第4話 山道のコンビニ

 目的地である川に向かう山道の入り口にコンビニがある。日本全国、何処にでもある普通のコンビニだ。

 もっとも、外装も品揃えも何処に行っても同じというのがコンビニの特徴なのだ。

 面白みに欠けると言われる知れないが、逆に安心できるとも言えるのだ。敦は安心する方だ。コンビニに面白さを求めてなど居ないからだ。

 この場所は、山の入口という事もあり、民家はまばらであるが国道に面しているためか車の往来は結構あった。理想的な立地であるように思えた。


「あそこで食い物を買って行こうぜ」

「そうだな」

「簡易コンロを積んで来たぞ」

「焚き火で魚を炙って喰いたい」

「おお、それも良いな」

「取り敢えずオニギリが欲しい」

「後、飲み物……」


 敦たち三人組はコンビニに立ち寄り食料などを買うことにした。現状、釣り道具以外は何も無い。

 ちょこっと釣りを楽しんで、夜にはカラオケにでも行こうと計画していたからだ。


「シャッセーーー」


 店員が覇気のない挨拶をしてきた。きっと、マニュアルに書かれている通りに対応しているのだろう。

 コンビニは店外から見た限りでは客が誰も居ないように感じた。コンビニの店員が一人でポツンとレジの前に居るだけだ。

 平日の昼間なのでこんなものかと気にせずに店内に入っていった。


「ん?」


 敦が店内に入ると一瞬だけ店内が暗くなったような気がした。


「……」


 眉間に皺を寄せて天井の灯りを見る敦。すると、天井の角に店内を映すカーブミラーに気が付いた。万引防止などの為に付いている事が多い。

 ミラーを見ていると店内に他の客が居ることに気が付いた。中年の男性客だ。


(確か入った時には誰も居なかったよな?)


 そちらの方角に視線を移すと、その客は確かに居た。手にかごを持っているところを見ると自分たちより前から居たに違いなかった。


(しゃがんでいたのかな……)


 少しだけ違和感を覚えた。だが、自分の視界に偶々入らなかったのだろうと納得することにした。


(車も人の通りも途絶えた気がするな……)


