15. 彼誰問い③:凪時之

 重心のこぼれを解るや、ひどい心拍一回が毛穴全部開きつおぞ気を催した。「あっコレだめだ」と目のひらいたときロードは滑落していた。


「ロード手ぇ――!!」


 遠い声を送る。


 遅ればせたる走馬灯曰く、狩人の死因第二位は遭難事故だそうで。その、生き残るため知識を総ざらいする高速反応の数拍ごとに、赤白く青黒い天景の中心に立つ影法師があらわれて、頻度を指数関数的に増していった。命の光の神秘の最大じみて思い返される。


 いまいちど現実はと言えばひとえに暗中、落下に伴う箍が外れた高音の風にはためく外套の低音、追って岩石破砕音がきた。恐らくは先刻踏み折った足場の岩が耳元で飛び散って、暗示の如く思われた。


「転移の――」


 外套が崖の突出にかかり急停止した。


 険を見極め、首もとの結びを解くと案の定危うく絞まるところ、肩は捻れちぎれるばかりだけれど、断崖の中腹に彼は留まった。一瞬安堵のこのとき布が裂けた。


「まずっ」


 転移の輪、右腕を突き出す肩の躍動時、腱断裂痛が燃えた。

 その腕を引っ込めた彼の目下に森はささくれていた。


『ねぇ、歌って』


 走馬灯の最後は語るところない裏路地、慕わしい人との睦みを映した。

 大愚を呪う。


接敵転換オーラ――――いッ!!」


 桃色を纏い今、地に着いた。


「……たぁぁぁぁぁ!!」


 ふくらはぎの骨は二本から成るので、衝撃はそれらを菱形に割くようだった、けれど彼のそれらはまったく健全に無事だった。


 それらひどい体感覚に伴って視界を思い出す。クレモント・アーラは翡翠のオーラに燃えていなかったか。レシーはそうでなかったどうして。さしあたっては羞恥で力み、心持ち歯ぐきが圧し潰れる。


「もう、ほんと、馬鹿すぎる……!」


 そのことを言っていられたのがここまで。



「……おん?」



 モキュ、モキュ、ゴクン。もう一個モキュ。


 その横顔が向く。焦茶髪、銀の弓飾りを首に垂らしてかがみ、水筒片手に乾パンほおばる彼は丸目でロードを仰いだ。


「はい?」

「よう」

「あ、リシ……」


 モキュ、ゴクン。

 モキュ、モキュ、ゴクン。

 見合わせ、キョトン、パチクリ。


 しらばっくれが終わった。


「ウワァァァァァッッ!!」

「ウオォォォォォッッ!!」


 右手を突き出すとき小狡いと思った。

 すなわちリシオンの罠は二重であって、わざわざ光柱を仕掛けながらその近くに居る馬鹿は居るまいと言わせつつ、そこにちゃっかり居座るのだから小狡い。新品の炎症痛をも一寸怒気が超え、魔力粉の染みついた手の平が彼の薄皮に迫りえた。


「ぜいッ!」


 リシオンはそれで、真の空気投げを実行した。


「ぎッ」

「ほらせっ!」


 回り回って、接触感なく自分が勝手に転げるので、目は回りながら点になる。

 全身地に着いた。


「あ、い、いっ……」

「っぶねガチで油断してたわ……お前肩やってんの、そりゃあ命拾いっ」


 目尻に腐葉土がへばって冷えた。あがらぬ身体。よって首をあげれば、へばりは頬・顎へ伸びる。細粒が皮膚をいくつも削り、刺さった。

 あの影法師の中の人は、冷や汗を拭いて「ふへぃ」と力を抜いていた。


接敵転換オーラ忘れたんだろ馬鹿。有り得ん。

 レシーラン様見て気付かんかったか、一緒に居たろうに」

「レ、シー?」

「あー……コレ気ぃ遣わせたなぁ……」


 察した。


「寒がってたろ。お前が自分で気付くため、お前のため、お前のせいだからな。わかってんのか?」


 心身の熱がみなみな、すべて感情にまわった。


 平等たるべき彼は狭かった清廉たるべき彼は襤褸ぼろかった厳格たるべき彼はぬるかった。神典原理主義者など何故現代に蔓延って、無愛想不格好など何故将軍を任ぜられて、巫山戯無頼漢など何故統括の座に居座って、いるのか。

