第5話 俺は悪くない

 敦たち三人組はコンビニ店を出ると山を目指した。もちろん運転するのは敦だ。

 中学高校を通して、この山に良く渓流釣りに来ていたので詳しいからだ。


 釣りを始めたきっかけは父親の影響だった。父親も無類の釣り好きでレジャーボートまで所有している程だ。

 その父親の釣りに一緒に付いて行って覚えたのだ。なので、結構あちこち釣りに連れて行ってもらった。


 中学生になってからは、一人で出掛ける事が多くなっていった。親と一緒に行動するのが恥ずかしく思えたせいなのかもしれない。

 次の日曜には海釣りに誘ってみようかと考えていた。


(ここに来るのも久し振りだな……)


 以前は免許を持っていなかったので主に自転車で来ていた。我ながら良くやっていたと感心する。

 若いとはいえ山道を釣り道具担いでエッチラオッチラ登るのだ。体力に自信が無いと出来ない。


(努力家と言う事にしておこう)


 釣り好きの川崎雄一と一緒に来る事も有ったが、一人で来るほうが圧倒的に多かった。敦は対人関係が苦手な方なので一人で遊べる釣りが好みだったのだ。


「そう言えば雄一はスキューバーダイビングは続けているの?」

「最近は余り行ってないな……」


 川崎は釣り好きが高じて海洋生物に興味を持ち、スキューバーダイビングのライセンスを中学生の時に取得していた。もっとも、海の中に素潜りで潜ることの方が多いと言っていた。本格的な奴は装備が重くて持ち運びが大変な為だ。


「俺も海釣りに良く行ってたけど根がかりで良く疑似餌を無くしていたよ」


 まだ、初心者の頃には根がかりを当たりと勘違いして強く引いてしまう事が多い。そうすると軽く引っ掛かるだけだった釣り針が、本格的に食い込んでしまいどうにもならなくなってしまう。そうなると強く引くしか無いのだが、それはそれで問題がある。

 途中で釣り糸が切れてしまうのだ。時々、ニュース映像などで釣り糸に絡まった野鳥や亀などの報道を目にするケースがある。中にはダイビング中のダイバーが絡まってしまい溺れてしまう事もあった。それに釣り糸は腐らないものが多いので余り環境に優しくないのだ。


「ああ、アレって疑似餌に付いている釣り糸が見えなくて大変なんだよ」

「無色透明な釣り糸が多いからな」

「水中に潜っていると全然見えない」


 川崎はそう苦笑していた。前にも疑似餌や釣り糸を放置して行く奴が多いと嘆いていた。

 同じ釣りを趣味とする者としては苦々しく思っているに違いない。


(別に狙って根がかりで擬似餌や釣り糸を捨てた訳じゃないしなあ)


 今なら根がかりで糸を切るような事は無くなってきたが、当時は中学生で技術が未熟だったのだ。


(俺は悪くない…… 多分……)


 敦はそう自分に言い聞かせる事にした。


「そう言えば善治は最近はソロキャンプに出掛けてるの?」


 敦は豊平善治にも話しかけてみた。彼も釣りもするがメインの趣味はソロキャンプだった。

 一人用のテントを始めとして道具も揃えていた。週末になるとそれらを担いで近傍の山の中に入ってソロキャンプを楽しんでいるらしかった。

 ただ、火災とかが怖いので焚き火などは駄目と親に制限されていると嘆いていた。


「俺も最近は登って居ないよ」

「体力の限界?」

「そんな訳あるかい」


 豊平は笑いながら答えた。


「そう言えば高校に入ったばかりの頃に山道で転んでな」

「登山なんかしてたっけ?」

「いや、奥の方に渓流が有るんだよ」

「自転車で行けないような場所?」

「そうそう、それで釣り道具一式担いで登った」

「へぇ」

「それでコース表示板を倒してしまった事があったのよ」

「まあ、山の中だから根本が腐っていたんだろ」

「多分ね……」


 山には湿気が多いので定期的にメンテナンスしないと直ぐに傷んでしまう。人気の観光スポットであれば人手もあるが、こういった場末の街では余り望めないものだ。


「元通り地面に刺しておいたけど、ちゃんと刺せていなかったのか次に行った時には無くなっていた」

「それって方向指示は元通りにしたの?」


 普通は山の頂上や下山などの方向を示している。これが違っていると登山者は見当違いの方向に向かってしまい、遭難事故になってしまう可能性が有るのだ。


「んーーー、自信無い……」


 コース表示版を直した時にも、方向が合っているのか不安だった記憶が蘇ってきたのだ。


「ちょ、お前ってヒデェ奴」


 豊平はそう言って笑い転げた。


「それって、間違えて刺してたんじゃないの」


 川崎も釣られて笑っていた。きっと、川崎の言う通りコース表示版が無くなったのは方向指示が違っていたせいなのであろう。


(まあ、俺もそう思ったけどね……)


