第6話

 喪服を着た人が参列している。その中には仕事関係の人もいて、チーフの姿もあった。式場の奥に俺の写真が飾られている。

「俺の葬式?」

「はい。今回は、あなたが亡くなった後の様子です」

 父さんと母さんの姿を見つけた。親戚の人がそばにいたが、その中で母さんは泣いていた。父さんは気丈に挨拶している。

「親不孝だな、俺」

 親の姿を見ていられなくて視線を逸らすと、入り口の外に純を見つけた。

「来てくれたのか……」

 しかし、純は外から中の様子を伺うように見るだけで、なかなか入ってこない。

「何しているんだ?」

「入りづらいのですよ」

「何で?」

 すると、純は足早に式場から遠ざかっていく。

「えっ、純?」

 俺は追いかけていくと、近くの駐車場に着いた。そこに止まっている白い車に、純は乗り込んでいた。

「私達も入れますよ」

「いや、でも……」

「大丈夫です」

 そう言うとマモは車に近付いていき、扉を開けることなく車の中に入っていった。

「あぁ、そうか」

 俺も同じように後部座席に乗り込んだ。

「今までのように、実際にこの場にいるわけではありませんから、扉が開いていなくても問題ありません」

「透明人間にでもなった気分だな。……いや、それなら幽霊か」

 純は当然俺達に気付くはずもなく、運転席に座ったまま動かなかった。

「どうしたんだ……?」

 バックミラーを見ると、目が赤くなっている純が写っていた。純は手で顔を覆い、呟いた。

「弘樹、ごめん……」

 その声は今にも泣きそうな声だった。

「何で謝っているんだ?」

「彼には罪悪感があるのです。あなたに対して」

「どういうこと?」

 マモはどこからか書庫の本を取り出してページを遡った。その途端、目の前の景色が変わった。

「えっ!? 何だ、急に?」

 俺は串焼き専門の店にいた。純と行ったところだ。その純が、奥の席にいる。顔が赤い。

「時間を戻しました。今はまだ、あなたは生きています」

「いつ? 俺と純が飲みに来たときか?」

「そうです。あなたがトイレに立ったときです。彼の行動を見ていて下さい」

 純は何を思ったのか、周囲に視線を走らせた後、壁に掛かっている俺の上着のポケットを探る。

「えっ、なにしてるんだ!?」

 俺は嫌な予感がした。純の手元を見ると、右ポケットから俺のバイクの鍵を取り出していた。

「バイクなんか乗るもんじゃない」

 純は鍵を見て呟いた。立ち上がって俺の席に回り、その鍵を俺のカバンの外ポケットに入れて自分の席に戻る。俺自身がトイレから出てくると、ふたりは支払いをして店を出ていく。純は鍵に関して何も言わない。

「何でこんなこと……」

 自然と声が震えていた。

「ささやかなイタズラのつもりなのでしょう」

「だから何で! 俺は、純のせいで死んだのかよ!」

「彼は嫉妬していたのです。自分よりも良い環境にいるあなたに」

「それでイタズラ? そんなことで俺が死ななきゃならないのか」

 俺は拳を握り、下唇を噛んだ。そうしないと、マモに暴言を吐いてしまいそうだった。そんな俺に対し、マモは丸い目を細める。

「それからバイクが嫌いなのです」

「何だよ、それ? 嫌いってだけでわざわざこんなことしないだろ、普通」

 俺は自分の言葉に、はっとした。もしかしたら、純は俺自身のことが嫌いだったんじゃないのか。

 俺の疑念を見透かしたように、マモは言った。

「少なくとも、田所純はあなたを嫌っていたわけではありませんよ」

「何を根拠に言ってるんだよ」

 自分の言葉が自然とトゲを含んだものになってしまっていた。

「憶えていますか? あなたが彼にバイクで通勤していると言ったこと」

「憶えているよ」

「その時、彼は事故に気をつけろと言いましたね」

「そうだけど」

 その時、バイクの鍵を見て呟いた純の言葉が引っ掛かった。

「……誰かがバイクの事故に遭ったのか?」

 マモは頷いた。

「もしかして、純のお母さん?」

「そうです。彼の母親はバイクにはねられ、脳に障害を負ったのです」

 俺は驚きのあまり、なにも言えなかった。

「しかし、このイタズラが直接ではないとはいえ、あなたが死ぬ間接的な原因になってしまったのですよ」

 その時、純の泣きそうな様子を思い出した。


「これで終了です」

 いつの間にか本は閉じられ、再び書庫に戻っていた。

「どうでしたか?」

「……腹立つ」

「そうでしょうね」

「何で純のこと見せたんだ?」

 マモは瞬きをして俺を見た。

「そっちですか」

「そうだよ。そうじゃなきゃ、こんな後味悪い気分にならなくてすんだよ」

 俺の言葉に、マモが噴出した。

「何だよ、笑うところじゃないだろ」

「そうですね。すみません。いや、まさかお見せしたことに対して怒るとは思わなかったので」

「だってそうだろ。色んなこと思い出せて本当のことがわかったけど、純があんなことしていたなんてショックだし、でもあいつの事情を知ったら俺は責められない。あいつのこと、まだちゃんとわかってなかった」

「では、田所純のしたことについては怒っていないのですか?」

 マモは俺の心を見通すように、じっと俺を見て訊いてきた。真剣な目だった。俺はそれに応えるように、今、感じていることをそのまま話した。

「あいつは別に俺を殺そうと思ってやったわけじゃないし。こんな形で別れることになったのは悲しいけど。あいつだって後悔していたみたいだし、苦しいんだろ。もう俺は死んだけど、やっぱりあいつのことは気になるよ」

「そうですか……。なかなかいませんよ、そういうふうに言える人は」

「そうか?」

「そうです。あなたと同じような目に遭った人に真実を見せた時は、事情がどうであれ許せないと言って怒り狂っていましたよ」

「それもわかるけど。俺も知らない奴にやられていたら、そうなっていたよ。でも、純の状況を知っちまったからな」

「……なるほど。わかりました」

 そう言うと、マモはいつになく優しく微笑んだ。

「それでは、あなたを裁判室へお連れします」

「またか!」

「今回で最終判決が出ますよ」

 俺はため息をついて書庫を出た。マモについていき、裁判室の扉を開ける。

「清水弘樹をお連れ致しました」

 マモはエンマ様に告げ、俺よりも一歩後ろに身を引く。再びエンマ様の前に立ち、俺は緊張した。

 エンマ様はじっと俺を見て口を開いた。

「汝の判決を言いわたす」

 そうして、俺の魂の行く先が決まった。


 ポカポカあたたかくて、空がはれわたっている。そよ風がきもちいい。

 ぼくは、お父さんといっしょに公園をさんぽしていた。お父さんはいつも仕事でいそがしいんだけど、ひさしぶりにいっしょにいられる時間ができたから、すごくワクワクしてる。

「こんにちは」

「ああ、どうも。お隣さんですか」


 ぼくがヒラヒラとおちてくる公園のさくらの花びらをキャッチしようとしていると、お父さんはだれかにあいさつしていた。ふりかえると、そこにいたのはとなりの家のおじさんだった。ぼくはよく人見知りをするけど、このおじさんだけは、はじめて会ったときから好きな人だ。

 ぼくもおじさんにあいさつした。

「こんにちは、じゅんおじさん」

「こんにちは、ひろきくん」

 じゅんおじさんは笑ってこたえてくれた。

 まるで、むかしからずっとなかよしな人みたいに。


                               ー了ー

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