F先生の返信 Sー2

   後藤 昭一様


 お手紙ありがとうございます。

 先の返信では、小説における「謎」の役割について熱く語りすぎてしまい、呆れられてしまったのではないかと心配しておりました。ですが後藤様にほどよく受け止めていただき、私の言いたかったことが伝わったようで安心いたしました。


 さて、ここからは後藤様からのご依頼の件です。

 まずはとんでもない災難に遭われた裕子さんにお見舞いを申し上げます。それにしても大切に育てていた花に立ち小便とは――お話をうかがっただけでも身の毛がよだちます。後藤様が憤りを覚えられ、犯人に謝罪させたいと思われるのも無理はありません。私がお役に立てるかどうかはわかりませんが、できうる範囲で協力させていただきたいと思います。


 今後やるべきことについてご提案させていただく前に、いくつか確認をさせてください。

 裕子さんが、プランターの花が枯れたのは立ち小便のせいだと思われた理由の一つは、尿の臭いがしたからだろうと思われます。ただし、プランターが屋内やベランダ等に置かれていた場合、尿臭がしたとしても立ち小便と結びつけることはありません。つまりプランターが置かれていたのは、見知らぬ他人に立ち小便されてもおかしくないような場所、たとえば敷地と道路の境界あたりではありませんか。


(ここから先は、プランターの置き場所に関する推測が正しいという前提で書きます。この推測が間違っている場合は、プランターが置かれていた場所をあらためてお知らせください)


 私はパンジーの栽培方法や特性について詳しくはは知らないので、断言はできませんが、おそらく一度きりの立ち小便で全滅することはないと思われます。つまり、プランターへの立ち小便は何度も繰り返し行われたと考えるのが妥当でしょう。

 しかしながら現在の日本では、山の中でもない限り、立ち小便などできません。何かの事情でトイレが見つからず、切羽詰まったあげくに仕方なくという状況であればやってしまうかもしれませんが、仮にそういった場合でも一度きりのことで、花が枯れてしまうまで何度もくり返すことはないでしょう。それにわざわざプランターを狙いはしません。

 ではどういう状況であれば、花が枯れるまで立ち小便が行われるのか。

 時間帯としては夜でしょう。人目にもつきにくいですし、仮に見られても暗がりの中での行為は誤魔化しがききます。


 次にどういう人物の仕業かを考えます。

 一つは、裕子さんに恨みを持つ者です。つまりは嫌がらせです。このケースはやや深刻です。嫌がらせはエスカレートする可能性があります。そういう兆候が少しでも見えた場合は、警察に相談することをお勧めします。

 もう一つ考えられるのは、しらふではない人物――酔っ払いです。

 先のお手紙で、後藤様には「へっぽこ探偵vs擬態人間」を駅前の書店にて購入いただいたとありました。書店があるような駅前ということは、そこそこ賑わっており、居酒屋などもあるのではないでしょうか。そこで飲んだ人物なのか、あるいは終電で帰ってきた酔客かはわかりませんが、駅前から家に帰る途中に裕子さんの家があり、ちょうどそのあたりで尿意をもよおし――というパターンです。このケースでは、犯人は一人だけでなく、複数の人物という可能性もあります。


 さて、いかがでしょうか。私としては酔っ払いの立ち小便という可能性が高いと考えるのですが、裕子さんのご自宅は、駅前から続くメイン通りに面していたりするでしょうか。

 ここまでの私の推測が的外れで、裕子さんのご自宅が全く違うロケーションにあるなら、その詳細をお知らせください。もしも裕子さんのご自宅の前を、酔っ払いが往来してもおかしくはないというロケーションである場合は次にお進みください。


 いよいよ犯人の割り出しです。

 裕子さん宅に対して、道路を挟んだお向かいにある家――正面が理想的ですがその両隣も一応候補に入れましょう――に防犯カメラが設置されていないでしょうか。

 もうおわかりですね。防犯カメラが設置されていれば道路を挟んだ向かいの家――裕子さん宅までが映っている可能性があります。事情をお話しして、録画されている過去の映像を確認させていただくのです。映像の確認ができた場合はその結果をお知らせください。防犯カメラの設置がなければ別な手を考えましょう。

 今、私からご提案できるのは以上です。

                             F拝

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