第3話 廃れた神社

 自宅に帰って来た敦は川崎雄一に電話した。彼にも連絡は行っているはずなのに葬式に来なかったからだ。

 川崎も山元と一緒に『オーセマモドキ』をやった仲間だ。当然、参列しに来ると思っていたのだった。


「よお、雄一」

『お久しぶり……』

「今日、山元拓郎の葬式だったよ」

『ああ、知ってるよ……』

「何で拓郎の葬式に来なかったの?」

『そこまで親しい間柄って訳じゃないだろ』

「そうか……」

(随分と冷たい奴だな……昔はこんなんじゃなかったのに……)


 まあ、冠婚葬祭に関しては、人それぞれに考え方が違うのだから仕方無いのかもと敦は考えた。

 その後、お互いの近況などを報告し合ったりした。


『地方の大学に行ったって聞いたけどツレは出来たか?』

「ふふふ、俺の対人スキルの無さを舐めるなよ……」

『まだキョロ充のままなのか』

「おうよ」

『いばるな、あはははは』

「はははは」


 敦は他人との距離の取り方が上手く行かない方だった。なので、地方の大学に行っても中々友人と呼べる奴が出来ないでいた。

 もっとも、当人は余り気にしていないようだ。独りで行動する事を気に入っているのだ。


「そのうちなんとかなるだろう」

『まあ、焦ってもしょうがないもんな』

「ああ、そうだな」

『なあ、久し振りだから山釣りにでも行こうか?』

「あー。良いねー」


 敦も川崎も父親の影響もあって釣りが趣味だった。親に連れられて海に山にと釣りに行ったものである。そんな父親も歳を取ったせいか、釣りには殆ど行かずに家庭菜園に精を出していた。土いじりの方が楽しいらしい。

 もっとも、家庭菜園で作る自家製の野菜は、農家が作るものと違って見てくれがブサイクで美味しくなく母親に不評であった。やはり、本職の農家が作るものは柔らかくて美味しい。


『善治も誘って良いか?』

「良いよ、じゃあ俺が車で迎えに行くわ」


 善治とは豊平善治(とよひらよしはる)のことだ、中学時代に川崎と共に良く一緒に釣りなどして遊んでいた。


『おう、分かった。』


 翌日、敦は父親の車を借りて雄一たちを迎えに行った。彼らは駅前のロータリーにいた。これから向かうのは中学時代に良く行っていた渓流だ。少し奥まった場所にある。


(車でなら行く気になるけど、自転車だと正直キツイよなあ……)


