第2話 デコボココンビ

 新入隊員の歓迎から、次の日の4月15日。

 俺は、目の前で繰り広げられている可愛がりにたいして、大きなため息をつく。

 竹刀で叩かれる大きな音の後に、アヤメのつまらなそうな声が広間へと響くと、だんだん俺のため息も濃さを増していく気がする。


「はい。次~」


 これで、10人目か?

 女であることに加え、威厳をしめすには、確かにもってこいの方法ではあるのだが、あいつの強さを知っている身からすると、心が少し痛んでくる。


「成瀨副隊長。止めなくていいんですか?」


 どうやら、その思いは他の隊士も同じであったようで、いたたまれない表情の志島が近づいてや、そう俺へと小声で耳打ちしてくるのだがーー。


「気持ちは、わからなくねぇがーーあれは、あれで合理的ではあるからな。それに、下手に止めると後がめんどくせぇ」

「自分は、経験あるからわかりますけど……沖田隊長って、手加減してくれないんですよ? せめて、一撃入れたら終わりとかにできませんか?」

「そうしてやりたいところだが、当の本人達がやるといっているからな。それを止めるのもおかしいだろ?」

「ですけれど、限度というものがーー」

「キャン!」


 うん? キャン?

 あまりに聞き慣れない声に、俺と志島が同時に視線を向けると、アヤメの前で派手に尻もちをついている少女が一人。

 紅い髪の毛をショートツインテールにしており、幼さが残っている印象の顔つきのその少女は、頭を自身で撫でていることから、おそらく脳天に一撃をもらったのだろうことがわかる。

 しかしーー久しぶりに、女の子っぽい悲鳴をきいたぞ。


「……バカにしているの? あなた?」

「ひっ! いっ、いえ! そんなことありません!」


 おいおい。アヤメのやつ、本当に怒ってるじゃねぇか。

 仕方ない。さすがに、介入するとするか。


「ちょっと待て、沖田隊長。どうかしましたか?」

「どうもこうもないわよ」


 そう言いつつ俺がアヤメの肩を掴むと、やれやれというように肩をあげるアヤメ。


「竹刀を持つ手からしておかしいし、何より今の声よ。ここは、学校じゃないのよ? 命懸けの戦いで、あんな悲鳴あげられたら士気に関わるわ」

「持つ手からおかしい?」


 声の方は、百歩譲って仕方ないとして、持ち手からおかしいとは、いったいどういうことだ?

 永世光和組に入隊するためには、訓練学校を卒業することが通例であり、そのこともあって、刀の持ち手などに関しては、きちんとそこで強制的に覚えさせられるのが、普通のはずである。

 なのに、それがおかしいってのは、どういうことだ?


「おい。えーと、そう。三島ミクだったな。ちょっと、竹刀を持ってみろ」


 一応入隊する奴らの顔と名前は、昨日までに一通り頭に入れておいたので、すぐに彼女の名前を呼んだ俺は、竹刀を持つよう指示する。

 すると、ワタワタしつつもすぐに持ったのだがーー。

 こっ、これは!?


「ね? ふざけているでしょ?」

「ほっ、本気です!」

「あぁ。真剣でやりたいってこと? いいわよべつに」

「待て。抜くんじゃねぇ隊長。それより、これは、どういうことだ?」


 彼女ーー三島の竹刀の持ち方が、おかしすぎる。

 いや。微妙にあってはいるとは思うのだがーーいかんせん腰がひきつっていることが原因なのか、脇が締まってないことが原因なのか。特にかく、不格好すぎるのだ。

 これでよく卒業できたな、こいつ。

 いや。特例として卒業できるやつもいるにはいるが、それならそれできちんと説明があるはずだ。


「なんか、一気にシラケたわね。副隊長。この子間違って来たと思うから、副長に確認とってもらえる?」

「えっ?」

「この子を殺したいなら、しなくてもいいけどね。はい、かいさーん」


 というや、本当にやる気がなくなったらしいアヤメは、竹刀を俺へと押しつけると、スタスタ指示も出さずに退室してしまう。

 て、おい! せめて、次の指示をだしてから出ていけよ!


「あーもう! おい志島! 新入隊員達に、ここの案内を詳しくしてやれ! あと、隊長とやりやった奴らは、一応医務室に連れてけよ! 人手が足りなかったら、ハゲでも誰でもいいから副隊長命令ってことで引っ張り出せ!」

「えっ!? はっ、はい! わかりました!」


 ムカつく感情を何とか抑えた俺は、とりあえず、新入隊員達を近くにいた志島へと任せる。

 で、その間に俺は、このキョロキョロしている小動物だな。


「三島。お前は、俺と一緒にこい」

「はっ、はい!」

「おそらく、何かしらの手違いだと思うからな」


 そう言いつつ、三島から竹刀を受け取った俺は、さっそく副隊長室へと向かうのだった。







『三島ミク? ……あぁ、あの子!』


 副隊長室へとついた俺は、すぐさまサエコさんへと電話をして、彼女の配属確認をしてみるがーーなんで笑ってんだこの人?


『可愛い子でしょ? たしか、まだ14歳の中学生での卒業生だったからーー一番隊には、存在しない雰囲気を持っているでしょ?』

「あの。副長? 大変申し上げにくいのですが、俺は、彼女の配属先が間違っていると申し上げたのですが?」


 この小動物の雰囲気や年齢なんて、これっぽっちも聞いてねぇよ!


『それは、つまり、ユウちゃんは、私の目を疑っているってことかしら?』

「そっ、そうではなくてですね。副長もご存じだと思いますが、一番隊は、一番苛烈な部隊なんですよ。それなのに、あんな刀の持ち方をする子を配属するなんてーー彼女のためになりません!」

『あらあら。あいかわらず、優しいのねユウちゃん。そこだけは、今ので知れてよかったわ。でも、仕方ないのよ。彼女の配属には、


 ……へっ?

