第77話

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 010_本気出した結果

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 剣を杖のようにして重い体を支える。空気が足りない。激しい呼吸が胸を弾ませる。


「王子サルバーナを捕縛したぞっ。ジャバル王国の者は武器を捨てて投降せよっ」

 サダム中尉の声が戦場に響き渡った。クオード王国トンネル方面防衛部隊1700人の捨て身の突撃によって、ジャバル王国軍の総大将であるサルバーナ王子は捕縛されたのだ。


「王子サルバーナを捕縛したぞっ。ジャバル王国の者は武器を捨てて投降せよっ」

「王子サルバーナを捕縛したぞっ。ジャバル王国の者は武器を捨てて投降せよっ」

 何度も繰り返される降伏勧告。戦意を失ったジャバル王国軍兵士たちは逃げ出す者もいたが、多くは投降した。





 ストレバス大佐が先陣を切って突撃している頃、ソラは左右後方の3方向に展開していた合計1万2000の軍と戦っていた。こっちのほうが数が多く大変なのだが、左右の軍はソニックウェーブで蹴散らした。その間に防衛陣地に侵入してきた後方の部隊と激戦を繰り広げた。


 魔法に目がいきがちだが、ソラは祖母のソフィア(前侯爵ロドニーの妻)に師事している。日頃はとても穏やかなソフィアだが、ひとたび剣を持つと首無騎士も裸足で逃げ出すほどの豪剣の使い手だ。

 元々フォルバス家の従士だったソフィアは、ロドニーと共にラビリンスに入ってセルバヌイを倒していた。ロドニーの陰に隠れてしまっているが、その戦闘力は国内でも屈指のものだった。ソラはソフィア譲りの剣の才能もあり、めきめきと腕を上げたのだ。


「はっ」

 ソラが白真鋼剣びゃくしんごうけんを横に薙ぐと、3人の兵士の胴体が上下に切り分かれた。騎士エルバートのように力業で断つのではなく、まるでナイフで紙を切るような動きだ。


「おのれぇぇぇっ」

 飛びかかってきた敵兵士の剣を紙一重で躱す。ソフィアも舌を巻くのが、ソラの見切り能力だ。最小限の動きで最適な回避行動をする。乱戦になっても空間を操っているかのように、敵の攻撃はソラに届かない。


 根源力を持った兵士の攻撃もまったく当たらない。まるで踊るように回避し、鋭く刺し、そして切る。掴みどころのないソラの動きに敵兵士は翻弄され、気づいた時にはすでに切られた後なのだ。


 放出系の根源力の攻撃も、ソラは身軽に躱す。ある時は空を飛んでいるのではないかと思うほどで、それがジャバル王国軍兵士たちを恐怖に陥れる。

 この戦いにおいて圧倒的な武威を見せたソラは、魔法よりも剣の腕のほうが捕虜に恐れられることになる。


 魔法を受けた左右の部隊はほぼ全滅。生き残った兵士は攻める気力を奪われ散り散りに逃げ出した。

 捕虜になった多くの者は、ソラの異常な剣の腕前を目の当たりにした。こういった理由から、捕虜の間でソラは『クオードの剣神』と呼ばれることになるのだった。


 捕虜がジャバル王国に帰された時にその噂がジャバル王国軍に広がっていき、やがてジャバル王国全土にも広がっていくことになった。





 戦闘は3時間という極めて短時間で終わった。この戦いはたった1700人の部隊が2万人の軍に勝った極めて稀有な戦として後世に名を遺すことになる。王国はこの戦いをその地名から『ガルダの戦い』と呼称するが、それはもう少し後の話だ。


 ガルダの地で勝ったストレバス大佐たちだったが、それで力尽きることになる。ストレバス大佐を始め兵士たちは疲れ果ててしまい、敗退するジャバル王国軍を追撃できなかった。

 それに孤立無援の戦いを繰り広げているソラたちを放っておけなかった。数十人のアマニア領軍が4000もの軍を相手に戦っているのだ。これを放置したらこの勝ち戦の立役者を見殺しにしたことになる。





 防御陣地で死闘を繰り広げていたソラたちを救ったストレバス大佐たちだったが、そこで行動限界が訪れた。

 勝ったのに死屍累累といった状況だったため、トンネルは今もジャバル王国軍が確保している。その防衛陣地に敗残兵が集結することになるかもしれないが、こればかりはどうにも体が言うことを聞かない。


 最初にソラの魔法を受けた正面に陣取った敵は、その攻撃で3分の2を失っていた。残った3分の1も混乱していたとは言え、まだ味方よりも多い兵力を保持していたのだ。そこに突撃して総大将であるサルバーナ王子を捕縛した。


 敵を撫で切りしながらサルバーナ王子のところに到着した時は、精神が高揚していて疲れを感じなかった。サルバーナ王子を捕縛して、ソラたちの援軍に向かって敵を蹴散らし、泥のように眠った。

