S氏から 2通目
拝啓
F様、ご丁寧な返信をいただきありがとうございます。私の拙い感想がF様のお仕事に少しでもお役に立てたのであれば幸いであります。
ミステリー小説といえば殺人事件の犯人当てというイメージしか持っていなかったのですが、F様からのお手紙を読み、「謎」がミステリー小説の肝であることを得心いたしました。さらには日常生活の中でふと感じるような疑問でさえ、ミステリー作家の手にかかれば立派な「謎」になるということを知り、これまであまり縁のなかったミステリー小説に俄然興味が湧いた次第であります。
高校生の孫に、F様のミステリー小説を読むなら最初は何が良いだろうかと尋ねたところ、「へっぽこ探偵vs擬態人間」を強く勧めてきました。さっそく駅前の書店に出向き、店頭にはなかったため取り寄せを依頼し、三日前に到着。それから丸二日をかけて昨日読み終えました。
コミカルなタイトルからは想像もつかない重厚な内容でした。擬態という現象(?)にこのような意味があったとは知らず、これまで気にも留めていなかった身の回りのあれこれについて、あらためて考えるきっかけとなりました。くわしい感想はまた後日、別便にて送らせていただきます。
それにしましても、F様の頭の中はどのような仕組みになっているのかと、感心するやら呆れるやら。ちょっと頼りない探偵の藤松君は、一見ぼんやりしているようではありますが、普通の人が気づかない些細なことに疑問を持ち、そこから事件の真相にまでたどり着くのですからたいしたものです。そんな藤松君の活躍を思いつかれるるF先生は、現実の事件もたちどころに解明してしまうのではないかと愚考いたしました。
ここであらためましてF様にご相談があります。
数日前のことになるのですが、裕子さんが大切に育てているプランターの花が枯れてしまうという出来事がありました。裕子さんの話によれば、その花はパンジーだったそうで、プランターいっぱいに咲きそろった直後、急に萎れだして、最後には全部が茶色くなり枯れてしまったのだそうです。
花も生き物なのだから枯れることもあるだろう。私はさほど深刻にはとらえずにいたのですが、どうやら誰かが花に小便をかけていたらしいと聞き、なんとひどいことをするやつがいるものよと血圧が一気に上がってしまいました。裕子さんには警察に相談してはどうかと提案しましたが、そんなに大げさなことではありませんからとおっしゃいます。
ですが裕子さんにとってプランターの花は、老女のかわいがっていたシロちゃんと同じくらい大切な存在なのであります。そのことをよく知っているだけに、私は小便をかけた犯人をつきとめて裕子さんに謝罪させたいのです。ですが私には何からどう手をつけて良いものやら見当がつきません。
そこでF様にご助言をいただきたいのです。
立ち小便犯を突き止めるために私にできることは何かありませんでしょうか。もちろん、小説の中の事件を解決することとはまったくの別物であることは重々承知しております。私自身、藤松君のような行動力も持ち合わせておりませんし、助っ人のシンちゃんもいません。ただ、このまま何もせずにいるのはどうにも落ちつかないのです。何かをやってみて、それで駄目ならあきらめます。でもその何かが何なのかがわかりません。
どうかアドバイスを賜りますようよろしくお願いいたします。
敬具
後藤昭一拝
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