あんことソップ
増田朋美
あんことソップ
曇っていて寒い日であった。こんなに寒くなるのかなと思われるほど寒かった。まあこれがきっと、一般的な冬なのだろうが、それでもいろんな人から、寒いと困るという話が出てくるきせつである。
その日も、杉ちゃんは製鉄所にて、いつもと変わらない、水穂さんの世話をしていたのであるが。
いきなり玄関の戸が開いて、誰かが来たことがわかったけれど、ご挨拶もなにもない。杉ちゃんがおかしいなと思って、玄関先に行ってみると、かつての水穂さんの世話をしていた、米山貴久くんが玄関先に立っていた。
「米ちゃんじゃないか。一体どうしたの?」
杉ちゃんが言うと、近くに止めて会った車の中から女性が出てきた。決して美人とは言い難い。ちょっと太っていて、相撲取りに例えていったら、あんこと言えそうな女性でもあった。まるで、あんことソップだな、と、杉ちゃんが笑いだしてしまいたくなるほど、二人の体重は落差があった。
「お前さんたち、一緒にどうしたんだよ?」
杉ちゃんがそうきくと、
「はい、突然押しかけてきて申し訳ありません。実は私達、結婚することになりました。それで、今日はご挨拶というか、相談に参りました。」
と、女性がしっかりした口調で言った。杉ちゃんは、
「まあいい、とりあえず入れ。」
と、二人を製鉄所に招き入れた。
「水穂さん、米ちゃんが来たぜ。なんでも、結婚するんだって。あんこ体型のお姉さんとだ。」
杉ちゃんは二人を、四畳半に連れていった。
「似合わないカップルさんかもしれないが、僕らはお祝いしてあげようね。」
「はじめまして、この度、米山貴久さんの妻になることになりました。米山みどりです。旧姓は、江島みどり。よろしくお願いします。」
と、彼女はにこやかに笑って、水穂さんに丁寧に座礼するのだった。水穂さんも慌てて布団から起きて、
「みどりさんですか。よろしくお願いします。僕は磯野水穂と言います。」
と言って、頭を下げるのであった。
「ありがとうございます。水穂さん。水穂さんのことは、貴久さんから聞きました。これから、私も、時間があったら、お世話をさせていただきますから、安心してくださいね。」
みどりさんは、水穂さんに優しく言った。
「それにしても、幇間になれそうなイケメン男が、あんこ体型の女を嫁にもらうとはね。これは前代未聞だぞ。そんな男が今日は何しにここへ来たんだよ。」
杉ちゃんがそう言うと、貴久くんたちは顔を見合わせた。
「ええと実は、結婚式をあげたいのですが、やってくれそうな式場がなく、それで相談にこさせていただきました。お二人なら、なにか知っているのではないかと思いまして。」
みどりさんはそう言い始めた。
「式場がないんですか?」
水穂さんがそうきくと、
「はい。一般的な結婚式場では無理だと思ったので、近場にある教会とかに聞いてみたんですが、結局できなくて。やっぱり彼が、言葉をいえないのが、ネックになるみたいなんです。誓いの言葉を口にできないことが。代理で私が言えばいいのではないかとも言いましたが、男性でなければだめだといわれました。彼は、いわゆるナシ婚でいいのではないかと言いますが、私はちゃんと式をあげたほうがいいと思うんですよね。だから、どこかに良い会場がないかどうか、教えていただきたいんですよ。」
と、みどりさんは言った。
「そうですか。確かに、そういうところでは式次第は大事にしますからね。」
水穂さんがそう言うと、みどりさんははいと小さく頷いた。
「ほんなら、庵主さまのところに行って、仏前式で式をしてもらえば?仏前式であれば、厳かで穏やかに式をしてもらえるよ。」
杉ちゃんがあっさりそう言うと、
「お寺というのは、葬儀をする場所ではないのですか?」
みどりさんはちょっと驚いたように言った。
「いえ、それだけではありません。お寺では、結婚式もやっていただけますよ。最近は、檀信徒でなくても、式をしてくれるお寺は多いですし、それは心配いりません。安心してください。」
水穂さんにいわれて、そうですか、と彼女は言った。
「でも、なんかえんぎがわるいというか、そういう事が。」
「まあ確かに、お寺というと、葬儀ばかり執り行ってきていますから、そう見えるかもしれませんね。でも仏前結婚式は、仏様の前で夫婦になることを誓う、伝統ある式のやり方です。」
「そうそう。有名人でも仏前式で式をあげているやつはいっぱいいる。ほんなら、今から、庵主様の元へ行って、ちょっと、聞いてみようか。きっと、優しく相談に乗ってくれるよ。保証してあげるさ。」
