最終話 願い
真っ暗な世界。音も光も無いそんな場所。ただふわふわと心が浮かんでいるだけのそんな空間。
俺は前に一度このような場所に来たことがある。
死後の世界。そして俺が初めて神に会った場所でもある。
そして案の定現れたのは相も変わらずブルーな色の青年。
サラサラの青い髪に水色の一枚布を体に巻いたようなひらひらした服装。
俺をスライムにした張本人。本人というか
「ひさしぶりだね。有馬健太郎。いや、スー」
そうだな。レナが5歳の時だから13年ぶりってところかな。
「君たちの時間の流れと僕たちのそれは違うから同じ感覚ではないけど、君たちにすると久しぶりだ」
ふーん? まあ神様だからな。俺たちの想像も及ばない存在なんだろう。
で、神様が現れたってことはやっぱり俺は死んでしまったんだな。
「そのとおり。君は死んだ。世界を救ってね。君がいなければあの世界は死の星となっていた。何モノも生存していない無機物だけの死の星に。
だからお礼を言わせて欲しい。本当にありがとう」
よしてくれよ。俺は別に世界を救うためにやったわけじゃない。
レナのために、レナの笑顔を守るためにやっただけだ。
「そうだとしても結果、君は世界を救った。その功績は称えられるべきだ。僕たちは君に感謝している。だから君の功績をたたえて『褒美』を与えたい。
『褒美』と言っては偉そうに聞こえるだろうが、君への感謝の気持ちを表したいんだ。Sランクグロリアへの転生、他の世界でもう一度人間に生まれ変わって英雄となってハーレムを築く、どんなことでもいい。君はそれだけのことをしてくれた」
どんなことでもいいのか? じゃあ――
いや、でも、それは……。それは……やっぱりダメだ……。
「だけど、あえてだ。あえて言わせてもらいたい。
『褒美』ではなく、僕たちは、君を僕たちの仲間に……そう、『神』にスカウトしたい」
神にスカウトだって!?
「そうだ。君の心の色と功績は神として申し分ないものだ。
僕たちは君を見ていた。君が何度も人々を救うところを見てきた。
Xランクグロリアに囚われた人を救うところを、閉ざされた浮遊大陸の子供たちを救うところを、神を廃した男の野望を
その気高い志と神の力があれば今までよりももっと多くの人々を救い、笑顔にすることができる。君も世界がそうあることを望んでいるはずだ。
だから君は先ほど提示した褒美よりも、僕たちの仲間となることを望んでくれるだろうと……今まで君を見てきた僕たちはそう思っている。
どうだろうか。神となってくれないだろうか」
神、か……。
俺の願いはほぼ達成できていて、この後やりたいこともすぐには思いつかない。目的もなく生きるのもどうかと思うし、神をやってみてもいいのかも、と思うけど……なんだろう。
すごく俺のことを持ち上げてくれるのはいいんだけど、これまでの説明だけじゃ、やりがいのある職場です、未経験者でもOK、みたいな雰囲気しか伝わってこない。それは総じてブラックな職場であって……。
働くって大変なことだ。飲み会とか上司との付き合い方とかもあるだろうし。
とりあえずはそんな訳の分からない謎の職場に就職したいとは思わないかな。
それだったらSランクのフェニックスに転生して一人静かにスローライフを送るほうがいい。
「すまなかった。僕たちの言い分ばかり聞いてもらって、ちょっと傲慢だったね。君の言うとおりだ」
神様がそう言うと、今まで真っ暗だった空間が外側に向けて光がさーっと広がっていくように、この場所の様子が明らかになっていく。
こ、これは……。
地上の楽園。そよそよと風が吹く穏やかな草原。なんかリンゴの木みたいなのから果実を直接手でもいで神たちが食べながら談笑する。そんなイメージをもっていた神たちの世界とは全く違う。
一言で言うと作戦指令室。
巨大なモニターがいくつも並んでその中にはよくわからない記号や文字が所狭しと表示され、現れては消えていく。広大ではあるが窓もない閉鎖された空間が有無を言わさない圧迫感を与えてくる。
「ようこそテッセラクトへ。僕たちは君を歓迎するよ」
テッセラクト? 神の国の名前か?
