204 小さな小さな勇者
――東方の国 山中
一人の男が険しい山の中を歩いている。彼の目的はこの山にしか生息しない鳥グロリア。はぐれグロリアは瘴気がある所ならどこにでも
相棒の犬型グロリアと共にその痕跡を探す男だったが、数日間の捜索により食料も尽き欠け、そろそろ下山しなくてはならない、というところでようやくお目当てのグロリアを見つけたのだ。
男はこの幸運に喜ぶ。あとは相棒の犬グロリアをけしかけて鳥たちを驚かせて飛び立たせたところを、遠距離攻撃のできるグロリアで撃ち落とすだけだ。
バウッバウッと犬グロリアが鳥へと襲い掛かり、鳥たちが空へと舞い上がる。
今まさにそこを狙い撃ちする、というところで――
「なんだ? 鳥たちが落下していく」
男は奇妙な現象を目の当たりにした。
飛び立ったはずの鳥たちが急にドサドサと地面に落下したのだ。
その様子を怪しみながらも、労せず大量の獲物が捕れることに喜びながらその鳥たちへ近づいた男だったが、急に苦しみだすと自身も地面に倒れこんだ。
相棒である犬グロリア達と共に。
――海上国家 複雑に入り組んだ水路
海の上に浮かぶこの国は長い繁栄と共に居住地区も拡張され続け、上下左右あらゆる所に住居が乱立し、中所ではハチの巣のように密集した住居が、高所では木の上に住居があるかのように不規則な都市を形成していた。
拡張され続けるのは家だけではない。最下層の海上では新たな陸地となるフロートが思い思いに継ぎ足され、そこを小舟で移動するための水路が迷路のように張り巡らされ、今日も所狭しと人々が移動する。
そんな国で少女は船頭をしていた。適したグロリアと契約していれば船をこぐのに自身の力の有無は関係ない。
いつものとおりお客を運び小金を得る。そうやって二人暮らしの兄と暮らしてきた。
兄は食堂で働いており、いつもと同じように昼になったので
「おおーい!」
兄は妹の姿を見て大きく手を振る。
いつもなら笑顔で手を振り返してくれる妹だが様子がおかしい。何やら胸を押さえている。
良からぬ気配を感じた兄は妹の元へと急いで駆け寄るが、妹はぐらりと揺れて船から転落してしまう。
兄は手近にあった係留用のロープをつかむと一目散に水路へと飛び込み、妹を抱きかかえるとロープを引っ張って陸を目指すが、思うように体が動かない。
いつもであればこのくらいで息が上がったりしないし、水を切るように泳ぐこともできる。
呼吸が荒くなり、意識がもうろうとする中、妹を助けたいという一心で彼は海から陸へ上がりきると、二人してその場で倒れこんだ。
――砂漠の国 貧民街
砂漠で暮らすのは大変だ。生きるために必要な水の確保が難しい。そんな場所にあえて住む人たちにはそれなりの理由がある。砂漠で生まれ、砂漠以外を知らない子供たちもその一人だ。貧困により親に捨てられた子供たち。皆生きるのに必死であるため治安も悪く、相棒であるはずのグロリアもまた悪事に手を染めるための道具に過ぎない。
そのような街で日常的に見かける光景。
「待ちやがれこのクソガキ!」
ボロボロの身なりの少年が追いかけられている。腕には盗んだ食べ物が抱えられている。
走る彼のすぐ横を泥の弾が
少年はグロリアを持ってはいない。すでにお金に換えてしまったからだ。そんな彼がグロリアの追跡を振り切って盗みが成功するなんてごくまれだ。たいがいは捕まってボロ雑巾のようになるまで殴られて終わる。
だが生きるためにはこうするしかなかった。こうして生きていくしかなかった。
ふと少年は気づいた。今まで自らを狙っていた泥弾が飛んできていない事に。
後ろを振り返るとなぜか店主は地面に倒れていた。
なぜ倒れているのかは分からないが、幸運が舞い込んだに違いない。
少年は油断することなくわき目も降らずに駆け続けたが、やがて自身も店主と同じように地面に倒れこんだのだった。
――クシャーナ創世録 58章
『マギオ歴539年赤の月草の日。その日、世界を滅ぼす厄災があった。グロリアを操り世界を破滅に導こうとした巨大な紫色の悪魔はクシャーナの民と地上の民によって打ち倒された。勝利に酔いしれる人々だったが地上では次々と人が倒れていった。人も、グロリアも、草木も、すべての生命が悪魔の呪いによって苦しむ事になった。加護によってクシャーナの民に呪いは効果を及ぼさなかったが、それ故に地上のいかなる場所も同様の光景であることを目の当たりにせざるを得なかった』
「おばあちゃん、怖いよ……」
物語の書かれた書物。その内容を読み聞かせていた老婆に対し、少女は震えながらそう言った。
少女は書物の文字が読めない。だがそこにある挿絵は見るだけで当時の状況を知ることができたため、さらに少女の心を怯えさせた。
「そうじゃな。わしも伝え聞くだけじゃが、相当ひどいものだったと聞く」
少女が老婆にしがみつき、その服に頭を埋める。
「ふむ……安心おし。このお話には続きがある。とっておきのな」
――世界のいたる所、あらゆる場所
『安心しろ、すぐに助けてやる。大丈夫だからな』
『今まで大変だったな。俺が来たからもう大丈夫だ』
『頑張れ、負けるな、俺がついてるからな』
人々はもうろうとする意識の中で自らを励ます言葉を聞いた。
『なーに、俺に任せておけ。すぐに治してやるさ』
『力を抜いても大丈夫だ。あとは俺がなんとかしてやる』
『もう大丈夫だ。辛かったな。もう大丈夫だからな』
グロリア達は言葉を理解できないものの、温かい気持ちと安心感を得た。
『すぐに良くなる。だから心配するんじゃないぞ』
『大丈夫だ。気をしっかり持て。今楽にしてやるからな』
『よく頑張ったな。まずはゆっくりと休むんだ』
自らに付着した小さく僅かであるが太陽のようなあたたかな存在に、
世界中に散らばった小さな小さな勇者は、病に倒れた人々へ、グロリアへ、草木へ、すべての生きとし生けるものへとたどり着き、そして励まし、温もりを与えていった。
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