 サエコさんが、関わっていない?

 そんなバカな。サエコさんは、副長であると同時に永世光和組の訓練学校の教官だぞ。

 つまり、訓練学校を出る人間は、彼女の采配によって、基本的に各部隊へと振り分けられるのだ。

 なのに、関わっていないなんてーー。


『彼女の配属はね。なの。だから、私に言われてもどうにもできないわ』

「きょっ、局長!?」

 局長ってーー。近衛このえ局長だと!?

『そうなの。だから、私の判断でどうにかできないのよ』

「なっ、なんで局長が? い、いや! というかですよ! 仮に、俺が納得したとしても、アヤメの奴が納得しませんって!」

『えっ? そんなことないわよユウちゃん。アヤメなら、局長命令だって伝えれば、すぐに納得するわよ』

「へっ?」

『とりあえず、理解はしてもらえたかしら? 手伝えなくてごめんなさい。そろそろ切ってもいい? 私も仕事があるのよ』


 というと、こちらの返答を待たずに通話が終了させられてしまう。

 なんなんだ。

 局長命令なんて、ほとんどないのに、今回に限って局長命令だと?

 しかも、こんな小動物をウチで預かれと!?

 キョロキョロと、俺の後ろで仕事場を見回していた彼女へと、俺が視線を向けると、アワアワしつつ何故か敬礼してくる。

 ……先が、思いやられるぞ。


「とりあえず、配属先は間違っていなかったらしい」

「あっ。そ、そうですか。あの! 精一杯頑張ります!」

「あぁ。そうしてくれると、お前のためになる……よし。まずは、隊長にこの件を俺は、伝えてくるから、お前も一緒にこい」

「はい! 了解です」


 ……気合いは、あるんだよな。気合いだけは。

 一番隊に勤めて数年間。今までなかった状況だったため、どうしたものかと考えつつ隊長室へと向かった俺は、すぐに副長から教えてもらった内容をアヤメへと報告するとーー。


「局長命令?」

「あぁ。そうらしい」


 さすがのアヤメも、片眉をあげつつ俺の報告に不満げな顔つきをする。

 まぁ。そういう反応になるよな。

 永世光和組の局長である近衛さんは、一言で言ってしまうと神出鬼没しんしゅつきぼつ

 俺らの中で局長を名乗っているだけあって、相当な実力者であるのだが、それ故に、日本だけでなく世界中からお呼びの声がかかってしまうのだ。

 そのため、日本にいないことなどザラにある。

 その局長からの命令なのだがら、誰もが不満に思うだろう。


「そう、わかったわ。それなら彼女は、こちらで預かりましょう」


 えっ!?


「なっ、納得したのか?」


 あまりにも意外な返答であった為、三島がいるにもかかわらず俺が素でそう答えると、アヤメは、頬杖をつくと軽くため息をつく。


「してないわよ。でも、近衛さんの命令なら従うわ。あの人の何かが、彼女の存在に反応したんだろうし」

「いっ、意外だな。お前がそういう反応するとは、想像すらしていなかったぞ。むしろ、刀でも取り出して、無理やり追い出すかと思っていたんだが」

「お前じゃなくて隊長よ。私だって、そこまでワガママじゃないわよ。その代わり、彼女が一人前になるまでは、成瀨副隊長がパートナーとしてつくように」


 なっ!?


「おっ、おいちょっと待て! いくらなんでも、基礎から教えるのは、俺の仕事的にまずいだろ!」

「……言葉遣い」

「ぐっ! あのですね隊長。自分も副隊長として、実戦での経験ならばいくらでも請け負う覚悟があります。ですが、副隊長としての仕事もありますから、さすがに一からの手ほどきとなると、自分の仕事に支障がでてしまいます」


 くそ。あまりに動揺することばかりおきすぎているから、あのアヤメからジト目で注意されるという屈辱をくらっちまった。

 て、そこじゃねぇ!

 この小動物を一から教えるなんて、いくら俺でも断固拒否するぞ!

 せめて、実戦で使えるレベルになってからじゃねぇと、俺の仕事が進まねぇ!


「志島隊士もいいレベルに達したでしょうし、ちょうど雛鳥が巣立ちをするところでよかったわね」

「でっ、ですけど!」

「拒否するのなら、はっきりしている事実があるわよ……三島隊員は、すぐに命を落とすわ。それでもいいのなら、拒否を受け入れます」


 こっ、こいつ!

 本人の前でそれを言うか普通!?

 チラリと後方に立っている三島へと視線を向ければ、やはりショックであったのか、顔色が青くなっている。

 そうなるだろうよ!


「で、では、俺の書類仕事を隊長が少し肩代わりしてくださるのは?」

「却下。自分の仕事は、自分で片付けるものよ。成瀨副隊長」


 どの口が言ってんだよ! このサボり魔野郎が!

 と、三島に見えないように、アヤメへと怒りの感情を込めて睨みつけてやると、なぜかため息をつくアヤメ。


「わかりました。そこまで、業務が大変だというのならば、特別に同棲することを許します」

「はぁ!?」

「本来ならば、男女は別の寮での生活をすることが原則ですが、今回は、特例として許可します」


 おいおいおい!

 言うに事欠いて、何を言い出してんだこのバカ!


