コンビニ店員の困惑
百舌巌
第1話 魂の地平線
初夏。
東京近郊のベッドタウン府前市。夕刻迫るターミナル駅に電車が滑り込むように入ってきて停車した。
電車の扉が開き、多くの帰宅客と一緒に一人の青年が降りてくる。
青年の名前は渡辺敦(わたなべ・あつし)、19歳になったばかりの大学生だ。
地方の大学に進学した敦は、大学の長い夏休み期間を実家で過ごすために帰省して来たのだった。
「しっかし…… 何も変化の無い街だな……」
彼がホームに降り立って最初に呟いた言葉だ。憮然とした表情とは裏腹に少しだけホッとしているようだ。
この街で生まれ育ち、進学のために離れた身としては、代わり映えのしない街の様子に安堵したのかもしれない。
もっとも、ほんの数ヶ月前までは、高校に通学するために使っていたのだ。そんなに目立った変化などありようも無い。
しかし、異郷の地で生活をした後では格別な思いが込み上げて来るものだった。
「やっと入った大学だけど実際は大した事無かったしな……」
入学した当初は人生をリセット出来た気分だった。新しい友人に新しい生活に上手くいけば恋人。そんな夢を見ていたのだ。
しかし、サークルは存在するが活動は無く、同じ大学通うヤツラも人と遊ぶよりもバイトばかりするのが多かった。
人見知りする方では無いと思っていたが、実際は他人との距離感の無さに気が付いただけだった。なので、中々友人と呼べる人が出来なかったのだ。
皆、課題とバイトに追われているせいで、人の事など構っている暇が無いのかもしれない。
(それに都心の大学と違って刺激が少ないのもなあ)
地方だと交通機関の発達が思わしくない。近所に行くのにも車は必要だ。電車で気軽に遊びに行ける場所では無かった。
自然と学校・バイト・アパートを順繰りめぐるだけの毎日に成ってしまっている。少しだけ退屈し始めていた。
「地方の大学は夜に遊ぶところが無いのが珠にキズなんだよな……」
一般的に帰省というと田舎に向かう事を想像しがちだ。しかしながら、東京都下にある府前市で生まれ育った敦にとっては、都会にやってくるのが帰省だった。
府前市は地方都市とそんなに変わらない風景が広がっている都市だ。住宅地と田畑や野原が混在している。他の東京のベッドタウンと同じだった。
それでも公共交通機関を使えば数十分で都会に出られる便利な都市でもある。都市部の勤労者には人気の街であった。
「駅前のスーパーで、またバイトやらせて貰えるかな……」
自宅に帰る道すがらぼんやりと夏の過ごし方を考えていた。少し旅行をしてみたいなとも考えていた。
何しろ大学に慣れるのに必死で、バイトは交通整理など簡易的なものしか出来なかった。帰省するだけで小遣いを使い果たした敦は、手元に有る金が少なかったのだ。そこで、高校生時分に働いたことがあるスーパーでアルバイトを出来ないかと思案していた。
「都会では遊ぶのに金がかかるしな」
さほど成績の良くなかった敦は、大学に行かせてもらう条件があった。月々の小遣いは自分で賄うと父親と約束したのだった。
結構、大変な感じもしていたが一人暮らしに憧れていた事もあり条件を呑んだのだ。
「おっ、この家は建て替えられたのか……」
そんな小さな発見をしつつ駅から自宅までの道を歩く。物心付いた頃から見慣れた町並みであった。そんな街角を眺めながらホッと安堵する自分に少しだけ驚いた。
地方に行ってからまだ三ヶ月程度なのに、自宅に帰れるだけでこんなにも心が落ち着くとは思ってなかったのだ。
(俺って寂しがり屋だったのか)
本人以外が分かっている事を今更ながら実感した。
(まあ、のんびりと街を眺めながら歩いて帰るか……)
敦はそう考えながら駅から歩いて十五分程度で自宅に到着した。
「ただいま」
「おかえりなさい。 今、コーヒー入れるわね」
自宅に入ると早速母親が声をかけて来た。成りはデカくなった息子が帰って来るのは嬉しいようだ。
台所でコーヒーを作りながら、近所で起きた事を細々と取り留めなく話しかけてくる。敦は適当に相槌を打っていた。
「なんだか不思議な事件ばかり起きていて不安になるわ……」
府前市内でペット霊園の墓荒らしが起きていると母親が話していた。何でも墓から骨だけを持ち去る事件が多発しているのだそうだ。
「世の中には変わった奴が多いからね……」
敦が苦笑していると自宅の電話が鳴った。
(家電が鳴るなんて珍しいな…… アンケート調査とかセールスとか言う迷惑電話か?)
