財布を忘れた…、昼はどうする

@J2130

第1話

「あ…、財布忘れた…」


 定期さえあれば会社に行け、パスケースに挟んだ社員証さえあればビルに入れ、パスワードさえ思い出せれば自部署のシステム室に入れるのでいいのだけれど、昼に何か食べに行こうと思いバッグの中を探るとない。

 今日は軽く蕎麦でも食べようと思っていたのに。


 昨日の夜か…、カードか何か出して調べたから、そのあとバッグに戻し忘れたんだね…。


 こんなこともあるんだな。


 一食ぐらい抜いてもいいけれどさ、忘れたことが情けない。

 僕は本屋でも行こうと会社を出た。


 だけど何かひっかかる。金目のものを財布以外で見たな。

 ああ、宝くじだ、ジャンボ宝くじだ。

 おお、そうだ、10枚買ったから、絶対に一等なんて当たってないし、そうだ、300円になるぞ。

 300円あれば、コンビニでおにぎり買えるじゃんね。


 こんなこともあるんだ…。


 僕は会社に引き返した。


 システム手帳に挟んであった宝くじを持つ。

 駅前にあったね、宝くじ売り場。


 へへ、財布忘れたって大丈夫。

 あった、あった、宝くじ売り場だ。


 なぜかシャッターが閉まっている。


 何か貼りだしてあるぞ。

 え…、どうしたの…。

 ほんの前まであったよね。

 なんでこんな時に、僕が財布を忘れた時に閉店になったんだよ。


 そのシャッターに貼ってある白い紙には、手書きで…、そう手書きでこんなことが書いてあった。


「12時から13時まで休憩時間となっています」


 僕の休憩時間はどうなるの…。

 ねえ、昼に宝くじ買いたい人、換金したい人は…、ねえ。

 換金したお金でささやかな昼食を食べようとした人はどうなるのさ…。


 こんなことがあるのかよ…。


 シャッターを前にして僕は茫然とした。

 仕方ないね、本屋に歩き始めた。


 あ…、駅の向こう側にみずほ銀行さんあったよな…。

 駅の向こうだけど…。

 向こう側だけどさ。

 ちょっと距離あるけれど。


 変なスイッチが入り、変な気持ちが立ち上がってきた。

「そうだよ、こんなことでめげてどうするのさ!」

「今まで、もっと大変な修羅場を乗り越えてきたじゃないか!」

「大きな山を乗り越えて、広い川を渡ってきたじゃないか!」

「つらいこと、難しいこともやりとげてきたじゃないか!」

「苦しいこと、悲しいこともあったじゃないか!」

「好きな女の子に振られたって、上司に怒られたって、こうやって頑張って生きてきたじゃないか!」


 なんか燃えてきた。

 

「絶対換金して昼食食べてやる!」

 僕は本屋を前にして、引き返し駅に向かった。


 ミスタードーナツの先にみずほ銀行があり、宝くじ売り場が見えた。

 やったね、開いている。

 だけど人が並んでいる。ATMではなく、宝くじ売り場に並んでいるよ。


 こんなこともあるんだね。


 いいよ、僕はその列の最後に立った。

「これで換金できれば300円、何を食べようかな…」

 列がどんどん短くなる。

 ついに僕の番だ。

 一応、お姉さんと書きますが、女性にジャンボ宝くじを10枚渡す。

 お札を数えるような機械音がして、キャッシュトレイにお金がおかれ窓口に現れる。


 300円。


 と3000円…。


 うん…?

「あれ…? いいのかな…、300円じゃないんですか…?」

「3000円も当たってましたよ、よかったですね」

 お姉さんが笑顔で応えてくれた。

 やっぱりね、ここまで来てよかったよ。

 お姉さんに調べてもらってよかったよ…。


 こんなこともあるんだな。


 3300円。

 何を食べようか…。

 ラーメンだってなんだって食べることができるよ。

 ステーキ屋でハンバーグにするか? 王将に行って定食を食べるか? 蕎麦屋に行って天丼か…?。かつ屋に行ってトンカツ定食か…?

 どうしようか…。

 へへ…、どうしようか…。


 駅へ向かう道すがら、いろいろと考える。

 ふと腕時計を見る。

「時間ないよな…、当然だね」

 あと休憩が終わるまで20分くらいだ。

 駅からオフィスまで帰る時間を考えたら、待ち時間が長い食事はとれない。


 どうしようか…。

 

 ここしかないな…、やっぱり。

*****

 ギリギリの時間にオフィスに戻った。

「堀さ、昼から帰ってきたばかりなのに少し疲れているみたいだし、さっき本屋の近くの宝くじ売り場の前でたたずんでいただろう…」


 見られたんだね。

「はい…シャッター降りてたので、我をなくしてました…」


 僕は財布を忘れたことから始まった今日の昼休憩の一連の動きをお話した。

 みなさん、笑って聞いてくれた。

 上司が訊く。

「それで3300円で何を食べたんだ…」


 僕はパスケースを取り出しながら言った。

「定期券持っていたので…」

「ああ、社員証といっしょに持ち歩いているもんな、みんなそうしているな…」


「だから駅構内の…」

「駅構内…?」


「ええ構内のですね…」

「うん…」


「立ち食いで…」

「うん…」


「『天ぷら蕎麦』食べました」

「結局蕎麦かよ…」。


 はい、やっぱり、結局お蕎麦でした。


 昼休憩なのに、休憩というか…。

 ちょっと疲れたお話でした。


             了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

財布を忘れた…、昼はどうする @J2130

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