第2話 禁忌遊戯
小学生の時。
敦が小学四年生の時に国分義弘(こくぶよしひろ)というやつが転校してきた。彼は親の転勤で九州の方からやってきたのだ。
当初は妙な方言を使っているという理由でからかわれたりしていた。だが、小学生なだけあってすぐに打ち解け一緒に遊ぶようになった。
国分も朗らかな性格という事もあり直ぐに馴染んだようだ。
その日は、いつものように近所の寂れた神社で国分を交えて遊んでいた。最初はかくれんぼなどありふれた遊びをしていたが、やがて飽きてきて神社の境内にみんなで腰掛けていた。
みんなとは敦と山元拓郎と川崎雄一と国分義弘の四人だ。
「そう言えば国語の宿題はやった?」
「いいや」
「先生は宿題を出しすぎ……」
「やる気が出ない」
「夕飯を喰ったら本気だす!」
「あははは、家の兄ちゃんみたい」
まだ陽が高く家に帰っても勉強をしろとせっつかれるの目に見えている時間だ。
「お前の兄ちゃんはニートって奴だろ」
「いいや、コンビニでバイトしてるよ」
「へえ、いつ行ってもゲームしてるからニートだと思ってた」
「変な客しか来ないって嘆いていた」
「こっちの生活は慣れたの?」
山元は転校してきた国分に聞いてみた。
「うん、言葉使いが慣れないけどな」
「どんな風に聞こえてるんだよ」
「何だろう、ちょっと澄ました奴と話してる感じ」
「そうなのかあ」
やはり言葉は耳が慣れないと難しいのかもしれない。
「んー、なんか飽きちゃったな……」
山元がそんな事をポツリと漏らした。敦と川崎は昨夜の野球中継のことを話していた。
「なあ、オーセマモドキをやってみないか?」
すると、国分がそんな事を提案してきた。九州にいた時に国分が遊んでいた物のようだ。
「?」
「?」
「?」
いきなり『オーセマモドキ』と言われても、小学生だった敦には言葉の意味すらわからない。
当然、自分以外の友人たちもチンプンカンプンのようだ。
「オーシマモンキッキ?」
「コジマダヨッキ」
「オーセマモドキ」
「それはどんな遊びだ?」
川崎が国分に尋ねた。
「んー、簡単に言うと風を吹かせる遊び」
国分が一言で済ませた。後で分かったのだが、国分自身も仕組みを詳しく理解していなかったらしい。
「風?」
「うん。 上手くいくとビューーーッて感じで風が吹くんだ」
最初、敦はドロケイみたいな遊びだろうかと考えていた。だが、意外な効果に皆も興味を示した。
「他には?」
「いや、無い。 風が吹いて来るだけだ」
「そんだけ?」
「うん」
「何だ」
ここで全員吹き出してしまった。大層な名前の割にショボイ効果だからだ。
敦としては魔法陣が出現して雷が鳴り出すとか、真っ黒な雲が湧き出してヒョウが降り出すとかを期待したのだった。
「まあ、退屈だしやってみっか!」
「おう」
「いいね」
「よし」
他にする事もないので、退屈しのぎに『オーセマモドキ』をやる事にしのだった。
四人組は国分の説明て準備を始めた
手順は簡単で神社の境内で適当な場所に土を盛って泥山を作り、そこに木の枝で作成した簡易な鳥居を建てるだけだ。
枝もただ差すだけでなく神社に向かって斜めになるようにするのがコツなんだそうだ。
そして、泥山は直線に並べる必要があった。この方が風が吹きやすいらしい。
「どっちに向かって並べるの?」
「この道の真ん中じゃ駄目?」
「ちょっと斜めにするんだ」
「じゃあ、コッチにしようぜ」
それは参道から外れて山に向かう方角だった。
四人は土を掻き集めて高さ十センチ程度の泥山を作ってみた。日頃から泥団子を作り慣れているのでお手の物だ。
「なんか動物の墓みたいだな……」
山元がそんな事を言いながら枝を刺している。山元は一番外側に泥山を作っていた。
神社に近い場所に国分、その隣に川崎・敦・山元の順で並んでいた。
「後は?」
「木の枝で鳥居みたいなのを作って、泥山に刺すだけだよ」
簡易な鳥居とは、神社の参道に在るような本格的な物で無く。長め木の枝にπの字になるように他の枝を括り付けるだけだ。
元々、鳥居とは神様の使いである鳥が、長旅の疲れを癒す為の物だ。なので地面に平行な棒が在れば良いだけらしい。
そんな説明を国分は得々と語っていた。
まあ、誰かの受け売りであるのは明白だが、敦は知らない単語の羅列に戸惑っていた。
その後に先の尖った枝を神社に向かって斜めに刺すのだそうだ。それで完成。
「出来た!」
「さあ、来い!」
「うん」
敦たちはワクワクしながら、風が吹くのを待ってみた。
「……」
「…………」
「………………」
何も起こらない。
「風…… 吹かないねー」
「うん……」
「失敗だったのか?」
「なんだよーつまんねーー」
皆、口ぐち不満を漏らしている。
そこで、敦は落ちていた木の板で扇いでみる事にした。
「うりゃあー」
少しだけ風らしきものが皆に吹きかける。
扇いでいると『まだまだ足りないぞー』などと川崎がはやし立てていた。山元は泥山を跨いだまま腰を降っていた。
良く分からないが、皆が楽しそうにしているので、嬉しくなった敦は扇ぎ続けた。
その変化に最初に気が付いたのは山元だった。
