってきたので、赤面しつつ言うくらいなら、言わなければいいと伝えてやる。


「その逆もありますよね……今回の隊長との立ち会いで、私も気がつくことができました」

「あぁ? 何をだよ」

「……成瀬先輩って、やっぱり、皆さんからとても慕われているだなーて」


 はぁ? またそれか?

 あまりに突拍子もないことを三島が言い出したので、床を拭いていた手を止めてしまう。


「どこ見て言ってんだお前。あれは、悪ふざけしてたり、指導してたりしてただけだって、言ったろうが」

「本当に嫌いな人には、悪ふざけなんてしないじゃないですか。それに、昨日上田さんとか志島さんが教えてくれましたけどーー成瀬先輩は、口が悪いだけで、とても優しい人だって言ってましたよ」


 何を、余計なこと言ってんだあいつら。

 だれが、優しいだ。本当に優しい人ってのは、藤堂隊長みたいな人のことを言うんだよ。

 わかってないな……あいつら。


「まぁ。私も、優しいかどうかは疑問ですけどね」

「おいクソガキ。いつまでそこに座り込んでんだ? 息が整ったなら、手伝え」

「ほら~、優しくな~い」


 はぁ。

 本当なら、こいつも頑張っていたから全部後片付けは、俺がしてやろうと思ったが、他人に優しくないと言われると、それはそれでムカつくので、そう言って雑巾を投げてやると、ブツブツ言いつつ床を拭き始める三島。

 へっ。ザマァねぇな。

 などと、三島の背中に向かって舌を出していると、スタスタと、道場に誰かが入ってくる。


「二人で後片付けをしているの? 他の隊士は?」


 て、誰かと思えば、アヤメかよ。


「最後まで使っていたのは、俺達だからな。で、なんか用かよ?」


 三島と共に片付けをしつつ俺がそう答えれば、何やらアヤメが、腕を組みつつ壁へと寄りかかる。


「成瀬副隊長。今日は、この後何か予定があるかしら?」

「いや、特にないが」

「あらそう。なら、好都合ね。久しぶりに今夜、一緒に食事でもどうかしら?」


 はぁ? 食事?


「突然だな。急にどうした?」

「待ち合わせ場所は、桜木町駅ね。待っているわ」


 いや、拒否権なしかい。

 てか、まず、人の質問に答えろよな。

 と言う前に、まるでもう用はないとばかりに、すぐに道場から立ち去ってしまったアヤメへと、俺がため息をつくと、何やらソワソワしつつ俺へと近づいてくる三島。


「でっ、デートですか?」

「はぁ? 俺とあいつが? あり得ないだろ。どうせ、今回の件で素直に謝ることができないから、食事でも奢ろうとしてるだけだ」


 壁の修理費の請求に、俺の肝を冷やしたこととか。

 どう考えても、割りに合わないが、ここでサボれば後でグチグチ言われて、余計にめんどいことこのうえない。

 仕方ないから、行くしかねぇか。


「ほら。サボってねぇで拭け拭け」

「はーい。いいですねぇ、先輩は楽しい予定があって。私は、寂しくお部屋で寝てますよ~だ」

「なに拗ねてんだお前。行きたいなら、一緒に行くか?」


 その方が、気まずくなくていいし。


「先輩、最低ですね。男として、最低ですよ」

「あぁん? たかが14年しか生きてねぇお前に、男の価値がわかってたまるか」

「女心が、わかってないんですぅ~」


 などと、なぜか年下に蔑むような視線をくらうというストレスを受けながら、掃除を続けるのだった。






 掃除を終えた俺は、とりあえず一度自室へと戻り、適当な服へと着替えると、すぐに桜木町の駅へとむかった。

 時刻は、18時前後ということもあり、駅前は、会社帰りの人などでかなり賑わっている。

 しかも、近くにはコスモワールドという遊園地もあるからか、男女のカップルも少なからず見えるから、余計に多く感じるのかもしれない。

 そんは中、柱を背にしつつ佇むアヤメは、なぜか青いチューブトップのドレス着ており、寒さへの防止なのか、肩には白いストールをかけ、白い髪の毛を後ろで束ねるという、嫌でも人の目をかなり惹きつける格好をして、俺を待っていた。

 ……いや、なんで?

