ねねね先輩のフィールドワーク
@nanamiowari
ポルカには向かない日
001
時季は春、大学一回生の僕は、敷地に放り投げられたベンチでコーヒーを飲んでいた。教室棟の離れにあるこの場所を訪れる者は、およそ僕以外に知らない。
そこへ黒髪ねねねは現れた。すらりとした長身に黒いセーター、長い脚を見せつけるようなジーンズ、そして艶のある黒のロングヘア―がひと際目を引く。
(都市伝説じゃなかったのか……)
僕は彼女を知っていた。というよりか、この大学に彼女を知らない者は、おそらくいない。
「隣、よろしいかしら」
深く腰を下ろし、荷物を置いてから彼女はそう尋ねた。順序が逆である。もう僕の隣はよろしくされている。
僕は二つ返事で了承した。
黒髪ねねね。噂の絶えない女性である。彼女の学生生活は通学二年、留年二年、留学二年、そして……失踪二年で構成されているらしい。黒髪ねねねについて僕が覚えていたのはそれくらいである。これは後から聞いて分かったことなのだが、彼女が失踪していた二年間については
しかしこうして見てみると、確かにそんな神話めいたこともすんなりやってのけそうな雰囲気を感じる。色気とは違う、余裕。知性というべきか。それに、まず間違いなく僕より年上だ。見た目からしてよっぽどなお姉さんである。自分の着ている、袖の余った服がなんだか過剰に子供らしく思えてきた。
実際、彼女は我が大学の誇る才媛なのだろう。留年、失踪……およそ通常とは言えない道程を辿ってきた彼女を、大学側は受け入れているのだから。実態より風評、風評より実利を取るのが常だ。
というか、下の名前「ねねね」ってマジなのか?
僕は改めて考える。
そんな黒髪ねねねがどうして僕の隣に。
「ねねねクイズ」
唐突に都市伝説の女が、僕の耳元でそう呟いた。
「きぃっ」
きゃあ、と叫びたくなるほど僕は驚いた。本当に驚いたときは、男女共通で「きゃあ」が最適解なのだが、どうも世間では女々しいとの評判なので、僕は叫びをかみ殺したのだ。
「いきなり何をするんですか、びっくりするじゃないですか」
我ながらつまらない返答だ。
「びっくりさせたかったの。男の子でもきゃあと言うのかしら、と思って」
「言いませんよ、男の子なら」
危うく僕は女の子になるところだった。
「あら失敬。でも、クイズは出題させてもらうわね」
蛇のように上体を捻りながら、彼女は出題した。
「首のない人間は、どうやって自分を表現するでしょう」
なんだって? 首がない……?
「なんです、その問題は。有名な謎かけか何かですか」
「いいえ。私が考えたクイズよ」
それなら有名になってそうだが……。
しかし、クイズというのは出されてみると解きたくなってしまうものだ。問題に答えるという行為は、遊びに過ぎない。問題を創出することこそ、最も難しいことだ。
僕は少し考えてみることにした。首がなければ声を発せない。表情を作ることができない。泣くこともできない。その状態での表現法……?
そもそも、首がなくなると人間はどうなるんだ? まず頭の中に僕を作る。それから大きなはさみで僕の首をはねてみる。海外のお菓子みたいな、ショッキングな色の血が飛び散るだろう。残ったのは、平坦な僕の身体のみだ。これがユニークになるとは思えない。はねられた首と残された身体が並べられていたなら、首の方が本体だと思ってしまうだろう。首無しの身体に、僕らしさは微塵も残されていない。
「……貴女、黒髪ねねねさん、ですよね」
クイズは遊びに過ぎないと豪語した僕だが、「ねねねクイズ」は一旦後回しにして、適当な会話を繋ぐことにした。
「そうよ。ねねね先輩と呼びなさい」
「……ねねね先輩、ですか。抵抗あるなあ」
魔法少女みたいな名前だな、と僕は思った。
ねねね先輩のフィールドワーク @nanamiowari
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