結成編

第1話 永世光和組

 西暦2100年。

 環境問題や人口減少ーー言い出せばキリがない問題が山積みの中、俺ら人類は、ある分野を急速に発達させ始めた。

 それが、ロボット分野である。

 その中でも、人造人間オートマタに関する技術の発展は凄まじく、今や道行く人々の中から、誰が機械人形であるのかを見極めることすら難しいレベルだ。

 接客や農業。建築業などにもすでに多くの人造人間が利用されているだけでなく、その利用範囲は、多岐に渡り「独りで死ぬのなんて嫌だ」ということから、独り身の人などは、人造人間に最後を看取って貰うなどということもあるほどだ。

 さらに、もっと酷くなれば、人造人間に恋をするやつもいるとかーー。

 そんな切っても切り離せなくなってしまった人造人間と、人類が共存している世の中で、事件がおきないはずがない。


「ここ三ヶ月間での人造人間に関する事件ですがーーすでに、神奈川県内だけでも10件以上発生しています。残念ながら、その全てにおいて殺害事件になってしまっていますね。しかも、今回は初めての富裕層からの事件……なんというか、これなら隊長が言っていたように、人造人間の生産から停止にした方がいいのでは、ないでしょうか?」

「無理だろうな。それをするには、すでに人類は、人造人間に依存しすぎている」


 上田が運転する車内で、どうやらデータベースを閲覧していたらしい志島が、大きなため息と共にそんなことを言ってきたので、俺がすぐに返してやると、苦笑いをうかべる。


「しかし、こうも事件だらけですと我々の手が足りませんよ」

「なら、人造人間にでも頼ってみるか? そらこそ、本末転倒だろうが。今さらボヤいたところで、変わりやしねぇんだ。黙って腕を磨いて、一般人を一人でも多く救え。このハゲ」

「副隊長。上田は、剃っているんですよ。そうやって、口汚く罵ってはいけません」

「そいつは、悪かったな。昔から口が悪いんだ。それより、坂田から連絡は?」

「それでしたら、先ほど連絡がありましてーーアイリちゃんを、きちんと警察組織に任せたとのことでした……彼女、大丈夫でしょうか?」


 あの後、あとから来る警察関係者に説明する係が必要なこともあったのだが、それよりも彼女を一人にしておく訳にもいかなかったので、坂田のみ居残ってもらっていたのだがーーどうやら、無事に引き継ぎができたらしい。

 しかし、被害者の心配とは……気持ちはわからなくもないが、少しお灸をそえてやるか。


「志島。お前、入隊して何年だ?」

「自分ですか? えっと、今年で二年目です」

「そうか。もう、そんなになるか。なら、よく覚えておけ。被害者のことや関係者のことは、救ったあと10秒で忘れろ。じゃないと、


 これは、べつに比喩ひゆなどではなく、本当の事実だ。

 人造人間の事件に巻き込まれると、その被害者は、大抵は悲惨な結果を迎えることになる。生きていたとしても、トラウマが残ったりして、どうしても何とかしたてあげたいと思ってしまうものだ。

 だが、それを何度もしていると、いざ戦闘になった時に、100%の力を発揮できなくなってしまう。

 そうなれば、こちらの命が危うくなるのだ。

 もっというなら、自分が命を落とすだけでなく、本来なら護れたかもしれない人まで危険にさらすはめになる。

 だから、救った人は、10秒以内に忘れること。

 これが、長く生き残る秘訣ひけつだ。


「お前は、優しすぎる。いつか、それが自分の首を絞めることになるぞ」

「はっ、はい。すいません」

「ははっ。手厳しいですねぇ。副隊長」

「別に、気持ちはわからなくねぇさ。あの歳で、両親が頭だけになる場面を見たんだ。誰だって、何かしらの力になりたいと思うだろうぜ。だが、あのガキ以外にも俺らの助けが必要な人がいることも忘れるなってことだ」