 完全な、予想外なんだが?

 遠くでもわかるほど、高級感漂う格好しやがって。

 俺なんて、ジーパンにパーカーだぞ?

 という愚痴を心の中で呟きつつ俺は、このまま放っておくと、命知らずのバカ共が声をかけかねないので、すぐさま小走りで駆け寄ることにする。


「おう。待たせたな」

「ーー本当よ。あまりに遅いから、何人かに声をかけられたわ」


 あぁ、手遅れだったわけだ。


「何よその目? 言っておくけど、丁重にお断りしたわよ。本気になったら、怪我じゃすまないもの」

「へー。それは、お前にしては、頑張ったじゃねぇか。てか、ドレスコードするような店なら、そう言えよ。ラフな格好で来ちまったぞ」


 と俺が自分の格好を見せるように言えば、ふるふると首を左右に振るアヤメ。


「そんな高級なところじゃないわ。これは……お母様が、送ってきたのよ。前までは、着ないで置いておいたりしていたんだけど……それがバレてね。やれ年頃なんだからオシャレしろとか、なんとか言われてめんどくさかったから、こういう機会に、着ておこうと思って」


 などと言うと、本当に大変だったのか、腕を組みつつ珍しく顔をしかめるアヤメ。

 へー、あのおばさんがね。

 アヤメは、こう見えて意外とお嬢様だからな。おばさん的には、娘に早く落ち着きをもってもらって、婿を取って欲しいとか思っているのかね?

 しかしながら悲しいことに、本人は、そんな思いとは真逆の命懸けのチャンバラをしているわけだが。


「お前も、一応苦労しているわけだ」

「あら。そう思ってくれるなら、エスコートしてくれてもいいのよ?」


 ケッ。少し優しくすれば、これだぜ。

 意地悪い笑みを浮かべつつ、そう言って手を差し出してきたアヤメへと、俺がわかりやすく、手をプラプラとしつつーー。


「アホ言え。俺は、庶民出身なんでな。お嬢様のエスコートなんて、できねぇんだわ」


 と言ってやると、わかっているかのようにクスリと笑うアヤメ。


「ふふっ。もちろん、期待してないわよ。でも、腕くらいは掴ませてもらうわよ? これ以上変な奴らに声をかけられたら、そろそろ手が出そうだし」


 それは、二重の意味で困るぞ。

 話しかけてきた相手が病院送りになるのもそうだが、副長にバレでもしたら、強制拳骨間違いなしだ。

 なので、保身のために仕方なく片腕を前へと出してやると、クスクス笑いつつ掴んでくるアヤメ。


「あいかわらず、趣味が悪いな」

「仕方ないでしょ。ユウでしか、遊べないのよ。嫌なら、私と出会ったことを恨むのね?」


 と言ってきたアヤメに、鼻を鳴らして答えた俺は、とりあえずアヤメの案内のまま歩き出すのだった。







 ランドマークタワーへとむかう遊歩道を歩いた俺たちは、ホテルの前を通りつつ、一階へとむかい、そこの少しイタリアン風な店へとついた俺たちは、レジ前で立っていた人造人間へと人数を伝えると、言ってもいないのに、テラスが空いていると伝えてきた。

 おそらく、性能が良いがゆえの案内だな。

 男女が来れば、雰囲気がいい場所に案内するようにできているんだろう。

 なので、俺が店内で言いと伝えようとすると、なぜかアヤメがテラス席へと案内させてしまう。


「おい。4月とはいえ、まだ夜は冷えるぞ? ただでさえ、お前ドレスなんて着てるのに」

「テラスなら、夜空が見えるでしょ? 好きなのよ。空を見るの」


 だとしても、今見る必要あるか?

