04. セカンド・コンタクト②:勇者の瞳は惑わない

 声のしたほう、ステンドグラスの祭壇に光の歪みが生まれた。

 温かで柔らかで彩やかな光が、歪んでいく。らせん状に巻き込むように、乱れていく。その中央から粒子が零れ出す。


「ルークさん、その目であれには気付きましたか?」

「いや、まったく」

「恥じることはないよ、ルーク君」

「っ」


 邂逅は彼の背後に待ち構えていた。


 それは誰にとっても衝撃的で、鮮烈で、そして運命的な、未来を示唆するようなもの。

 アクラはそのままにほうけ、ルークは見開いた目を動かせず、ローナは憂うように身を固くして、トウカはただ、横目にして息をついたが、フードの影はより濃く色づいている。


「君の瞳は銀河の瞳だね。神の権能にすら優先する、三種類の力のひとつだ」


 濃い紫の長髪は藍色の外套を清流のようにさらりと流れ、ステンドグラスから注ぐ優しい光を照り返して彩りを引き受ける。切れ長の目に萌葱色の瞳が深遠な光を湛え、細長い輪郭は美女と見紛うほど艶やかに美しい。なで肩で華奢な、その淡い声を聞かねば男と確信できぬ物腰をしている。


 人は彼を王都三傑の一角とし、畏怖を含めて『異次元のロード』と呼ぶ。


「黄金なら、いつか不確定性原理を超えて精神宇宙の完全観測を成し得る。神の幻影すら看破するだろう。況や、卑小なる我が幻惑をや……さてと、僕からしても色々衝撃的だな」


 聞かれぬように呟く。その視線はまずローナを見つけて、次にアクラを。


「あきれ果てた」


 それで切り替えたのか、ロードは祭壇に立った。


「そこにいる君、ミレント・アーラ君だろう? 残念、見ていたさ。時間切れだよ」

「えっ、そんな」


 驚くほど率直な驚きの表現だった。駆け込みのミレント・アーラは汗をぼたぼた落としながらガッと立った。

 さっぱり短い茶髪で、小柄さと顔立ちもあって子供に見られやすかろうが、この時の表情の深刻さは同年代に強烈な共感を得た。


「狩人はね、行って、狩って、帰って、使う生き方なんだ。まずはまともに『行く』ことが出来なければ話にならない、違うかい?」

「でも」

「ああ、その単語はあまり好かない。解釈の幅をいいことに、都合にあった選択をなす小癪な技だ。後で聞くから座っていなさい」


 気に留めたくない様子だった。彼の関心はすでに進んでいて、その素っ気なさは尋常でない。ミレントは黙して座る他なかった。


「では、講義に入るよ」


 不意なことに困惑が広がるが、彼が学者としても名を立て、国立バーバラ大学の非常勤講師として勤めているのは有名な話で、そういう不完全な「にしても今講義をする理由がわからない」という疑問を無視した納得感が馴染んでいく。


「テーマはタイムリーであるのが一番だろう」


 一言のもとに皆身構える。果たして、


「『そも狩人とは何ぞや』、君たちには、これを先ず以て問いたい」


 最初に構内を支配したのは沈黙だった。


「誰かあてたりしないから、よく考えて欲しい」


 青年たちの前に立ちはだかる彼は、その背でステンドグラスの優しい色彩を遮ってしまっている。そこは廃れてしまった人の営み、生い茂る草木に奪われた教会。何も彼らを守りはしない。


「君たちはきっとよく勉強してきたはずだ……イヤ、僕は田舎の出でね。君たちほどキチンとした教育は受けてこなかったんだ。だから、君たちの学びは本当に尊いものなんだよ、羨ましい。堂々と誇っていい」


 ロード・マスレイの視線が斜めにそれていく。

 その先には蔦が枯れていた。走り遅れ、日の光にありつけず、自重に耐えかねる哀れな弱い蔦だ。


「しかしその軌道は、本当に君たちの、死力を尽くした走りかい? 誰ぞの後をついて走っていないかい?」


 どくん、と、幾つもの心臓が跳ねた。

 人には誰かに言いやしない、理解を求めもしない、けれど己にとっては決定的で強烈な悩みというものがある。これはその核心を突かれたときに特有で、以降冷静でいられなくなる鼓動だ。