今はスマートフォンが一人一台の時代だ。各家庭に家電は無くなりつつある。滅多に使われなくなったせいだ。
敦が電話に出てみると向かいの家の中学時分の同級生からだ。
『よお、久しぶり…… 外眺めていたらお前が帰ってきたのが見えたからさ』
自宅に到着して荷解きをする間もなく電話がかかって来るので、不思議がっているのを見透かしているようであった。
『一昨日、山元拓郎が交通事故で死んだんだけど知っているか?』
「いいや」
元々、他人への関心が薄い敦には初耳であった。
小学生時代は遊んだが中学に入るとクラスが違うこともあり顔を合わせる機会が減り、高校は違う所に行ったので正直忘れていた。
『そうか…… 暇なら一緒に葬式に行かないか?』
中学を卒業して三年以上だ。敦は地方の大学に通っていたので時々会っていたが、拓郎のことは一度も思い出さなかった。
「確かに同じクラスだったけど、あいつとは口きいたことほとんどないな。 っていうか、誰って感じだよ」
俺は拓郎が死んだと聞いても何も感じなかった。
いつも口の中でモゴモゴとしか言わない暗い奴ぐらいの印象しかなかったのだ。友人もそうだろうと考えていた。
『俺も同じだよ。 小学校で何回か遊んだくらいじゃないかな』
「ああ、そういえばそうだな」
『あいつ影が薄いっていうか、地味な奴だったからなあ。 引き篭もりが悪化して高校中退したから、全然友達がいないらしいんだ』
「高校中退してたのか……」
『ああ、そんで拓郎の母親が俺の母親に、親戚の手前みっともないから、友人として葬式に来てくれとか頼んできてさ』
どうやら友人は保育園の時に一緒だったらしく、母親同士はママ友であるらしかった。
『香典は向こうで出すそうだし、ちょっとバイトだと思って行こうぜ』
「そうか…… まあ、ちょっと行ってみようか」
そんな感じで葬式に参加した。待ち合わせ場所には中学時代のクラスメートが何人か集合していた。
葬式は滞りなく進み終了した。両親は入院したままなので親戚が取り仕切っていたようだ。
人数もそんなに多くなく、静かな葬式が執り行われた。
祭儀場では晩飯を振舞われた。出前の寿司だ。敦たちは少しだけ食ってからカラオケにでも行こうかと話し合っていた。
そして、敦と友人らが寿司をつまんでいると、山元の叔父さんとか言う人が話しかけてきた。
「君らは拓郎君の友人か?」
「友人というか小中通しての同級生でした」
「うんうん」
敦がそう答えた。友人は寿司が口の中に入っていたのか頷くだけだ。
「じゃあ最近の拓郎のことは知らないんだ」
「高校は別々の所に行ったので最近の山元君の事は分からないです」
成績の芳しくなかった拓郎は皆とは違う高校に進学していた。結局、まともに学校には行けず退学したのだそうだ。
「何年も一人で部屋に籠もってたんだが、それを両親が注意するとバットを振り回したりして大変だったんだよ……」
そう、叔父さんが言ってきた。結構、悲惨な家庭環境だったようだ。
「はあ……」
拓郎は中学に入ったあたりから不登校が目立ち始めていた。最後の方では来てなかった記憶がある。
「信じられないっすね。 中学の頃は大人しくて、ケンカとか一度もしたことなかったっすよ」
友人が叔父さんに言った。
敦は拓郎がヘタレで、いつも何かに怯えてビクビクしていたことを思い出していた。
「家族が寝てる最中にバットで襲ったらしい。 親父さんは意識不明で病院に運ばれて大変だったんだよ」
敦はそれっきり黙りこんだが、親を殴り殺そうとした拓郎にはびびっていた。
「どうして引きこもりの山元君が交通事故にあったんですか?」
友人が興味深そうに叔父さんに尋ねた。
「両親を襲った後に道路に飛び出してトラックに跳ねられてしまったんだ」
「自殺………… ですか?」