 想定よりも大きなショックをうけた様子で、しょんぼりしてしまった志島と、それをルームミラーで見つつ、クスクス笑う上田。

 なので、すぐにハゲの頭を叩いてやりつつ、とりあえず落ち込んだ志島にそう言ってやると「ありがとうございます」と、律儀に頭を下げてくる。


「礼を言われる筋合いはねぇよ。いちいち落ち込むなよ、めんどくせぇ」

「いえ。副隊長の言葉、しっかりと胸に焼きつけておきます!」

「真面目か、このバカが。いや、入隊から真面目だったな。どうして、こう濃い性格の奴らが俺の部下には多いんだ?」

「まぁ。自分達の隊長からして濃いですからね。無理もないですよ」

「上田。きちんと、沖田の前でそれを伝えろよ」

「いぃ!? じょ、冗談ですよ副隊長」


 口を滑らせた上田へと、俺がそう言ってやると、ひきつった顔をする上田。

 その表情に、俺が外を眺めつつ鼻で笑ってやると、志島もつられてクスクス笑いだす。

 まぁ。あいつが濃い性格なのは、俺も同意するけどな。





 藤沢市から国道1号線沿いに走り、横浜新道から横浜へとたどり着いた俺達は、永世光和組海道支部へと到着した。

 俺達が在籍している永世光和組は、日本が新たに創ったの組織であり、人造人間のおこした事件や事故に関して、即座に介入することができるだけでなく、場合によっては、人々の逮捕権まで認められている組織だ。

 そして、そこに入るための条件が10代~20代までの若い年齢であることという、意外と狭い門。

 なぜ、若者のみしか入隊できないのかというと、これには魔導兵装が関係しているのも一つなのだが……まぁ。肉体年齢的にもそこが一番いいからだ。

 遠くからでもわかる『光』の一文字をデカデカと書かれている建物へと入った俺らは、光和組の基本方針として二人一組が定められているので、上田には坂田が来てから報告に来るよう伝え、志島と共に隊長室へと一足先に向かう。

 最上階へとついた俺と志島は、隊長室という札が吊り下げられているドアを、さっそくノックするとーー。


「どうぞ」


 という声が中からしたため、すぐさま入室する。


「失礼します!」

「今、帰りましたよっと」


 これまた真面目にピッシリと敬礼の構えをする志島を横目に、俺が軽く帰ったことをそう伝えると、デスクの前で書類に目を通していたらしい人物が、顔をあげる。

 白髪のロングヘアーに、真っ赤な瞳。そして、男なら誰もが見とれるような整った顔つきの女性。

 あれが、俺達の上司である永世光和組一番隊隊長。沖田おきたアヤメである。


「とりあえず、お帰りなさい。どうだったかしら?」

「はっ! 通報にあった部屋へと成瀨副隊長を筆頭に強襲作戦を決行。被害者と思われる少女を一人保護しました……その。その少女の両親と思われる夫婦ですが、我々が駆けつけた時にはーーすでに」

「亡くなっていたのね。考えられる中での最悪のケースは、何とか防ぐことができただけ、上々ってところかしら?」


 報告の最後の方で、歯切れが悪くなった志島の言葉から察したのか、背もたれに体重を預けつつアヤメがそう言ってくる。

 その言葉に、苦い顔をした志島は、静かに頷く。

 そうーー。

 一人でも救えただけ、結果としては悪くない。


「でも、ユウーー成瀨副隊長が出動してその結果は、最悪のケースね」

「はっ。言ってくれるじゃないですか。まぁ、その通りですが」

「なっ! おっ、おそれながら隊長! 成瀨副隊長は、迅速な行動をしていました。どこも悪いところなど」

「報告は受けたわ。さがりなさい志島隊士。成瀨副隊長には、これから話があります」

「しかし!」

「あー、もういいだろ志島。隊長が終わりって言ったんだ。お前は、退室しろ」


 はぁあ。

 これだから、真面目人間は困る。

 なおも俺のためにと、口を開いた志島の肩を軽く叩いた俺は、志島へと視線でやめるよう伝える。


「ぐっ。わかりました。それでは、失礼します!」


 完全に不服顔の志島が部屋を退室したのを見送ったアヤメは、短く息をつくと、俺へとその赤い瞳を向けてくる。


「改めて、お疲れ様。志島はどうかしら?」

「悪くないぜ。もう、一人前と言ってもおかしくねぇ。まだ、少し甘いところがあるけどな」

「そう。それなら、そろそろパートナー解除させないとね。で、今回の動きが遅かった原因は?」


 志島がいなくなったこともあり、いつも通りの名前呼びに戻ったアヤメに対して、俺は、近場に置いてあるソファーへと腰をおろす。


「これでも、最速だったがな。俺一人なら、もう少し速くできたかもしれないがーーいつも通りの後手後手が原因だろ。通報からの出動じゃ、どうあっても被害が出てからの到着になっちまう」

