第3話:黒王子は意外と可愛い

 二年生になると、黒王子こと、海と同じクラスになった。

 彼女はカッコいい人だった。王子様キャラを作っていた私とは違い、素でカッコ良かった。クールで、ちょっとやんちゃで、だけど優しい。そんな彼女の側にはいつも鈴木くんが居た。付き合っていると噂されていたけれど、私には鈴木くんの片想いのように見えた。

 海は、とある女の子の前では特に優しい顔をしていた。彼女は大人しい子だったけど、海とだけはよく喋っていた。私には、鈴木くんとより彼女との方がよっぽど親密な関係に見えた。


「安藤さん」


 ある日、私は勇気を出して海に彼女との関係を聞いてみた。彼女は目を丸くしてから少し間を置いて、付き合っていることを認めた。

「内緒だよ」という彼女はどこか不安そうだった。


「分かってる。誰にも言ってないよ」


 私がそう言うと彼女は、私をじっと見つめて、信じてくれたのか自分のことを話してくれた。「男の人に興味が無い」と言った彼女に「私もそう」と同意すると、彼女は目を丸くして私を見た。そして教えてくれた。女性に恋愛感情を抱く女性のことをレズビアンというのだと。


「で? 誰が好きなの?」


「えっ、えっとね……隣のクラスの水元さんって分かる?」


「あぁー……あのちょっとぶりっ子っぽい腹黒そうな感じの」


「う、うん……けど、話してみると意外と芯の通った子でね。腹黒いのはまぁ……否定出来ないんだけど……でも、何故か私には優しくて……なんかやたらと可愛いって言ってくるし……」


「……なるほど。それで勘違いしたと」


 苦笑いする海。


「うっ……やっぱり勘違いかな……」


「さぁ、どうだろう。僕はあの子とあんまり話したことないから分からないや。本人に聞けば?」


「他人事だと思って……」


「他人事だもん」


「うぅ……冷たい……」


「まぁ……言いづらいのはわかるよ。僕も彼女に告る時不安だったから。……麗音が居なかったらきっと、今も自分を否定してたと思う」


「鈴木くんが背中を押してくれたの?」


「うん。……良いやつだよ。あいつ。幸せになってほしいって、思ってる。僕以外の人と」


 そう語る彼女は複雑そうだった。


「知ってるんだ。彼の想い」


「うん。本人から聞いた。あんな良い人居ないよ。……女だったら、好きになってたと思う」


 そう言ってから彼女はハッとして、周りを見回して「今の、誰にも言うなよ」と私を睨んだ。


「言わないよ。もちろん彼女にも、彼にもね。私と安藤さんの秘密」


「……その、安藤さんって呼び方やめてほしいな。黒王子の方がまだマシ」


「あ、そうなの? じゃあ、佐藤さん」


 佐藤というのは、当時海が付き合っていた恋人の苗字だった。冗談のつもりで言ったが、海は割と本気の舌打ちをして私を睨んだ。


「ご、ごめん」


「次その呼び方したら水元さんって呼ぶから」


「や、やめて! まだ告白すらしてないのに!」


「じゃあ白王子」


「……それもやだ……」


「そんな気はした」


「顔に出てた?」


「出てた。周りは気付いてないかもしれないけどね」


「えっと……安藤さ——海は、黒王子って呼ばれるの嫌じゃない?」


「別に。僕は昔からお姫様より王子様になりたいって思ってだくらいだし、王子扱いは嫌じゃない。けど、君はそうじゃないんだろう?」


「……うん。男扱いされてるみたいで、嫌。かっこいいより、可愛いって言われたい」


「ふぅん。だから水元さんなんだ」


「海は? 佐藤さんのどこが好きなの?」


「……見た目」


「……他は?」


「性格」


「雑。具体的に言ってよ」


「……良いんだよ。そんなの、本人だけが知っていれば」


 そう言って顔を逸らした彼女の横顔はほんのりと赤くなっていた。


「えっ。なにそのカッコ良すぎる返し」


「……うるせぇ。二度と聞くな」


「次聞いた時は答えてね」


「二度と聞くなバーカ」


 照れ隠しするように私を小突いて去って行く彼女を見て、意外と可愛い人だなと自然と笑いが溢れた。

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