水穂さんと、杉ちゃんは二人にそう言って励ました。
「そうですか、、、。でも、お金だってお寺ですとかかるのでは?」
「それは大丈夫だ。意外に安く式を行えるって、口コミサイトでも評判だよ。それは、お寺のホームページでも調べてみな。」
二人の若者は、杉ちゃんにいわれて、口をつぐんでしまった。
「そうなんですね。わかりました。ありがとうございます。じゃあ、貴久くん行ってみようか。あたしたちは、派手な衣装が似合うような人間でも無いし、お寺で式をあげられればそれでいいじゃない。」
みどりさんがそう言うと、貴久くんはそうだねと言いたげに小さく頷いた。
「じゃあ私達、そのお寺に行きます。何というお寺ですか?スマートフォンで調べて行きますから。」
「いやあ、僕が道案内するよ。こういう相談は、偶数より奇数のほうがいいっていうじゃないか。」
と、杉ちゃんがそう言うので、すぐに寺に行ってみることにした。みどりさんの運転で、三人は、お寺に到着した。
「え、本当!」
と、杉ちゃんがにこやかに笑っていう。
「ええ、いつでも縁起のいい日に、式を執り行うことができますよ。後はお二人の体調というか、お互いの両家の話し合いが持てるときになりましたら、またいらしてください。」
寺の女性住職である庵主さまは、二人に向かってそういう事を言った。
「本当に、やっていただけるんですか?」
と、みどりさんがそうきくと、
「ええ。障害があってもなくても大丈夫ですよ。言葉がいえないという方でも、式次第を変えることはできますからね。それよりも、お二人が縁で結ばれたことに感謝しなきゃ。」
と、庵主さまは、そう言った。
「それで、司婚者としては、あなた方のご両親にもお会いしたいのだけど?」
「あの、庵主さま、これはおかしな質問なんですが、二人だけの結婚式みたいなものを執り行うことはできませんか?必ず、親族というかゲストを呼ばなければならないのでしょうか?」
みどりさんは、恥ずかしそうに言った。
「はあ、だって、結婚するんだったら、親御さんの許可というか、双方の親御さんの同意も得られてるだろ?」
と、杉ちゃんが口をはさむ。若い二人は、ちょっと困った顔をした。
「それが、、、。」
みどりさんは、申し訳無さそうに言う。
「はあ、なにか事情でもあるのかい?」
杉ちゃんが聞くと、
「え、ええ。ちょっとわけがありまして。」
と、彼女は、そういうのだった。
「はああ、つまり、親御さんの許可をまだもらってないのかな。それでは、式を行っても、ちゃんと暮らしていけるかどうか疑問だな。式を行うより、親御さんにちゃんと話すようにしてもらうべきじゃないの?」
杉ちゃんがそう言うと、貴久くんが、急いで杉ちゃんの口を塞いだ。どうしたのと杉ちゃんが言いかけるとみどりさんはなにか涙を流している。
「みどりさん一体どうしたんですか?」
杉ちゃんはみどりさんに聞いた。
「なにか悩んでいることがあれば、言っちまったほうがいいぜ。それにお前さんは、これから、夫になる貴久くんと一緒に生活するわけだし。そのときになにか隠し事をしてちゃ、先が思いやられるよ。」
杉ちゃんは、そういうのであるが、貴久くんは、首を横に振った。その横に振り方があまりにも極端で、なにか言いたいんだと言うことはわかったが、やっぱり貴久くんは、話す事ができない。顔の表情だけで、杉ちゃんになにか伝えようとしている。
「お前さんももしかして、彼女に肩を持っているの?本当の事を、話してもらって、ちゃんと、話をつけたほうがいいよ。そういうことは、ちゃんと二人で話し合っているのかな?」
「いいえ、杉ちゃん。彼女のことを、せめては行けないと思うわよ。彼女は、そのつもりで、結婚するんでしょうし、彼女は、そのことだってちゃんとわかってるわ。」
庵主さまは、杉ちゃんに優しい顔でそういうのだった。
「それでは了解しました。二人だけで、招待客は呼ばないで、結婚式を執り行いましょう。そういうことだって、結婚の一つの形だと思うわ。」
「あの、庵主さま、結婚式を行った後、二人で記念写真を一緒に撮ることはできますか?」
と、いきなり彼女は言った。
「はあ、結婚式は内密にして、写真を撮ることはするの?」
杉ちゃんが口をはさむが、庵主様はそれを無視して、
「ええ、提携している写真館がありますから、そこの方に来てもらいましょうか。」
と続けた。