見たところここには他の神はいないようだけど、違う部屋もあるのか?
「もちろんテッセラクトはここだけじゃない。だけど皆ここにいる。君はまだ慣れていないから感知できないだけさ。さあ皆、スーに自己紹介をしよう」
いったいどんなのが出てくるんだ。ちょっとビビってる。神様ってあれだろ、変態のオランドットとか、こっちの話を聞かない神様とか、ネーミングセンスが悪い神様とか、そういうのの集まりだろ。そんな中でうまくやっていく自信はないなぁ。
「おっと、僕もまだだったね。僕はギランザギュレィ。よろしくね」
青神様の自己紹介。
そして、今まで誰もいなかった所にぼやっと人影が現れて、いくつものそれが徐々に鮮明になっていく……。
「私はセリヌディガイン。いつぞやは世話になったわね」
だぼっとした黒いローブを着た女性。聞き覚えのある名前は、さっき言ったこっちの話を聞かない神様だ。オランドットを倒すときに力を貸してもらった。
「わしはババルガンバリボーじゃ」
髭と眉毛がやたらと長いおじいちゃん。名前しか言ってくれない。
「グリギッタゼルネナンよ。あなたが言うネーミングセンスが悪い神。ウフフ」
長い髪の毛で顔の半分が隠れた女神。そうか、あんたが『くさだんご』の名付け親か!
「オレハ、ザンダリザダンデ、ヨロシク」
なんだカタコトだな……。って、お前オランドットじゃないか!
ええい、ここで会ったが百年目だ!
「落ち着きなさいスー。彼は私たちの教育で改心したのよ。だから心配いらないわ」
セリヌディガインがクスリと笑う。
怖え……。美人ではあるけど本能的な恐怖を覚える。
その後も数人の神様から挨拶があった。
全部で10神にも満たない数だった。
「僕たちは君を歓迎するよ、スー」
うーん。不安の残る職場と同僚ではあるものの、人々を助けて平和な世界を維持するという役目に比べると問題ない範囲だろう。
だから神をやってもいいんだけど……
何かが引っかかる。
新しい職場への不安か? いや違う。このモヤモヤは違う。
俺はモヤモヤの正体を探る。
俺の願いは、目標は達成できたはずなんだ。
俺はレナを立派なレディにするのが願いだった。ちょっとルートは変わったけど、その願いは叶ったと言ってもいい。
泣き虫だったレナは立派に成長し、今や人々が憧れ、尊敬する存在になった。
俺が死んでいなくなっても、レナはもう大丈夫だ。
でも根が泣き虫だからな。きっと泣いてるだろうな。
わんわん泣いて、涙が枯れるまで泣いて、それでいてまた泣いてるんだろうな。
だけど、そろそろ俺離れしてもらわないといけない。
俺がいるから、俺とべったりだったから恋バナも結婚話も進展しなかった。
俺が死んでちょうどいい機会なんだ。
悲しんでいるレナを支えてくれる人が出来て、それで一緒に幸せに暮らしてくれればいいな。
でも大丈夫なんだろうか。
変な男に騙されたりしないだろうか。悲しんでいる時はコロッといってしまうと聞く。
ジミー君はうまくやってくれるだろうか、でもジミー君はかなりの奥手だからな。
あああ。心配だ。
いや、俺が心配するのもここまでだ。
俺がいなくてもレナは生きていけるようにならなくてはならない。
そう、レナは俺離れをしなくてはならないのだ。
真のレディになるにはそれが最後のピースなのだ。
だけど……心配だ。