「他のやつなんて、置いていけばいいものを。律儀に待つ理由がわからないわ」

「あのな。下を育てるっていうことは、経験を積ませることも必要なんだよ。それが組織ってもんだ」

「私なら、問答無用で置いていっているわ」


 俺の言葉に、さも当然とばかりに返してくるアヤメ。

 実は、アヤメと俺は、昔ながらの付き合いであり、つまりは幼馴染みだ。

 だからこそ、こいつの理論には頭が痛くなってくる。

 なぜかというと、次の言葉すらも予想できてしまうからだ。


「もう、いっそのこと私達だけでよくない? 部下なんて必要ないわよ。今からでも、他の隊にうつせないわけ?」


 ほら、これだ。

 まったくもって、上に立つ人間の言葉じゃない。


「バカ言うな。そんなことすれば、副長に殴られるぞお前」

「その副長の命令じゃなければ、こんな面倒な書類に目を通すこともしなくていいのにね」


 などとそう言いつつ、おそらく大事であろう書類をヒラヒラと乱暴に扱うアヤメ。

 さすがに、そろそろ注意するべきかと、ため息をつきつつ俺がアヤメへと視線を向けると、なにやら、デスクの上に置かれてある赤いボタンへと目がいってしまった。


「おい。そのボタンどうした?」

「うん? あぁ、これ? ……遺品よ。工事現場で人造人間が暴れたらしくてね。従業員を庇って……ね」


 つんっと、人差し指でボタンを触ったアヤメは、一瞬だけ目を細めるや、おもむろに引き出しを開けて、激辛煎餅げきからせんべいを食べ始める。

 そうか……また、のか。


「名前、知りたい?」

「いや。しばらく隊内で顔を見なくなったら、そいつなんだろうから、わざわざ教えてくれなくて結構だ。てか、辛いの苦手なくせに食うのやめたらどうだ?」

「うーん。これが最近慣れてきてるのか、あまり辛くないのよね~。今度は、もう少し辛いのに挑戦しようかしら?」

「……そうやって、部下がいらないとかなんとか言いつつも、自分に罰をあたえるわけだ。アホだろお前」


 パリパリと、俺の言葉に返答をせずに煎餅を食べるアヤメ。

 しばらく、そうして無言の空気が場を包んでいると、やっと食べ終えたのか、短く息をはくと、突然椅子から立ち上がるアヤメ。


「さて。ちょっと出掛けてくるわ」

「はぁ? おい待て。テメェ今日が何の日かわかって言ってんのか?」

「もちろん知っているわよ。新入隊員のお披露目会でしょ?」


 いそいそと出掛ける支度をするアヤメへと俺がそう投げかけると、悪びれもせずに即答してくる。

 こいつ! まさか、サボる気か!?


「ふざけんなテメェ! 出掛けるなら、用事すませてからにしろや!」

「そっちは、ユウに任せたわ。私は、遺品を家族の元に届けてくるから。これも、大事な仕事でしょ?」


 などと言いつつ、腰まである白髪を一本のポニーテールに結び終えたアヤメは、渡すだけの仕事には、絶対にいらないであろう刀を腰へと差す。


「この! 遅れてもいいから、きちんと来いよ!」

「行けたらいくわよ。それじゃ、行ってきま~す」


 隊長室であるのはずなのに、俺よりも速くそう言って出ていたアヤメへと、怒りの拳を震わせていると、入れ違うように、ゆっくりと志島が入ってくる。


「あの、成瀨副隊長? 今隊長が、怖い顔で出ていったんですけど?」

「あぁ? どうせ、鬱憤うっぷんでもはらしにいったんだろう。この大事な日に、わざわざな! これだから、デスクワークなんて、あいつにやらせるなって何度も言ってんだよ。くそめんどくせぇ!」


 ビクビクとしつつも、俺にアヤメの様子を教えてくれた志島へとそう返してやると「よくご存じで」などと言ってきやがる。

 あぁ。知りたくなくても、知ってるんだよクソッタレ!


「あの副隊長。もしよければ、このあとご飯でも行きませんか? その、いろいろお世話にもなっているので」

「あぁ、悪いがまた今度だ。これから、本部に行かないと行けなくなったからな」

「えっ!? 本部ですか!?」


 本部ーーつまりは、東京都の霞ヶ関かすみがせきにある警視庁の隣に位置する永世光和組の大元。

 そこに行くというのは、俺らにとっては特別な意味があるのだ。

 もちろん、良い意味でも悪い意味でもーーだ。


「しょ、召集ですか?」

「隊長へのな! なんで、俺が行かなきゃ行けねぇんだよ、くそ! あっ、志島。あとで、上田に伝えておいてくれ。くそ隊長が消えたから、報告の必要がなくなったので、帰宅するようにってな」


 と志島に任せると、あまりの怒りに発散場所がなかった俺は、足音をたてて歩くことで発散させていると、志島がひくついた頬のまま「了解です……頑張ってください」などと、いらない応援をくれるのだった。