 勇敢たるべき彼は狡かった誠実たるべき彼は狡かった最強たるべき彼は狡かった。何故隠れ逃れなどを選んで、何故下賤に属する罠を用いて、何故幻想の極致の幻想を忘れて、しまったのか。


「いやだ」

「何が」

「いやだ!」

「何が!」


 湯気のように揺れながら、右肩より先を垂らしながら立って桃色を過熱した。


「リシオンさんそんなじゃないでしょ!」

「お前は誰なんだ……!」

「あとすごくお腹減りました!!」

「癇癪起こすな乾パンはやらん!!」


 自棄で足に強いた、もう走れた。


「ハイほらせ!」


 また地に着いた。


「うつくしかったのに」

「オッサンは汚ねーよ」

「かっこよかったのに」

「オッサンは格好悪い」

「あなたは、立派なひとじゃないんですか」

「馬鹿野郎ッ立派だ。汚くて格好悪くて立派な、オッサンといういきものだッ!」

「そういう話じゃなくっ」

「他に何があるんだ言ってみろさんにーいち」

「なんでそうなんですか!!」


 リシオンは、ロードが落ちてきたその時よりもずっと目を丸くした。


 ロード・マスレイは起き上がれないから、伸ばせば手の届くほど彼の近くに寄り。しゃがみ、その丸い目のままでほくそ笑んだ。


「そうだからとしか言えんが?」


 気の一本で起きた。

 またほらせ回る、地に着く。


「ぃっ……!」

「言ったろ、一面を見すぎだロード君。気付かない、視野が狭い、想像力が低い。だからレシーちゃんに気ぃ遣わせた」

「それとこれとは」

「関係おおありだ。お前が現在進行形でぶち切れてる案件は100%、お前のそういうとこのせいだからお前が悪い。勝手な期待を勝手に築くな」

「でもあんまりにも知らない」

「そういうもんだ」

「あなたが何も話さないから」


 回る地に着く、回る地に着く。


 心身の熱感は追って増し、みなみな、すべて感情にまわった。


「――あ」


 彼はいま、ロードに挑まれるでもなく自ら投げた。


「悪い。痛むか」

「……」

「拗ねやがった」

「……」

「……順に話してやる、だから、俺がここに居座る理由でも作れや」


 彼の指の招くのを見た。立ち上がる、それにあたって末端が瞬間脱力するのを繰り返す。眠気と混ざる瞬きのような剥落がどうやら乳酸の警告で、逆らった。きっとどこもかしこも後々酷くなる。


 まだいける足を視界外から振り上げ果たして投げられた。


「グリーンってすげんだぜ。あの手の偏屈頑固差別主義者がおらにゃ回せんことがたくさんある。わからんだろ、だが言わん。わかるようになれ。

 男は男らしくとか、女は女らしくとか、手間暇苦労は買ってでもしろとか、正しいことを言っている自分に物を言うなとか、ルールはルールなんだから疑問を持つなとか。そういうヤなこと言うやつじゃなきゃ色々、回せませんっと」


 立つ足は払われる。


「次、将軍か。あいつがおらにゃァどうにもならん。息つく暇無くあちこち遠征団連れてな、曰く『大災より小災こそ恐るべき』だそうだ、誰も警戒せんから。そういう細けーことすらやってんのがヒラリオなんだよ。英雄働きだけじゃあないから英雄」


 との言葉尻に足払い返し、それを骨の折れる方に踏まれる。


「石江風流も――まあ、なんか、出来る野郎だよ。マルチとハイカラの権化。

 つっても基督キリスト教徒になったのはー……あー……確か妻枝夫人の難産にあたってだな。もとは妻枝ことティーメイ夫人、教徒さんでな、どうか信心を捧げて助けて下さいとのことで改宗だそうだ。そこはそういうんじゃねーぞー」