 自分たちがコンビニの駐車場に車を止める時には何台か車が走っていた気がしていた。それに人の往来もあった。

 それが、ぱったりと途絶えているように思えたのだ。


「何、ボゥッとしてんだよ」


 川崎が話しかけて来た。敦が手に買い物カゴを持って呆然としているように思えたのかもしれない。


「いや、店内が一瞬だけ暗くなったような気がしてさ」

「そんな事なかったぞ?」

「気のせいだろ」

「そうかな……」

「近くに雷雲でも出てるんじゃないの?」

「給電が不安定になってるってか?」

「今の日本でそういうのは余り聞かないな……」

「雷注意報出ていたっけ?」

「山の天気を当てられる奴なんざいないよ」

「何を言ってる。 俺たちの森さんが晴れると言ってたぞ!」

「誰だよ? 森さんって……」

「ははは……」


 敦たちはそんな取り留めのない会話をしながらおやつや昼食を買い物カゴに放り込んでいった。

 川崎が切り餅をカゴに入れた。


「餅喰うの?」

「腹持ちが凄く良いんだぜ?」

「何だか元気になるしな」


 米は太陽と土と水の恵みを受けて結実してきた。

 多くの人の手がかかり思いが籠もっていると言われている。餅にはさらに力が込められているのだ。

 だから、晴れの日の食べ物にと相応しいものはないされた。

 どんなオカルト否定論者でも『餅を食えば元気になる』を迷信と言う奴はいないのであろう。


「確かに簡単に調理出来て便利だしな」

「おう」

「酒…… どうするよ?」


 川崎が冷蔵コーナーのビールを指差しながら聞いた。


「おいおい…… 俺たちはまだ未成年だぞ、それに運転手だから要らないわ」


 正月などに父親の酒を舐めたりするが、手酷い頭痛に成るので酒が合わない体質なのだろうと敦は思っていた。

 それに、まだ未成年なので川崎の申し出には良い顔をしなかった。敦にはバレなければ何をやっても良いとの考えは合わないのだ。


「そうだな…… じゃあ、俺たちだけじゃ悪いから止めとくか!」


 どうやら川崎は日常的に嗜んでいるようだ。だが、敦はそれを嗜めるような野暮は言わなかった。

 メンドクサイヤツと思われるのも心外だからだ。

 只でさえ人付き合いが苦手で大学でも仲の良い友人が中々出来ずに悩んでいた。地元の数少ない友人を減らしたくは無かったのだ。


「替わりに炭酸の奴を買う」


 豊平が強炭酸水をカゴに入れた。余計な味付けが無いので敦も好んで呑んでいる奴だ。


「ああ、俺もそれが良いわ」

「甘くないのが良いよね」

「甘いのは口の中がネチャネチャして苦手なのよ」

「はははは」


 レジにいるコンビニ店員は死んだような目で佇んでいた。山の入口にあるコンビニに来る客はキャンプ場の酔っ払いか、自分たちのような若造だ。どっちも無駄に騒ぐので大して面白く無いのだろう。

 手元にあるチェックボードに何かを書き込みながら、レジの後ろにある棚を探っていた。恐らく在庫チェックを実施しているのであろう。


「お願いしまぁーす」


 敦が声を架けると彼はレジの所までやってきた。


「シャッセーーーー」


 抑揚のない声を出しながら、カゴの中にある商品を手に取りバーコードリーダーを充てていった。


「レジ袋は入りますかあ」

「いいえ、要りません」


 廃止を決めた大臣より役に立つレジ袋が有料になったので、敦は自分の買い物袋を持ち歩くようになった。折り畳めば尻のポケットに入るので荷物にはならない。ゴミが散乱しなくなったのは良い事だが、ひと手間増えたのが悩みの種だ。

 もっとも、廃止を決めた人も世間からのバッシングには辟易しているらしい。御曹司として甘やかされた分、人の向ける剥き出しの悪意に戸惑っているのだろう。それは、どうでも良いことだなと敦は考えた。


「…………」


 店員はレジをこなしながらも、時々敦の後ろをチラチラと窺うように見ていた。それは、何かを探しているようにも感じたのであった。


「?」


 後ろにいるのは川崎たちだけだ。敦が代表して会計を終えるのを待っているだけだ。

 彼らはナンパの極意について議論していた。もっとも、成功した試しが無いのが玉にキズのようだ。


(ん? あの中年の客が居ないな……)


 カーブミラーに写っていた中年客は居ないように感じた。まるで幻を見たような感覚だ。


(ひょっとして最初から居なかったの?)


 だが、敦が見た時にはハッキリと写っていた。何かの本を読んでいるような印象が有ったのだ。

 敦は不思議に感じていたが、自分の勘違いであろうと気にしない事にした。トイレに行ったのかもしれないし、さほど重要な事でも無いからだ。


「合計で××××円になります」


 敦は財布から金を取り出し店員に渡した。最近は電子マネーにも対応しているレジが増えているが敦は現金派だったのだ。現金の方が手元にいくら持っているのか把握出来て安心だからだ。電子マネーは手軽に中身を確認出来ないので使いたくなかったのだ。

 店員が会計処理をしている間に、敦はレジを終えた購入した品々をマイバッグに詰め込んでいた。


「はい、○○○○円お預かりします」


 多くのコンビニ店員がそうであるように、ここの店員もマニュアル通りの受け答えをするだけだ。彼らは丁寧な振りをするのが上手なのだ。

 何より、最後まで目を合わせない。これも彼らに共通した癖であるらしい。


「お釣りの△△円でございます。 ありやしたぁ……」


 そう言うとコンビニ店員は自分たちへの関心を失ったかのように、再び手元のボードのチェック作業に戻っていった。

 敦は微妙な対応する店員の態度を不思議に思ったが、そういうものかと思い直してコンビニを出て車に乗り込んでいった。



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