叔父さんの話しだと交通事故と言うより自死を疑ってしまう内容だった。
敦はトラックの運転手に同情してしまった。自分に落ち度が無いのに、人を死に至らしめてしまうのは相手が自殺であろうが嫌な物だ。きっと、やりきれない気持ちを抱えて日々を過ごすに違いないからだ。
「それはどうだろう…… バットを振り回しながら『来るな!来るな!』と叫んでいたらしいんだ」
敦は薬物中毒患者みたいだなと思った。彼らは虫が襲って体中に潜り込む悪夢を見るらしいとネットで読んだ事があるのだ。
だが、引き篭もりの彼に薬物を手に入れる手段が無いような気がしていた。
「山元君は何に怯えていたんでしょうか?」
不思議に思った友人が叔父さんに尋ねた。
「それを知りたくて君らに話しかけたんだけどね」
叔父さんは探るような目つきで敦たちを見てくる。
(学校で虐めが有ったとでも疑っているのだろうか?)
敦は叔父さんが自分たちに話しかけた理由が解った気がした。普通に考えると、学校でいじめに遇っていたと疑っていたのだろう。
拓郎の突然の行動変化に疑うのも当然だと敦は考えた。
(理由を一番知りたかったのは母親だろうな……)
きっと、拓郎の母親が叔父さんに頼んだのかもしれないとも考えた。
「山元君は保健室登校か学校を休むかだったので一緒に遊ぶ暇が無かったです」
「自分らも分からないです……」
「そうそう……」
「…………」
虐めに遭うほどクラスには来てなかったので、誰も何とも答えようが無かったのも事実だ。
むしろ、交通事故で死ぬまで誰も思い出さなかった程だ。
「そうか……邪魔したね」
そう言うと叔父さんは離れていった。少し肩を落としていたように見えたのは気の所為ではないはずだ。
自分の甥が誰にも関心を持たれなかった事実に気が付いたのであろう。それはそれで物悲しい事であったのだ。
「結局、原因は分からないままか……」
重度の引きこもりだった拓郎が、いきなり暴れて外出したのかは謎のままだった。
「親や親戚が分からんのに俺らに分かる訳ないじゃんな」
「……」
「……」
「まっ、どうでもいいか」
友人たちはそんな感じで寿司を頬張っていた。そして、昨日見たドラマの話をし始めていた。次の関心事に入っていこうとしている。
しかし、そんな友人たちとは別に、敦は『アレ』が原因だったのかなと思いだしていた。
====== 後書き =====
★ホラー小説 かみさまのリセットアイテム(完結)
https://kakuyomu.jp/works/1177354054897863159
★サスペンス小説 NAMED QUCA ~死神が愛した娘(完結)
暗殺者となった少女と家族を亡くした刑事。向かい合うのは二つの孤独。そんな二人のお話です。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054892138798
★コンビニ店員の困惑
悪気無い行動が起こした呪いの連鎖反応
https://kakuyomu.jp/my/works/16816700429375069194
◇クラックコア3
同級生から手助けして欲しい頼まれたディミトリ。彼は麻薬組織の売上強奪に忙しかった。
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◇新作ホラー小説 蝶だけが知っている
お手軽な感覚で行った闇バイト。とんでもない事になってしまった
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お暇な時にでも楽しんで貰えれば幸いです。
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