14. 彼誰問い②:解釈違い
ケモノの吠え真似、偽戦闘痕、己を囮に罠の糸をひく、リシオンにはそれらすべて慣れた手口であり、狐狸の化かしと同じように熟練だった。逃げ足の疾いこと細かなこと、猛獣より寧ろ小バエらしく、誰も彼に掠りもしない。
また逃げ時の文句に彼は、「バカタレ」とせせら笑った。
「なんなのアレなんなの!」
果たしてロードは行儀悪い心地になった。
「そんなに変?」
「変。違う。駄目」
「解釈違い起こしたオタクみたい」
「何それ」
「アルのこと」
「依然よくわかんない」
と吐いて仰いだ暗夜は深まりうるところまで深まって、藍ならず黒く、照らさねば何も見せないので薄ら明かりを灯し行く。ヒヤリ頬打つ風がこずえの根を砕き、あちこち音響させて不明瞭の感を増やした。
レシーの方に首をころがした。眉間を竦めていた。
「寒い?」
「ちょー寒い」
語にして感じ、レシーは二の腕をさするようにした。
「レシー冷え性だよね」
「体温調整全般苦手……」
「火の魔法使わないの?」
「それダメだと思う」
「あぁエネルギー感知」
「どうせえげつない感覚してるでしょーあの人」
ロードはまた行儀悪い心地になった。
「どしたの」
「臆病な生き物みたいでヤダ」
「厄介ねェ」
余所から幻想光がたって、見向くけれどすぐ止んだ。これは暫く幾度もあって、ヒットアンドアウェイの戦いぶりが感受せらる。不機嫌はもう表出させないように考えたが、表情の固着がおこった。
さて不意に匂う。ロードは雨を察して、レシーの手を掴んだとき背筋まで驚いた。
「ほんとに冷たい」
「まぶたグワングワンしてきた……」
一時、木の下に宿ることを決めた。
その宿ったとき、焚き火の先客に会って三者静かになった。
「すみません、横いいですか」
「そりゃ別にいいよ」
「失礼します」
小休止ぶん黙った。
「なんてーの」
「はい?」
「名前」
「あ、名前」
「俺クレモント・アーラ」
「ロード・マスレイです」
「敬語いいだろ別に」
「ああそう」
「その子は」
フードの深いその子は二の腕をさすり、カチカチいわせ、火の用意を試みていた。その指先の震えるのが目に入るので、クレモントは苦々しく、しかし手招く。二人丸い目をした。
「おまえ、火、使えないんだよな?」
「うん」
「……じゃあ俺の火使え」
「いいの? それ法力火だよね、エネルギー消費」
「ここでそれ言うやつヤベーだろ」
クレモント、より渋顔し、
「ホレその子」
「え」
「寄せて、やれってのっ」
立ち上がって彼女の肩を持つ。フードが落ちた。
「ひ」
腰を抜かした彼の心情は怯え畏れであり、空の青の瞳の烈火を映した色に身震いさせられた。知らないけれど
寒がる彼女の白さ赤み口びるの震い、すべてかぐわしく、気を縫い止めた。
「なにっもの」
「なまえ……レシーラ」
「レシー。レシーだよ」
「あぁへえ」
その名付けに納得した。
五秒かけて姿勢を元通りにして曰く。
「……ロードさ」
「何?」
「その子と付き合ってんの」
「うん」
「おまえ何だその顔はもっと喜色を示せこんなコと付き合ってんだぞ毎ミリ秒幸福を噛みしめて生きろ」
「急に喋るね?」
以後長らく留まる。クレモントは柔軟だった。ロードは気を緩くした。言葉が愚痴調になった。心うちが漏れる。
溜息一度こぼれた。
「おまえリシオンさんニワカだろ」
「ニワカ?」
レシーはそのとき大分暖まっていたけれど、縮こまって誤魔化し、深く直したフードの隙間から面白そうな一言を看取した。
ロードの目の丸いこと、レシーには愛らしく面白く、クレモントはその面白がりに気付くけれど彼女の方を見ない。
「……確かに、流石に、時計のアレはビビった。ビビったけど、リシオンさんと言えば」
「言えば?」
「機転だよ機転。巧妙で狡猾なやつ、経験値からくる色々」
「そうかな。……ダイナミックな、その」
「確かにパワープレイもする人だよ。でもあくまでそれ『も』出来る、なんだって」
「……つまり何?」
「わっからん奴だなァお前。
リシオンさんと言えば経験バリバリ、小技バリバリの機転バリバリ。決して力だけじゃない、でも本気を出せば最強火力。分かるかコレなんだよリシオンさんロマンは」
「ああこれが」
「ンだよ」
「解釈違いを起こしたオタク」
「穴という穴ァ縫い合わすぞ」
ロードはひどく、図星をついたのだとわかってから、考えること少し。
息を込めた。
「僕」
「ん」
「リシオンさんのこと、あんまり知らないみたいなんだ」
「みたいって何だよ」
「……おかしいかな?」
「おかしい。お前はリシオンさんと親しくて『自分はこの人のことわかってる』と思ってた、けどそうじゃないことに気付いた。みたいな言い方だ」
「あぁ、はい」
「……ロードおまえ、縁というやつに恵まれすぎだろ」
レシーがロードの肩に倒れ込むのを目端に捉えてクレモントは、焚き火をほじくり、雨の調子を確かめ、もう一度レシーの方をよく見てから、初恋の不成就のための嘆息を一帯満たすほど吐き散らした。
当の恵まれた少年は、キョトンなんてケッタイな顔を本気でしている。怒気の生じに呆けが先んじた。