「アホかテメェ! どこの世界に年頃の男女を一つの部屋に入れる上司がいるんだよ!!」

「はぁ……私は、ユウに下着姿を見られてもなにも感じないもの。あなただって、私に欲情しないでしょ? それなら問題ないわ」

「テメェと三島を一緒にするな! てか、そもそも、お前の価値観と一般女性の価値観を同じと思ってんじゃねぇぞ!!」


 これには、さすがの俺も堪忍袋かんにんぶくろが切れてしまい、隊長のデスクを拳で叩きつける。

 すると、俺の怒りが伝わったのか、それとも注意することをやめたのか、アヤメもいつも通りの口調になり、さらに訳のわからない理論を持ちだしてくる。


「失礼ね。私だって、生物学的に女性よ。そこらの奴らに下着姿を見られれば、不快に感じるわ」

「おぉそうかよ! 人間であることを確認できてよかったわ! それなら、三島だって同じ気持ちになるだろうが!!」

「うるさいわね。先から、何を一人でヒートアップしているわけ? ユウは、彼女の下着姿でも見る予定があるのかしら?」

「あるわけねぇだろ!」

「それなら、彼女のような平たい胸の人間に欲情するわけ?」

「ひらっ!?」

「あるわけねぇだーーいや。それは、人それぞれだろう。とにかく俺にやましい気持ちなんてこれっぽっちもねぇよ!!」


 何やらアヤメとの言い合いをしている時に、後ろから上擦った声が聞こえたため、なんとか追い討ちにならないよう言葉を選んだがーーこのバカ野郎が。くだらねぇことを言いやがって。


「なら、なにも問題ないわね。はい、これでこの話は終わり。二人とも出ていきなさい。仕事の邪魔よ」


 と、俺の怒りなど、どこ吹く風のごとく勝手にそう締めくくったアヤメによって、不完全燃焼のまま、俺らは、半強制的に退室させられるのだった。








 ムカつくことばかりだが、隊長命令には逆らえない。

 なので、何やら先ほどからずっと自身の胸に手を置き「ひら……ひら……」と、ボソボソ呟いている三島を引き連れた俺は、先ほどアヤメが可愛がりをしていた道場へとさっそく向かった。

 人造人間と戦闘をおこなう俺らにとって、剣術の腕の衰えは、即死へと繋がる。

 なので、どこの支部にも道場の設置が義務付けられており、暇さえあれば、誰もがここで研磨を重ねているのだ。

 一礼して入った俺は、今だにブツブツいっている三島の頭を軽く小突き、一礼をするよう視線で伝えると、何やら自分の胸と俺の顔を見比べるや、頬を染めつつ慌てて頭を下げる。

 たく、珍妙な行動をしやがって。こっちの身にもなれってんだ。

 さて。まずは、こいつがどこまで知っていて、どこまで腕があるかだな。


「おい三島。お前は、どこまで勉強した?」

「勉強ですか?」

「あぁ。自然流しぜんりゅうは当然として、人造人間の特性。魔導兵装の扱い方。それらを、どこまで知っている?」


 などと、俺がホワイトボードを準備しつつ、最低限知っているはずの知識を尋ねるが、一向に返事が返ってこない。

 なので、俺が不思議に思いつつ三島へと視線を向けると、何故かカチコチに固まっており、心なしか目が遠くにいっている。

 ……まさか。冗談だろ?


「おい。お前、今の単語全て知らないとか言わないよな?」

「ひっ!? あっ、あの。実は、私……訓練学校を一ヶ月で卒業していまして……。全くと言っていいほど知識がないと言いますか、なんといいますか……」


 オロオロと視線を迷わせつつ、そう答える三島。

 あの反応……どうやら、冗談ではないな。

 てか、一ヶ月で卒業って。一体何してんだよ副長。

 完全に、こっち任せじゃねぇか。


「はぁ~。わかった。とりあえず、何も知らないってことを前提に教えてやる」

「すっ、すいません! 頑張って覚えます!!」

「元気があっていいことだなこの野郎。たく、くそめんどくせぇ」


 知識を少しだけ叩き込んだら、すぐに刀の扱い方を教えようとしていた俺のプランが、完全に崩れやがった。

 だが。ここで基礎知識を疎かにしてしまうと、これからの稽古に支障が出るからな……時間がかかっても、きちんと教えねぇと。


「よし。まずは、俺らが扱う魔導兵装について教える」

「はい! お願いします!」

「魔導兵装というのは、俺らの着ているこの隊服に使用されている物で、人間の精神力ーー俗に言うを原料として、俺達人類が到達できない運動量や自然現象を引き起こしてくれる物だ」

「運動量っていうのは、足が速くなったり、筋力が強くなることですよね? でも、自然現象ってなんですか?」


 ふむ。運動量については、理解してるな。

 なのに、どうして自然現象が抜け落ちているんだこいつ。


「自然現象というのは、その名の通りだ。例えば、発火や落雷がそれにあたる。これは、自然流に後々繋がるから、後で詳しく教えてやる」

「はい! わかりました!」

「でだ。この魔導兵装が、何故必要なのかと言うと、この技術を使わなければ、人造人間が倒せないからに他ならない」


 キュキュと、油性ペンで簡単な人間を二つ書いた俺は、その一つの頭上に人造人間と記す。


「近年、ロボット技術が飛躍的に向上した世の中において、俺達人類は、あらゆる仕事に人造人間を使用している。中でも、危険な仕事や人手がいる仕事ーー例としてあげれば、建築業や介護。あとは、深海調査なんてのもそれにあたる」