「狩人養成学校は、十五で成人するまでストレートの教育なんだってね。幼少の君たちは、狩人の正体を知った上で、そこに足を踏み入れたのかな?」


 彼の試験を受けるような優等生にとって、もっとも痛烈な自我の悩みに剣が突き立てられている。それはそういうコンセプトの話なのだと、理解が浸透していく。


 見計らったようなタイミングで、本題に移る。


「では語ってみるとしよう。『そも狩人とは何ぞや』、その問いに対する僕の見解は、『ただの職業』だ」


 かく、ロード・マスレイは語る。


「……いやらしい」


 トウカはチラリと嫌悪を、しかし誰よりはやくハッキリと示した。


「さあ、不思議そうな顔をする子が出てきたね。当たり前のことを言ったんだけど」


 彼の言葉は、正しさという無敵じみた棍棒で、子供達の宝物を壊して回るようだった。たまらないほど正しくて、そこにおいて彼らの憧れは、夢は安い。無抵抗で居なければいけないという傲慢な圧力ゆえに、叫びたい程胸をむかむかさせる。

 何よりそれを膨らますのは、ここにいる誰もが、もちろんロード・マスレイを含めて、「そんなことはない」とする思いを持っていること。そしてこの思いに言葉が追いつかない事だった。


「正確に言えば『最も原始的な生活基盤』だよ。君たち、歴史で『狩猟採集文化』は習っているね? そこに生まれた役割分担としての狩人こそ、原始の職業というわけさ」


 故意に夢を砕くような物言いだった。

 彼らはロード・マスレイに夢を見たことだろう。たった三歳年上程度の青年が、ドラゴンを、ゴレムを、ケルベロスを屠るというのだから、多少の才知ある子らは僕も私もと惹かれてしまう。


 だから彼の言葉は、マッチポンプじみている。


「僕らは日々手頃なケモノを狩って、事務局で皮や爪や臓物を売って暮らしている。今も昔もそういうものさ。もちろん時たま英雄的な働きをするのがいるし、王都はそんなのも多めだ。リシオンさんやスピナさんなんかがそうだね、けど根本は違う。

 偉大な探検家でもスターでもない、殆どはその日暮らしだよ」


 誰もが知ることとして、語る彼はその例外にある。かつ、その遠さを一度も考えなかった者はいない。ただ、それをまっすぐ見ることができたなら、そこには大抵暗い現実が見えるはずだった。

 見てはいけない深淵を彼は、頭からひっつかんで瞼を無理に開かすようなやり方で子供に見せている。


「ああ、確かに、ケモノはただ生きているだけじゃなく、国を侵攻している。そういう意味で狩人は国を護る英雄だけれど、一人がそれほどの影響力をもつことは、そうない。だからいいかい?」


 一言ごとに揺り動かされる「子供たち」は予想通り過ぎて、ロードはほんの少しだけ呆れながら見回した。


「君たちが今からするのは、生き方の選択だ。何かを捨てて、何かを拾うことだ。相対的であって、絶対的に輝いたりしない。君たちの覚悟は、その岐路に在って揺らがぬものかい?」


 新たな問いは、ある人にとってはくだらない、ある人にとっては深刻な、そういう特殊性を示す問いだった。


「……」


 無論沈黙のまま、誰1人ざわついたりせず、森の音がざわざわ押し寄せてくる。その先の音はかき消されて、街は遠く、何もわからない。


 ひどい責めは続く。


「幻想。ケモノ。現人神。すべてロマンを煽るね。理性たる法力を源に術を、情と欲たる魔力を源に魔法を駆る。その幻想は国家を侵略するケモノを屠り、現人神に英雄と称えられる。