 中学生の時には自転車でその険しい山道を登ったのだ。敦は我ながら良く出来たもんだと関心していた。

 高校生になった時には、山で遭難事故が起きたと言われて、学生だけで山に入るのは禁止されてしまっていた。


 神社の前を通りかかった。参道が小山の上まで伸びており一見すると普通の神社のように思える。

 だが、誰も手入れをしないのか、雑草や雑木林が伸び放題になっており、鳥居や階段は苔だらけになっていた。

 それはそれで趣が有って良いものだが、近所の家からすると溜まったものでは無い。ほっとくと害獣などの住処になってしまうからだ。


「そう言えば俺の爺ちゃんが話していたんだけど、ここの神社は神様が居なくなったって嘆いていたよ」


 豊平が後部座席でそんな事を呟いていた。

 敦はチラリと神社の方を見た。

 確かに廃れっぷりが凄い。鳥居がある事で辛うじて神社があるらしいと分かる程度だ。

 きっと、社の方もボロボロになっているのは想像に難くない。それは廃墟探検家が好みそうな雰囲気を醸し出しているであろう。


「へえ……」


 敦と川崎はお互いに顔を見合わせてしまった。この神社が『オーセマモドキ』をやった神社だからだ。

 国分が学校に来なくなってからは近付く事さえしなかった。子供心に拙い事したと自覚はあったのだ。


「神様って居たり居なくなったりするもんなのか?」


 川崎が豊平に尋ねた。豊平の家も神社で祖父は神主をしていたのだ。


「この神社の総代が爺ちゃんの所に相談に来てさ」

「うん」

「何をやっても参拝する人が減り続けてるんだって」


 何でも参拝すると気分を悪くなる人が続出して、その噂話を聞いた人たちが来訪するのを敬遠するようになったらしい。

 誰だって曰くのある神社には来たくは無いものだ。運が悪くなってしまう。


「まあ、今どき神様を信じてる奴は減少していってるからね」

「だから、何か良いアイデアが無いかと聞いてきたんよ」

「ほお、神社同士だから手助けして欲しかったんだろ」

「それで、爺ちゃんが一度ここに来たのよ」

「現場を確認って奴か」

「そう。 それで俺もその時に一緒に来たんだけど……」

「そうなのか?」

「神社って社の中に御神体ってのが有るものじゃん?」

「ああ、開けちゃ駄目って奴的な」

「俺は開けちまったのよ」


 豊平は事も無げに答えた。誰も管理してないせいか本殿の鍵が空いていたのだそうだ。


「ちょ」

「大胆な奴だな~はははは」

「子供だし神社の決まり事なんか知らなかったんだよ」


 大人と違って子供はやってはダメという事を往々にしてしまうものだ。今回もそうなのだろう。

 御神体といっても色々ある。有名な神社などには、本殿の奥深くに鎮座する鏡や玉・剣・矛などなど様々ある。

 もちろん、御神体には自然物などもある。というか、一般的にはこちらの方が多い。巨樹や巨岩などを霊樹や霊岩として礼拝の対象になるのだ。

 人は大きな木や石を見つけたとき、そこに神秘的なものを感じるものだ。これは日本だけに限らずに世界中にある。オーストラリアのエアーズロックとかが有名だ。

 日本においては顕著なのは自然災害に直面することが多いのも関係するかも知れない。八百万の神なんてのが出てくるのはそれが理由なのだろう。もしくは、それらの神々が信じられているから色々なものに神性を見出す習性が培われたのかもしれない。


「中身はどうだった?」


 御神体など拝見する機会は、そうそう在るものでは無い。なので、実際に見たやつの話を聞く機会も無いだろうと、敦は質問をしてみたのだった。


「そしたら中には割れた石ころが有るだけだった」


 豊平はさもがっかりそうに言った。何かお宝みたいなものがあるとでも思っていたに違いない。


「石?」


 昔は死んだら河原に埋められる事もあった。平地などは田畑にするので、山間や河原など使いみちが限られている土地を利用したのだ。その埋めた場所の目印として石を置かれる。大きな川だと遺体を流してしまう事もあったらしい。

 その為、石には魂が宿ると言われる事が多い。河原などで拾った石を自宅に持ち帰ってはいけないと言われる理由だ。

 また、葬式には白い石を拾ってきて、棺桶の上に置く風習が残っている地域もあるらしい。


「うん。 それでそれを持って爺ちゃんに見せに行ったんだ」

「触ったの?」

「御神体を?」


 普通に考えれば御神体を直接触るなどしないものだが、当時小学生だった豊平は無邪気に持ってしまったのであろう。


「爺ちゃんがなんか慌てていた」

「だろうな……」

「ははは」


 彼の祖父が驚愕したのは間違いない。


「そしたら爺ちゃんが神様が居なくなったって呟いたんだ」

「その後はどうした?」

「さあ……自分には何も出来ないですよって総代の人に言ってた」

「どゆこと?」

「俺にも分からん……」

「……」


 友人たちの話を聞きながら敦は黙り込んでしまった。

 敦は山元拓郎の葬式から帰宅した後で『オーセマモドキ』について検索してみたのだ。


(何をどう考えてもオーセマモドキが原因だろうな……)


 元々、『オーセマモドキ』とは神様を招く為の儀式だったらしい。もちろん、社に神様が居ないのが前提だ。そうじゃないとそれまで社に居た神様は追い出されてしまう。追い出された神様が怒り出して祟神なりでもしたら厄介な事になってしまうのだ。

 だが、国分が行なった方法は不完全であったらしい。土で山を作り木の枝を指すのでは無く、蝋燭をともして通り道を示し、それから祝詞を正しく唱和しなければならなかったのだった。

 あの時には、国分は正しい手順を踏まなかった。適当な方角に通り道を向けてしまい、祝詞も唱えなかったので神様だけ追い出してしまったのかもしれない。

 その為にあの神社の神様が居なくなったと考えたのだ。


(何か招いてしまったんだろうな……)


 問題は招聘する神様はちゃんとした手順を踏まないと何が召喚されるのか分からない点だ。空き家に誰かが勝手に住み着いてしまった感じだ。

 或いは違うものを召喚して置き換えてしまったのかもしれない。


(祟り神でも召喚してしまったのでは無いのか……)


 敦はネットで得た知識とは言え、かなり拙い事をしてしまったんだなと考えていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る