F先生の返信 K-1

   後藤 和哉様


 お手紙ありがとうございます。

 最初に、昭一様への私の助言が発端となり、お孫さんの和哉様にご心配をおかけしていることをお詫びいたします。


 今回のことで、昭一様の言動に対して和哉様が抱かれた疑問や懸念は、どれもなるほどと思うことばかりです。その中でも、昭一様が「今後、犬が小便をかけることはない」と明言されたことについて、和哉様がその根拠は何かと考えた末にたどり着かれた結論(嫌な想像)はショッキングな内容でした。

 でも安心してください。

 和哉様の心配は杞憂です。

 花を枯らしたのがアブラムシなどの害虫であったなら、ほとんどの人がためらいなく駆除するでしょう。では花を枯らしたのがアブラムシではなく犬だった場合、ほとんどの人はためらいなく犬を殺すでしょうか。もちろん殺しません。可能性はゼロではありませんが、そんなことで犬を殺す人はまずいないのです。もちろん昭一様も殺さない側の人です。これまで手紙のやり取りだけでしか昭一様のことを存じ上げない私でも、それぐらいのことはわかります。

 なのでこの点に関しては、今一度、冷静に考えていただければと思います。


 では実際には何があったのでしょうか。

 先入観を排除し、もう一度最初から考えるために、和哉様が抱かれている疑問や懸念を整理してみます。


〇夜間の防犯カメラの片隅の映像で、片脚上げのポーズや巻いた尾の状態まで確認できるのか。

〇花に小便をかけたのは野良犬なのか飼い犬なのか、飼い犬ならなぜ夜中にうろついていたのか。

〇小森裕子さんに、花に小便をかけた犬の種類や性別、さらには防犯カメラに映っていた詳細な時刻まで教える必要はあったのか。

〇何を根拠に「今後は犬が小便をかけることはないから、またプランターで花を育てても大丈夫ですよ」と言えるのか。


 これらの疑問や懸念をすっきりさせれば、和哉様の不安感は解消されるはずです。

 実を申しますと、これまでの昭一様とのやり取りから、私にはおおよその見当がついているのです。ですが、それはあくまでも「おおよそ」であり、ここでその詳細をお知らせするには推測の裏付けとなる情報が足りません。

 そこで和哉様に確認していただきたいことが二つあります。


〈確認事項 その一〉

 犬のマーキングを撮影していた防犯カメラの性能について。

 たとえば夜間に柴犬と判別できるほどの映像が残せるのか。また、小森裕子さん宅の前に置かれていたプランターは映像のどのあたりに映るのか等。

 これらのことについて、小森裕子さん宅のお向かいの家を訪ねて、夜間に撮影された映像を確認していただけないでしょうか。先方は、昭一様からの依頼で映像の確認に協力してくださった方なので、孫の和哉さんは昭一様の代理ということにして、「その後、犬は来ていないかを確認するためにもう一度だけ映像を見せてください」とお願いすれば、協力いただけるのではないかと思います。


〈確認事項 その二〉

 昭一様がお持ちの文芸誌「文芸季報」の秋号に掲載されている拙作「私のシロちゃん」に登場する老女と、小森裕子さんとの間にある共通点および相違点(家族構成を中心にできるだけくわしく)。

 昭一様からいただいた最初のお手紙に、以下のような記述がありました。

『ご近所の裕子さんは主人公の老女と同じく七十代半ばで、長男夫婦との関係があまりうまくいっていないという点も同じでした。それ以外にも主人公の老女と裕子さんの境遇には重なる部分が多くあり、裕子さんの物語として読まずにはおられませんでした』

 この文面で、曖昧な書かれ方をしている「あまりうまくいっていない」「重なる部分が多くあり」について、もう少し具体的な状況を知りたいのです。昭一様に直接聞くことができれば一番よいのでしょうが、それが難しいようであれば、他の方からの又聞き、伝聞、噂といったものでも大丈夫です。

 その他、些細なことでもかまいませんので、ご存知のことがあればお知らせください。


 確認いただきたいことは以上です。

 お手数をおかけしますが、よろしくお願いいたします。


                             F拝

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る