美奈子ちゃんの憂鬱 銃と妹と小姑と

綿屋伊織

第1話

■某月2日(木) 朝 明光学園正門前

 「やっほぉ!み・な・せ!」

 パッコーン!

 カワイイ声と同時に、いい音が周囲に響く。

 水瀬が後頭部を叩かれた音だ。

 振り返った水瀬の目の前には、バツが悪そうな顔の女の子がいた。

 「ヒドイよ萌子ちゃん。痛いよぉ」

 「ごっめーん。肩叩こうとしたんだけど、思いっきり低かったから」

 学生鞄を後ろに隠しながらいたずらっぽく片手で謝る女の子は、中等部の制服を着ていた。

 腰まで伸ばした黒髪にクリッとした愛らしい眼―――将来、かなりの美人になるだろう。

 「今の、手?」

 「そうよ?やわらかかったでしょ?」しれっと答える女の子。

 「思いっきり硬かったけど」

 「気のせいよ」

 「―――もうっ。人を叩くなんていけません」

 「はいはい。それよりね?例の件、どうなったの?」

 「あっ。あれ?あのね?」

 一緒に校門向け歩き続ける二人。

 制服が同じだったら、仲のいい同級生で通るだろう。

 それほど、あまりに親密すぎた。

 少し離れた場所で、その光景を見ていたのは、綾乃と美奈子だった。

 




 ■某月3日(金)明光学園校内 昼休み

 「おい水瀬」

 「あ、品田君。どうしたの?」

 「姫のお召しだぜ」

 「?」

 「萌子ちゃんや。中庭で待ってるとさ」

 「ああ。ありがとう」

 席を立って教室を出て行く水瀬の姿を見送ったのはやはり綾乃と美奈子。

 「品田君?」

 「はいな」綾乃に呼ばれ、品田はすぐに飛んでいく。

 「さっきの、「姫」って、誰のことです?」

 「あれ?綾乃ちゃんなら知っているやろ?加納萌子ちゃん」

 「?」

 「先月、中等部からデビューの可能性って、雑誌に取り上げられた、あの子や」

 「―――あっ」

 「そ。“ポスト瀬戸綾乃”って言われたあの子や」

 「それが、なんで「姫」って?」

 「ほら桜井、春の葉月祭りでさ。武者行列あるやろ?あそこで十二単着たんや。あの子。ま、その時のヒロインなお姫様役が木村香奈。知ってるやろ」

 「あの、アイドルの?」

 「そ、あの子よりも美人ってことで、取材のカメラが木村の撮影おざなりにしたって位、似合っていたらしくてな?で、それ以来、あだ名が「姫」や」

 「その子が、何で水瀬君と?」

 「そんなん、ワイが知るかいな」

 

 ちらりと互いに目配せした二人が教室を出て行ったのは、それからすぐのことだった。

 



 ■瀬戸綾乃の日記より

 結局、二人がどんな事を話していたのか知ることは出来ませんでした。

 ただ、なんだか親しげな態度がムカつきます。

 あの萌子とかいう泥棒猫、いつか天誅を喰らわせてやります。


 



 ■桜井美奈子の日記より

 加納萌子

 加納?

 気になったから、品田君に確認してみた。

 やっぱりそうだ。

 狩野グループの子だ。

 この葉月を根拠地として、近衛兵団の関連の一切を手がけるといってもいい複合企業。

 その元締めが加納家。

 近衛兵団を除けば、加納グループ関連企業への従業員とその家族だけで全人口の9割近いという葉月のこと。

 加納に刃向かって葉月で生きていけない。

 綾乃ちゃんが心配。

 



 ■某月6日(月)明光学園図書館 昼休み

 「あ、水瀬!」

 席に座って本を読んでいた水瀬の横に、萌子が座った。

 「あ、萌子ちゃん。昨日はお疲れ様」

 「こっちこそ、ありがとうね。とっても楽しかった。でも、やっぱり長いのがいいけどさ、大きいからキツかったわ。反動が押さえられなくてさ。だから、今度はもう少しソフトなのがいい。天気が良ければ部屋の中より外の方がいいし」

 「……萌子ちゃんも好きだよね」

 

 

