203 小さな最終戦争

「やはり……こいつはオルデであってオルデではない!」


 ワナワナと震えるリゼル。

 目の前には大きな紫色の物体。これまでの圧倒的な大きさではなく、あくまで大きな程度・・・・・の体に過ぎない。

 おそらくは元々のオルデの体はこんなものなのだろう。あの巨大な体はグロリアバトルで言うところの自らの能力を使って巨大化していた状態ということに違いない。


 そういうわけで俺の目には、こいつはオルデに見える。

 見えるといっても目は無いから感知での判断だけど、感知でも先ほどとたがわぬ情報を得ている。


 海のように巨大だった体……クシャーナの下にあった体はもう消え去っている。

 契約の際に膨大な輝力の輝きと共にリゼルの持つクラテルに吸い込まれたからだ。

 それはつまり、オルデはここにいるやつで間違いないということなんだが……。


 ん? 今何か……。

 砂か花粉か、ほんのわずかな粒のようなものが空に見えたような気がしたけど……。


 まあそれよりもリゼルだ。

 もう少し説明してもらわないと何にいきどおっているのか分からんよ。


 相変わらず無言でぷるぷると震えているオルデ。

 その横を抜けてリゼルの元へ近づこうとした時だった。


「うっ!」


 一瞬のうめき声と共に、ドサリと地面に倒れこむ音がした。


 すぐさま音のほうを確認する。

 今まで一緒にクシャーナを引いてくれていたおじさん。彼が地面に倒れこんだのだ。


 間を置かずにあちらこちらで人々がうめき声を上げ、次々と倒れていく。


 なんだ!? いったいどうしたってんだ!?


 レナ!


 俺は不意にレナの方を確認する。

 嫌な予感は当たっていた。


 レナは胸を押さえながら苦しそうな表情を浮かべていて、膝もガクガク震えており今にも倒れてしまいそうだった。


 レナが倒れこむ前に俺がクッションに!


 急いで跳ねてレナの元に戻り、かろうじてレナの体を受け止めることが出来たが――


 レナ、大丈夫か! レナ!!


 レナの息は荒く顔も赤い。発熱しているのは間違いない。俺の体に触れた際、レナの体温はいつも感じる常温よりもいくらか高かった。

 これまでの激しい戦闘の疲れからくるものなのか。いや、ウルガーやリゼルを含めて周囲の人たちが一斉に倒れている。何か原因があるはずだ。


 レナの体を自分のスライムボディの中へ沈みこませるように取り込む。

 俺のスライム細胞一つ一つを使ってレナの状態を調べ、原因を特定するのだ。


 症状は発熱。体の中で何かの異常が起こっているサインだ。

 毒……の成分は検出されない。

 一瞬にして神カンペに記されているあらゆる毒のデータと照合が完了するが、該当するものは無かった。

 毒じゃない。だとしたら……。


 こ、これは……!


 違う視点から調査を始めてすぐ。俺はその異常に気付いた。


 血液中の白血球の数が多い。それに輝血球の動きもおかしい。


 体内の輝力を循環させるためのサポートを行う輝血球。

 この世界の人たちには普通に備わっている細胞の一つなんだが、通常は体全体に満遍なくあるはずのそれがとある部分に集まっていた。


 その場所とは、両脇、下腹部、そして延髄。

 体内で輝力を循環させるための要所だ。


 その影響なんだろう、確かにレナの輝力の循環がおかしい。

 普通は要所をぐるぐる回りながら体中に行き渡ったり体の外へと放出したりするのだが、要所である4か所で輝力がせき止められたようになっている。

 

 4か所のうちの1か所をさらに詳しく調べた結果、この発熱の原因を特定した。


 その原因とはウィルスだ。細菌よりもさらに小さな小さなウィルス。体内に侵入すると増殖して人体に悪影響を及ぼす。

 その影響はウィルスの種類によって違うが、レナの体内に侵入したウィルスは、輝血球と同化し輝力を吸い上げて増殖していた。


 ウィルスの侵入をトリガーとして異物であるウィルスを駆除するために白血球やマクロファージが増殖したようだが、輝血球と同化したウィルスを攻撃できず、逆にウィルスにより捕食されてウィルスの増殖を助けてしまっていた。


 そしてそれがオルデ。

 俺が今ウィルスと呼んだものは、これまで俺が戦っていたオルデそのもの・・・・・・・だった。


 小さな小さなミクロのサイズのオルデがレナの体内に侵入し、異常を引き起こしていたのだ。


 先ほど空で見た小さな粒。あれがきっとオルデウィルスだったんだ。

 肉眼では確認できないほどの小さなウィルスであっても俺の感知には引っかかる。

 気のせいではなかったんだ。


 原因が特定できた俺は速やかにオルデウィルスの駆除を行った。

 幸いにしてウィルスとしての力は強くはなく、俺のスライム細胞にかかれば僅かなうちに駆除することが出来た。


 だが……。

 対象が多すぎる。周りだけで何千人と倒れている。


 その上……オルデウィルスは体内で増殖を繰り返すと、得た輝力を使って体外へと出て、さらに周囲へ、広範囲へと散らばっていくのだ。


 その証拠に、俺がレナの治療を行っている間にリゼルから大きな輝力が放出されるのを見た。その中には無数のオルデウィルスが含まれていた。


 ウィルスの放出は個人差、おそらく輝力の大小によって変わってくるんだと思うが、最初のおじさんが倒れてまだ10分と経っていないのに、すでに月下の大森林全域に影響が及んでいる。

 拡散のスピードが速すぎる。

 数日もたたないうちに世界中に広まってしまうだろう。


 影響が出るのは人だけではない。

 感知の範囲内では人も、グロリアも、そればかりではなく草や木にもオルデウィルスの存在を確認している。

 俺のように強力な免疫を備えているならともかく、おそらく生きとし生けるものすべてに取り付き輝力を吸い上げて増殖するのだろう。


 その先はどうなるかは分からない。

 輝力を吸われ続ければいずれは死に至る。宿主が死んでしまえば輝力を得ることはできずオルデウィルスも死んでしまうはずで、世界中の宿主を死に至らしめることはオルデの死も意味するはずだ。

 ただ、それまで得た輝力で自己再生と自己増殖を行うという選択肢も残っている。

 殺人ウィルスなのか、弱毒性なのか。


 あー!