「それ、であ……づづづづっ!」

「ホント無理すんなー」

「まだっ」

「以上だよ」

「あなたのことをきぃてない」

「以上だっての」


 また彼自ら足払うとき、ロードは少し賢くて、「転移の輪リンカー」そう叫んで足のみ移した。


 どこぞか。リシオンの後頭だった。

 だとしてもリシオンは避けてやはりまた投げた。地に着く。


「以上だっての」

「一番聞きたいことなのに」

「やだね」

「『やだ』じゃなくて!」

「お前は省みる習慣を身につけような?」

「ちゃんと聞いて下さい!!」

「お前は省みる習慣を身につけろ!!」


 びりびり痺れ、骨とどまり、昂奮のほどけを悟った。


 ロード・マスレイは恐らく初めて、言わないでくれていた怒りというものの露呈に面して絶句する。きつい凝望だった、よって、茶化してもらって赦してもらってきたらしかった。

 その歯軋りと睨むまぶたの震えが収束して消えていく。消される。我慢してもらってしまう。気付いていないだけできっと幾多のとき、幾多のひとにそうさせた。


「……ごめんなさい」

「謝るくらいならすんなー……とは言わん、分からんからな。でもせめて分かろうとしてくれや」

「はい」

「おいこら、『はい』」

「他に答えようないでしょう」

「『気を付けます』だ馬鹿」

「同じじゃないですか」

「感じの良さが違う。具体性から伝わってくンだよ、感じの良さ」

「……」

「拗ねんな。顔あげろ」


 あげたとき濃桃色の空だった。黎明の始まり或いは黄昏の終わり、陽が地平線で寸分光るとき、ほんの短い間の濃桃色が今だった。それに互いに半身を塗られて、あらゆるところところの色が怪しくなる。


 リシオンが息で肩と胸を落とし覚悟するので、顎は引け瞼は揺らいだ。


「わかりあいたきゃ、わかりあいたがるな。これが本来だとまずわかっておけよ」


 期待との乖離度をこれは、そもそも測りうるか。引き起こされる魔力は如何なるか。


「石江家の跡目、石江寺社守恩恵公いしえじしゃのかみおんけいこうを……そうだな。俺が終わらせた」


 そこらに残る枯葉がひざに吹きつけて、すべり抜けてゆき片肩片足のみを冷やした。


「おっ……ん、けい、こうって。あの」

「おう」

「火柄吾朗先生が育てたあの、8歳にして大職寺社守に任ぜられたあの、石江寺社守恩恵閣下ってあの」

「んな大仰な名前のやつ二人もいるか」


 いまやいないもの扱いされている、あの恩恵閣下。


「確か9歳の御誕生日に」

「俺がやった。俺が、餓鬼の分際で、好きな女を助けるためっつって寺社守の名に泥を塗った。もう名誉もクソもない、終わらせた。そのうえあのデカブツ閣下の仰せの通り、女に顔疵つけて……冬もだめだった。逃げて今だ」

「ふゆ」

「凪冬。……初恋」

「へぇ」

「にやけんな」

「あの、名前」

「名前?」

「リシオンって名前、偽名ですよね。石江家の方面にいらっしゃったなら漢字」

「凪、時之」

「嗚呼、凪。ぴったりな苗字ですね」

「――ここまでだな」


 濃桃はこの須臾にして白む。

 ロードは土まみれの手で強かに鼻を抑えった。


「そんな」

「いま何時だ。わかんだろ」

「4時40分です。4時40分です」

「ハイあと20分。

 今年のやつらァいかんな、騙しやすい。ここでお前だけいなして終わりだ」


 走馬灯がきた。瀕死の折きたるものがいま、匹敵する時を見込んで閃いた。閃いたといって、しかし唯だ光っただけなので特段の発想をもたらさない。

 彼の人、リシオンは居待ち月するようにぼうっとしてその実、昇陽のときまでを仰いでいる。静然として、そよ風もたたない。


「諦めついたか」

「いえ」


 どッせい踏み込んで無策だった。慌ただしく突き出した腕をそろり、礼法のように躱されてはやたら魔力を吐いてみて、輪にして機を望みしかし、リシオンにはそれら経路一切を鑑別されているのだった。