「それと、衣装はどうしたらいいんでしょう。私が持ってきた、リサイクルショップで借りた振袖を着ればそれでいいでしょうか?白無垢を買う余裕がなくて、5000円もしなかった振袖なんですけど、ちゃんと紋があって、松の柄のついている振袖です。」
「はあ、昔はそれで花嫁衣装として通用するけど、それ、戦前のことだぞ。遠い昔の、昭和の初めくらいでとうの昔に廃れてる。せめて白無垢くらい着たらどう?」
と、杉ちゃんは口をはさむが、庵主さまは、
「いえ、それでも構いませんよ。それよりも大事なのは、二人が、どれだけ愛し合っているかを本尊に示すことですからね。衣装は二の次。それでいいのよ。」
と話を続けるのだった。
「それでお願いします。庵主さま、ありがとうございます。それでは、ここで式をあげ、その後、記念撮影をして、すぐに自宅へ帰る。披露宴は余裕がないので、行わない。それでよろしいですね。」
「披露宴もしないのか。変わったやつだな。」
そういう彼女に杉ちゃんは、そういうのであるが、貴久くんがまた口に手をやったため、黙ってしまった。
「わかりました。じゃあ、そういたしましょう。では、もう衣装も用意してあるのであれば、式をすぐに挙行できますね。」
「ええ。すぐに大安吉日の日であれば、式を行いたいです。」
庵主さまがそう言うと、みどりさんはにこやかに言った。
「えーと、次の大安吉日と言いますと、来週の25日ですね。」
「ええ。その日に、お願いします。私はこう見えても花街でアルバイトしていたこともありますので、着物の着付けはできますし、振袖も一人で着られます。」
「じゃあ帯はどうするの?」
と、杉ちゃんが言うと、彼女は、
「大丈夫です。ウェブサイトで、作り帯の作り方を書いたものがありましたから、それで作れます。」
と答えるのだった。杉ちゃんは、はあ、本当にわかっているのだろうかと言いかけたが、また貴久くんが止めた。
「そうですか。結婚式に作り帯と言うのも、今の時代ならあり得るかもしれないわね。じゃあ、お願いします。ヘアメイクは、私がしますので。まとめ髪も、私ができます。さっきも言いましたが、私は花街に居ましたし。」
と、みどりさんはそういうのだった。
「わかりました。じゃあ、25日に、結婚式を執り行いましょう。二人で、簡素に式をあげてください。」
「ありがとうございます!」
と、みどりさんと貴久くんは申し訳無さそうに庵主様に頭を下げた。
「ええ。わかりました。それではよろしくおねがいします。」
話は決まった。
そして、それから、何日かたって、25日になった。水穂さんは、二人だけにしてあげたらといったが、杉ちゃんはどうしても気になるので言ってくると言って、お寺へ言った。本堂に行ったが、結婚式が執り行われる、赤い旗も出ていなかった。杉ちゃんが、行ってみると、ちょうど、貴久くんが、紋付羽織袴姿で。本堂から出てきた。次に、花嫁である、米山みどりさんが出てきたのであるが、髪は普通のおろし髪だし、振袖もきちんと着られておらず、上前から下前が見えていた。それに、作り帯を作ったというが、それは、未婚女性の結び方である、文庫や立て矢ではなく、二重太鼓だった。
「あれまあ、これではまずいじゃないか。二重太鼓ってのはな、結婚した女性が、黒留袖や、色留袖にするもんだ。」
と、杉ちゃんが言うと、貴久くんは、杉ちゃんに怒りの表情を示したが、杉ちゃんは、構わず平気な顔で、
「これじゃだめだ。ちゃんと着物も着られていないし、結婚式として、本尊さんから笑われるんじゃないのか。写真にとっても、最悪だ。今から直してあげるから、もう一回式をやり直そうよ。」
と、話を続けた。
「そんな事しなくていいわ。現に二人は、ちゃんと本尊さんの前で誓ってくれましたよ。彼のほうが言葉をいえないことを、みどりさんは、非常に気にしてらしたから、私は、血判を出して、奉納する形にさせてもらいました。それでもう結婚は成立したんじゃないかしら。だから、やり直す必要は無いのよ。」
と、優しい顔をして、庵主さまがそういう事を言った。庵主さまも、結婚式でよく着る赤い着物ではなくて、紫色のいつもと変わらない服装だった。
「それでは結婚式にならないよ。ちゃんと、しっかり路線に則ってやるべきなんだ。一生に一度のことだ。後悔しても遅いよ。」
