201 フレンドリーファイアは「ダメ。ゼッタイ」
いくぞオルデ!
これが俺達の答えだ!
巨大な沼のような毒々しい紫色の体。
それを覆いつくすほどの大きな岩塊であるクシャーナが日の光を遮ったことで、オルデの姿が影の中にすっぽりと入る。
って! だめだ! コースが! うおぉぉぉぉ!
レナたちが俺を引っ張る力が予想より少なかった。そのためほんのわずかに想定コースを逸れている。このままいけばオルデに完全に直撃させられない挙句、北のイングヴァイト軍や東のガルガド帝国軍にも被害が出てしまう。
無論そんなことは許されないし、起こさせない。
俺は気合とともに網状のスライムボディを鋭く伸ばして地面深くまで力任せに差し込むことで、そこを支点として振り子のように無理やりクシャーナの軌道を変えた。
いくぞオルデ!
これが俺達の答えだ!
テイク2を終えて、クシャーナはオルデへと迫る。
オルデのほうもさすがにやばいと気づいたのだろう。ゴボゴボと流動する体が隆起し、二本の太い腕のようなものを生み出す。丸太のような太い腕。巨大さとしては東京タワーやスカイツリーの比ではない大きさ太さであり、地球上の物体で比較することはできない。
本当に受け止めかねないという印象を受けてしまうが、やれるものならやってみろっていう感じだ!
俺の振り子アクションでクシャーナはわずかに角度を変えてオルデへと突っ込む。
上空から迫る大質量物体を受け止めるがごとく、二つの巨大な腕とクシャーナが接触する。
巨大な音とともに発生する衝撃波。
空気を伝わり周囲へと伝播していくそれにより、背後の人々が幾人も吹き飛び、地面に倒れこむ。
瞬間、振り子となっている俺の体にかかる力がガクッと少なくなる。
それはオルデの腕がまがりなりにもクシャーナの落下を防いだことを意味している。
まさかそんなことが。
あれだけの加速をつけていたのだ。軟体のオルデでは耐えきることができないはずだった。
だがオルデはそれを耐えきった。
まるで筋肉ムキムキのヒーローが倒れてきた巨大なビルをその両手で受け止めたシーンのように。
しかし、オルデのほうも無傷というわけではない。
世界樹のように太い腕は限界をきたしているのか、あちらこちらで内側から爆発を引き起こしており、今にも崩れ落ちそうな様子だ。
『スー! クシャーナの浮遊システムの停止が完了したよ!』
クシャーナのリコッタから通信が入る。
浮遊システムはクシャーナが空を飛行するためのシステムだ。重力という自然の摂理から物理的にクシャーナを切り離し空を浮遊させるトンデモシステム。守護君テラマギオンの力を利用したそれは秘匿結界と合わせてクシャーナの要である。
急停止ができない浮遊システムをリコッタは落下時間を逆算して停止作業を始めていたのだ。
だが初めてのこともありそのタイミングはずれてしまった。
本来なら軌道を変え落下を始める前に停止することで重力による質量増加を打撃に加える予定だったのだ。
それが今! 決め手に欠いているこの時に完了した!
摩訶不思議な浮遊力が0になったクシャーナが重力に引かれる。
それはつまり、浮遊大陸すべての重さがオルデの両腕にかかるわけで――
これまでかろうじて均衡を保っていたオルデの両腕とクシャーナだったが、クシャーナの重さを受けたオルデの片方の腕の中程が大きな爆発を起こしてごっそりと消えてしまい、ぐらりと揺らぐ。
もはや用をなさなくなった片腕。そして残ったもう片方の腕だけで重さを支え切れるものでもなく。間を置かずにもう片方の腕も爆散し、クシャーナはゆっくりと落下を始める。
「リコッタちゃん、今よ!」
『分かった! いくよ、秘匿結界3、起動!』
クシャーナの秘匿結界2のさらに外側。リコッタはそこにさらなる秘匿結界を展開した。
その結界はもちろん結界の外と内を分かつ。
外側からの衝撃がまったく内側に伝わらない様に、内側からの衝撃もまた外には伝わらないのだ。
秘匿結界3の目的は結界外にいる人々の保護。
クシャーナの落下と同時に破壊的な衝撃波が発生して辺りに甚大な影響を及ぼすことが想定されたため、それを防ぐ目的が一つ。
そして二つ目はその衝撃波のエネルギーを内部に閉じ込めてしまうことで、追い打ちでオルデにダメージを与えようというものだ。
秘匿結界2と3の間に閉じ込められたオルデは重力による落下ダメージと衝撃波による破壊ダメージの両方をくらうというわけだ。
俺はすでにクシャーナから分離してレナのもとに戻っている。
あのまま秘匿結界3の中にいたら俺も巻沿いでお陀仏だからな。
だから結界内の様子はわからない。
リコッタが結界内部の映像を映し出してくれているが、クシャーナの真下の映像は真っ暗で、側面の映像も衝撃波が荒れ狂って乱れていて様子がわからない。
その映像を見ているレナの腕がきゅっと俺を締め付ける。
そうした映像が数分続いた後、徐々に映像が鮮明になっていくが――
やったのか?
俺は自らフラグを立てに行ってしまった。
相変わらずこの角度の映像ではオルデを倒したかどうかはわからない。
だが、ぺしゃんこにされたはずのオルデに動きが無いことを考えれば、倒したと判断する材料にはなり得る。
固唾をのんで見守る中、クシャーナの端の下から紫色の物体が流れ出てきた。
それはオルデの体で間違いないが、これまでのように流動しておらず、サラサラの液状で……まるで血液のように広がっていった。
間違いない。あの状態。俺が力を使い果たしたときに水たまりのようにべしゃりとなっているのと同じ状態だ。
レナ、締めだぞ!
「うん! リコッタちゃん、結界を解いて」
『分かった。秘匿結界3解除!』
『『『『『解除!』』』』』
通信からクシャーナの結界師たちの声が漏れ聞こえる。
「リゼルさん、お願いします!」
「ああ、まかせておけ。きっちりと仕事はこなすさ」
リゼルはクラテルを取り出すと目を瞑る。
そして、ふーっ、と一度大きく深呼吸した後、カッと目を見開いた。
「リゼル・クーシーの名において、汝、オルデを我がグロリアとせん!」
凛と通った声。
それと共にリゼルの体が青白く光を放ち、その光が掲げたクラテルへと伝播する。
そして、大きな光を湛えたクラテルから一条の光が伸び、紫色の流体、オルデへと到達し……オルデの体も青白く淡く光を放ち始めた。
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