200 スーちゃんモーニングスターアタック
たくさんの人たちが手伝ってくれることになったので引っ張る人は問題無くなった。
次は肝心の引っ張るモノなんだが……。
俺がクシャーナに取り付いて綱引きの綱になるの? どうやって?
クシャーナまで物凄い距離があるんだぞ?
――むんず
無言でごつい手に鷲掴みされた。
ちょ、ちょっと待ってくださいウルガーさん。もしかしてとは思いますが――
「ほら、いくぞ? しっかり伸びろよ?」
おい、なんだよ、その投球ポーズは。おいったら、おいって! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
俺は心の準備ができないまま、思いっきりぶん投げられたのだ。
うげげげげげげげ、のびるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!
投げられたのに伸びるとはこれいかに、と皆様には理解しがたい状況かもしれない。
実はウルガー、俺の端をつかんだままなんだよ。
投げられて勢いよく宙を爆進しているのはおれの先端部分。そしてウルガーの手元には俺のもう片端。
イメージ的には、細長い紐をぐるぐると巻いた玉があって、紐の端を持って玉を投げたらどうなるかを想像してくれ。
分かるね。めっちゃ伸びる。
そういうわけで俺は今めっちゃ伸びている。水あめがぐにょーんと伸びるのも真っ青な伸びっぷりだ。
投げられてすぐにウルガーがつかんでいることに気づいてスライムボディの粘度を高めたからよかったものの、そうじゃなかったら途中でちぎれてしまっていた所だ。
おお、言ってるうちにクシャーナが見えてきた。
さすがはウルガーだ。その肩も伊達じゃないな。
空飛ぶ大きな大陸。久方ぶりに目の当たりにしたそれの巨大さに圧倒される。
で、これどうやって止まるんだ? もしかしてもしかしないでも――
視界の一部を占めていただけの茶色。一瞬にして
…………。
ちょっと扱いひどくない?
痛覚は無いから痛いっていう感覚はないんだけど、壁にぶち当たったら普通は死にますから。レナのスーパーなスライムの俺だったからなんとかなったけどさ。
ええい、ウルガーに文句を言ってやる!
俺は意識をクシャーナとは反対側、ウルガーがまだ握っているほうに向ける。
おい、ウルガー! やるなら先にやるって言ってくれよな!
と凄んでみたものの、俺はしゃべれないわけであって……。
「なんだスー? 手に巻き付いて。握手か?」
俺の憤りを伝えるためにウルガーの手に巻き付いてぎゅっと絞ってやったのだが、脳筋自由騎士(元)には効果が無かった。
その代わりレナがプンスカ怒ってくれた。
そんなこと言われてもなー、とどこ吹く風だったウルガーだったが、「リゼルさん! 夫婦になるんだったらしっかり手綱は握ってください!」と矛先がリゼルに向いたところで、さすがにリゼルの機嫌を損ねることにおびえて謝っていた。
いやいや……リゼルに謝るんじゃなくって俺に謝って欲しいところだ。
この様子じゃ今でも相当尻に敷かれてるんだなって思った。
さてさてクシャーナに取り付いて長い綱となった俺。
よくよく考えたらクシャーナの外壁にぶち当たる前に秘匿結界2にぶち当たるはずなんだけど、どうやらリコッタが何とかしてくれていたようで「スーだけ通り抜けられるようにしたのよ。どう、すごいでしょ! すぐにやってのけちゃった私すごいでしょ!」と自慢された。まだまだおこちゃまだな。
でもさ、それだけできる天才児なら俺が壁に激突する前にふんわりと結界で取り込んでくれたらよかったのに……。
そんなクシャーナなんだが、すごいのだ。
俺の体にはクシャーナが浮いたり結界を張ったりするエネルギーであるプラネアが流れ込んでいて、すごい力があふれているのだ。スライムボディも強靭になって、どんな大男や巨大なグロリアに引っ張られてもちぎれることはないだろう。
レナ提案のスーちゃんモーニングスター作戦の準備は整った。
さあみんな引っ張ってくれよな!
レナの指揮のもと民衆たちが一列に並んで俺の体を握る。
長い長い列だ。大人も子供もおねーさんも。みんなが一列になって俺の体を引っ張るのだ。
俺の体は握りやすい太さに調節していて、それでいて特別な粘液を行きわたらせている。俺の体を握れば引っ付き、放せば滑るようなそんなチート物質。もはや神カンペで調べなくても大体感覚で作れてしまう。思えば俺も成長したもんだ。
「では皆さん、スーちゃんモーニングスター作戦を開始します! せーのっ!」
レナが列の一番先頭で俺の体を引っ張り始める。
それに合わせて多くの人が力を籠め始める。
「おーえす! おーえす!」
「おーえす! おーえす!」
引っ張る力が俺の体を伝わっていき、体の逆端であるクシャーナへと到達する。
『うん。クシャーナの進行スピードが少しだけ変わった。いけるよ!』
あまりに巨大すぎて見た限りでは判断できないが、そこは専門家のリコッタだ。
俺たちの作戦がうまくいっているのを伝えてくれる。
よしよし、この調子でいくぞ!
「おーえす! おーえす!」
「おーえす! おーえす!」
「おーえす! おーえす!」
波のように連続して伝わってくる力。それがまたクシャーナに伝わって、クシャーナは速度を上げていく。
引っ張られる俺の体もそれを物語っている。のだが……。
レナ、このままじゃだめだ。このままの速度じゃあ早くても到達まで1時間はかかってしまう。それだと最後までみんなの力が持たない。もっとスピードアップして短期決戦にするんだ。
分かったわスー、と頷くレナ。
「みなさん! スピードアップしますよ!」
「「「「おーっ!」」」」
「いきますよ! ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ!」
「「「「 ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ!」」」」
「ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ!」
「「「「 ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ!」」」」
いいぞ、テンポを細かくすることでスピードが上がったぞ!