 ただ知っておいて欲しい、要は全部例の失敗談、救世神話の末路なんだ」

「あの!」

「質問意見は後にしてもらうよ」


 彼の背信に憤る者は何人いたことだろう。けれどそれは只今の圧で鎮火した。大神アルゴルに対する信仰を侮辱する発言は度し難く、それでも立ち上がることはままならず、最強の狩人はひと睨みですら凄絶を極める。

 こうして青年が気を沈めたころ、幾人か、賢ければ賢いだけ、胸の内を暗くした。神への侮辱とその義憤を、ロード・マスレイの棍棒に否を突きつける詭弁の盾にしようとしたのは誰もが同じだった。


「『地球展開メルカトライズ』。世界崩壊だ。後から急いで直しました、変な形になりました、文明なんて残っていません。すごい話だね、管理責任諸々問い詰めたいよ」


 話を締めくくろうとしている様子で、それはつまり、少年少女の夢を砕き尽くす準備をしている。


「『幻想漏出リアライズ』。どうやら平面化した世界に合わせて物理法則をぐちゃぐちゃにいじったから、翻って精神宇宙のエネルギーが漏出し幻想が産まれたらしい。魔法と術と……知っているね? ケモノは幻想の一種だ。連中は神与の試練であるというのはよくある教えだけれど、神の国ガルターナも侵されているあたり、どうにも怪しい」


 こう語るなら、最後は誰にでも予想が付いた。


「『災火封印ディスビリーフ』。本来の意味はわかるかい? 教えられないだろうね、教えてあげよう、『不信』だ。神は僕たちの管理能力を信じられず、火薬武器……だけではないね、太古のあらゆる殺戮兵器をみな僕らに使えなくしたらしい。おかげで狩りは大変だ。ろくに訓練されていない歩兵でも『リョウジュウ』さえあれば十分だったのに、僕らは幻想使いなんて面倒なものにならなきゃいけない」


 結びは序文に返るのが鉄則となっている。


「改めてもう一つ、結論しよう。『そも狩人とは何ぞや』。それは救世神話の末路、大失敗の後始末、かつ僕らが神と決定的に切れてしまっている証なのさ。それでも君たちは……狩人になるかい?」


 その場の誰も、己が結論を求められていた。要は気まずい若者批判の評論を読まされた後の神妙さで、考えないことが悪に思えてしまうらしい。


 先生曰く、狩人に力もロマンもなし。どころかロマンの観点では最悪の背景を持っているとのこと。


「僕の話は以上だ。これについて質問・意見があるなら聞こう……無いようなら、ミレント君。先の件について言いたいことはあるかい?」

「大ありですよ!」


 半ば悲鳴になっている必死の食いつき。その背後には大人数が構えていて、どうやら遅刻してきた学生たちが、話の間に大所帯を成していたらしい。

 そのうえ事情を共有したようで、断固として反発する所存でいる。


「先生の仰ることはわかりました。そりゃ遅刻はいけませんよ。けど! あの霧は試験として道理が通りません。だからあの霧で遅刻した学生は試験を受けられるべきです」

「ほほう、君、そそる単語を使うじゃないか。果たして『道理』とは?」


 打って変わって話を聞く気満々のロードに、ミレントは「しめた」とばかりに拳を握った。それを振り上げ天を指し、ある少女に振り下ろして言う。


「今から話します。そこ、最前列に座っている黒髪の女子について!」


 当人アクラ・トルワナは、天を仰ぐ目元を覆い、長く息を吐いた。


「……アクラ・トルワナさん」

「はい」

「はぁっ」


 息を漏らしたのはミレントだった。彼が彼女を真正面から見たのは今が初めてになる。アクラは起立し後ろを向いて彼に相対し、水色の瞳を少しも揺らがさない。


「サンラーナのアクラ・トルワナです。ミレント・アーラ君、私について、何か」


 今初めて彼女を見たものが二十余名いる。彼ら彼女らは脊髄に走る雷鳴をして、三秒の沈黙を共有した。

 察したルークはフン、と軽く笑う。夢想じみたアクラの見目と声音と諸々に、五感から屈服していく様は、彼の瞳から明瞭に見える。


「……あ、はいっ。その」

「その?」


 問う声すら、不慣れな少年には劇薬に似る。


「アクラ・トルワナさん、一度座りなさい」

「はい」


 それから三拍おいて、ミレントは正気を取り戻したようだった。それでも頑として彼女の方を見ないあたり、危ういところにいる。ロードの生み出した緊迫はどこぞに消えて、突然の見世物に教会は薄らざわめいた。


「では、俺がここに着く途中見かけた、彼女の不正行為についてお話します。彼女はルーク・ヒラリオ閣下の能力に便乗し、霧の迷宮を抜けました」


 ざわめきが拡大していく。アクラは握り拳をより握り、表情筋を気合で固めた。唾をゴクリと呑む挙動も、伝う汗への反応も、反駁の衝動も絞め殺している。

 耐えかねて立ち上がろうとするローナをトウカは制し、「いざという時は騎士様の出番です」と穏やかに言う。当人は黙りこっくりで、その気があるのかてんで知れない。


「ここに来る途中、二人を見かけることがありました。視界は悪かったけど間違いありません」

「それで?」

「それでって……こんないくらでもズルのきく試験、無効じゃないですか。

 無効じゃないってんなら、せめて不正は弾かないといけません、でもそんなのキリがないでしょ。だからこの試験は試験になってません」


 悪魔を前にして退かない彼は、背後に隠れる学生たちからすれば勇者に見えた。この意識は遅刻していない学生たちにも共有されるところで、競争相手の増えかねない議論とはいえ感心される。

 総ずるに、廃教会の学生たちはほぼ一致団結を成した。


 ただし、ルーク・ヒラリオは興味を持とうともしない。

 アクラ・トルワナは縮こまるまま。

 かつ、ロード・マスレイは悪魔の瞳を怜悧にした。


「先生、だから」

「ミレント・アーラ君、骨があるのは認めよう……しかし、君たちは何とも都合のいい連中だね。結局そんなものかい」


 ミレントは冷たい汗を噴き出し、その身の内圧を三倍に錯覚した。それほど循環器を筋肉に圧迫され、硬直を強いられ、彼は蛇睨みを体験することとなる。


「心得違いが二つかな。ひとつに、如何なる証明を以てそれを真とするんだい?」

「そ、そん、なの」

「疑わしきを是として不合理を示し、翻って疑わしきの非を示す。この手法を背理法という。君が使ったのはそれだ、しかし、君の示した不合理……彼女についての議論は全く以て君ただ一人の主張だ。全く証拠がない。違うかい?」

