第2話 とある家令の切実なお願い

私の名はセバスチャン。


 ジョセフ・ハスケル辺境伯様にお仕えする家令である。


 ジョセフ様のお爺様の時代からお仕えしており、先日ジョセフ様が奥方様を連れて領地に戻られた。


 正確に言うと、拗れた家庭から保護したという方が正しいかもしれない。


 不倫の結果産まれたご令嬢。本人も、それを匿うジョセフ様にも、無期限に汚名が付き纏う。それを承知でお招きして、その上正式に籍まで入れた。


 ━━━ただの親切心や同情ではないだろう。


 それは早々に判明しました。


 可能な限り毎度の食事は必ず共にし、奥方様が出かける時にはエスコートを欠かさず、当然送り迎えはジョセフ様自らが行う。


 奥方様と過ごす時間を増やす為に、公務を効率的かつ迅速に出来る様に人事を見直し、優秀な人材を育てる為に教育機関を設立、積極的な人材登用。働き易さを追求した福利厚生の充実。


 我がハスケル領は現在、王国随一の移住したい領地ナンバーワンになっている。


 全て、奥方様を幸せにしたいと言う、ジョセフ様の愛の賜物である。


 だがジョセフ様ときたら『ミッシェルは友人』だと言って憚らない。


 もう、勘弁して下さいませ。


 ジョセフ様に蕩ける様な微笑みを向けられて赤面する奥方様。少しでも奥方様が非難されれば、どれだけ奥方様が素晴らしいか褒め讃えるジョセフ様。日々よくして貰っている、感謝の贈り物がしたいと仰った奥方様に、君が幸せでいてくれる事が最高の贈り物だと仰るジョセフ様。


 おわかりいただけただろうか?この二人、夫婦(書類上)なのである。


 ジョセフ様。お二人の様子を見守る我々の身にもなって下さいませ。糖分過多で寝込んでしまいそうです。福利厚生は、精神衛生も含まれるのですよ?


 原因は判明しております。

 叔母君ご夫婦様が原因ですね。


 前領主夫婦で、ご両親を亡くされたジョセフ様。その後見人となった叔母君ご夫婦。そのご様子を見て育ったジョセフ様。


 『ダーリン好き♡愛してる♡』チュッチュ

 『ハニー僕もだよ♡』チュッチュッチュ

 『いやん♡ちゃんと言葉にして♡』

 『愛してるよ♡世界一♡僕の女神♡』

 ブッチュウウウウウウウウウウウウウウ!


 あのお二人を見て、真面目で堅物に育ったジョセフ様には感服しますが、愛や夫婦と言う概念は大いに狂ってしまわれた。


 日々、ジョセフ様の無自覚な溺愛にお疲れな奥方様にそれをお話したら。

 『え?あの愛は常にフルスイングな二人が夫婦の基準?ジョセフ様が自覚を持ったらああなるの???』

 と、だいぶ戸惑いと混乱を見せていらした。


 お気持ちが分かり過ぎてツライ。


 ジョセフ様の愛情は、十分すぎる程十分満ち満ちている。

 ジョセフ様。愛とは熔岩流の如く流れ出て、周囲の者の精神まで火傷させるものだけではないのです。

 そこにとどまり、永遠の輝きを放つ太陽の様な、愛の形もあるのですよ。


 もういっそ、奥方様の方から告白をなされたら?と提案したら。

 『あなた私の事好きでしょ?本当の夫婦になってあげてもいいんだからね!と言えと?いやいやいやいや。相手の気持ちを確信してるとしてもイタすぎるでしょ!無理です恥死はずかし!いや、このまま無自覚な愛情を浴び続けても、恥死はずかしするんですけどね!』

 と、真っ赤になって悶絶されていた。


 その様子を見たジョセフ様が。

『俺以外の男にそんな可愛い顔をするなんて…いけないな…』

 と、危ない色香を纏いながら、奥方様を抱えて何処へ消えて行かれた。


 数時間後。奥方様はぐったりと、ジョセフ様はイイ笑顔で現れた。


 …何があったかは聞いていない。聞けない。

 でもその日からお二人の雰囲気が変わったので、ナニかあったのだろう。


 ああ、一日も早くジョセフ様に自覚を持っていただきたい。


 貴方はこの世で一番、ミッシェル・ハスケルを愛している、愛されている存在だと。


 この老いぼれの心臓がもたないので。






END

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乙女ゲームのヒロインに転生したので、ぎゃふんされる前に逃亡します 睦月 はる @Mutuki2018

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