 捕縛されたサルバーナ王子のほうが元気で、終始喚いていたほどだ。






 泥のように眠った翌日、ストレバス大佐はソラを含めて首脳陣を招集した。

「皆、体調はどうだ?」

「久しぶりに死ぬほど眠りましたよ。起きた時に死んでなくてよかったです」

 大隊長のガーサング少佐が半笑いで冗談(?)を言ったが、あまり受けない。

 ストレバス大佐の苦笑を見ておかしいなと首を傾げる冗談の素質がないガーサング少佐だった。


「さて、本日はトンネルを襲撃したい。あれだけ酷い大敗を喫した後だ、態勢は整ってないと思うが、敗残兵はこちらの数よりも多いと考えるべきだろう」

「あと1000、いや500でも兵力があれば、あの後にトンネルを急襲できたものを……」

 ガーサング少佐は貴族たちが逃げ出さなければと口にしそうになって、言葉を飲み込んだ。


 離脱した貴族たちの兵力300があったら、もしかしたらトンネルを急襲できたかもしれない。こんなことになるのだったら無理やりにでも引き止めれば良かったと後悔しないではないが、済んでしまったことを今さら言っても仕方がない。気持ちを切り替えて前向きな思考をしようと心がける。


「フォルステイ殿。昨日のあの根源力は、トンネルの防御陣地を破壊できるだろうか」

 あの根源力というのは、ソニックウエーブのことだろう。魔法を根源力と勘違いしているのは、ストレバス大佐だけではない。首脳陣の全員がそうなのだ。


 ストレバス大佐の質問にソラは問題ないと答えた。

「であればトンネルの防衛陣地に向かう。今度はこちらが降伏勧告をする番だ」

 全員が頷き、立ち上がってそれぞれの部隊へと戻っていく。どれも自信に満ち溢れた背中だ。

 残ったストレバス大佐と副官のサダム中尉は、昨日の朝は葬式のような雰囲気だったのに変われば変わるものだと皆の後ろ姿を見つめた。


 ソラが率いるアマニア領軍は1人も欠けることなかったが、今のトンネル方面部隊の数は1400人ほどに兵力が減っている。たった300人の被害で2万の軍を敗退させたと言うべきだが、ソラはもう少しなんとかできたはずだと苦い思いをしていた。


 ジャバル王国軍は1万4000以上の死者を出した。そのほとんどがソラの魔法によるものだ。捕虜は2000人に上る。そこから考えると逃げた兵士は4000人になる。

 トンネルの防衛陣地にこもられたら厄介だが、怪我人もいるだろうから戦力はそこまでないと思われている。


 昨日激戦が繰り広げられ、ソラの武威が遺憾なく発揮された防衛陣地から2個小隊が出ていった。先行してその森に入り、トンネルの防衛陣地の偵察を行うためだ。

 それから遅れて1時間ほどで本隊も移動を開始し、アマニア領軍もそれに同行する。


 こちらの状況は昨日のうちに、本軍へ伝令を出して報告している。本軍のほうはジャバル王国軍との戦闘が続いており、今はこちらに回せる戦力がない。だからこの戦力でやらなければいけない。

 あれだけの被害を出したから立て直すには時間がかかると思うが、敵の数はまだ多い。防衛陣地も健在だから、激しい抵抗が予想される。それでもソラがいればなんとかなると、トンネル方面防衛部隊の士気は高い。


 トンネル方面防衛部隊がトンネルの防衛陣地前に布陣したのは、昼を過ぎていた。偵察部隊からの報告では、人気はないとのことだった。

「逃げたか。引き際がいいな」

「フォルステイ殿の根源力の威力を目の当たりにすれば、この防衛陣地もあってなきがごとしですからな。それを理解していたのでしょう」


 何かあるかもしれないから、少数で防衛陣地内を探索することになった。その結果、ジャバル王国軍は誰1人としていなかった。昨夜のうちに全員がトンネルを通って撤退したようだ。


「問題はトンネルですな。あれを放置していると、いつ敵兵が出てくるかわかりません。こちらから攻めることもいいですが、この兵力では心もとないですからな」

 冗談は面白くないが、至極真っ当な考えのガーサング少佐の提案で部隊をトンネル内に送って確認することになった。


「途中で塞がれていて通り抜けることはできませんでした」

 偵察部隊の隊長の報告を受け、ストレバス大佐は少数の警戒部隊を残して本軍と合流することにした。




 ※注意(ちょっと似ているので記載しておきます)

 ・本軍 = ポサンダルク方面軍

 ・本隊 = ポサンダルク方面軍に所属するトンネル方面防衛部隊

 ・ソフィア = ユーリン(前侯爵ロドニーの妻)。名前を変更しています。


 

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