「違いません、けど、そんなの」

「話にならない。例外規定の要求がそこまでチャチだとは。さて、こっちは些末な話だ、論破に過ぎない。もう一つの心得違いは……言うまい。僕は君たちにほとほと呆れた。

 君たちというのはここにいる全員のことだよ。何を迎合しているのだろうね、一人残らず不合格だ、帰りなさい」

「な―――」


 最後の言葉は最も具体的だった。そこら中からベンチのきしむ音が聞こえる。


「待ってください先生!」

「私たち何のために」

「そうだね。何のためにここまで来たのか考え直して来年出直しなさい」


 彼は祭壇を足早に駆け下りていく。例の魔法を手早く呼び出し、まるで耳を貸すつもりがない。


「……」


 誰一人物を言えなくなり、最終的にミレントが視線を集める。含む感情は怒り、こうなってみれば何とも都合のいい思考回路だと数人自ずから気づく。彼は勇者であったのに。


「では失礼……そうだ。養成学校卒業、おめでとう」


 嘲笑まじりの言葉が残される。


「……ごめんなさい」


 誰にも聞こえないように漏らしたアクラの声を、一人だけ聞き取っていた。


「先生、僕と僕の友人をこんな連中と一緒にしないで頂きたい」


 この声は真の勇者の声だと誰もが理解した。それは道理ではなく、ある種の直感的な、草食動物が肉食動物に怯えるような本能による。


「おや、ルーク・ヒラリオ君」


 薄桃色の輪が停止し、学生たちは安堵の息を漏らした。それを聞いたロードとルークが「懲りないな」と呟いたのは、二人を除いて誰も知らない。


「君は心得ているのかい?」

「この阿呆どもよりは」

「では、僕がこうする理由もわかるね?」

「どうせ自覚しないからでしょう。不心得など自覚したい者はそうなく、であれば伝えても変わることがない。何も気付かず何も叶えない」

「君の瞳、嘘を付けないんだったね。ああ、よい光が見える」


 こういった意味の分からない罵倒は、聞く者にしてみれば何より苛立つところ。その筆頭は、先ほどまで勇者をしていたミレント少年となる。


「閣下」

「何だ。僕はお前と話したくない」

「俺も、閣下の目を見るだけで強がり言ってるんじゃないのはわかります。そういう神秘か何かなんでしょう。でも意味が分かりません」

「語れというのか。無粋極まる、かつ薄弱極まるぞ、弱輩者」

「っ……!」


 かつ訳のわからぬ罵倒をするものはその内容を語りたがらない。気付けよ阿呆と罵るばかり。これは悪循環の典型といえる。

 しかし、このルーク・ヒラリオに限って見えないことがない。


「……先生、貴方がいらっしゃる場でありながら、祭壇に立つ無礼をお許しください」

「ああ、いいよ」


 彼は許しを得ると会釈し、祭壇につかつか歩いていき、怒りではなく呆れを抱えてカッと目を開き、言う。


「見るがいい。僕は己を偽りえない。神秘という科学のもとに証明をくれてやる。

 さあ聞け。僕はアクラ・トルワナがここに辿り着く手助けをした!」


 彼の背で光は阻まれているというのに、黄金銀河の瞳故か、教会が光に満ちる幻影をそこら中の者が見た。千年語り草となる勇者の有様はかくならんと確信させる威迫はルーク・ヒラリオのものだった。


 かくしてミレント少年の証明は完成することとなった。


「先生、じゃあやっぱり」

「ミレント君、君はもう口を閉じていなさい。二度と開くなという意味だ、いいね?」


 ひどい罵倒もあったものだと、しかしこれは自分たちにも向けられているのだと、何人か気付きだす。


「狩人は一人で動くだけではない。必ずや徒党を組む。そこにおいて、アクラが僕を利用することに暗いところなど一点もない。ちょうどいい羅針盤なのだからな。

 考えればわかるだろう。むしろ、あの霧の中で見つけられるほど僕の近くまで来たのなら、ミレント、お前は必死になって追いかけるべきだった」


 意味の分からない者はそろそろいなかった。


「お前たちはな、狩人の道理を捨て置いて、そのうえ己の失敗を帳消しにしたいがために、寄ってたかって同年代の少女をだしにしたのだ。

 英雄を名士を志しここに来た癖をして、内実は伴わず紳士淑女の道理もない。

 世間の事物に受動的で居ていいのは餓鬼の内だ!」


 これですべて吐き出したのか、ロードのほうに会釈をして元居た場所に座りなおす。学生たちはといえば、青年期で放つものではない圧倒的な迫力を前にして、ミレントのように蛇睨みの硬直に遭っている。


「ルーク」

「どうした」

「私のためでも、もうあんな怒り方しないでね。正直こっちは後ろめたいんだし……」

「約束はしない。後ろめたくもない」

「あー、はい。じゃあもう、こんな目に遭わないよう気を付けますね」

「そうしてくれ」


 と、そこに小さな拍手が聞こえてくる。

 ロード・マスレイのものに他ならない。


「よしてください、ただ感情をぶちまけただけの下手糞です」

「感情、ね。幻想学者としては突っかかりたいところだが……ともあれ、君はそれが正解になるのさ。そういう素質だ」


 彼の表情は至極満足気だった。


「一つ聞かせてもらおう。君、先ほどの講義で本当に思うところはなかったのかい?」

「全くありません。何せ、ケモノに害される民の安寧となりたいのであって、ロマンを求めているわけではないので」

「無力さも語ったはずだよ?」

「僕はそれを超えるに足る力を有しています」

「ふむ、まあいいところかな」

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