「ふふふ、ちょっと嫉妬してしまうね。僕たちは君を大層気に入っている。だから神に、友になって欲しいんだけど、君の中にはそれ以上に大きなものがあるようだ。
もう気づいているんだろ。君の願いは、君自身の望みはまだ達成されていないんだって」
俺自身の望み……。そうだ。
それはレナを立派なレディにすることだと思っていた。思い込んでいた。それは間違いじゃないし、それも俺の願いだ。
だけど、本当は、それだけじゃなかったんだ。
いつも一緒に居るのが当たり前だった。レナはずっと俺にべったりで、レナが俺から離れる事なんて想像できなかったし、想像もしていなかった。
温かいレナ、大泣きしているレナ、草をあーんしてくれるレナ、いじけてベッドの上で布団にくるまっているレナ、「お父様ったら仕方ないわね」って言いながらもマーカスパパのことを思っているレナ、「赤ちゃんはグロリアの神様が運んでくるんだよ」って昔教えたことをまだ信じているレナ、「ねえねえレナも結構大きくなってきたでしょ」っていいながらなぜか胸を揺らして見せるレナ、お仕事に疲れてぐでんとベッドに倒れこんで甘えるように俺にマッサージを求めてくるレナ、「スーを抱いて寝ないと寝れないのよ」とか言ってるレナ、「これだったらみんなにスーのこともっと好きになってもらえるよ」って突飛押しもない案を出してくるレナ。
そんな当たり前にあった光景が、日常のどこにでもあるそんな光景がずっと続いて欲しかったんだ。
レナと離れてしまって、俺が死んでしまってようやくそれに気づくなんて。
なあ神様……。
俺が最初に神様に言いかけて飲み込んだ願い。
レナのことを思って心の内にしまい込んだ願い。
それを……。
「ああ、もちろん可能だ。君を元の世界に
じゃあ――
「だが、君の望む結果にはならないだろう」
どういうことだ!?
「おおよそ250年。これから君を元の世界に
250年!?
「そうだ。僕たちの力をもってしても時間という概念を超越することはできない。今の君はそれほど大きく特別な存在なんだ。ほんのわずかな力しか持たないFランクのスライムならともかくね」
スライムならすぐに戻せるってのか! ならそうしてくれ!
「だが、その場合は一切の力を失うことになる。僕たちが与えた力も祝福も。本当に何もないただのスライムとしてだ。それに君は彼女のグロリアではなくなる。ただの、はぐれグロリアのスライムだ」
レナのグロリアじゃなくなる……。
「そうだ。それに、すぐにと言ってもあの世界では君が死んでからすでに6年は過ぎている。テッセラクトでの時間の流れとあの世界の時間の流れは違う。今あの世界の時間はおよそ20万倍くらい速い時間が流れている。簡単に言うと今テッセラクトで1秒が過ぎると、あの世界では3日くらい過ぎている」
一秒で三日だって!? すでに6年!?
「そうだ、だから君の言うすぐというわけには――」
わかった、言いたいことはわかったから! いいから生き返らせてくれ! スライムでいいから! レナのグロリアじゃなくてもいいから!
一秒でも早く、一日でも早くレナのいる所に戻してくれ!
「だけど――」
ええい、いいから、あとで苦情とか言わないから早く!
たのむ!
「分かった。
それでは汝スーをただのスライムとして
3度目の生に幸あれ」
神様のその言葉を最後に俺の意識は途切れた。
◆◆◆
「――! ――――!」
声が聞こえる……。
俺を……呼ぶ……声?