 俺は頭を抱えた。倒れた人たちの治療をしながらいろいろと考えていたのだが、思考がぐるぐると回って考えがまとまらない。


 俺なら簡単にオルデウィルスを駆除できるとは言え、駆除する数やスピードには限界がある。俺だけでは足りるわけがないのだ。


 患者を体内に入れてぺっと吐き出す。そのわずかな間で駆除は済む。

 だけど患者は大量に存在していて、治療している間も天文学的数字で患者が増えていく。


 そして治療が完了したとしても、再びオルデウィルスに感染してしまう。

 自らの体内の免疫ではオルデウィルスが駆除できないからだ。


 あー----------!


 俺はレナが大切だ。最も優先すべきはレナの命。俺がずっとレナについていればレナはオルデウィルスからは守られる。

 だけどそれでいいわけがない。ほかの人を、リゼルを、ウルガーを、ミイちゃんを、ジミー君を、一緒に戦ってきたみんなを放っておけるわけがあるはずがない。


 じゃあどうする。どうしたらいい?

 落ち着けスー。冷静になれ。

 心を静めることで正確に物事を見るんだ。


 俺の最も大切なもの、それはレナ。

 レナがケガもなく無事で、悲しむこともなく笑顔で過ごせること。これは揺るぎないこと。

 俺がレナに召喚されてからずっと心の芯に置いていることで、これからも変わることは無い。


 そしてそれにはみんなが無事で笑顔で過ごせることが含まれている。

 レナの笑顔を守るためにはみんなが必要なんだ。

 みんなを見捨ててレナだけを守って、それで大切なものを守れたのか、そう言われると答えはノーだ。


 俺はスライムでレナのグロリアだが、男でもある。

 目の前で苦しんでいる人がいるのに放っておくのか、助けることが出来るのに助けないのか。


 そんなことは無い!


 男なら大切なものも守った上でみんなも守るのだ。それがどんなに困難で自らの命を危険にさらすとしても、男ならそうでありたい! 男の子は欲張りなのだ!


 俺はみんなを助けることが出来る。この状況を打開する方法は思いついた。

 だけどそれは命がけだ。

 いや……命がけどころか、たぶん俺の存在は消えてしまうだろう。


 …………。


 俺は体を伸ばすと、すやすやと眠るレナの頬に触れる。

 

 俺のレナ。

 泣き虫のお姫様。

 ちょっと意地っ張りなところもあって俺にべったりのスライム離れできない契約者マスター

 大人になってもまだ世間知らずなところも垣間見えるし、案外おっちょこちょいなところもあるけど、しっかりとした一本の芯は通っていて、たまに保護者ながらにドキッとさせられる表情を見せてくれる。

 俺が世界で一番大好きな女の子。


 そんなレナのためなら俺はなんでもやってやる。

 たとえ俺の命が燃え尽きようとも!


 俺は体内の輝力を循環・増幅させると、スライムボディを分割する。

 一つが二つに、二つが四つに、四つが八つに。

 ぷにょんぷにょんぷにょんぷにょんと次々と分割させていく。


 オルデがウィルスとなって増殖するのなら、俺も同じ土台に立つ。

 オルデウィルスをぎりぎり駆除できる力を残した小ささまで俺の体を分割することで手数を増やし、オルデを倒しながらもそれぞれの小さな俺が輝力を増幅させて複製増殖してさらに多くの人たちを助けるのだ。


 すべての体は俺自身。俺の意識を持たせている。

 そうしないとただの動かないぷにぷにの水たまりになってしまうからだ。

 オルデの体内に取り込まれたとき、意識を分けることに成功した体験からそれができると踏んだのだ。


 つまり、すべての体の体験と意識を共有することが出来るわけだが……数えることもできないほどの無数の俺が生まれることによって意識の同時処理ができなくなり、俺の自我は崩壊するだろうということも想像がついていた。


 それを回避する方法として、自動で動いて目的を達する自立思考型の分身体を作ることが出来ればいいのだが、今の俺ではそれを作り出すことはできない。意識を分けるのだってさっき初めて出来た所だしな。


 それゆえの分裂。小さく大量に、それでいて俺の意識を持ったスライム。

 俺の自我は消え、おそらく知性は無くなって反射的にオルデを駆除するだけの体になるだろう。


 それはつまり、死と同義だ。

 

 オルデと戦うためにはそうするしかないのだ。


 だから……。


 レナ。もし全てが終わって俺がいなくても泣かないでくれよな。

 俺が頑張ったって言ってくれよな。

 いつまでも優しく微笑んで、みんなに温かさを、勇気を与えてくれるような、ずっとそんな子でいてくれよな!


 俺は分裂に分裂を重ねる。


 いつしか思考はぼやけ、夢を見ているような、靄がかかったような、そんな状態になっていった。

 

-------------あとがき-------------

文中、スーさんが「俺のレナ」と言っていますが、決してモノ扱いしているわけではなく、それに続く、お姫様、契約者、大好きな女の子、が「俺の」の後に含まれまる意図ですのであしからず。

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