 「どうです?」

 少し離れた所で、集音マイクを使っているのは未亜。その後ろには綾乃と美奈子がいた。

 図書館で何をやっているか、二人の放つ異様なオーラを恐れ、誰も確かめることができずにいた。

 「うーん。やっぱり調子が悪いっていうか、何かノイズがヒドイんだよね。水瀬君にこういうの使うと」

 「?」

 「誰かと話していてさ。肝心なところがノイズで消えるんだ。いつも」

 「これは、それほど大切じゃないと?」

 「多分ね―――ええっと、何々?」

 どうやっても、ノイズがひどくてどこか肝心な所が聞き取りづらい。


 『来週は―――長いのが―――大きいからキツかった―――もう少しソフトなのがいい。天気が良ければ部屋の中より外の方が』

 『萌子ちゃんも好きだよね』


 「長いの?大きい?外?好き?」

 何故か、キーワードばかりに意識が行った未亜が会話を解釈する。

 「えっと、○○○○○○が長くて太くて、アの時きつかった―――萌子ちゃんも中学生だもんね。だから、もっと優しくしてほしい。プレイの場所はお外がいい……にゃあ。萌子ちゃん、あんな年で進んでるぅ」



 

 ■桜井美奈子の日記より

 未亜の言葉を、最初は理解できなかった。

 ううん。理解したくなかった。

 そりゃ、ちょっと進みすぎじゃない?

 高校生なんだし、いくら何でも中学生はないと思う。

 でも、そういうことなの?

 もし、相手が欲しいなら、言ってくれればいいのに。

 瀬戸さんより私の方がスタイルいいんだし……わ、私、何言ってるの!?

 



 ■瀬戸綾乃の日記より

 もう決めました。

 この泥棒猫も水瀬君も、処刑します。

 そのためにも、今は証拠固めが必要です。

 未亜ちゃんにお願いしましょう。

 嫌な顔してましたので、札束でビンタしてあげました。

 とても喜んで引き受けてくれました。

 

 



 ■某月8日(水)明光学園食堂

 水瀬と萌子が親しげに食事をとる姿を、周囲の生徒達は憎悪をもって見守っていた。

 中等部で「姫」の異名をとる萌子。

 そして、その相手は相手は瀬戸綾乃の婚約者にして、公の場でキスシーンまでやってのけた水瀬。

 しかも、萌子も水瀬も、互いについては「親しい関係」というニュアンス以上に答えようとしないことが、様々な憶測を生んでいた。

 そして、今や水瀬の評価は、「学園のスケコマシ」こと北条瞬を下回る程の下落ぶりを見せていた。

 

 最も面白くない思いをしていたのは、当然、綾乃だった。


 二人が食事をしながら、熱心に何かを眼にしている。

 そこへ―――

 「悠理君」

 愛らしい。いいたいが、どこか恐い声の綾乃が、水瀬の横に座る。

 何故か、座った途端、水瀬の顔が苦痛に歪んだ。

 「何のお話、してるんですか?」

 「え?あ、瀬戸先輩。これですこれ」

 萌子が綾乃の前に広げたのは、一冊の雑誌。

 「?」

 よく見ると、兵隊の格好をしたモデルが銃を構えている。

 「これ、ズリズリー社の50口径。すごいんですよぉ?撃てば反動で肩の骨折れたかもって思えますよ?で、これが―――」

 「悠理君」

 熱心に銃について説明する萌子に気づかれないように、綾乃はこっそり水瀬の耳にささやいた。

 「これ、何ですか?」

 「その前に足どけて……痛い」

 「あ、ごめんさい」

 さっきから足を踏みっぱなしの綾乃は、素知らぬ顔で言うとおりにした。

 「あのね?萌子ちゃん、銃が趣味でね?で、こういうのについても詳しいわけ」

 「水瀬君がどうしてそれに付き合っているんです?」

 「うーん……いろいろ」

 ガンッ

 鈍い音がして、水瀬の顔が蒼白になる。

 「何故です?」

 「足どけて……痛い」

 「しゃべったらどけてあげます」

 「あ、あのね……耳、貸して」

 「?」

 綾乃が水瀬の顔に耳を近づけた途端、

 ペロッ

 「きゃっ!?」

 バキィッ!!

