第78話
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011_ソラの帰還
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ポサンダルク方面軍と戦っていたジャバル王国軍が退いたのは、トンネル方面部隊がトンネルから退去してすぐのことだった。味方がトンネルを通って撤退する時間をつくっていたのだろう。
「ゲーハテームのほうでもジャバル王国軍が退いたそうだ。今回、絶対の自信を持って投入した2万の軍が壊滅したのが原因だろう」
ポサンダルク方面総司令官ジョグル将軍が私見を述べると、多くの者が頷いた。
「その2万の敵軍をたった1700という数で迎え撃ち、壊滅せしめたストレバス大佐の功績は大きい。しかもサルバーナ王子を捕縛したのだから、素晴らしい功績だ」
子飼いの部下が大軍功を立てたのがとても誇らしいジョグル将軍は、喜色満面だ。
「その立役者であるソラ=フォルステイ殿の功績も多大である。敵の死者は1万3000人に上る。そのほとんどをフォルステイ殿が倒したのだ。サルバーナ王子の捕縛も素晴らしいが、万夫不当の活躍を見せたフォルステイ殿に贈る賛辞は尽きない」
歯の浮くような言葉を並べて軍議の末席に座るソラを褒め称える。
(褒められて嬉しくないわけではないが、褒め過ぎだよ……)
ジョグル将軍だけでなくストレバス大佐がソラの活躍を大げさに語るものだから、尻がこそばゆいソラであった。
ジャバル王国軍から休戦の使者がやってきたのは、その翌日のことだった。
丁度本国からの援軍も到着しこれから攻勢に出るという時だったから、ジョグル将軍はその使者を追い返したかった。もちろんそんなことをするわけにはいかない。
心を落ちつかせて使者と面会し、休戦の交渉に入ったのだった。
休戦交渉はジョグル将軍が勝手にできるものではない。こういう時のために政治軍監が同行している。
政治軍監は軍の指揮権を持たない役職だが、それが政治的判断を必要とする時には方面軍司令官を指揮下に置くことができる。
ポサンダルク方面軍に同行している政治軍監は、今年48歳になるルッティエ男爵だ。焦げ茶の髪に白髪が混じった苦労人といった風貌の人物である。
このポサンダルク方面軍に配属されてからもうすぐ1年になるが、ルッティエ政治軍監が仕事をするのはこれが初めてである。
政治軍監が制定されて20年以上になるが、滅多に仕事をしない名誉職のようなものだ。通常は1年の任期を全うして王都で何かしらの役職に就くものだ。
もうすぐ任期切れだというのに、まさか自分が仕事をすることになるとはとルッティエ政治軍監自身が驚いていた。
軍監は決して窓際の役職ではない。将来有望な役人に、戦場を見せるために制定された役職なのだ。
戦場も知らない役人が、軍事を語ることに不満が多かったのがきっかけである。
ルッティエ政治軍監はゲーハテーム方面軍の司令官とも連絡を取り合いながら、交渉を進めた。幸いなことにクオード王国は攻めてきた2万の軍を壊滅させ、さらにはサルバーナ王子を捕虜にして切り札もある。本国からの援軍もあり、戦力の上では侵攻しても問題ない。
仮にジャバル王国がサルバーナ王子を切り捨てても構わない。王子を切り捨てる国が、その他の貴族を守ってくれるのかと噂を流してやれば内応する貴族もいるだろう。サルバーナ王子には多くの使い方があるのだ。
3日の交渉の末に合意に至ったのは、ガルダディア地方を正式にクオード王国の領土と認めるものだ。これでジャバル王国はガルダディア地方に侵攻する名目を失うことになる。
さらに捕虜交換は1対2の比率で行われる。もちろんクオード王国が有利な交換比率だ。捕虜の数はジャバル王国兵士が5000人に対してクオード王国兵士が3500人だ。1対2の比率では合わない分はジャバル王国が身元保証金を払うことになった。
他に大金貨1万枚を支払うことになったジャバル王国は、人的被害もさることながら経済的にも軍を支えることが厳しくなった。しばらくは大規模な軍事行動ができないだろう。