「はい!」

「黙れ。あとで、俺が質問あるか聞いてやるから、それまで黙って耳の穴開いて、一語一句聞き逃すな」


 と、俺が人造人間について説明していると、三島が元気良く挙手をしてきた為、睨みつつ黙るように言ってやると、一気にしょぼんとする三島。

 こいつの質問に答えてやるのもいいが、順序だてて説明しないと、おそらく脱線する恐れがあるからな。

 それほど、こいつは無知なのだ。

 だから、定期的に質問をする時間を作り、あとは、俺が話続ける。

 結局、それがこいつのためになる。


「では、続けるぞ。そんな力仕事をする人造人間に対して、俺らと同じ耐久力や筋力では心もとない。なので、奴らには人造筋肉を使用していることがほとんどだ。そのため、一部の人造人間が暴走すると、人造筋肉で守られているがために、従来の銃火器類が通用しなくなってしまう」


 それでもーー仮にミサイルなんかを使用すれば、簡単に壊せるのだが、それを使用するには、俺達の生活圏に深く入り込んでしまっているので、民間人を巻き込むほどの火力は使用できない。


「そこで、この魔導兵装が役にたつわけだ。あいつらの人造筋肉を、中和する効果が自然現象としてこいつからもたらされている。はい。ここまでで、質問あるか?」

「はい! 人造人間にも、頑丈さとか強さとかってあるんですか?」

「良い質問だ」

「えへへ」


 無知にしてはな。

 という言葉をのみ込みつつ、俺が良い質問だと言葉にすると、照れたように頭をかく三島。


「先ほど例にだしたように、介護に関わる人造人間と深海調査をする人造人間では、やはり、耐久力が違ってくる。なので、力仕事や危険な仕事をしている人造人間の方が、暴走した場合は、厄介だ」

「へー。そうなんですね」

「だが、奴らの弱点だけは、どの人造人間にも共通して言える。それが、頭と心臓の二つだ」


 と言いつつ、俺がホワイトボードに書かれている人造人間の頭と胸に、大きな×印を入れる。


「理由としては、頭には奴らの運動機能を制御するOSがあるため、首を断ち切ってしまえば、動くことがなくなる。そして、心臓は、奴らの身体を動かすために必要な疑似血液の貯蔵庫であるため、一度傷を負うと循環機能が壊れ、いずれ動かなくなる。だから、お前もこれからの実戦では、この二ヶ所を徹底的に狙うようにしろよ」

「あっ、はい!」


 ふぅ。

 これで、基礎的な人造人間の説明は終わったか。

 くそ、先が長いな。


「これで、人造人間の説明は終わりだ。では、次に魔導兵装と自然流の説明をするぞ」

「……? 自然流と魔導兵装って、関係あるんですか?」


 肩を落としつつホワイトボードを消していると、三島からそんな言葉が飛び出してくる。

 おいおい、勘弁してくれ。


「大ありだ。まず、自然流というのは、魔導兵装に合わせるためにできた流派だからな。先ほど説明した通り、魔導兵装は、俺らの精神力を変換して自然現象を引き起こす。そのため、俺ら永世光和組は、これを剣術と融合させることで、人造人間への対策としているんだ……一応わかっているとは思うが、永世光和組に若い人が多いのは、この精神力が最も活発なのが10~20代だと言われているためだ」

「……」


 プイッと、俺の視線から逃れるように顔をそらす三島。

 この、知らなかったなこいつ!


「んんっ! では、自然流についてだ。自然流というのは、一撃必殺を旨とする火炎剣かえんけん。防御からのカウンターを主とする水流剣すいりゅうけん。速さに命をおく雷鳴剣らいめいけん。攻撃回数で翻弄ほんろうする風流剣ふうりゅうけんの、四つに大きく別れている」


 そう説明しつつ、ホワイトボードに大きな時で火・水・雷・風と書いた俺は、その中央にごうという時を書く。

 と、やはり想像通り手が上がる。


「待て。とりあえず、話をきけ」

「はい!」

「この四大流派には、剛剣ごうけんと呼ばれる元の流派から派生したものでな。現代で剛剣を使える人間は、近衛局長だけだ。この理由は、体格や素質なんかがあって、使える人がいないっていう簡単な理由だ」

「へー。成瀨副隊長は、どの流派なんですか?」

「……テメェ。使えないとわかったとたん、興味をなくしやがったな」


 ビクリと、俺の言葉肩を震わせた三島は、顔が分身するんじゃないかと思えるくらい、左右に頭を動かす。

 剛剣の偉大さをわかってねぇな、こいつ。

 しかし、ここまで結構続けて話していたこともあったからなーー中学生にしては、集中していた方か。


「俺の流派は、火炎剣だ。火炎剣の極意は、感情を燃やすこと」


 刀を抜いた俺は、それを真横へと倒しつつ感情ーー今回は、人造人間を倒すという想いーーを持つと同時に、それを炎で燃やすイメージをする。

 すると、鍔元つばもとから炎が溢れ、刀身から燃え上がるような炎が現れる。


「見ておけ」


 ザッと、三島に見えやすいように、正面から真横へと向きを変えた俺は、すでに手に馴染んでいる動きをおこなってみせる。


「火炎剣、一式いっしき炎武えんぶ!」


 真横への平切りをおこなったのち、一歩大きく踏み込んだ俺は、上段から勢いよく振り抜く。


「おぉー!!」


 と、実演してみせた炎の作り出した線に対して、三島が感嘆の声をもらす。


「これが、火炎剣の五式ある内の一つで、炎武という。まぁ、火炎剣でいうところの基本だな。今は、見せるためだけだったから、もお粗末なものだったが 」


 と俺が、刀身の炎をなくしつつそう説明すると、可愛らしく首を傾げる三島。


練度れんど? 純度じゅんど?」

「練度というのは、炎を出すタイミングのことだ。敵を斬る一瞬だけ炎を出せば出すほど、威力が上がるからな。そして、純度は、放出した自然現象の濃さーーこれは、想いが強ければ強いほど、薄くなっていく」


 と説明するが、なにやらまだわからない顔を三島がするので、ため息を一度ついた俺は、再度炎をだす。


「まぁ、こればかりは、口で言っても難しいだろうからな。まずは、純度の実演をしてやる」


 と言いつつ、今度は、アヤメーーあいつの背中を鮮明に思いだし、それを燃やすイメージをする。

 あいつを、越えて見せる!