「スー! スーなんでしょ! 良かった。ここで待ってたら絶対帰ってきてくれると思ってた、よかった、スー……、おかえり!」
目を覚ましたと思ったら、妙齢の美人に抱きしめられた。
見間違うはずはない。俺が一番大好きでずっと一緒にいたいと思った女の子。
レナ。
そして俺の意識はそこで再び途切れた。
レナの力に俺のスライムボディが耐えられなかったのだと思われる……。
――ルーナ歴274年(オルデとの戦いから6年後)
俺はスライムとして生き返った。
なんの力も持たないスライムだ。もちろん神カンペは見れないし、女性の力で抱きしめられただけでも潰れてしまう緑色のぷにぷに。そんなFランクのスライムであって、ただのはぐれグロリア。
誰の契約も受けていない野良のグロリアだ。
色も姿も違う、そんな俺をレナは見つけてくれた。
俺が生き返ったのは、かつて月下の大森林と呼ばれていた場所。
オルデとの大戦の後、世界中で人々を救った奇跡のスライム、スー。
それを称えるため神殿が築かれており、世界中からひっきりなしに人々が訪れている。
その名は聖地スーニア。俺の名前からとったらしい。
オルデとの戦いの後レナは自由騎士を辞めていた。
唯一のグロリアであった俺が死んで契約するグロリアがいなくなったためだ。
新しくグロリア契約を行って騎士を続ける道もあったが、レナは静かに暮らすことを選んだ。聖地スーニアの奥、聖域であり禁足地と指定された森の中で。
それもこれも、俺がきっと戻ってきてくれると信じてのことだ。
小さな小屋を建て、日々質素な生活を送る。日がな俺の姿を探したり、神に祈ったりと、そういう生活を続けてきた。
そんな静かな生活を支えていたのはレナの友達たち。
英雄であるレナに会いたいという人々が大挙しないように、レナの生活を守れるようにと力を尽くしてくれた。禁足地指定もその一つだ。
結婚もせず、新たなグロリアとも契約せず、俺を待ち続けてくれたレナ。
ありがたいという気持ちと共に申し訳ないという気持ちも大きくある。これからは自分のために生きて欲しい。俺はずっとそばにいてそれを支えようと思う。
などと湿っぽい事を言ってみたが、レナは案外森での生活を気に入っている様子。
今も畑に植えた野菜を収穫し終えて、額の汗をぬぐっている。そして採れたての野菜を俺が食べるのを見て満足そうに笑顔を浮かべている。
「おーいレナ。頼まれていたあれ持ってきてやったぞー」
飛行グロリアに乗って空からやってきたのはジミー君。
お忙しい大臣様なのにちょくちょく来てくれる。
レナを支えてくれる大事な友達の一人だ。
「いつもありがとうジミー君。やっぱりスーにはスライム用の草がいいと思うのよね」
「だからって種から育てなくても、言ってくれれば届けてやるのに」
「ありがと。でも新鮮な方がいいじゃない? あと愛情をこめて育てた草のほうが美味しいと思うわ」
「へいへい。しっかしなー。このスライムがスーの生まれ変わりっていうのは未だに信じられないぜ。あの無敵の強さの面影もない」
ジミー君は俺の方に寄って来ると、俺を指でツンツンする。
まあ俺もそう思うよ。野良のはぐれグロリアだからレナからの輝力供給が無くて、1mくらいの高さから落ちただけではじけ飛ぶし、跳ねるスピードも遅いし、再生も遅いこと遅いこと。
「ジミー君、スーをいじめちゃだめよ」
「はいはい。わーってますって。俺は弱い者いじめはしない主義なんだ」
そういって手をひらひらさせながら、ジミー君は乗ってきた飛行グロリアの元へと歩いていく。
「ジミー君、もう帰っちゃうの?」
「ああ。俺は大臣だからな。忙しいのさ」
「そっか。でもさ、ちょっと待って欲しいの」
「なんだ? 何かあるのか?」
「うん」
一秒、二秒、三秒……。
だけど、レナの口からはその次の言葉は出てこない。
「なんだよ、早く言えよな?」
しびれを切らしたジミー君が口を開いた時――
「あのね、ジミー君! グロリアバトルしよ!」
レナは笑顔でそう答えた。
「えっ、お前とグロリアバトル!? そ、それって、もしかして!?」
「問答無用よ! スー、体当たり!」
――完
-----------あとがき------------
皆様、ここまでお読みいただきまして本当にありがとうございます!
長かったスーの旅もここで終わりとなります。
当初10万文字完結を目指していたこのお話もいつの間にかその面影もなく60万文字を超えてしまいました。ひとえに皆様の応援があってこそここまで書くことが出来て、そして完結できたと思っています。本当にありがとうございます。
面白かった、感動した、スーお疲れ様、とお思いであれば是非、応援ハートをつけていあだいたり、★ポイントを入れて頂けると嬉しいです!
さて皆様本当にありがとうございました。
また次回作でお会いしたいと思います。
どうもありがとうございました!
ヤダヤダヤダと泣かれても俺スライムなんで -お嬢様と過ごすモンスターライフ- セレンUK @serenuk
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