 という思いを込めて、俺がジト目を向けてやると、無言で頷くアヤメ。

 そうして、二人してテラスへ案内されると、ドリンクのメニュー表へと視線を落としたアヤメはーー。


「ブドウジュースは、飲めるわよね?」


 などと、なぜか雰囲気の良い注文をしてこようとする。


「飲めるが……大人じゃねぇのに、そんな雰囲気作りいるか?」

「あら? もしかして、私に意識しているの? ユウのくせに」


 はぁ? なんだ俺のクセにって。

 てか、見た目は、文句無しの美少女なんだ。それが、こんな雰囲気の良いところに連れてこられたら、それは、変に意識もするだろ。

 と思いつつも、顔が紅くなっても困るので、俺が頬杖をつきつつ視線を外せば、クスリと笑うアヤメ。


「ブドウジュースを二つお願い」

「かしこまりました。それでは、ごゆっくりとお楽しみください」


 流れる動作でお辞儀をした人造人間は、そう言うとその場からすぐに離れてしまう。

 ゆったりと過ごしてもらうためにか、近くに流れる水の音が、無言の俺らを包んでくる。

 それがまた、妙な雰囲気作りをしてきて、こっちは、困ってしまうのだがーー。

 なんか、気まずくなってきたな。

 などと考えていると、何やら風に乗っていい匂いーーラベンダーのような匂いがしてきたので、アヤメへと尋ねる。


「お前ーー風呂入ってきたのか?」

「もう、今さら気がついたわけ? もちろん、入ってきたわよ」

「ふーん」


 そこまで動いてないのに、わざわざ風呂に入ったのか。

 俺なんて、なにもしてこなかったけどな。


「で、なんで急に食事に誘ったんだ? どうせ、今日のやり合いの埋め合わせだろうけどよ」

「ずいぶんな決めつけね。私には、幼馴染みとの食事すら、理由がないとしてはいけないのかしら?」

「理由もなく食事するガラでもないだろ?」


 などというやり取りをしていると、グラスに入ったブドウジュースが机に置かれる。

 それを手に取ったアヤメは、一度俺に向かって少し腕をあげると、一口飲みだす。

 こういうところは、お嬢様が出るんだよな。


「……あれから、何年たったかしら?」


 などと思いつつ、視線を向けていると、そう呟くアヤメ。

 あれからーー。

 おそらく、道場の事件のことだろうな。


「さてね。お前と俺が7歳の時だったか?」

「そうね。いつもユウがことあるごとに、試合をしろと噛みついてきていたから、それくらいかしら」


 などと言うと、クスリと笑うアヤメ。

 いらねぇことを言うな。いらないことを。

 当時は、女なんかに負けるわけにはいかないっていう、くだらないプライドがあったんだよ。

 まぁ、今となっては、そんなものくだらないと捨てられているけどな。

 強い奴は、結局強いんだ。

 そこに性別なんて関係ないのさ。


「あれから、多くの人が亡くなったわね」

「……」

「あの道場でも、部下でも。強いというのは、なかなか酷なことよ。いつも、送り出す側なんだもの」

「……今日は、やけにセンチメンタリズムだな。今日の手合わせで、何かしらの刺激でもあったのかよ?」


 あまりに、アヤメらしくない言葉ばかり出てきたため、俺もブドウジュースを飲みつつそう言うと、ふっ、と自重的な笑みを浮かべるアヤメ。


「そうね。危うく部下を殺すところだったわけだし……嫌な思い出の一つや二つ、出てくるものよ」

「そんなに嫌なら、永世光和組を辞めればいいだろ」


 ーーもう、何度目になるか。

 こいつが、こういう感情を口にするたび、俺は、その提案を繰り返し続けている。

 いかに剣術の天才でも、刀を持たなければ、俺もこいつも青春まっしぐらな高校生だ。

 無理に、危険な場所にいなくてもいい。

 そう思って提案しているのだが、当のアヤメは、必ず首を横に振りやがる。


「辞めたところで待っているのは、お母様のような海外を飛び回りつつ、いかに自分の会社が有名かを訴え続ける道よ。それなら、この才能を最大限に使って、多くの人を助けてみせるわ」