 その思いと同時に、鍔本から溢れた炎は、先ほどの燃え上がるような炎とは違い、透き通るようなゆったりとした炎。


「あつ!?」


 なのだが、俺が炎を出した途端に、三島がわかりやすいほどその場から飛び退くや、ジリジリと俺から距離を取りはじめる。


「これが、純度だ。どうだ? 見た目は、初めの方が熱そうだったが、今の方が熱いだろ?」

「はっ、はい! スゴイ熱風がきますよ!!」

「よし。実感できてもらってなによりだ。では、次に練度を見せる。さっきと同じ動きをするから、元の位置に戻れ。そして、よく見ておけよ」


 さすがに、距離をとられていると見えにくため、すぐに炎を消してそう言ってやると、パタパタと手で顔を扇ぎつつ、元の位置へと戻る三島。


「いくぞ。火炎剣一式、炎武!!」


 真横への平切りののち、上段からの振り下ろしの一連の動きをする。

 ーーのだが、今回は、敵を居ると見定めた場所ーーちょうど腕が伸びきった最高到達点だーーに近づく一瞬だけ、炎を放出する。

 ボン! と、小さな爆発のような音が二度鳴ると、三島が面白いようにビクビクと二回震える。


「これが練度だ。炎を纏ったままの攻撃とは違い、一点集中している分、瞬間火力が桁違いになる。それに、人造人間がいるのは、基本的に人々の生活圏内だからな。そこで斬らなければならなくなった場合に、初めに見せたような炎を纏っていると、いらない被害を与えかねない」

「なっ、なるほどですね!」


 グッと、胸の前で両拳を握りしめた三島は、さっそく試そうとしているのか、危なっかしく刀を抜くと、そこで俺へと恥ずかしそうな視線を向けてくる。


「あの、副隊長。炎って、どうやったらでるんですか?」

「そういえば、その説明をしてなかったな。自然現象を引き起こすには、想いや感情の高ぶりが必要になる。各々の流派で、方法は違ってくるがーー火炎剣では、想いや感情を炎で燃やすイメージが必要だ」

「想いや感情ーーですか?」

「なんでもかまわない。人々を守りたいでもいいし、強くなりたいでもいい。ある奴なんて、自分の恋人の名前を呼びながら炎出してたりしてたしな」


 なぁ、上田。


「えっ!? ここここ、恋人! ですか!?」


 と、何やら難しそうにしていたので、アドバイスを出してやると、何故か恋人という言葉に過剰反応を示す三島。

 面白い慌てようだが、今は、そんな笑いを求めてねぇぞ?


「例だよ例。好きな奴のことを考えて、心が高ぶれば、それも立派な発動条件だ」

「すっ、好きな人ーー」


 ……なんなんだ? この歳は、そういう色恋沙汰に過剰反応する歳なのか?

 あいにく俺は、三島の歳の頃には、すでに副隊長をしていて、命懸けの戦いをしていたからよくわからん。

 チラリと、俺の顔を一度見た三島は、目をつぶると、思ったよりも早く炎を出すことに成功した。

 テメェ。まさか怒りか? 俺に対する恨みの怒りで成功したのか? このくそガキ。


「やった!! できましたよ成瀬副隊長!!」

「そうか、よかったな。お前が俺に対して、何を思っているのかは、聞かないでおいてやるよ」


 ピョンピョンと、嬉しさのあまりその場で跳ねる三島へと、俺が刀を震わせつつそう言うと、なぜか頬を紅く染めるや、その場でくねくねし始める三島。


「きっ、聞かないでくれて、ありがとうございます」

「キモッ」

「えっ!? 今なんて言いました!?」

「なんでもねぇ」


 俺がわざと聞こえるように呟いた言葉へと、想像通り過剰反応した三島は、ブンブンと炎を纏ったままの刀を振り回して全身で抗議をするが、俺は、それを華麗にスルーして、ホワイトボードに書いた物を消す。


「よし。では、これから型の稽古に入るーーと言いたいところだが、ここまで頑張ってきいたお前に、俺からプレゼントをやろう」


 未だブンブン刀を振っている三島へと、そう伝えてやると、パァアと、一気に怒りから満面の笑顔へと変わる。

 ハッ。単純な奴だな。

 おおかた、お菓子でも貰えると思っているんだろうが、そんなものあげるわけがない。

 むしろ、ここからが本番だ。

 ホワイトボードを壁へと退けた俺は、道場の端にある物置へと入ると、そこに置いてある各大きさの木でできた棍棒へと目を走らせ、手頃な物を一つ手にし、三島の元へと戻る。


「ほらよ。これが、プレゼントだ」


 ずっしりとした棍棒を三島へとわかりやすく突きつければ、一気に三島の瞳から色が無くなる。

 くくっ。予想通りの反応すぎるだろ。

 と、少しにやけてしまいそうになった口角を上げまいと、必死に俺が耐えていると、ふっと、あることに気がつく。

 こいつ……まだ炎だしてたのかよ。


「おい。もう炎止めていいぞ」

「へっ? いいんですか?」

「あたり前だろ。何度も言うが、自然現象を引き起こすには、精神力を糧にしてんだ。そんなに駄々漏れにしてると、メチャクチャ疲れるぞ?」


 まさか、言うまでずっと出しているとは、思わなかった。

 そう思いつつ、止める指示をすると、あっさりと炎を止める三島。

 その様子を見て、俺は、内心首を傾げる。

 初めてで、なおかつあれだけの時間駄々漏れにしていたのに、三島がずいぶんと余裕そうなのだ。

 初めての放出では、威力調整などができず、基本的に全力放出を常に行っているので、息切れをするくらいのことがあっていいはず。

 なのに、三島は顔色を変えるどころか、息切れすらしていない。

 もしかして、こいつ。自然現象の調整に対して、才能があったのか?