「おっ? 始まるみたいだぜ」
川崎がニヤニヤしている。頬のあたりをくすぐるような微風が来始めたのだ。
思った通りになり始めたので嬉しくてしょうがないようだ。
すると。
ひゅうと何かが敦の耳元を通り過ぎた感じがした。
「えっ……」
ビックリした敦が振り返ってみた瞬間。身体が持っていかれるかと勘違いしそうな強風が吹き出した。
「おっ?」
山元はキョトンとした顔をしていた。どうやら想像していた物と違っていたらしい。
「ヒャッハー」
川崎は風に向かって拳を突き出している。きっと、何かと戦っているのだろう。川崎は戦隊ヒーロー物が好きなのだ。
「うそ……」
そして、国分がそう言いかけた時。
今度はゴゥと一陣の風が吹き抜けたのであった。
「すんげぇぇぇぇっ!」
「頭の上辺りを風が吹いてたるみたいだなっ!」
髪の毛を全て持っていかれるかと思うような風が吹き抜けた。敦たちが作った盛り土は風に吹かれてみるみる内に小さくなっていく。
やがて、盛り土に刺した枝が倒れるのと同時に風は止んだ。
川崎と山元は手を叩いて喜んでいる。目論見通りに風が吹いたので面白くしょうがないらしい。
「え…………」
しかし、当の国分は酷く驚いているようだ。あたりをキョロキョロと見回している。
「ええ?」
敦は木の板で扇いでいたので、残念ながら風に吹かれる事が出来ないでいた。
「ちぇ、俺だけ仲間外れかよ」
敦は少しだけ残念に感じていた。それでも成功したので嬉し事は確かだ。額に汗を浮かべているが、顔には笑みが浮かんでいた。
「本当に吹くとは思わなかったよ」
「いや、すげぇ風だよな!」
「泥山を大きくすればもっと凄いのが吹くんじゃね?」
「家からシャベルでも持ってくるか?」
自分たちの遊びの結果に興奮した三人が口々に言い合っていると、国分が一人だけ浮かない顔を見せていた。
「……………………」
「凄かったよな」
「どうしたん?」
「どした?」
「枝が倒れたのを見たの初めてなんだ。今まではこんなことなかったのに……」
国分がブツブツと言いだした。足元を見ると震えているのが分かる。目には涙が溜まり始めていた。
顔が青ざめていて明らかに怯えている様子だった。
「どうしよ…… どうしよう……」
「?」
「?」
「何がどうしたの?」
敦が尋ねると国分は泣きそうな表情になっていた。
不安そうな国分を見て山元も、先ほどまであった自信満々な表情とは一転して暗い顔になっていった。
「もしかして…… 俺たちは何か不味いことをしたのか?」
山本は、そう言いながらオロオロしはじめた。
「実はこれ、前の学校で危ないからするなって先生に言われてたんだ……」
国分は一同が驚愕するような事を言い出した。
大人がやっても何も起こらないが、子供がやると時々ひきつけを起こしてしまうと噂されていたらしい。
理由は分からないが、危険な遊びだろうから禁止しろと学校に捩じ込まれたりしたのだそうだ。
危険だと言うのなら家庭で注意すれば良い話。いつの時代でもモンスターペアレンツは居るものだ。
学校としても訳の解らない面倒に巻き込まれるのが嫌で禁止されたそうだ。
「引きつけ起こしてそれからどうなるの?」
敦が尋ねた。
「呪いがかかって地獄に連れて行かれるとか、化け物が夜中にやって来て食べられてしまうって噂を聞いたんだ」
国分が返事してきた。結構、強烈なしっぺ返しがある呪いのようだ。
「え、ええぇぇぇ……」
「後出しでそんな事言うなよ……」
「……」
いきなりの告白に全員が戸惑うように抗議した。ビビリの山元に至っては言葉を失っているようだ。
敦と川崎はお互いに肩をすくめてしまっていた。危ない遊びだから駄目と言われてもやってしまった後なのだ。
「今更、どうにもならないしなあ」
「親に言ってみるか?」
「親に言っても怒られるだけじゃん?」
「……」
自分が考えてもいない結果に泣き始めた国分に皆も慰めの言葉をかけた。
もう、ここで今日は解散することにした。なんだか気が削がれてしまったからだ。
「だって、このままだと呪われるんだろう?」
山元は顔を蒼くしたままだった。呪われるという言葉を気にしているらしい。
「呪われるって言っても平気じゃね?」
「うん、その人が呪われたって事をどうして他の人が知ってるんだよって感じだよな」
一方の敦と川崎は大して気に留めていなかった。ひきつけを起こすかどうかより風を吹かせた方が気に入っていたからだった。
翌日から国分は学校に来る事はなかった。先生の話では病気になったので入院したと言われただけだった。
山本の母親の話では精神科系の病院に入院したのだそうだ。同じ市内だが山奥なので一家も麓に引越ししたそうだ。
(きっとオーセマモドキのせいだよな……)
(呪いがかかってしまったに違いない……)
(これは親に言われたら殴られるどころじゃないな……)
敦たち三人組は神社で行った悪戯は秘密にしようと誓い合った。そのまま、誰も口にすることはなかった。
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