 横浜駅についた俺は、改札の前へと立つと、ICカードをかざしつつ、目的地である霞ヶ関駅を口頭で告げた。

 すると、いつも通り目の前へとカプセルがゆっくりと降りてきたので、すぐさまそれへと乗り込む。


『本日は、電車のご利用、誠にありがとうございます。これより霞ヶ関まで、10分ほどのお時間がかかりますので、しばらくお待ちください』


 という機械音と共に、俺の身体へと小さくGがかかり、カプセルは、俺を乗せたまま線路をかなりのスピードで移動していく。

 その昔は、電車といえば新幹線のような物だったらしいが、今の都市での電車は、このカプセル式が主流である。

 改札に行き、目的地を告げるだけで、あとは自動的に目的地まで運んでくれる優れものである。

 まぁ、これも人造人間の技術が発達した副産物であるので、複雑な気分だがな。

 などと思いつつ、ゆらゆらと揺るれる中、これから会うであろう新入隊員達のことを考えだした俺へと、すぐに頭痛がしてくる。

 永世光和組とは、局長を筆頭に副長・各隊長・副隊長という順列になっているのだが、各隊長というのが、実は一番~十番まで存在している。

 で、それぞれの管轄があるのだが、その中でも俺のいる一番隊は、

 つまりは、永世光和組の刀と言ってもいい位置づけなのだ。

 そのため、一番隊に配属される人物は、その年の中でも、特別腕に自信のあるやつばかりになるので、他の部署からは、エリート集団と思われたりするのだがーー。

 実際は腕っぷしのみが基準になっていることもあり、性格に難がある奴らの吹き溜まりになっている。

 そんなこともあり、新入隊員が配属される今回の集まりでは、また変にプライドがあるやつが多くて、突っ掛かってくる奴もいるのではないかと思うと、ものすごく頭が痛くなってくるのだが、本当に嫌なのはその後。

 アヤメが独自に行っているである。

 と名付けてはいるが、実際は、名ばかりの実力試しと可愛がりなのだがーー。


「あれの後は、絶対に俺がケアをしないといけないからな……はぁ~、気が滅入るわ」


 一人用であることもあり、そんな独り言を呟きつつ、胃に溜まったムカムカした感情をなるべく、ここで発散しておく。

 悲しいことに、頭痛だけでなく胃まで痛くなってきた気がする。

 しかも、これから会うのは隊長各ばかりなのも胃が痛くなる原因だよな。

 恒例行事の如く、十番隊あたりからは、難癖つけられるんだろうし。


「……帰りたい」


 などとボヤいたところで、出席しなければそれはそれで、副長から拳骨がとんでくる。

 なので、結局どこにも逃げ場がない俺へと、まるで逃げることを許さないかのように、電車は一つも間違えることもせずに、きちんと霞ヶ関駅へとたどり着いてくれた為、重い足どりのまま本部へと向かう。

 いつ見ても立派な警視庁の真横へと、無駄に広い敷地をとっており、『光』の一文字がこれでもかと大きく書かれている門があるのだがーーそこが、俺ら永世光和組の本部である。

 重い足どりの中、門の前へとついた俺は、一度自身のズボンで手を拭いてから門へと触れる。


『指紋、網膜その他識別確認中……。確認完了しました。ようこそ。成瀨ユウ一番隊副隊長様』


 ……歓迎されたくないけどね。

 という言葉をのみ込みつつ、局長及び副長とその部下数十名しかいないにも関わらず、無駄に玄関まで長い石畳の上を歩きつつ、玄関へとたどり着いた俺は、靴を脱ぎ、下駄箱へと入れると、すぐさま一礼をする。

 副長は、ルールに厳しいからな。こういう細かいところも何処かでチェックしてるかもしれない。

 手抜きなんて、ここから一切できねぇぞ。


「おぉ!? 成瀨じゃねぇか!」


 などと思いつつ、少し緊張していた俺が顔をあげると、何やら俺の名を呼ぶ声が聴こえてきたため、周りを確認してみるがーー誰も見当たらない。

 ということは?