 ときに胸骨の中心をこころなしほど押され、離さるや否や奇怪、足がもつれる。ロードのうすっぺらい背を彼は踏みつけた。


「諦めついたか」

「い、えっ」

「そりゃ不味い。狩人は諦めだぜ」

「リシオン……さんっ」

「もういいだろ」

「スピナさんに」

「……お前その名前出すのずりくねーか」

「スピナさんに」

「ヘイヘイなんだい。手短な」

「スピナさんにさっきの話はしたんですか」

「してねえよ聞かれねえから」


 地に輪を呼びロードは落ちた。リシオンが踏み抜きそうになったとき、ロードは少し遠くに落ちて、切った唇を泥で拭い赤くしていた。


「して下さい」

「するか。スピナちゃんはお前みたいに強情じゃ――……あるけど、ま、そこらへんは違うの」

「スピナさんの話、ちゃんと聞いてみて下さい」

「滅茶苦茶気を付けてる」

「昨日聞いてなかったでしょ……」

「あ?」

「いえ。……言ってないだけできっと気になってますよ」

「そこもなるたけ気付くようにしてる。舐めんな」

「一番大事なことは気付かないふりしてるくせに」

「言わん方がいいこともあるんだ」

「それ、スピナさんも言わない方がいいって言ったんですか」

「言うわけねーだろ話さねんだから」

「そうやって、聞きたくないことはないことに出来るわけですか。小狡い」

「……実際上手くいってるだろ。だいいち、本当に言いたいならスピナちゃんが言わにゃならん」

「それでいいんですか?」

「今ので察せよ……何だお前は。何をわかってる」

「何もわからないから嫌なんですよ!」

「だァからっ、適切な距離感ってモンがある! お前は想像力を働かせろ!」

「そんなにボロを出したくないんですか!!」


 これを言ったときロードは拍子のずれるのと、血の止まるのを両方体感した。


「痛ッ」


 幻痛が先んずる。凪という姓がほんとうに合うと思った。鋭敏に揺らぐものと頑強に揺らがないものを懐にして、平衡させ、一厘それを損なったときかくなる。ロードは日輪を敵にしている気分になった。


「お前はホントのボロを知らんから言うんだ」


 若さは如何するか。


「それでもやらなきゃダメだと思います、僕」


 ひりぃと吹いた。


「アクティベート、星墜としの弓スターペネトレイト


 平衡が損なわれた。凪を置き去って夜に荒れ人を岸から追いやる陸風は、万人の善の資格を剥奪する無限性の道徳に似て、誰一人としてにいさせない外向圧力を余す所なくした。


 ロードは一生ではじめて顎をつった。つってなお震え口腔をあちこち噛み、抑えるはめになってしかし手まで踊るようだった。次第に視界の恒常を損ない立っていない。隠者の心地になる。あれらの隠者はこれと敵対をしていた。


「はけろ」


 ときに向こうのくさむらが大音を立てた。


「おうやっと……二十七? じゃあ、下らん」


 潜むほうを見もしないで背をそのまま見せて、誰も死にたくないのでもう身じろぎしなかった。試験関連書類にてみな、死傷諸々同意をしてある。


 瞳を突き合わせたとき眼底まで削り込まれて、脳みそをもらわれる思いをした。




「久方ぶりに幻想の話をしよう。

 ひとつに幻想とは魔法と術。ふたつに魔法とは魔力現象、術とは法力現象だ。そしてみっつに、魔力とは感情・欲望、法力とは理性、逆もまた然りの同値関係にある。

 深掘って言うに、魔力は予期……いや、期待と現実の乖離度に対するであり、教育と文化と人生が編纂した『期待』が、しかし現実と対決することで引き出される。現実が『期待』からかけ離れれば、その離れように伴って歓喜なり安心なり驚愕なり悲嘆なり憤怒なり失意なり引き起こされるだろう。まったく『期待』通りというなら満足、あるいは無反応。そして恐怖などは、そもそも乖離度を測り得ないほど状況が不明瞭であるとき混乱として現れる。それらすべてが何かしらの求めに繋がる。