 敦も苦笑していた。昔のことなので、今更どうにもならないからだ。


(ワザとやった訳じゃないから俺は悪くない……)


 きっと、今は修復されて元通りになっているに違いないと願っていた。

 昔からであるが敦は巡り合わせが悪い方だ。悪気は無いのだがやってはいけない事をしてしまう。


 大学に入って機械整備のバイトに付いた事がある。整備と言えば聞こえが良いが、食品にラップを掛けるのをサポートする仕事だ。要するに空になったラップを交換するだけだ。業務用なのでデカイ奴だ。それを一時間に一回程度交換するだけの仕事だった。

 開いた時間は自由にしていて良く、その間に自分の勉強や音楽を聞いていたり出来る楽勝のバイトのはずだった。

 だが、相手が機械であるだけに故障が発生する。当たり前と言えばそれまでだが、敦が担当すると起こる頻度が並ではなかったのだ。


 また、ある時に器具が紛失する事故が何度かあった。

 知っている人いるかもしれないが、食品工場で物が紛失するという事は、生産品への混入を即意味している。

 つまり、紛失時に生産していた製品は全て検品、理由がわからなければ全て廃棄しなければならない。被害額は数千万円単位になってしまう。


 勿論、かなり色んな内部調査が行われたにも関わらず原因は不明のままだった。

 ただ、その紛失時全てが敦のバイト時間と重なっていた。当然、会社から何度も尋問を受けたりした。しかし、見に覚えのない敦は答えようが無かった。

 次第に自分と同じ勤務になるのをさけようとする同僚も多くなり仕事もうまくいかなくなった。結局、敦はバイトを自主的に辞めざるをえなくなった。


(なぜ俺がこんな目に遭わなければならなかったのだろうか……)


 敦は大学の数少ない友人の紹介で占い師を尋ねてみた。占い師に子供の頃から運が悪い事を説明した。

 話を静かに聞いていた占い師は、水晶で占いを始めたが何かに気づいたらしくためらいがちが言った。


「何か…… やってはいけない事をしましたね?」


 その時には神社で行なった禁忌の遊戯はすっかり忘れていたのでピンと来るものが無かった。ただ、運が悪いと思っていたのだ。


「さあ…… 思い当たる事が無いですね……」


 そこで、占い師から今の運気を上昇させる方法とやらを教わった。

 朝起きたらうがいをしてから部屋の四隅に盛り塩をする。運気の入り口である玄関を綺麗にする。小さな事でも幸せと思った事を思い浮かべながら鏡に向かって『俺は大丈夫』と言う。

 毎日それを実行しているが他のバイトに就いても、敦の周りには次から次に不可解な事故や事件が起こっている。


(まあ、気休めにもならなかったな……)


 敦には効果が出ているとは思えなかった。地味な不幸が纏わり付いているのだった。それも鍵を無くしたとか、マスクの紐が切れたのに予備を家に忘れたとかの地味な奴だ。


(ん?)


 カーブに差し掛かったのでカーブミラーを見ると敦たちの車の後を一台の車が来ているのが見えた。


(珍しいな……)


 観光地でも無いので、そんなに車の往来があるとは思えない道だ。


(尾行されている? まさかな……)


 まだ、帰省して一日しか立ってない。そんな敦を尾行する奴がいるとは思えず、思わず苦笑してしまった。

 次のカーブに差し掛かると後ろの車は見えなくなっていた。


(やはり気のせいか……)


 そんな事を考えながら運転していると道に霞が掛かって来た。霞というよりは濃い目の霧といった感じであった。だが、霧は朝方などの気温差が激しい時に発生するものであった。今はそんな時刻では無い。


(あれ…… この時期に霧か?)


 敦は不思議に思いながら霧の中に車を進めていったのだった。



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