「それで、自分を苦しめてりゃ世話ないけどな」


 と、俺が即答してやると、持っていたワイングラスを置いたアヤメは、ふわりと笑みを浮かべる。


「それでも、副長や近衛さん。それに、私の隣には、いつもユウがいてくれるわ。それだけで、私は耐えられるし、私のままでいらる。……ねぇ、ユウ」

「うん?」

「強くなってちょうだい。もっと、もっと強くなって、私より上に立ってちょうだい。それまでは、決していなくなってはダメよ」


 これも、何度目の言葉だ?

 俺が永世光和組に入隊してから、耳にタコができるくらい聞かされている。

 つまりは、自分より強くなるまで、決して死ぬなということだ。


「はいはい。お前より強くなるビジョンがいまだに見えねぇけど、そんな日がくるまでは、決して死なないよ。俺は」


 と、いつも通りそう返してやる。

 すると、どうやら満足したのか、人造人間を呼び止めると、勝手に注文を始めてしまうアヤメ。

 まぁ、お互い知らない中じゃないから、別に構わないけどさ。

 俺にも、一度くらいメニュー見せてくれてもよくねぇか?


「そうだユウ。あの子の流派は、決まったの?」

「あの子?」


 あぁ、三島のことか。


「いや、まだ正確な流派は決めてねぇよ。あいつに、一気に教えてもパンクすると思ったからな。とりあえずは、俺と同じ火炎流を使ってもらっているが」

「ふーん。女性の身で火炎剣は、かなり厳しくないかしら? まぁ、使い手がいないことはないけれど」


 ふむ。たしかに、火炎剣は、その性質上一撃に重点を置くからな。

 そのため、腕力が重要視されている。


「まぁでも、他の流派にしろ腕力は必要だからな。やっておいて、損はないさ」

「それもそうね。でも、その間あなたが動けなくなるのが困りものだけれど」

「そこは、心配するな。明日か、明後日には、見廻りも初めて見るつもりだ。いつまでも、親鳥が守ってやれるわけでもねぇしな」


 と、俺が考えていることを伝えてやると、それならいいと、運ばれてきたサラダに手をつけるアヤメ。


「食べないの?」

「いや、食うけどよ。意外とお前、あいつのこと気にかけているのか?」


 そう。今日の試合の前も、話のダシにはしていたが、三島のことを話題にしていたし、今だって、流派を気にしていた。

 正直、アヤメが部下の事を気にするなんて、一度もなかったと言っても嘘ではないくらいに、普段は無関心なのだ。

 なのに、それが二度もだと、さすがに気にもなってくるというもの。

 そう思いつつきくと「まぁね」と答えるアヤメ。


「あの近衛さんの目に止まった子だもの。きっと、何があると思うわ」

「副長は、まったく興味なさそうだったけどな」

「副長は、自分で鍛える派だもの。天然物に、興味はなくて当然よ」


 自分で鍛える派って……。

 それで、鍛えた奴らに恐れられていたら、片想いもいいところだぞ。

 などと思うと、なかなか副長もかわいそうだなと思い、苦笑いがもれる。


「とにかく、よく見ておくのよユウ。彼女のことをね」

「へいへい。わかりましたよ」



 そう答えつつ俺は、アヤメがいつの間にか取り分けてくれたサラダへと、手を伸ばすのだった。








 そうして、アヤメとの食事会が終わった俺は、女子寮までアヤメを送り終わった後、自室へと帰宅した。

 玄関へと入ると、乱暴に脱ぎ捨てられている二足の靴ーーとうぜん三島のだーーを発見し、ため息がもれてしまう。

 あいつ……どうして、揃えて脱がねぇんだよ。

 疲れているのはわかるが、それにしても敷居を飛び越えるってのは、どうやったらできるんだ?

