202 SIDE オルデ
気づいたときには、ただ一人そこにいた。
暗く深くどこまでも際限なく続くもの。研ぎ澄まされていく感覚は、果てしない底なしの奥の奥を目指して進む。
これが暗闇というものだと知ったのはもっと後のことだった。
何もなくただ静寂が漂う。
そんな時間を長く過ごした。
ある時、今まで気がつかなかった
頭の中に伝わってくる波のようなもの。
それらは決まったパターンがあることに気づいた。
一番多いパターンは『オルデ』と『オランドット様』だった。
パターンには意味があることに気づいた。
そしてその波、『声』というものからいろいろなことを知った。
母親の事、父親の事、自分の事。
長年声を届けてくれるのは自分の母、スピカ。
母はどんなに大変な状況にあっても、いつでも自分のことを愛してくれた。
それと同じくらい母は父の事を愛していた。
父は素晴らしい人だ。世の中には支配されて苦しむグロリア達が沢山いる。そのグロリア達を支配から解き放って救おうとしていた。
だが志半ばで悪党に襲われ、その際に母を逃がしたのだという。
父は死んでしまったのだと母は言う。生きているのであればすぐにでも母を迎えに来てくれるはずだと。だから父の後を継いで立派な王になりなさい。父が果たせなかった目的を果たしなさい、と。
もちろん母の愛には応えるつもりだ。自分も父のように立派になって悲しむグロリア達を救いたい。母が自分にしてくれたように愛してあげたい。
本能的に自分ならそれが可能だと気づいていた。
時は流れて、その間も自らの力が加速度的に高まっていくことを感じていた。
いつでも王になれる、父に会いに行ける。
そう思っていたのに母はまだだと言う。
母が言うのならまだその時ではないのだろうと……そう思いながら幾月かはさらに力を高めるのに費やしていたのだが、そろそろ限界だった。
母がまだだという理由が分からない。
もはや自分は偉大な父に及ぶほどの力を有していると自覚している。
そんなある時、気づいてしまった。
母の言うことも完全ではないのだと。
その最たる例が父は死んだということだ。
なぜそう思うのか。それは自分が父の気配を感じるからだ。
わずかではある。遠く離れた地にわずかだが気配を感じるのだ。
それに気づいたときに、王になることを決意した。
父は何らかの理由でその地から動けないのだ。動けないのであればこちらから馳せ参じるべきであろう。立派な王となって父のもとに向かい、褒めてもらうのだ。
父はすでに国を築いているだろう。父に褒めてもらうには父以上の国を作らなくてはならない。父の目指した国とは違う自分自身が目指す国の形を。
その形はすでにイメージできていた。それは愛による繋がり。母が自分にしてくれたように愛を与える事によって繋がりを築いていく。
そして外へ出た。
一路、父の元へ。
父のいる場所は分かっている。まっすぐに進んだ先、海というもののその先にある小さな島だ。
だけどただたどり着くだけではいけない。父に会う前に父を超える立派な王となっておかなければならない。
その方法は存外簡単だった。
この世界には束縛された多くのグロリア達が存在した。彼らに向かって自らの愛を与えると、それだけで人間達の支配から解き放たれ自分の元へと集ってくれた。
それだけではなく彼らからも愛を与えてくれたのだ。
彼らの愛は様々な色をしていた。一つ一つが全く違う色をしていてとても興味深く、色について理解すればするほど、より多くより深く知りたいと欲するようにもなった。
愛を与え、愛をもらう。そしてまた愛を与える。
この循環こそがあるべき姿に違いないと、改めて思ったのだ。
彼らの愛によって益々力は増大した。
さらに多くの愛を与えることができるようになって、愛による繋がりは国と呼べるほどまでに広がった。
だがこの程度で慢心してはいけない。父に褒めてもらうためにはさらに多くのグロリアに愛を与えなくてはならない。
それこそ世界すべてを愛で包むくらいの。
未だ万能ではない自分に恥じながら、愛を与えるサポートを行う者たちを生み出した。
尊敬する母のイメージが強く入り、4人とも女となったが、それはそれで問題ない。
愛を与えるのに母ほど優れた人はいないのだから。
国をさらに大きくし、父の元へ向かう途中の事。
なにやら人間達が大挙して襲ってきた。
その中には未だ支配から逃れていないグロリアの姿もあった。
愛が届いていないという事実にわずかに心が揺れたものの、諸悪の根源である人間を排除した後に直接愛を与えてグロリア達を開放すればよいと考えた。
幸い愛を与えたグロリア達が率先してそれを実行してくれている。自らはただ進むべし。
進んでさらに多くのグロリアを開放して愛の国を拡大するのだ。
そう思っていた。
だがこれはなんだ。
目の前には巨大な山。自らの体を超える大きさのそれが落ちてこようとしている。
あり得ない。こんなことはあり得ない。
自らの体を傷つけるものなどもはやないと言っても過言ではなかった。多少の攻撃では傷つかない。先ほどから何度か攻撃されたが体をなでられたようなものだった。
だがこれは違う。
圧倒的巨大さ、圧倒的質量。
自らの本能がこれが危険だと告げている。
本能に従ってそれを防ぐべく体を伸ばした。
だが……それを防ぐことはできなかった。
体が霧撒していく。
王になるために生まれたこの体が理不尽な力によってねじ伏せられて消滅していく。
これが……死?
