第2話 いるはずのない猫

猫はしばしば現れた。

所蔵品を確認するために、細谷さんと交互に出てきている咲田さんと廊下にいる時もそうだった。

しかし。


私は気が付いた。この猫は、彼女たちには見えていない。

咲田さんは細谷さんより十近く年上の女性で、一般の会社なら定年退職をしているくらいの年のようだが、とにかく丁寧に掃除をする。

ちょっと信じられないが、この広い資料館……学校の校舎まるまる一棟を業者に委託することもなく二人で全ての清掃を行っていた。時間は当然にかかる。


その間。


猫は廊下の手すりの上で毛づくろいをすることもあり、展示ケースの上からそれを見下ろしていることもある。

欠伸をするその姿を私は遠目に見ていたが、二人にはまったく見えないようで……


そんなことがあるのだろうか。

私が何かおかしいのだろうか。


当然に、言えるわけもなく猫はまた、いない時間の方がおおいので確かめる術もなく……この奇妙な現象を傍に置いたまま、日は過ぎた。




月曜日。


大抵の公共施設は休館となる。

私の勤務日は平日なので、この日は一人で出勤だ。

二宮尊徳の像を右手に外の石階段を上がり、殴れば壊れそうな木の扉の鍵を開ける。その向こうがシャッターになっていてこれを開けると警告音が流れ出した。


ピーピーピー


そうだ、見た目は古いが最新の警備システムが入っている。どうやらこれはコウモリ一匹入り込んだところで作動する代物らしいので、猫がいれば当然反応するだろう。


では「あれ」は一体何なのか。


カードキーでシステムを解除しながら思う。今日は休館日。誰が来る予定もない。……私は玄関の扉を閉めておくことにした。


しかし、やはりといっていいものか。

その猫は現れた。


「にゃー」


悪びれもせずに、開け放たれたままの引き戸の横から、事務室にまで入って来る。

よくわからない現象なので、大分前から追いかけることはやめていたが、向こうから近づいてくるのは初めてだ。


そいつは机の影に入ったかと思うと、迂回することなく、いきなり机の上に跳び乗ってきた。


「…………………………」


パソコンに向かっていた私は手を止めてそれを見ている。猫はちょうど目の高さにいる。

……半透明とか、何かおかしいところはない気がするが……


ただ見ていると


「な~お」


手元に来てキーボードに置かれたままの私の左手に頭をこすりつけてきた。……普通の猫だ。

私はそれを、黙って撫でた。


……柔らかい、確かに猫の感触がする。


ゴロゴロと喉を鳴らしながら気持ちよさそうに頭を上げて、もっと撫でろと催促している。


仕方ないから、撫でる。

傍若無人にも猫は私の目の前、私とパソコンの画面との間をつっきって反対側に抜け、マイペースにこちらを見上げて一声鳴いてから、カーペットの上にトッと降りた。


この部屋に入るのは初めてなのか、足元をまた逆側に抜けると、ふんふんとあちこちを探検して回っている。私はしばらくそれを眺めていたが、何か悪さをするでもないので放って置くことにした。



そして。



何故だか、毎週月曜日。


私の膝の上には「いるはずのない猫」がいるようになった。

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