「あの~成瀬副隊長。この重たい棍棒は、何のために持ってきたんですか?」

「うん? あぁ、それか。今日の残り時間だが、そいつをひたすら振り続けろ」

「えぇー!! この重たいのを!?」

「バカ野郎。何もせずに実戦をしてみろ。刀の重みに耐えきれなくなって、簡単に殺されるぞ。そのための、筋肉作りだ。わかったら、とりあえず30回振ってみろ」

「ひぇー!!」


 などと、俺の言葉で完全に顔色を悪くした三島は、それからひぃひぃ言いつつ、素振りを始めるのだった。










 そして、運命の夜。

 と言っていいのかわからないが、とにかく同棲開始が、静かに俺の脳内でゴングを鳴らした。

 部屋に戻ってから、二時間後くらいだろうか。

 チャイムの音と共に、この小動物が荷物を持って現れたのはーー。


「あっ、あの。成瀨副隊長! ふつつかものですが、よろしくお願いします!」

「……あぁ。よろしく」


 最悪だ。

 ついに、プライベートスペースまで、仕事に埋めつくされてしまった。

 元々一人用である部屋なので、当然そこまで広くない。

 なので、寝る時は、机を退かさないといけなくなるだろう。

 いや。むしろ、マットレスすらも退けないといけないのか?


「あっ、あの! 成瀨副隊長」

「あぁ?」

「ひっ!?」


 あぁ。いけね。

 ついつい、ドスがきいた声を出しちまった。


「あー悪い。どうした三島」

「えっと……荷物は、どちらに?」

「あぁ荷物か。荷物ならーーて、それだけか?」


 と、意外にも三島が持ってきた荷物が、小さなキャリーケースのみだったので、俺が首を傾げると、元気よく頷く三島。


「はい! 元々荷物は、少ない方なんです!」

「いや。少ないにしても、限度がーーて、あれか。期間限定だもんな。大型のは、寮に置きっぱなしか」

「はい。恐れ多いですけど、テレビとかは、副隊長のを貸していただけるといいかな~と」


 まぁ、それでいいか。

 荷物がない分には、それは、それでこっちも助かるしな。


「わかった。それじゃ、とりあえず中に入ってくれ。夏も近づいているとはいえ、まだ夜は冷えるからな」

「はい! お邪魔しまーす」


 一応キャリーケースを持ってやると、元気よく入ってくる三島。

 しかし、こいつ元気だな~。

 いや、入隊の時からわかってはいたのだが、本当に元気すぎる。


「おぉ~。男の人の部屋って、私初めて見ました。意外と、スッキリしているんですね」

「俺が、一般的な男ならな。くだらねぇこと言ってねぇで、荷物の整理でもしておけ」


 俺の部屋は、必要最低限の物ーーベットやテレビ。それと、机くらいしかない。

 これは、単に俺に何かあった時のために、後腐れなくするためだ。

 永世光和組に席を置いている以上、いつ自身の命がなくなるかわからない。

 ただでさえ、平均継続年数が3年と短いのだ。そんな命のやり取りをする人間が、そこまで物があっても仕方ないだろう。

 なので、俺の部屋を世間の一般男性の部屋の定義にさせられるのは、正直困る。


「あっ。キャリーケースありがとうございます」

「あぁ。それじゃ、俺は飯買ってくるから、ここで荷物の整理でもしておけよ。見られたくないものもあるだろし」

「えっ? 作らないんですか?」

「はぁ? お前、俺が料理する人間に見えるのかよ」


 何を、すっとんきょな声をだしているんだか。

 作る時間なんてもったいないし、ましてや、料理なんてできねぇよ。

 という意味も込めて、俺が言ってやると、何故か嬉しそうに顔をほころばせる三島。

 ……なんだいきなり?


「よかった! それなら、私が作りますよ!」

「はぁ?」

「いえ、あの。私、今日ずっと成瀨副隊長に迷惑ばかりかけていたので……何かできることはないかな~て、考えながらここまで来たんです。でも、やっぱりそんなできることがなくて……」


 ……チィ。

 そういうことか。

 たく。めんどくせぇな。いらねぇこと気にしやがって。

 と思いはしたものの、こいつの前で色々文句を俺も言ってしまっていたことを思いだし、なんとかそれを喉元で抑えつける。


「たく。くだらねぇこと考えてんじゃねぇよ。お前は、新入隊員でしかもまだ14歳だろ? 対して俺は、17歳で3年以上も副隊長をやってんだ。とうぜん、お前にできないことを多くできるに決まっているだろうが。俺に何かを返したいって思うなら、早く一人前になって、なおかつ俺より長く生きる努力をしろ……まぁ。俺も気が動転してて酷いことを言っていたかもしれんが」

「いっ、いえ。成瀨副隊長は、酷いことなんてなにも」


 あぁ。そうそう。

 それも言っておかないとな。


「お前、任務以外で副隊長禁止な」

「へっ?」


 そう。副隊長。

 今は、完全なプライベートなのだ。仕事でもないのに、副隊長呼びは、正直キツイ。

 理由としては、否が応でも仕事っぽくなるから、身体が休めた気がしないからだ。

 なので、禁止を三島へと言いつけると、何やらオロオロ困ったように落ち着かなくなる。


「どうした?」

「えっとーーでしたら、なんとお呼びすればいいですか?」

「なんとってーー別に、好きに呼べばいいさ」

「好きにですか? うーん。それなら、先輩ってのは、どうですか?」


 ……先輩?