 失礼と思いつつも、少し目線を下げて改めて周囲を見ると、やはり想像通りの人が、いつの間にか俺の真横へと立っていた。

 天然と思える緩いパーマに、活発そうな印象が抜けていない童顔の少年。


「これは、藤堂とうどう隊長。お久し振りです」

「おう! お前も変わらず元気そうだな!」


 その人ーー永世光和組八番隊隊長、藤堂シンジさんが、嬉しそうな声と共に、にこやかな笑みを浮かべると、俺の背中をポンポン叩いてくる。

 藤堂さん……あいかわらず、小さいな。

 まぁ、それもそのはずで、彼は17歳の俺より二つ上であるにも関わらず、身長が140センチもないのだ。

 なので、いつも出会うと失礼ながら小さいな~という感想を持ってしまう。

 しかしながら、そんなことは、決して口にしてはいけない。

 なぜなら、このような体格でも彼は、俺らが着ている黒で統一された隊服の上へと、十人しかいない隊長各のみが着ることを許された、番号つきの白い羽織を着ているのだ。

 それはつまり、彼は俺よりも腕が上という証拠。

 その事実は、彼の背中を見ればあきらかであり、彼が背負っている長刀は、あきらかに彼の身長よりも長い。

 そのためか、鞘の先っぽには、地面で削れないようにするためと思われる回転する車輪が取りつけられている。

 いつみても、どうやったら身長よりも長いあの刀を抜くのかわからないが、とにかく強者であるのは、あきらかだ。


「よっ! あれ? ちょっと待てよ。刀が邪魔して、靴が脱げねぇな」

「あっ。手伝いますよ」

「おぉ? 悪いな成瀨。ちょっと、刀持っててくれや」


 しかしながら、いかに強くとも、こういうやり取りしてると、いかんせん小学生の子どものように見えるのが困ってしまう。

 いそいそと、端から見れば微笑ましい様子で靴を下駄箱ーーもちろん、最上段は届かないので、下段に入れているーー藤堂さんを眺めていると、俺と同じくキレイに一礼したので、さっそく刀を手渡す。

 ……こういうところで、良くできましたって、言いたくなってくるよな。


「サンキュー成瀨。助かったぜ」

「いえ。これくらい、どうってことないですよ」

「しかし、あれだな。お前、沖田はどうした?」


 ぐっ!

 やっぱり、そうくるよな。

 集合場所である大広間へと二人で並びながら歩いていると、藤堂さんがとうぜんの質問をしてきたのでーー。


「用事があるとのことで、今日は欠席です」


 と、嘘偽りなく返す。


「ははっ! つまりは、サボりか。お前もあいかわらず大変だなー。書類仕事だって、今でもお前がほとんど代筆してるんだろ?」

「そっ、それはそのー。えぇ、まぁ」

「やれやれ。一番隊は、隊長と副隊長を入れ替えた方がいいんじゃねぇか? 元々あの暴れん坊を座らせて置く方が、難しいだろ。それに、神経も使うだろうしな?」


 さすが、藤堂さん。

 よくわかっていらっしゃる。


「まぁ、お前らは昔からの付き合いだから、そこら辺は、お互いで何とかしてるんだろうがな。しかし、いやーうちにも成瀨みたいな優秀な副隊長が欲しいもんだぜ」

「買い被りすぎですよ。俺は、優秀でも何でもないですから」

謙遜けんきょもそこまでくると、嫌味だぞお前。だいたい、一番危険な任務が多い一番隊で、殉職率じゅんしょくりつを大幅に減らしているのは、お前の腕前だともっぱらの噂だぞ。どうやって、減らしてるんだよ?」


 どうやってって、言われてもな……。

 とにかく、危険を察知する能力をあげることと、腕をひたすらに磨くことしか伝えてないと思うのだが?

 てか、第一あいつらには、いつも『バカ』とか『アホ』とかしか言ってないが?

 などと思いつつ、俺が返答に困っていると、それが伝わったのか「まぁいいや」と、藤堂さんの方から身を引いてくれた。


「それより、藤堂さん。毎度のことながら、よく欠席せずに来られますね。管轄が北海道だから、かなり大変でしょう?」

「まぁな。でも、新幹線で2時間くらいだから、そこまで辛くはないぜ。それになにより、これから俺の部下になる奴らが来るんだ。きちんと、守ってやるためにも、この目で見てやらねぇとな」


 おぉ! あいかわらず、カッコいいな。

 今も何処かで、ストレス発散に人造人間を狩っているであろう、アホ女にも爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。

 などと、他の隊長とアヤメの違いに正直ダメージを俺がくらっていると、やっと大広間につくことができた。

 さて。時間的には、少し早いと思うがーー。


「おぉ! シンジじゃねぇか。前にあった時より、少し背が伸びたんじゃないか?」

「よぉ永倉ながくら! 生きていたか!」


 俺らが大広間へと入ると、どうやら先に来ていたらしい短髪できわどい服装ーー隊服を改造して胸元がバッサリ開いているーーを着ている女性が、にこやかに藤堂さんにそうつげてくる。