「……でも俺だって、リシオンさんのことはわからん」
「そうかな」
「そりゃな。お前みたくプライベートの付き合いねーんだから」
呆れが呆れ笑いに転じ、クレモントの姿勢をロードの方に向かした。
「俺が知ってることをお前が知らんように、お前が知ってることを俺は知らんの。テレビやら雑誌やらニュースやら……あと教科書に載ってることで全部」
「そういうものかな」
「そういうもんだろ」
雨が止み、クレモントの立ち上がるとき。
「リシオンさん、教科書に載ってるんだ」
「いやお前。表紙の右下四分の一、まるまるあの人の顔だぞ?」
「もしかしてガルターナ統一教科書? 本当にあるんだ」
「マジ? おまえどこ出身?」
「アルバ村。わかるかな。地図に載ってるかも怪しいんだけど」
腕組み仰ぐ彼の様を珍しく思うのが二拍。
「わかったあれだ。地理の教科書の端ぃっこに載ってたわ」
「アルバも教科書に載ってるの」
「そりゃそれこそあれだろ、レシーラン様の聖地あるだろ。マルカ
アァウンと返して、過去はつきまとうのだと思った。
「そらま教科書とかないよなぁ……聞いてい?」
「何を?」
「生贄って今もやんの」
「やるよ」
雨の止むのを見て、明かりを枝にかけた。焚き火の灰を埋める音だけになった。ざっくと掘りシャラと被せ、闇中、反復音が環境感覚を消し去りロードの意識を内向させた。
「……ロード? おい」
壁の向こうにあるものを知っている。壁はそのために手ずから置いた。
人のための身投げは異常心理か。僕はそうは思わない。レシーと出会えたからチャラ。
チャラって何。何の損をしたの。
壁の向こうに何かある。僕は知らない。
何故僕は彼に、僕がその生贄ですって、言ってしまわないんだか。
極秘事項だからだよ。レシーのこと。
そうでした。
こうやって誰にも言えないことが増えていくのかな。
だから納得出来ないのかな。リシオンさんのこと。
僕の知ってるリシオンさん。クレモントの知ってるリシオンさん。足してもリシオンさんにならない。
それはきっとリシオンさんしか知らない。ともすればリシオンさんも知らない。
「ロード、おい、なぁ――」
「だいじょーぶ」
頬に熱がきた。
「」
「ロードくーん?」
彼女は知恵の輪を弄る人ほど真顔でいた。手は冷めていたときよりずっと健康に暖まって、翻ってロードの頬は冷たく、「冷めるよ」と言うけれど彼女は留まった。
「レシー」
「頭ウニャウニャさんですかー?」
「レ」
「うにゃー」
「あ、う」
頬を捏ね、こめかみを捏ねた。
「はい、いま何時でしょう」
「三時半」
「大丈夫かなー?」
「まずいです」
「まずいよねー」
「……はい、気を付けます」
まったく丁度いいこの瞬間に、魔力光、それも焦茶色のそれが彼方にのぼる。
「……リシオンさんだ」
「挟もう。お前らあっちから回れ、俺が直線で行く」
「おっけー」
焦茶の柱が今晩のかつてになく、星の細光るのを打ち消すほど烈に摩天する。ロードはたったいま冴えた分だけ、各方から疾駆音をよく聞き取り気急いた。息は凍てる。
「レシー、後ろよろしく」
「おっけおっけ」
土を圧すほど踏み込んでから、体感がロードに還ってきた。
思案やまず、けれど無方向・不明瞭の感が清涼され、瞳孔は黒に慣れた。彼は今やっと狩人の心体で走っている。判断の気合が顕れて、言葉の勘案に無駄ケチをつける働きが止み、彼方の彼の背に投げる言葉が一杯の形を持った。
「レシー、すこし、跳ぶっ」
「いける?」
「いける!」
袖から前へ腕を突き出し、冷感はくぐもる熱に掃き飛ばされて唇すら震えなかった。
「
生じた桃色の光円みっつ、直径10mあろう物がふたりの前方に収束し、ひと一人ぶんの穴となって景色を歪めた。
飛び入るに彼らは、30mの距離を跳躍していた。
先客はない、この思考をしたとき挟み撃ちの彼が見えた。光柱はロードとクレモントの間、レシーはその後詰に位置する。いま既に捕えている心持ちがわく。
足を止めた。
「リシオンさ――」
それはそれとして光柱はただの魔力灯だった。
「……は」
「うん、まぁ、こんな感じだわな」
「……」
「ロード? 顔がすごいよー」
「そりゃ、あからさまなエネルギー放出なんておかしいわな。この時間帯に判断力が鈍ってるのを見透かされたうえでヌルい罠、イヤやっぱ、流石リシオンさ」
「うんそうだねそう思う」
クレモント、レシー、各者、駄目を察した。
「試験中に癇癪起こすなよ」
「何が?」
「いやそれ」
「クレモント君、諦め。ここ諦めのタイミングよ」
「大丈夫だよ僕別に何とも思ってないから」
「難儀なヤツ」
彼の無温度の奥に、黎明の青黒と赤白が映っていた。目に映るものを見ていなかった。思えば彼の人の背は、逆光の影法師に輪郭が浮き立っていた。
ホモ・サピエンスは騙されたがると、ある人は彼の人を騙して吐き捨てて、残虐性と幸福感の呪いゆえとまで言って、しかしロードは万事了解した。いまは肌寒いことひとつですべてになった。
「おい、前、崖」
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