 仕方なく靴を左の隅へと揃えた俺は、帰ったことを告げつつリビングへと向かう。


「帰ったぞ~。て、居ねぇのかよ」


 まさか、風呂か?

 くそ。手を洗いたいのに、最悪なタイミングだな。

 などと、頭を掻きつつ俺が座ろうとすると、何やらベットがモゾモゾ動き出す。

 ……えっ?

 まさか……。

 そっと、布団を捲ってみると、何故かそこには、三島が気持ち良さそうな寝息を立てて、寝むっていた。

 いや、なんで俺のベットで寝てんのこいつ?

 と思いつつ、辺りを見回してみるとーー。

 近くには、洗濯を畳んだらしい痕跡があったので、おそらく、洗濯物を畳んでいる途中で、寝落ちしてしまったということらしい。

 しかも、俺がいないのをいいことに、人様のベットに腰掛けつつ畳んでいたと思われる。

 ブッ飛ばしてやろうか? こいつ。

 と怒りが沸いてきたため、それをそのままぶつけてやろうかとも考えたが、まだまだだとはいへ、頑張って訓練していたのを思い出し、自分の感情を抑え込めた俺は、小さな肩を揺ってやる。


「おい。起きろ三島ーー」

「うぅん」


 ゴロン。

 優しく起こしてやろうと肩を揺すっていると、何やら眠そうな声をあげて寝返りをうつ三島。

 そのせいで、いつも着ているキャミソールの肩ヒモが、スルリと肘くらいまで下がってしまった。

 そして、そのせいで三島のーー年齢的に、膨らみかけている胸がーーて!?

 ヤバイぞおい!!

 急いで視線を反らした俺は、慌てていたこともあってか、机に脛をぶつけてしまうと、そのまま足がもつれてしまい、三島の上へと倒れそうになってしまう。

 が、そこを何とか耐えた俺は、三島を押し潰すことを避けて、顔の両側へと手をつくことで、ことなきを得た。

 あっ、危なかっーー。


「うぅん……あれ? 成瀬先輩?」


 なっ!?

 ベットに手をついた振動でか、まさかのタイミングで目を開けてしまう三島。

 しかも、最悪なことに今の俺は、三島の顔数センチ前で、とどまっている体制だ。

 パチクリと、意外と長かったらしい睫毛まつげを数回まばたきした三島は、みるみるうちに、その顔を真っ赤にしていく。


「せっ、せせせ先輩!?」

「ちっ、違うぞ三島! これは、不幸な事故ーーー」


 と、慌てて俺が説明しようとすると、何故か気づかなくてもいいのにーー先ほど下がってしまっていたキャミソールの肩ヒモに気がついたらしい三島は、そのヒモと俺を交互に見てくるや、何を勘違いしたのか、大声で悲鳴を上げると、おもいっきり突き飛ばしてきた。

 そのせいで、おもいっきり背中へと机がぶつかってしまう。


「いって!」

「へへへ、変態!! わっ、私より大きな下着を見た時に比べれば、衝撃がないとか何とか言っておいて! 結局、先輩もオオカミじゃないですか!!」


 はぁあ!?


「ばっ、バカ野郎! 何を勘違いして」

「エッチ! 変態! ロリコン!」


 と、一単語ずつ俺の顔へと服をぶつけてくる三島。


「まっ、待て! きけ! 俺は、お前を襲おうとしたわけじゃ!!」

「最低です! 沖田隊長に言われた時は、私のことを思って、体格のことフォローしてくれたのかと思ったのに! 先輩自身が、私みたいな体格が好みだったなんて!!」


 ばっ、バカバカバカ!!

 お前、その手に持っている刀をどうする気ーー。

 ブン! と、無慈悲に投げつけられる刀。

 それは、俺の目へと狂いなく見事ぶち当たった……。

 アヤメに殺されかけて、三島へと刀を投げられる。

 今日の俺は、厄日か何かかよ。

 と頭の中で思いつつ、俺は、真後ろへとひっくり返るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る