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   松島 璃子様


「へっぽこ探偵vs地獄のマジシャン」への感想、ありがとうございました。

 お手紙の文面から察するに、美女真っ二つの場面はいろいろな角度から楽しんでいただけたようですが、中学二年生の松島様にとっては、少々刺激が強かったのではないでしょうか。なにせ血液ぶしゃーとか小腸びろびろとか、悪趣味な描写てんこ盛りにしてしまいましたから。また世間的には評判の悪いラストの真相開示も、松島様的には許容範囲内だったようですね。心の広い読者はとてもありがたい存在です。あらためまして、ありがとうございます。

 ちなみにミスディレクションと叙述トリック(と書いて、じょじゅつトリックと読みます)は本来別物ですが、今作では両者が表裏一体となった構成となってますので、同じことを指していると考えていただいて問題ないと思います。ただし、本当のところはどうなのかは、「最悪の叙述トリックだあ」と叫ばれたお父さまに直接確かめてください。


 タイトルの「へっぽこ探偵vs地獄のマジシャン」については、お父さまから「ランポとナスさんのコラボ」という鋭い指摘をいただきました。結論から申し上げますと、ランポ的であったりナスさん的であったりという受けとられ方は、著者として全く意識していなかったのですが、言われてみればなるほどとうなずくばかりです。

 差し出がましいとは思いますが、お父さまに代わって少し説明をさせていただくと、ランポというのは大正から昭和期にかけてたくさんの推理小説を書いた江戸川乱歩という作家のことです。ナスさんは、お父さまの口から出された「ズッコケ」というキーワードから判断するに、ズッコケ三人組シリーズの作者である那須正幹氏のことでしょう。

 ここで松島様は、どちらも小説家なのに、江戸川乱歩はなぜ乱歩と呼び捨てで、那須正幹氏は那須さんとさん付けにするのだろうと疑問に思われたのではありませんか? 思わなかったかもしれませんが、私がその点について説明したいのでおつきあいください。


 お父さまに限らず世の人々の多くが乱歩と呼び捨てにするのは、江戸川乱歩が故人であり、さらには歴史上の人物と言っても良いほどの偉大な存在であることがその理由としてあげられましょう。たとえば信長、秀吉、家康などを例とすれば納得いただけると思います。

 那須さんの場合は、お父さまの読書歴が影響を与えているのではないかと推測いたします。そもそも本をあまり読まない人は、作家の名前などほとんど知りません。特に最近の作家についてはそれはもう驚くほどに知らないのです。一方で、本をよく読む人は多くの作家の名前をご存知で、その中でも好きな作家のことはいつしか他人とは思えなくなり、学生時代の先輩に対するのと同じような感覚で「さん」付けで呼ぶ方が結構おられます。ちなみに私の娘はスピッツのファンで、ボーカルの方のことを草野さんと呼びます。(マサムネと呼び捨てにするファンの方もいるようですが、娘的にはそれは違うのだそうです)


 以上のことから、松島様のお父さまはかなりの読書家であると推察いたしました。ズッコケ三人組シリーズは児童書ですから、おそらく小学生の頃に相当読み込まれたのではないでしょうか。また江戸川乱歩を「乱歩」と呼ばれているあたりに、結構なミステリファンであることがうかがえます。年代的にはおそらく私よりも一回り下の世代でしょうか。


 前置きが長くなりました。ここからが本題です。

 あとがきの呼びかけに応じて報告していただいた「無言の心理テスト」は、とても不思議かつ魅力的なエピソードだと思います。大いに興味を引かれました。ですが今回報告いただいた内容だけでは、心理テストの具体的な進め方やがよくわかりませんでした。

 その心理テストでは、いくつかの単語が次々に読み上げられていくということでしたが、参加者の中にストップウォッチで時間を計測している人はいなかったでしょうか。と申しますのも、乱歩の初期の作品に「心理試験」という短編があり、その話の中で、ある殺人事件の容疑者が犯人かどうかを判定するために心理試験が行われるのです。その心理試験というのが、いくつもの単語を容疑者に聞かせ、その単語から連想する別な単語を答えさせるというものなのです。このとき、容疑者が単語を口にするまで時間を測定し、その反応速度の違いから容疑者の心理状態を探ろうとする探偵と、その裏をかいてやろうという犯人との駆け引きが読みどころとなっています。

 これ以上の説明はネタバレになってしまいますので控えますが、お友達のK君が友人たちに対して行っていたという心理テストの内容が、全部ではないものの、乱歩の心理試験と似通っているように思われて、とても気になっています。


 今後またK君の心理テストに接する機会がありましたら、読み上げられる単語はどのようなものなのか、聞き取れたK君の説明のうち、「今聞いた単語から連想する単語をどうのこうの」の「どうのこうの」の部分はどんな内容なのかを確認して、追加の情報として報告をいただければ幸いです。


 長々とまとまりのないお手紙になってしまい申しわけありません。

 ここ最近、高熱が出る風邪がはやっているようです。ご自愛ください。


                             F拝

 心やさしい読者様

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