 あぁ、彼女も来ていたのか。


「お久し振りです。永倉隊長」

「あれ? 成瀨じゃん。今日は、副隊長の召集なんて、無かったはずだけど?」

「おいおい永倉。察しがつくだろ? 一番隊隊長は、サボりだよサボり。お得意のな」


 彼女ーー永世光和組二番隊隊長である永倉シズカさんに俺がお辞儀をしつつ挨拶をすると、不思議そうに首を傾げてくる。

 が、すぐに藤堂さんの言葉で納得したのか、俺の肩へと腕を回してくると、盛大にため息をはく永倉さん。


「そうか~。お前、今だに苦労してんのかよ。かわいそうにな~。それじゃ、女の一人もつくれてないだろ?」

「苦労はしていますが、女に関しては、大きなお世話です。永倉さんだって、男出来てないでしょう?」

「言うねぇ~。昔みたいに、可愛くシズカお姉ちゃんって呼べば、ウチの男にしてやってもいいのよ?」


 ぐっ!

 昔のことを引き合いにだすなんて、本当にたちが悪いぞこの人!


「やめてやれや永倉。酒も飲めねぇやつに、そういう絡みをするな」

「あんたも酒飲めないでしょ?」

「あと一年待てよ。そうすれば、一緒に呑んでやるから」

「あら? 10年の間違いじゃない?」

「……このデカ乳お化けが。俺は、19歳だって何度も言ってんだろうが」


 永倉さんの発言に、ピキリと音がするくらいこめかみに青筋をたてる藤堂さんだが、まるでそれに対して、全然怖くないとばかりにぺしぺし頭を叩きながら笑う永倉さん。

 おいおい……言い合うのはかまわないが、頼むから抜刀沙汰にだけは、ならないでくれよ。

 などと、内心ヒヤヒヤしつつ二人を交互に見ていると、着物を引き摺るような音が入口から聴こえてくる。


「あらあら。シズちゃんもシンちゃんも元気いっぱいねぇ~。よほど、北海道と中部地方は暇なのかしら?」


 きっ、来やがった! 

 ビクリ! と面白いくらい共に肩を震わせた両隊長は、全然笑えていない作り笑いを浮かべるや、所定の位置ーー上座に置かれている永世光和組の垂れ幕を中心として、左右にわかれる。

 なので、俺も急いで一番隊隊長が立つはずであった場所へと向かい、すぐに背筋を伸ばす。

 着物を引き摺る音で、だいたい察しはついていたがーーやはりあの人だ。

 現代では珍しい十二単じゅうにひとえを着つつ、俺らの間を歩いてきたのは、永世光和組の副長である鬼瓦おにがわらサエコさん。

 サラサラとした黒髪を肩へとかけつつ、その整った顔つきに、知的そうなメガネをかけたサエコさんは、ニコニコしつつ藤堂さん、永倉さんを順に見ると、俺の顔を見て、はて? と首を傾げる。

 ヒッ!


「あら? どうしたのユウちゃん。今日は、隊長召集をかけただけだから、副隊長は出席しなくていいのよ? もう。昔からおっちょこちょいなんだから」

「いっ、いえ! あの、実は、その~。沖田が欠席するとのことで、代理できました!!」


 クスクスと、持っていた扇子でもって口元を隠しつつ笑うサエコさんに、俺が背筋を伸ばしつつ代理で来たことを声高に伝えると「あら、そう」と、笑っていた目を伏し目がちにしたサエコさんは、俺の元へと一歩近寄ってくる。


「どうしたのかしら? あの子が風邪なんて、珍しいわね? 大丈夫なの?」

「えっ? あっ、そっ、そうですね。寝れば、アヤメのことなんで、すぐに治りますよ!」

「ふふっ。もう、ユウちゃんったら、そんな言い方をしたら、いくらなんでもアヤメがかわいそうよ? 風邪じゃなかったら、他に休む理由になんて思い当たらないものね? そういえば、去年も風邪をひいていなかったかしら?」


 ……ヤバイ。これは、詰んだか?


「ユウちゃん。信じているから、来年は連れてきなさいね? 隊長を支えるのも副隊長の仕事なのだから甘やかしてばかりは、ダメなのよ?」

「はっ、はい。申し訳ありません」


 微笑みつつの絶対零度の視線に俺の背中が冷えると、どうやらそれで追求は終わってくれたらしく、そのまま垂れ幕の近くへと歩いていくサエコさん。

 こっ、こっわ! だから、嫌だったんだよ!

