師走 クリスマスローズ
「なあ、おまえ。記憶戻ってたのか?」
「ううん。ただ。あんたを見た時に。なんか。恥ずかしくなった。理由を今は思い出せる。あんたは?なんで私に花を手渡そうとしたのか、思い出せたの?」
「あれから何年かしてイチゴの実が大量になって。おふくろはおふくろでイチゴのお菓子を作って礼をするから、あんたはあんたでお礼しときなさいよっておふくろに言われて。まあ、しゃーねーなって。ふっと浮かんだのが花で。どうせなら両手で抱えるくらいの花束でも手渡して、恥ずかしがらせてやろーって。俺自身も恥ずかしかったけどな。そんで、おまえに手渡しただろ。いろんな花がいっぱいの花束。そしたらおまえ。なんか顔真っ赤にして俺に投げつけやがって。通りすがりの小学生にフラれてやんのばーかって言われたんだぞ。誰がおまえに告るかばーか」
「こっちだっていやだわばーか。けど。投げつけたのは花たちに悪かったわ」
「俺に謝れよ」
「ごめんなさーい」
「っち。そのあと外国に行ったかと思えば、宇宙に行ったっつって。そのうち戻ってくんだろーって思ってたら、寿命迎えてたわばーか」
「ばーかばーか。悪かったわね。なんか急にわけもなく恥ずかしくなったのよ。ちょうど留学する予定だったし頭を冷やそうって思っていたら、宇宙に興味持って。正直、あんたのことすっかり忘れてたんだけど」
「こっちだって死ぬ間際にそーいえば花束を投げつけやがったばかがいたなって思い出したんだわ、死ぬ間際に」
「あー、はいはい。それですっかり忘れてたんだけど。ときどき。まれに。思い出して。受け取っとけばよかったかしらって。何度巻き戻したって、恥ずかしくって、受け取れなかったんでしょうけど。今ならまあ。もらえると思うわ。あんた、そんな姿だし」
「ホーホホーって笑ってやろうか」
「いらないわよ。名台詞もいいわ。そもそもまだクリスマスイブですらないし」
「おあつらえ向きだろ。おまえ、ふつーの日に花がほしがってたからな」
「別にほしがってないわよ。あげてもいいんじゃないって話だったでしょ」
「だからなんでもないふつーの日の今、手渡してやるよ。ほら。クリスマスローズ。白の一重咲き。花びらに見える部分は咢片で散りにくいから長く楽しめるけど、全体的に毒があるから扱う時は手袋しろってよ」
「あら。ようやく花の名前と基本情報を覚えるくらいに関心は持てるようになったのね」
「持ってねーよ。サンタクロースとして知っておくべき基本的情報なだけだ」
「ふふっ。あんたがサンタクロースねー」
「笑うな」
「私のところにもクリスマスプレゼント持って来ていいわよ。両手いっぱいに抱えるくらいの百花繚乱の花束」
「持って行かねーし」
「まあそーよねー」
「クリスマス前後は忙しーんだよ。だから暇な日になら持ってってやるよ。今まで手渡してきた花も、そーでもない花もいっぱいの花束。今度は投げつけんなよ」
「大丈夫」
「うわその顔不安しかねー」
「大丈夫よだって私も用意するから。花屋だしあんたと同じくらいの花束を」
「………うわお互いに投げつけ合う未来しか思い浮かばねー」
「大丈夫よ」
こうして動物、空想動物を経てサンタクロースに生まれ変わった俺は、記憶を取り戻して今は花屋の彼女と再会を果たして、はなむけでも何でもない、しいて言うのならイチゴの礼として、最終的には恥ずかしがらせてやろうという目的を持った花束を手渡すという決意も果たせそうなのだが。
無事にお互いに手渡すことができたかどうかは。
銀花だけが知っている。
「「おらあうけとれー!」」
(2021.12.17)
居待月跋渉の旅に赴く黒天 藤泉都理 @fujitori
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます