第8話:協力者
決行日は、二十歳になる年の11月22日に決まった。成人する年の、良い夫婦の日。
「ただ死ぬだけじゃつまらないから、この世界に対する恨みつらみを書き殴った遺書を残そうと思うんだ。私達が死んだのはお前達のせいだって、世間に知らしめるために。それで、ニュースになって……コメンテーターさん達に議論してもらって……私達の死をきっかけに、少しでも、差別することの愚かさを自覚してほしい。この遺書は、私達の死をただの悲劇にしないための大事な遺書だよ」
そう語る彼女は、怖いくらい冷静だった。これから死のうとしているとは思えないほどに。
「……私達が死んだくらいで、この世界が変わるとは思えないな」
「……そうだね。きっとすぐには変わらない。けど……変わるきっかけにはなるはず。私はそう信じてる。……海にもね、私達の計画を話そうと思ってるんだ」
「えっ……海に?」
「うん。海に私の意思を引き継いでもらうの。悲劇の後に続く世界には、希望を振りまく人が必要だと思うから。海にその役割を担ってもらう」
「何処にいるか分かるの?」
「鈴木くんから聞いた。カサブランカっていうバーでバーテンダーやってたよ」
「バーテンダー? 未成年なのに?」
「未成年でも一応働けるんだってさ。住んでる場所もわかったし、今度三人で会おうって言っておいたから、月子、都合の良い日教えて」
「三人って……美夜は?」
「美夜は駄目。……計画の邪魔になるから言わない。代わりに、手紙を書こうと思う。月子も書く?」
「……うん」
その日、私達は海に計画を話した。久しぶりに会った彼女は、ベランダでタバコを吸っていた。すっかりやさぐれていた。
「……私達は悲劇を残すの。差別が人を殺すことの戒めとして、悲しい心中事件を起こす」
「……そんなの……」
「分かってる。私達は芸能人でもなんでもないただの平民。だから、歴史に残るような大事件にはならないかもしれない。けど、少しくらいは誰かの心にぶっ刺さる事件になると思う。……私、もう疲れたのよ。死にたい。けど、黙って死にたくない。死ぬならせめて、この世に呪いながら死にたい。誰かの罪悪感を煽るような死に方したい。差別に殺された証拠を残して死にたい。だから私は遺書を残して死ぬ。国が私達を殺したっていう遺書を」
「……なんで僕に話したの」
「私達の物語は悲劇で終わる。けど、主人公は私達じゃない。物語はまだ続く。私達の悲劇は希望のための舞台装置」
「……僕が、帆波の描く希望の物語の主人公ってわけ?」
「そういうこと。協力してくれるよね? 海が居ないと、私達の死はただの悲劇で終わっちゃう。すぐにみんなに忘れられてしまう。ねぇ海。私達の終わりを意味あるものにして。後世に語り継いで。お願い。海にしか頼めない。お願いします」
そう言って帆波は海に土下座をした。私も彼女の隣で、床に頭を擦り付けた。彼女は私達の方を一瞥してから、外に向かって煙を吐きながら「分かった」と言った。
「ありがとう海。決行日は三年後の11月22ね。20歳になる年の、良いふうふの日」
「……なんでわざわざその日を?」
「ふふ。語呂合わせにちなんで軽々しく籍を入れてしまうカップルに対する嫌味と妬みを込めて」
「……性格悪」
「そりゃ悪くもなるわよ。こんな理不尽な世界で生きてたら」
あははと笑う帆波。彼女はもう壊れきっていた。多分私も、そして、私達の計画に加担することをあっさりと決めた彼女も。
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