杉ちゃんはそういうのであるが、二人は、そんなことはしなくていいと頑なに言うのだった。そのうち、写真を撮る業者が来ると思われるが、写真業者は到着時間を間違えたのか、いつまでたっても来なかった。二人が、ちょっとじれったそうな顔をして待っていると、一台の車が、寺の前で止まった。だれだろうと思ったら、一人の女性だった。着物を着ているとか祝用の服を着ているのではなく、いつもの服と変わらない格好であった。
「みどり!」
そう言っているからには、彼女のお母さんだとすぐわかった。
「どうして、何も言ってくれなかったの!ちゃんと話してくれれば、ちゃんと手配したじゃないの!」
お母さんは、そういう事を言った。
「だって、お母さんは、私の事を何もしてくれなかったじゃないの!お母さんは、おじいちゃんの事ばっかりで、私の本当に欲しいものは何もしてくれなかったわ。それなのに、私にこの家から出ていくななんて言うんだから。私がいつも辛くて、本当に欲しいものが手に入らなかったってことを、何も気がついてくれなかった。だから私は、家から逃げるのに、こういう手を使って逃げるしかなかったのよ!」
というみどりさんの言葉は確かに真実でもあるのだろう。残念ながら、お母さんと娘が、すれ違うことは、本当によくあることである。
「まあ待て待て、お前さんたちは、何を考えて居るんだ。お前さんたちは、実際はどんな事をしていたんだよ。」
と、杉ちゃんが、急いでそういうと、米山貴久くんが、顔中を涙だらけにして、彼女の前にたった。お母さんから、みどりさんを守ろうと思ったのだろうか。
「そうなんですね。私の負けです。母親の私よりも、みどりをあなたは愛してくれるでしょう。それでは、あなたに、みどりを託しますから。あなたが、話す能力を失っていると聞いた時、何を言っているんだと思いましたけれど、あなたのその顔を見て、嘘はないことを確信しました。どうぞ、みどりを、幸せにしてやってください。家族が居るようで居なかった哀れな子です。」
「は、はあ、あっさり負けを認めちゃうのか。」
杉ちゃんは、思わず言ってしまった。
「家族が居るようで居ないって言うのは、どういうことなのかな。」
みどりさんのお母さんは、申し訳無さそうに、貴久くんに頭を下げたままだった。
「一体、どういうことだったの?」
杉ちゃんがもう一回聞くと、
「いいえ、私達が悪かったんです。わがままな父のことに応じるだけで精一杯で、みどりが家に居場所をなくしていることに、気がついてやれなかったんです。みどりが、貴久さんとメールのやり取りをしていたことには薄々気づいていましたけど、父のことばかりで、好きな人ができたことも、聞いてあげることはできませんでした。主人は、仕事ばかりしてて、というより、父に対抗する気力もない人でしたから、家のことは全部私の役目。それを果たせなかった私は、親として情けようがありません。」
と、おかあさんは答えた。
「みどりさんは、家を出て行くことはできなかったんだね。運転ができないとか、そういう事情があったんでしょう。まあ確かに、家から逃げられるってことも、健康な肉体でなければできないだろうし、ある意味では恵まれてるってことでもあるしな。まあ、ちょっと悲しい事かもしれないが、もうこんな家、出ていきたいって、みどりさんは思ってたんだ。それで、式にだれも呼ばないが、写真は撮りたいっていう矛盾した事をやろうとしたわけだ。まあ、おかしいと思ったが、そういうことだったんだね。」
杉ちゃんはいつもと変わらない口調で、そういう事を言った。貴久くんがみどりさんの前にでんと立って、お母さんに対抗しようとしているのは、きっとみどりさんを愛しているからだろう。それはもしかしたら、障害者でなければできないことなのかもしれなかった。
「大丈夫だよ。こいつらは、ちゃんとやっていけるよ。もう、お母さんは、老爺と、役に立たないご亭主のもとへ帰れ。そうしてやったほうが、二人も喜ぶ。結果っていうのは、こういうもんさ。苦しいかもしれないけどそういうもんなんだ。」
お母さんも、みどりさんも杉ちゃんにいわれて、何も言えずに居た。
「まあいいじゃないの。最悪の事態にはならないでさ。結婚っていう。おめでたい形で、お別れすることができたんだからよ。」
杉ちゃんはカラカラと笑った。ちょうど其時、写真撮影の業者の車が寺に入ってきた。
「じゃあ、泣いてないでさ。最後の家族写真を撮らないか?」
あんことソップ 増田朋美 @masubuchi4996
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