「「「「 ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ!」」」」
「「「「 ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ!」」」」
何百、何千という力が俺の体を流れる。
その力はクシャーナを動かし、加速させ、月下の大森林へと向かわせる。
「「「「 ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ!」」」」
「「「「 ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ!」」」」
「「「「 ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ!」」」」
「「「「 ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ!」」」」
「レナ……何やってるんだこれは?」
「ジミー君、話は後よ。引っ張って! スーを引っ張って!」
よくわからないままにジミー君達は最後尾について俺を引っ張り始める。
「うぉぉぉぉぉ、れなー! パパだよー!」
「お父様! お兄様! 挨拶はいいから引っ張ってください!」
続いて凶暴化グロリアの包囲網を突破してやってきたマーカスパパとジョシュア兄さん、ブライス家メイド隊が加わって。
「「「「 ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ!」」」」
「「「「「 ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ!」」」」」
「「「「「「 ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ!」」」」」」
「「「「「「「 ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ!」」」」」」」
「「「「「「「「 ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ!」」」」」」」」
クシャーナは高高度を飛行しているので、辺りの景色からではスピード感はわからない。
飛行機に乗っている時、窓から見下ろした景色では速さが分かりにくいのと同じだ。
だけど俺の体が感じる速度は確実に上がっていて、このまま勢いを上げていけばあと僅かな時間で決着がつく。
今や音速を超えて飛行するクシャーナ。
秘匿結界2によって物理法則を捻じ曲げ、空気抵抗なく空を滑ることでさらに加速度を上げて。
「「「「「「「「 ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ!」」」」」」」」
「「「「「「「「 ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ!」」」」」」」」
「「「「「「「「 ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ!」」」」」」」」
「「「「「「「「 ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ!」」」」」」」」
いろいろなチートを使っているとはいえ、引っ張る側は人間。
全力を出し続けるというのは難しいことで、皆の顔には疲労が浮かんできている。
「皆さん、クシャーナが見えました! あと少し! もう少しだけ頑張ってください!」
「「「「「「「「 ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ!」」」」」」」」
返事とばかりに引く力がこれでもかと増した。
現在クシャーナは目視できる状態だ。見えない状態では適切に落下させることができないので秘匿機能をオフにしているのだ。
「踏ん張れよ、ケロライン!」
「ケロロッ ケロロッ!」
「ほれ、そらウルガー、頑張れ。もっと引け。私の分も引っ張ってるんだぞ。もっと力を入れろ」
「もちろんですリゼルさん! うおぉぉぉぉぉ」
「腰が甘い! それで私の代わりが務まると思うな!」
リゼルのスパルタ教育。久しぶりに見たな。
おなかの中に赤ちゃんがいるリゼルの代わりだ。最後までしっかり引っ張るんだぞウルガー。
「俺は頭脳派の賢者なんだ。力仕事なんて、ひぃ、ひぃ」
「なーにジルミリア、音を上げてるわけ?」
「こっちはお前みたいに武家の脳筋じゃないんだよ」
「情けないわね。あんたの大好きなレナだってしっかり引っ張ってるっていうのに、男のあんたが音を上げるんだ。なさけなー」
「な、なにおぅ! やってやらぁ、こんな綱引きくらいで俺がレナに負けるかってんだ!」
ジミー君とミイちゃん。さすがミイちゃんは武家の頭領なだけあって体を動かすのはお手の物。ジミー君は……レナを守るにはもうちょっと体も鍛えてもらわないとな。
「「レナ、レナ、れな、れなぁぁぁ!」」
声をハモらせながら引っ張っているブライス家親子。
レナのためにと力いっぱい引っ張る姿は感動ものだ。
と、彼らのレナへの溺愛ぶりを知らない人が見たらそう思うだろう。
その横には涼しい顔をしながらも力いっぱい引っ張り続けているメイドさんたち。どんな時でも静かに冷静にというメイドさんの鑑だ。
クラザさん、イニイナさん、サニアちゃん、バーナちゃん、来てくれてありがとう!
「「「「「「「「 ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ!」」」」」」」」
「「「「「「「「 ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ!」」」」」」」」
「「「「「「「「 ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ!」」」」」」」」
「「「「「「「「 ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ!」」」」」」」」
『レナ、分かってるよね、
リコッタからの通信だ。
きちんと命中させられるかはそこにかかっている。
でもまあレナなら大丈夫だ。しっかりやってくれるさ。
だんだんと巨大な姿になっていくクシャーナ。地上からでもその大きさには圧倒される。
「みなさん! クシャーナが頭上を越えたら私の合図で全力で引っ張ってください! すごい力がかかると思いますが、私と、皆さんとならきっとやれます! 最後の力! 私に貸してください!」
「「「「「「「「 ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ ソイヤッ!」」」」」」」」
そしてその時が来る。
空を覆う巨大な大陸が太陽の光を覆い隠した。
「今です! スーちゃんモーニングスタぁぁぁぁぁ――」
「「「「「あたぁぁぁぁぁぁぁぁっくぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」」」」」」
全員の声がそろった。
今まで引っ張っていた力のベクトルが変わり、大きな反動となって俺の体を、みんなの体を伝わっていく。
踏ん張り切れず倒れるもの、綱に引っ張られるもの、力尽きて倒れてしまったもの。
ありがとう、ここまで力を貸してくれてありがとう!
いくぞオルデ!
これが俺達の答えだ!
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