 水瀬が突然、綾乃の耳をなめた。

 何故、水瀬がそんなマネをしたのかはわからない。

 ただ、、それに驚いた綾乃が問答無用で水瀬を殴りつけ、水瀬が保健室へ担ぎ込まれたことだけは事実として残った。




 ■某月8日(水)明光学園高等部保健室

 「あの……」

 「先輩、話には聞いていましたけど、これはないんじゃないですか?」

 怒った萌子の前で、綾乃は小さくなっていた。

 水瀬は二人の目の前でベットに横たわっている。

 「そりゃ、いきなり耳をなめられたら、驚くのは当然です」

 「はぁ……」

 「でも、ここまですることないんじゃないですか?」

 「はぁ……」

 気まずい沈黙が保健室を流れる。

 「失礼します」

 そこへ入ってきたのは、美奈子だった。

 「あっ、あの……水瀬君が倒れたって」

 「殴られたんです!」

 顔を真っ赤にして怒る萌子。

 「あ、あの……萌子ちゃん?」

 萌子の大声でようやく目を覚ましたらしい水瀬が、起きあがりながら萌子を止めた。

 「だ、大丈夫。この位……」

 「どこが!?」

 萌子の怒りはそれでも収まりそうにない。

 「聞いてはいるよ?瀬戸先輩に何度も殺されかかったとか、瀬戸先輩のせいで将来が危なくなっているとか、水瀬の死因には瀬戸先輩の名前が書かれるはずだとか」

 「そ、そこまで……」

 「この清純風武闘派アイドルの暴挙を語る上ではまだ手ぬるいくらいです!」

 「萌子ちゃん!」

 「水瀬は黙ってて!」

 「ひっ、ヒドイ……酷すぎる……」

 「あ、あのね?加納さん?」

 涙に暮れる綾乃を慰めつつ、美奈子は、あえてストレートに聞いた。

 「あの、二人って、どういう関係なの?」

 「……」

 綾乃と美奈子、二人をじっと見比べた萌子は言った。


 「腹違いの兄妹です」


 「エ゛ッ!?Σ(OдO∥」(×2)

 「き、兄妹?い、今時、そんな使い古しのネタ……だっ、だって水瀬君……」

 「言ったじゃないですか。腹違いって」

 「あ、ああ……」

 あまりのことにパニックになっている頭を励起しつつ、なんとか理解に努める美奈子がさらに聞いた。

 「じ、じゃあ、あの……この前の図書館での会話って、近――」

 「え?……ああ、日曜日にお父さんにお願いして、自動小銃の射撃やったことですか?」

 「射撃?」

 「ええ。38式とか、50キャリパーとか、撃ち放題で。長モノ(ライフル)って、やっぱり反動が強くて困りました。その時、水瀬が監視と指導役で入ってくれて」

 「あの……外ってのは」

 「屋内射撃場、音の反響がすごくてイヤなんですよね。屋外の方が楽しいし」

 思い出したように萌子は言った。

 「でも、水瀬、最近ちょっとエッチなんですよ?銃の反動で転びそうになった時、胸鷲掴みにするし、姿勢が正しくないって、体中触ってくるし―――」

 水瀬が、綾乃により再度ベットに昏倒させられたのは、この直後のことだった。

 

 

 「瀬戸先輩!何で女の子がここまでやるんですか!?」

 「信じられない!こんな暴力的な女の子がいるなんて!」

 「やっぱり、桜井先輩の方が絶対お似合いです!」

 「先輩、水瀬との交際を諦めて下さい!」

 ことある毎にその口から飛び出す綾乃への抗議。

 将来の義理の妹からの抗議は、常に正しく、そして、綾乃にとって反論出来るものではなく――。




 ■瀬戸綾乃の日記より

 もうダメです。

 ストレスでお肌も髪もダメになりそうです。

 義理の妹と分かり合うのが、こんなに辛いことだなんて、知りませんでした。

 やっぱり、あの人に相談させていただきましょう……。




 加納萌子――。

 戸籍上の水瀬萌子―――。


 その登場は、綾乃にとって、恐るべき小姑との軋轢の誕生を意味していた。


 綾乃が突如テレビ番組の占い人生相談に登場し、小姑との泥沼の関係という、関係者どころか視聴者までを青くさせたほどの相談内容の濃さで話題になったのは、それから一ヶ月もしないうちの出来事だったという。

 

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美奈子ちゃんの憂鬱 銃と妹と小姑と 綿屋伊織 @iori-wataya

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