K君から 1通目

 F先生、はじめまして。

 ぼくは後藤昭一の孫で、後藤和哉といいます。


 祖父がF先生にファンレターを出したと知って驚き、しばらくしてF先生から直筆の返事が届いたと聞いてあ然としてしまいました。

 おそらくこれまで一度もミステリーなんか読んだことのない祖父が、現役のミステリー作家さんと手紙をやり取りしているなんてシュールすぎます。それになんだかズルいと思ってしまいました。


 祖父はぼくにF先生のことやミステリーのことをあれこれ聞いてくるのですが、少しピントのずれた質問が多く、この調子だとF先生に変なこと書くんじゃないかと心配になって、祖父が出す手紙は、二通目から事前に目を通すようになりました。またF先生からの返信も全部読ませていただいています。

 祖父の手紙の内容は、思っていたよりもちゃんとしていて、F先生とのやりとりにちぐはぐな感じはなく、これなら大丈夫だなと安心していました。

 ですが、祖父の書いた一番最近の手紙がちょっと気になり、祖父の行動にもなにやら不自然なものを感じたので、F先生に相談させていただこうと思ってこの手紙を書いています。


 これまでの祖父からの手紙で、F先生もなんとなく察しておられるのではないかと思うのですが、祖父は小森裕子さんに気があるようです。母はあまり良くは思っていないみたいですが、二人とも今は独り身なので、別にいいんじゃないかなとぼくは思っています。すべてに枯れてしまって老け込むよりはずっといいです。小森裕子さんへのそういう想いもあり、今回の立ちション騒動を知ったときの祖父の怒りようは相当なものでした。

 祖父が書いていたように、小森裕子さんが大切に育てていたパンジーが全部枯れてしまったというのは本当で、プランターの土を嗅いでみると尿の臭いがしたというのもその通りです。手紙には書いていませんでしたが、プランターの土は小森裕子さんの家の庭に捨てられており、祖父はわざわざその臭いを嗅ぎに行って確かめています。その後F先生からアドバイスをいただき、小森裕子さん宅のお向かいの家を訪ね、事情を話して防犯カメラの映像を確認させてもらっています。


 問題はここから先です。

 防犯カメラの映像にはプランターに小便ををかける犬が映っていたと祖父は言っています。

 ぼくはその映像を見ていませんが、犬が映っていたというのはたぶん本当でしょう。F先生の「酔っ払いの立ち小便ではないか」という推測にはとても説得力がありました。それをくつがえすような「犬」という発想を、祖父がゼロから思いつくのは無理だと思うからです。

 なので祖父は防犯カメラの映像でたぶん犬を見ています。ですが見えすぎているとも思うのです。

 片脚上げのポーズでおしっこをしていたのでオス。

 しっぽががくるっと巻いていたので柴犬。

 どちらもそれらしい説明ですが、夜間の防犯カメラの片隅の映像で本当にそこまで詳しく確認できるものでしょうか。

 さらに疑問に思うのは、うちの近所でこれまで一度も野良犬を見たことがないし、野良犬がいるという噂を聞いたこともないということです。映っていたのが野良犬ではなく飼い犬だとするなら、どこの犬なのか、なぜ夜中にうろついていたのかということが気にかかります。

 疑問に思うことはまだあります。小森裕子さんに、おしっこをかけた犬の種類や性別、さらにはカメラに映っていた時刻まで教える必要はあったのかということです。別に教えても問題はないと思いますが、やけにくわしく伝えたんだなと思ったのです。


 そしてこれが一番気になることなのですが、今日、祖父はまた小森裕子さんを訪ね、「今後は犬が小便をかけることはないから、またプランターで花を育てても大丈夫ですよ」と言ったそうなのです。

 何を根拠にそんなことが言えるのでしょうか。

 たんなる気休めでしょうか。

 それとも祖父は何かの手を打ったのでしょうか。

 あれこれと考える中で、ぼくはとても嫌な想像をしてしまいました。

 祖父は、小森裕子さんが大切に育てていた花を枯らしてしまった犬のことが許せなかった。防犯カメラの映像をヒントにして執念で犬を探し出し、もう二度と悪さができないように殺してしまった。

 まさかとは思います。でも、そのまさかを考えてしまうのです。


 F先生、ぼくの心配は杞憂というやつでしょうか。

 それともあり得る可能性の一つでしょうか。

 祖父は今、とても上機嫌です。これほどまでにおだやかな表情で毎日を過ごす祖父を見るのは初めてです。

 ぼくは何をするべきでしょうか。

 それとも何もしないままでいる方がよいのでしょうか。

 どうかアドバイスをお願いします。

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