だめだ……。
だめだだめだだめだだめだだめだ。だめだ!
そんなことが許されるはずがない。まだ父にも褒めてもらっていないのだ。
王である姿を見せて、そして褒めてもらうのだ!
生きなければ。生きて父にお会いしなければ。
立派な王の姿を見せなければ!
今ここで死ぬわけにはいかない。悪党どものはびこる世にしてはいけない!
だから生きなくては、生き延びなくては!
『リゼル・クーシーの名において、汝、オルデを我がグロリアとせん!』
名前を呼ばれた。
これは……愛だ。強大な強制力を持つ愛。
自分にそんなことができる存在などそういるはずがない。
父または母、もしくは……その血を受け継ぐモノ。
だめだ! いかに強大な愛といえど従うわけにはいかない!
体の全てに隙間なく印をつけられるような感覚。
抗い得ぬ屈辱感を与えらることは自らの、父への、母への冒涜。
全てを見透かされるような人知を超えた現象に対して徹底的に抗戦したが……奮戦むなしく愛の前に屈する事になった。
『やった、リゼルさん、やりましたね!』
『さすがはリゼルさん。俺の妻だ』
人間達の声が聞こえる。
『どうしたんだリゼルさん?』
『違う……。確かに私はオルデと契約した。契約できたはずだ。だが……』
そうだ。確かに自分は契約という名の愛の束縛に屈した。
『出てこいオルデ!』
言霊。強制力を伴うその言葉によって、光の粒子となって小さな筒の中に入っていた巨大な紫色の体が物理体へと再現される。
『やはり……こいつはオルデであってオルデではない!』
違うな。確かにそれは
間違いなく
そして今その様子を俯瞰するように眺めているのも
圧倒的な強制の力。
幸いなことに、その力に対して服従したふりをした自分の抜け殻をあてがうことで難を逃れた。
つまり心を分けたのだ。
だから契約に屈した
反省しなくては。
目的に至るための方法が間違っているというのなら修正しなくては。
今や大半の力を失ったわずかな欠片となった。
まずは力を取り戻す必要がある。
だが、力を取り戻してどうするのか。
これまでと同じ方法では同じ結果を迎える可能性が高い。
愛を与えることが出来ないグロリアもいた。
自らが生み出し愛を与えながらも、違う愛を求めた者もいた。
違ったアプローチについてはすでに思い立っていた。
それはこれまでと違う方法であり、かつ国をさらに強固なものとする方法。
さらに多くのグロリアに愛を与える方法。
グロリアだけではない。彼らを縛る人間達を、木を草を。すべての生命に愛を与える方法を。
自らの力を回復しながら愛を与え、それでいて今回のようにやられてしまうことのない方法。
すべての生命に寄り添うように存在し愛を与え続ける。
体は見えないほどの小ささでも構わない。その小さな体で愛を与え、愛をもらい、さらに多くの生命に愛を与えに行くのだ!
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