 あのくそ女。来年は、首根っこ掴んでも出席させてやる。

 そんな必要のない緊張感を乗りきった俺が、とりあえず軽く息をつくと、藤堂さんが暖かい目をくれていたことに気づき、とりあえず会釈しておく。


「さて。今回の集まりでは、一番隊・二番隊・八番隊が来てくれたようですね。まずは、忙しい中来ていただいたこと、お礼を申し上げます。ちなみに、他の隊長達ですがーー。三番隊は、特務任務中で欠席。四番隊・五番隊・七番隊・九番隊の四隊については、前もって欠席の連絡をいただいております」

「ははっ。今年もやりやがったな十番隊」

「呼んでもいねぇ時に来て、呼ばれている時には、来ねぇとはな。これじゃ、いい加減に示しがつかねぇぞ。今度殴り込みにいって、根底から正してやるか」


 サエコさんの各隊の出席に対して、鼻で笑った永倉さんと違い、本当に怒っているらしい藤堂さんが、恐ろしいことを口にする。

 だが、今のサエコさんの説明からして、今回は六番隊も無断欠席みたいだな。

 これは……正直珍しい。

 六番隊といえば、武田チユさんだ。あの人が無断欠席するとは、とても思えないがーー。

 などと、俺が疑問に思っていると、何やらドタドタと廊下の方から足音が響いてくるや、黒い物体が大広間の入口をすぎ去っていく。


「みゃー!!」

 

 ゴン!

 という鈍い音と共に、そんな声が大広間れと響きわたる。

 誰もが、黙りこんでしまう中、額に手を置きつつ大きなため息をついたサエコさんは、俺へと視線を向けてくる。

 えっ? 俺が行くんですか?


「おっ、おう~。すっ、すいません! 遅れました~!」


 突然の指名に、俺が戸惑っていると、フラフラしつつも、入口から女性がゆっくりと入ってくる。

 茶髪のショートヘアーに、お腹が出ている改造された隊服。

 そして、年齢と変わらないくらいの膨らみのある胸には、何故かベットリと赤いものがついている。

 てか、それよりもーー。


「おい武田。いろいろツッコミたいことがあるが、まずはそのガキくさいパンツを隠したらどうだ?」

「ぶえっ!? いっ、イヤー!!」

「あはははっ!」

「こら、シズちゃん! そんなに笑わないの。そして、シンちゃんも少しは女の子に気を使った言葉遣いをしなさい」


 そう。あの改造されているショートスカートから、クマさんが、まさかのこんにちわしていたのだ。

 顔を真っ赤にしつつ、へなへなとその場に女の子座りしてしまう武田さん。

 だが、サエコさんのニッコリ絶対零度の微笑みが炸裂し、いそいそと永倉さんの列へと合流する。


「それで、どうして遅れたのかしら?」

「うぅ~その。えっと、時間を間違えまして。というよりも、新幹線の乗る方向を間違えたといいますか」

「来るつもりでは、あったと言うことですね。そして、その胸の赤いのは?」

「こっ、これはーーケチャップです。新幹線で食べていたオムライスの……」


 サエコさんの質問に、消えり入りそうな声で、モジモジしつつそう答えた武田さんへと、藤堂さんが深いため息をもらすと、やれやれといった様子で隊服を脱ぎ、武田さんへとぶん投げる。


「その格好じゃ、威厳もくそもねぇだろうが。とりあえずは、それで隠しておけ」

「あっ、ありがとうございます。藤堂隊長」

「ふぅ。とりあえず、時間には少し遅れましたがーー今回は、特例として許します。では、ここに参加すべき隊長達が集まったので、これより新入隊員を招き入れます」


 バッ! と、扇子を勢いよくサエコさんが広げると、大広間の一部の床が、地響きを上げてせりあがると、巨大なリフトに乗っていたかのように、数百人の若者が驚いた様子で登場する。

 ……懐かしいな。俺も、数年前は、あそこにいたんだよな。


「ようこそ、新入隊員の皆さん。私のことは知っていると思いますが、改めて自己紹介をします。対オートマタ特別組織。永世光和組の副長、鬼瓦サエコといいます」


 突然の仕掛けにざわついていた新入隊員達だったが、サエコさんの言葉により、すぐさま沈黙する。


「こんな夜遅くに集められて、さぞ困惑したでしょうがーー我々永世光和組は、影の守り人。一般人が、その存在を知らなくてよい者達です。ですから、寝静まるこの真夜中に集まっていただきました」


 十二単を引き摺りつつ、新入隊員達に近づいたサエコさんは、突如隣に降り立ってきた前身黒ずくめの男から、刀と隊服を受けとる。


「今から、あなた達にこの隊服と刀を支給します。この隊服は、魔導兵装まどうへいそうでできていますので、強靭な人造人間の攻撃をある程度軽減できるだけでなく、人体が持つ力以上の力を引き出してくれます。そして、この刀は滅私刀めっしとう。名の通りあなた方は、これを受け取った時から自分を殺し、世のために尽くしていただきます」