 ……いけないね、期待に対する『現実の』乖離度とは。まったく幻想学者らしからぬことを言った、すまない嘘だ、正確には『当人が現実と認識している環境』を言う。君の妄想も物語も実際の現実も、それをそうと思っているならそうなる。そも、現実が現実たる確証もないのだから。

 ああさて、法力はその乖離に対するだ。『所謂現実』を変化させるなり、魔力を抑制するなり、魔力の根本たる『期待』を是正するなり、種々の方法で解決を図ろうとする。

 よって魔力と法力は受動と能動の関係になっている、いわば拮抗関係……と言えば端的だが……先ほど言ったように、に自ら魔力反応する事が出来る。法力もそうだ、せざるを得なくなってするアクションがある。だから正確な物言いではない。いや正確に言えば正確であるが、誤解を生みやすい。だから参考までに。

 長くなってしまった。レシーは端的に言っていたのにね。ここまでがあくまで、理論のおさらいなんだが」


 ロード・マスレイはまず一息に語ってアクラの、「何で今なんですか」を直接顔にしたような顔に一瞥呉れた。


「そうだね、」


 気持ちを置いて、


「例がある。ルークの法力量など尋常でないだろう。完璧を達成しうるほどの是正力、そして正確性だ。スピナさんに至っては、あまりの法力量にかえって思考迂遠を起こしている。

 相反してローナなど、まったく魔力一辺倒だね。どうにもメルヘンなんだよ。彼女のこれまでのあまり楽でなかったのは、それこそ僕こそよく知っているんだが、何かしら信じているらしい。本当に可愛い子だよ本当にね」


 ゆったり言って、二度言いあぐねて、


「リシオンさんは、そのどちらも卓越しているからよくわからない。何せ本当なら、最強の魔法使いも最強の術士もあの人なんだから。語り得ない。

 ああトウカ。トウカは……あれは…………何だろうね一体」


 それで、あなたは。私は。


「忘れていた。結びに言わねばならないこと。

 君の行き着く結論はきっと、寛容だろう。意味を感じられなくなった『それら』に対し、自ら意味を付与する。別解釈によって、あるいは君自身の精神構造の変容によって、物事の雑多性多様性をであるとして捉え直す。これらは法力の働きだね、ポジティブシンキングというには烈しい道だけれど。

 ああ烈しい道と言った。今のうちだから君に苦言を呈しておこう、無茶はやめなさい。その暴走の先で君は、譲りがたいものとぶつかって不可能を悟る。

 僕はよく捉えようの話などするけれど、結局僕は世界最高の魔法使いであり、君など水に関しては無限のエネルギーを引き出せる。その意味をよくよく考えておくべきだよ」


 アクラは口びるを隠すように力んだ。


「君のいずれやることは、酸っぱいブドウの似て非なるものだ。苦い自分のブドウは甘いとほらを吹く、いや、深みがあるなどと妙な捉え直しをするだろう。

 本当の甘美を知っていながらそのホラは、必ず無茶が出る。何もかもなせるの前で、いつか君は、たった一個でもなせればいいなんて、思ってもないことを考えるだろうから言っておくよ。いいね」




「ロードいたー!」

「げ」


 まったく臆病でないのが一人雪崩れ込んできた。


「レシー」

「あーよかった死んでなかったよかった! クレモント君、いた! ロードいた! そこいるでしょ早くー!」

「レシー……」

「え、あぁ、アレ。接敵転換オーラ、っと」


 彼女は立っていて、彼の人の弓取る前でくるり、回ってしまって、雨を溜めるように両手の平を掲げた。


「サモン・オムニス!」


 きっとすぐに黎明が来るいま、どの色も含む空を映すからレシーの深い白と黒とは一瞬虹だった。水色の極光をまさに手に留め、零れるものは宙をはしり彼女へと還っていく。そこかしこの滴が光源になって影を回し、世界で一番美しい彼女は笑みの無垢と慈善とで和心をもたらした。


「で、わたしどこまでやっていいの。いちおー受験生なんだけど」


 彼の人言うに。


「好きようにどうぞ。そこのそれはもう立ちません」

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