 あんまり、変わらない気がするんだけど?


「ダメですか?」

「他にないか?」

「うーん。なっ、成瀬?」


 うっわぁ。すごい、違和感あるわ。

 具体的には、なんか年下の女子に妹を演じてもらっているくらいの違和感がある。

 などという拒否感が、顔に出ていたのか「やっ、やっぱり先輩で!」と顔を紅くしつつ答える三島。

 まぁ、副隊長よりは、全然マシか。


「それで、副ーー先輩の冷蔵庫には、何がありますか? 私、料理には自信があるんです!」

「本気で作る気かよ。あー。でも、何もないかもしれん。あるのは、たぶん栄養ドリンクくらいか?」

「えっ、栄養ドリンクですか……副隊長の仕事って、そんなに辛いんですか?」


 うん?

 辛いって、べつにそんなことはないが……基本的には、簡単な書類のサインと、実力の伴っていない隊員の出撃時には、共に出撃するくらいだしーーいや。アヤメさえ、普通に仕事してくれれば、そこまで辛くないんだよな。


「あー。俺は、例外だからな。とりあえず、何もないと思う」

「そうですか……それなら、私が買ってきますよ。作る物によれば、作り置きとかにもできると思うので!」

「いや。そしたら、お前の荷物をどうするんだよ」

「それは、帰ってきて落ち着いてからしますよ! それでは、行ってきますね!!」


 と言うと、すぐに玄関へと向かってしまう三島。

 はやっ! まぁ、急ぎでもないし、別にいいか。

などと思いつつ、書類仕事をしていると、すぐに色々買って帰ってきた三島は「待っててください!」と、何やら変な気合いをいれるや、しばらく使っていなかったキッチンで料理を始めてしまう。

 なので、俺も手伝うべきかと一瞬考えはしたものの、本人がやりたいものを横から邪魔したところで、本当に邪魔にしかならないかと考え、できるまで先程の書類ーー新入隊員の訓練校時代の成績が記録されている物だーーを確認しつつ、いつぐらいに実戦を経験させるかを考えておく。

 すると、意外と時間を使っていたのか、三島が料理ができたことを教えてくれた為、机に対面で座りつつ、さっそくいただくことにした。

 しかし……誰かと自宅で食卓を同じくするなんて、久しぶりだな。

 最近は、志島が食事に誘ってくれることもあったりしたが、あまりタイミングが合わなかったからな。


「どっ、どうでしょうか?」

「うん。うまいよ。しかし、よく肉じゃがなんて作れるな」

「えへへ。そうですか? 意外と簡単なんですよ」


 と、久しぶりの手料理に俺が思考を巡らせていると、何やら緊張した顔つきで三島が聞いてくるので、素直にそう答えると、デレデレとした顔で食べ始める。

 14歳という年齢を考えると、本当に良くできている。

 肉じゃがだけでなく、あの時間内で味噌汁やサラダまできちんと作っているからな。


「……三島は、料理が好きなのか?」

「えっ? あーいいえ。どちらかというと、あまり得意な方じゃないです」

「そうか。その割には、良くできている。親御さんの教育がいい証拠だな」


 などと、俺が言葉にすると、突然進めていた箸を止めてしまう三島。

 その様子に俺が首を傾げると、何やら迷った顔つきをするや、小さな声でーー。


「実は、私、施設育ちでしてーー」


 と、下手な笑い顔で言う三島。

 あぁ……そういうことか。

 こいつは、しくじったな。


「そうか。そいつは、変なこと言って悪かったな。なら、なおのことお前は、スゲーよ」

「そっ、そうですかね?」

「あぁ。これで、俺よりできることが一つ見つかったな」


 と、一応慰めの意味も込めてそう言ってやると、またもデレデレした顔で箸を進める三島。

 その姿に、少し笑いそうになってしまったが、鼻を鳴らすだけに抑えて、俺も食事を食べ進める。

 そうして、しばらく二人して無言で食べていると、意外と早く食べ終わり、さすがに食器洗いは二人でやろうと俺から提案して行い、その後三島は、荷物整理へ。俺は、先ほどの書類の仕事へと各々別のことを始める。

 あっ、そうだ。

 ついでだから、三島に動機でも聞いておくか。


「そうだ三島。お前、どうして永世光和組に」

「ふぁい!?」


 と、背後で荷物整理をしていた三島へと向きをかえつつきくとーー。

 どうにもタイミングが悪かったらしく、水色と白色のストライプ下着を持っていた三島が、顔を真っ赤にしつつ固まっていた。

 ……しまった。


「あー悪い。タイミングが悪かったな。終わったら教えてーー」

「みみみみっ、見ましたか!?」


 一応すぐに向きを戻したのだが、誤魔化せなかったらしく、ポカポカと背中を連打してくる。


「見てない見てない」

「嘘ですよ! がっつり見てたじゃないですか!!」

「見てねぇて。終わったら、教えてくれ」

「終わったらって、完全に知ってる言葉じゃないですか!? もうー!! 先輩の変態!!」


 はぁ?

