読者から 7通目

 F先生、こんにちは。

 録音テープのトリックの解明を読ませていただきました。よくこんなことを思いつかれましたね。ミステリー作家ってすごいなあ。

 細かな点で多少の違いはあるかもしれませんが、たぶん、F先生の推測された方法が正解なのでしょう。冷静に考えれば、三十五年も前に録音された音声と違和感なく会話したというのはあり得ないことですから。

 念のため、ミス研の先輩方にお願いして、ラジカセ、カセットテープ、ワイヤレスマイクなどを調達し、F先生の説明通りのことが実行できるかどうかを試してみました。結果は良好で、ミユキ様との会話の場面と、一人分だけの音声が録音されたカセットテープが、ほぼそのまま再現できました。

 ただ、こうしてタネと仕掛けがわかったことで、新たに生まれた疑問があります。

 ミユキ様やAは、何のために、こんな手の込んだことをして私をだましたのでしょう。

 ちなみに、やりとりそのものの目的は『太田様とお話がしたかったのです。それだけです』と告げられています。そのお話の中で、ミユキ様が私に伝えたかったのは以下の部分だと思います。


『あのときいっくんが親切にしてくれたこと、あのときの私の気持ち、あのとき過ごした時間、すべてが私の宝物になりました。なのに、あのときありがとうを言えなくてごめんなさい。だから今伝えます。いっくん、本当にありがとう』


 あらためて言うまでもありませんが、いっくんは私ではありません。この直前に語られた麦わら帽子のエピソードを含め、今も何のことなのかはわかりません。ですが、その切実な口調から、重要なメッセージであることは間違いないと思います。

 また、こちらの理由も不明ですが、ミユキ様は私と直接コンタクトを取ることができない状況だったため、あやしげな占い師がいるという噂を広めて、私を呼びよせたのだと言っています。ミス研の先輩の話しぶりからの想像ですが、噂を広める段階でも、私のときと同様に「三十五年前に録音した音声で会話をする占い師」という演出でやりとりがあったのでしょう。でも、それはまあ理解できます。先輩やその前の誰かに対しては、「怪しげな占い師の噂を広めるため」という目的がありますから。

 ですが、私を呼び寄せるという目的を達してからも、同じ演出でメッセージを伝える必要性はあったのでしょうか。直接顔を合わせたくない、もしくは合わせられないという理由があるためにワイヤレスマイクを使って話をしたというのであれば納得できますが、会話のための音声が三十五年前に録音されていたものだったという設定は不要だと思うのです。

 駄目押しは、最後の宛先不明かつ意味不明のメッセージです。

 いっくんって誰でしょう。なぜ私に言うのでしょう。

 私はただただ混乱するばかりです。今もとまどっています。何もかもが変なのです。

 そして思うのです。

 結局のところ、Aの説明に嘘はなかったのではないか。つまり、ミユキ様は本当に三十五年後の緻密な未来予知を行い、事前にカセットテープに自分の言葉を録音し、この世を去ったのではないかと。


 F先生によるトリックの解明には説得力がありましたし、実際に再現もできました。ですが、「この方法で可能」だからといって「この方法で行われた」と断言することまではできないと思うのです。

 最後に失礼なことを書いてしまいましたが、これが私の、今現在の偽らざる心境です。


                     K大学ミステリー研究会 太田俊哉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る