こうしてクオード王国が有利なまま休戦になった。
ソラはアマニア領軍を率いて家族が待つアマニア領へ帰った。
「ソラーッ」
顔を見た父ジョセフが飛びついてきた。子供のようにはしゃいでいる。
「お帰りなさい、ソラ」
「ただいま帰りました。母上」
ソラと同じ
「エルバート。父上を頼む」
「承知」
エルバートがジョセフの後頭部をその大きな手の平で鷲掴みにする。主家の当主にする行動ではないが、ジョセフはそのままブランブランさせられて連れていかれた。
「怪我はしてませんか?」
「この通りです。かすり傷1つありません」
その言葉にシャーネは安堵した。
その夜はソラの帰還を祝った大宴会になった。フォルステイ家は男爵だが、鉱山を抱えることからかなり裕福だ。騎士や従士だけでなく、ソラと共に戦場をかけた兵士たち全員。そして地元の有力者たちが集まった。
「今夜は我が息子のために集まってくれて、感謝する」
ジョセフが鼻高々にスピーチを行う。それが長いためソラだけでなく、参列者たちがうんざりしていく。
「えー……」
「あなた、少し話が長いですね」
笑顔のシャーネだが、目が笑ってない。
「……ああ、うん。そうだね。それでは、ソラの無事の帰還を祝って、乾杯」
ジョセフが慌てて乾杯した。
「「「乾杯!」」」
乾杯が終わると、ソラのところに来賓が挨拶にやってくる。
商人や名主、鉱山夫たちを束ねる監督官、鍛冶師の棟梁たちだ。
ソラは幼い時にこのアマニア領を離れたから、こういった人々とは交流がない。ほとんどが初めて会う者だから、挨拶に時間がかかった。
彼らは彼らで思惑があってここにきているが、耳が早い商人などはソラの大活躍の話を聞きつけている。
ソラはこういった者たちがこのアマニア領を支えていることを知っている。だから無下に扱わず、丁寧に対応した。
怒涛の挨拶が終わり、ソラはテラスに出てホッと息を吐く。
「さすがに疲れる。戦場のほうが楽だな」
体力よりも精神が疲れるこういった場はあまり経験がないから、ソラは慣れないことに肩が凝った。
ボキボキと肩を回していると、夜空に浮かぶ宝石のような星が目に入った。
「シャインは元気でやっているだろうか」
セントラルステーションで別れてから、まだそれほど時間はたっていない。あの時もっと話がしたかったが、気恥ずかしくてできなかった。
「シャインに会いたい……」
帰ってきたらいきなり戦場に連れ出されたから、その間はあまり考えることはなかった。しかしこうやって落ちつくと、シャインの顔が浮かんでくる。見上げる夜空の星たちがシャインの顔に見えてしまうのだ。
大宴会の翌日、当主ジョセフは飲みすぎで起き上がれないでいた。そんな時に、王都のフォルバス侯爵家からの使者がやってきた。
幽鬼のように起き上がって着替えたジョセフは使者の口上を聞く。気分が悪い。頭が痛い。今にも吐きそうだった。
「この度、ソラ殿が大活躍されて誠にめでたきことです」
使者は朗々と祝辞を読み上げるが、ジョセフはそれどころではない。
(早く終わってくれ……)
使者の言葉を要約すると、ソラに褒美が与えられるから王都に来いというものだ。
王都に戻ればシャインに会える。ソラの心が躍る。
翌日にソラは王都行の列車に乗り込んだ。元々荷物は少なかったし、カバンを広げる前に戦場へ向かった。荷ほどきしてないカバンが部屋にあったから、そのまま持ち出すだけだった。
二日酔いから復活したジョセフとシャーネ、そして兄のバルカンも一緒だ。ジョセフも貴族だけあって、今回の褒美がそれなりのものになると予想できている。最低でも騎士爵だが、戦功の大きさを考えれば男爵もあり得る。
フォルステイ家の面々はそれぞれの想いを胸に、王都に向かうのだった。
最北領の怪物 ~借金地獄から始まる富国強兵~ 大野半兵衛(旧:なんじゃもんじゃ) @nanjamonja
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