 誰が変態だこの野郎。


「少し落ち着け。今見たことは、すぐに忘れる。こう見えても、記憶を消すのは得意だ」

「記憶を消せるわけないじゃないですか!!」

「わかった。なら、こう言ってやる」


 ポカポカと、なおも殴りつけてくる三島へと、めんどくさいこともあったので、俺が視線をワザワザ合わせてやりつつーー。


「俺は、を見たことがある。その時に比べれば、それほど大きな衝撃がなかっーー」

「ふん!!」


 バスン。

 わかってはいたことだが、これ以上殴られたくなかったのと、いつまでもそのことを引っ張りそうだったのでーー絶対に怒るであろうことをワザワザ真剣に伝えてやると、想像通り、秒で枕が俺の顔面へと命中する。

 よし。これで、怒りに感情が支配されて、羞恥心なんて何処かにいくだろう。


「……まぁ、俺が悪かった。今ので手打ちにしてくれると助かる」

「ふっ、ふん! 仕方ないから、許してあげます……てか、ど、どこでそんな下着見たんですか?」


 なんだ。そんなこと気になるのか?


「アヤメーーあぁ。沖田のことだ。あいつとは、幼馴染みでな。昔からガサツなところがあって、永世光和組に入りたての頃は、よく起こしにいっていたりしてたんだ」

「えっ!? 沖田隊長と幼馴染みだったんですか!?」

「あぁ。だから、あいつに強い言葉を使ってたろ? あいつも、俺のことユウって呼んでたのもそのことがあってだ」


 今でも、時々思い出すぜ。

 起こしにいったら、顔面蹴られたとかよくあったな……。

 などと、当時のことを思い出してみると、今の状態でも多少はマシになったんだなと、呆れのため息がもれる。


「理由としては、そういうことだ。とりあえず、整理が終わったら教えてくれ。明日から訓練に入るつもりだから、その前に聞きたいことがある」

「いっ、今ので終わりました! 成瀨先輩が集中している初めの内にやっておけばよかった……」


 ブツブツと、頬を紅くしつつ後半らへんは、何をいっているのか小さくて聞こえなかったが、どうやら終わったらしいな。


「そうか。なら、教えてほしい。お前は、どうして多くある職の中で、永世光和組に入ったんだ?」


 そう。人造人間に多くの職がとって変わられている現代だが、それでも人間がしなければならない仕事は、多くある。

 その中でも、ダントツで危険が伴うこの職を選らんだ理由が大切なのだ。

 場合によっては、その意思一つで生存率が変わるからな。


「選んだ理由ーーですか。それは、私を助けてくれた人が、永世光和組の人だったからです」

「助けてくれた?」

「はい。私が施設育ちってことは、さっき言いましたよね? 実は、そこの施設で良くしてくれていた先生の一人が、人造人間だったんです。その人が、ある日暴走しちゃいましてーーみんなが傷ついていく中、私は何もできなかったんですけど、すぐに永世光和組の人が駆けつけてくれて、一瞬で倒してくれたんです! それから、私もその人のようになりたいと思い、入隊を決めました!」


 朗らかな笑みを浮かべつつ、そう教えてくれる三島。

 なるほど。今の世の中では、ありがちな理由ではあるな。

 それゆえに、少しがあるが……まぁ、そこは、俺が教えていけばいいか。


「いい理由だな。さぞ、立派な隊士だったんだろう」

「はい! とても、カッコ良かったです! ……あの。成瀨先輩?」


 鼻息を荒くしつつ、誇らしげに頷いた三島であったが、何やら、急にモジモジとし始めると、上目遣いに俺へとーー。


「失礼でなければ、成瀨先輩が永世光和組に入った理由を、聞いてもいいですか?」


 と、聞いてくる。

 自分の事を話した手前、俺の入隊理由も知りたくなったわけか。

 しかし、俺の入隊理由か……。


「俺の入隊理由は、変わっているいるぞ? 昔から通っていた道場でどんなに頑張っても追いつけなかった奴がいてな。そいつに追いつくためっていう、自分勝手な動機だ」

「道場ですか?」

「あぁ。ある日訓練用の人造人間が暴走しちまってな。俺の目標にしていた門下生一人を除いて、全員殺されちまったんだ。それこそ、師範も含めてな。その日、運良く遅刻していたから俺は、無事だったんだがーーそいつは、永世光和組が駆けつける前に、一人で解決しちまってた」


 もう、何年も前のことだが、今でもその光景は鮮明に思い出せる。

 真っ赤な床と、動かなくなった人達。その中心で、胴着を真っ赤な血で染めつつも、一切の傷を負わずに、執拗に攻撃をし続ける人造人間を、嬉々とした笑みを浮かべて捌き続けた少女。

 そして、その後に来た永世光和組の二人と共に、俺の前から去っていく少女ーーそれが、あいつ。沖田アヤメだ。

 あの時から俺は、この道に進むことを決めたんだ。


「そう……だったんですね」

「まぁ。今でもそいつには、敵わないけどな。どうだ? 考えていたより、立派な理由じゃなかったろ?」


 俺の入隊理由ーーおそらく、アヤメを除いて全員が亡くなったことだろうーーに暗い顔を三島がしたので、笑いつつ言ってやる。


「そっ、そんなことないですよ。むしろ、その思いだけで副隊長になったわけですから、スゴいことです!」

「はっ。ガキのお前に慰められるとは、俺もヤキが回ったな。とりあえず、お前の気持ちはわかった。明日からは、少し厳しくなるからな。覚悟しておけ」

「えぇー!? 今日も十分厳しかったですよ!」


 と俺が冗談半分でそう言ってやると、三島が大声をあげて抗議してくる。

 そうだろう。

 お前にとっては、今日の訓練もキツかっただろうが、これもお前のためだ。

 かっこよく助けてくれたどこかの隊士へと、近づくためのーーな。

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