 透き通るようなサエコさんの言葉に、何人かの隊員が、息を呑みこむ。

 魔導兵装ーー俺達が着ているこの黒い隊服には、人類が人造人間と対等に渡り合うための技術が織り込まれている。

 俺が今日の事件で出した炎も、この装備によるもので、人類が持つ思いや感情ーー即ち、精神力マナを自然現象へと変換して、力へと変えるものだ。

 うまく使うことができれば、人類が到達できない速さや力を引き出すことだってできる優れものーーなのだが、まぁ、その分、精神力マナも消費されてしまうという欠点もあるが……。

 そして、滅私刀。

 これは、特に何か変わりがあるわけではないただの刀なのだが、心構えの意味での名前だ。

 これを受け取ったらお前の命は、人類のために消費しろよ? ていうな。


「そして、私の後ろにいる四人ーー彼・彼女達は、いずれもこれからあなた方が配属される隊の、隊長や副隊長です。その目で、きちんと見ておきなさい」


 スッと、その場から横にずれたサエコさんが、俺へと視線を向ける。

 その視線が何を意味しているのかは、すでに俺は、理解していたため、すぐにサエコさんの横へと向かう。

 ふぅ……やるか。


「初めまして、新入隊員ども。俺が、一番隊副隊長の成瀨ユウだ。ここにいる全員が、どの隊に配属されるかは、すでに知っていると思うが先に言っておく。一番隊は、永世光和組の刀だ。危険度の高い任務につくことが大半であり、殉職率も決して低くない。明日から勤める奴は、命を捨てる覚悟でこい……その覚悟がある奴だけは、なるべく死なないように指導してやる。ここにいない隊長も、お前達を歓迎している。以上だ」


 うむ。これで、インパクトは与えられただろう。

 若干名、顔色が悪くなっている奴らもいるが、ここで嘘を言ってもこいつらのためにならないからな。

 一礼して、その場から俺が元の位置に戻ると、今度は永倉さんが前へとでる。


「あー、初めまして。二番隊隊長の永倉シズカだ。ウチの配属になったやつは、まぁ末永くよろしくな。以上」


 と、永倉さんらしいさっぱりした紹介を終えると、今度は武田さんが前へとでる。


「えっと……六番隊隊長のたっ、武田チユです。私の所に配属された子達は、よろしくね? えっと、それ以外の子達もよろしくね? うーんと……うん。とりあえず、一緒に一秒でも長く生きよう! いっ、以上です」


 パタパタという効果音がでそうなほどに、アワアワしつつ紹介を終えた武田さんは、自身の前髪を世話しなく触りつつ元の位置へと戻る。

 そして、最後は藤堂さんーーおぉ!?

 サエコさんの隣に立った藤堂さんは、背負っていた長刀をおもむろに抜刀すると、きっさきを新入隊員達へとむける。


「よぉ! 俺が、八番隊隊長の藤堂シンジだ! ずいぶんと縮こまっていやがるな新人達! 何を恐れていやがる! 戦うことか? 命を落とすことか? それとも誰にも感謝をされずに散っていくことか!? もし、そんなことで怯えているのなら心配いらねぇ! 俺の隊の奴は、もちろんのこと、他の隊の奴らも全員まとめて俺が護ってやるからよ!! だから、下をけして向くんじゃねぇ! 黙って俺の背だけを見ていろ! そうすれば、同じ高みまで連れていってやら!!」


 バチン!!

 背に似合わない長刀を、そう宣言しつつ納刀のうとうした藤堂さんは、その場で一際大きな帯電を身体から発する。

 もちろん。比喩ではなく、現象としてだ。

 そのあまりにも堂々とした行動、あまりにも自信満々な言葉。

 その言動に、暗い顔をしていた新入隊員達が、その顔色を良くしていく。

 ……さすがだな。俺が現実を直面させたのに、そいつらすらやる気に満ちている。


「さすがですね。藤堂さんらしいやり方だ」

「へっ! お前があいつらに現実を教えてくれたからな。誰かが、鼓舞してやらねぇといけねぇだろ? 助かるぜ一番隊。いつも、嫌な役割をやらせちまって悪いな」


 隣へと戻ってきた藤堂さんへと、小声で俺がそう伝えると、口角をあげつつそう答える藤堂さん。


「いえ。それが、一番隊ですから」

「ふむーーさっきの言葉だが、もちろんお前にも言えることだぞ? あまり背負いすぎるなよ成瀨。何かあったら、この俺を遠慮なく頼れ!」

「ーーえぇ。そうさせていただきます」


 ドンっ! と自分の胸を叩いた藤堂さんは、そう言うとニッコリと笑ってくる。

 なので、俺もつられるように口角をあげつつそう答えるのだった。

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