第6話 拒絶される返事

 敦たちを載せた車は次第に深くなっていく霧の中を進んでいった。

 最初は山道のコーナーを楽しむようにハンドルを切っていったが、視界が悪くなるにつれ慎重になっていった。


「参ったなー」


 慣れ親しんだ山とはいえ久しぶりなので自分が何処に居るのか分からなくなって来たようだ。


「迷子になったん?」

「そういう訳じゃないけど……」


 このままでは川崎や豊平に馬鹿にされてしまうと焦っていた敦は咄嗟に嘘を付いてしまった。

 敦は見栄っ張りな所があるのだ。


「はいはい…… で、GPSで位置分からんか?」


 だが、古い付き合いの川崎は敦の嘘を直ぐに見破ってしまっていた。


「カーナビ付いてないのよ」


 父親の車にはカーナビは付いてなかった。遠出すると言っても自分の知っている場所にしか行かないので必要が無いのだそうだ。


「スマートフォンのGPSは?」

「俺、ガラケー派……」

「ちょ……」


 別に誰かとSNSをする訳でも無いのでガラケーをずっと使っているのだ。何しろ安いのがメリットだ。

 だが、大学の教授からは授業の連絡などはスマートフォンのアプリを通して連絡すると言われて変更を予定していた。


(みんなスマートフォンに依存しすぎじゃね?)


 そう考えているが時流の流れなので仕方が無いのだろう。だが、漠然と考えているだけで具体的なことは何もしていない。携帯電話ショップに行くのが億劫なのもある。

 あの理解不能なカタカナを羅列しながら、何が得なのか分からないプランの説明を聞くのが面倒なのだ。敦は専門家という人種は何がなんでもカタカナを使いたがるのか不思議でしょうがなかった。きっと、カタカナを使わないと死んじゃう病気なんだろうと考える事にしていた。

 説明する相手は素人なのだから噛み砕いた日本語にしないといけない。専門用語では何を言ってるのかが分からないのだ。


「雄一のは?」

「電波が届いて無いみたい……」

「俺のもアンテナ立ってないぜ」

「まいったね……」


 川崎や豊平のスマートフォンも電波が届いていないらしい。アンテナが立たない時に有りがちなスマートフォンをアチラコチラに向けて電波を探していた。


(そういえば、あの釣りポイントも電波が届き難い場所だったな……)


 敦が良く行っていた渓流も電波が届きにくかった。山に囲まれてるから仕方がない。だが、まだそんなに山奥に入った覚えは無いはずなのだ。


「高校の時の矢野紀美子って覚えてる?」


 突然、豊平がそんな事を言い出した。豊平と敦はクラスは違っていたが同じ高校だったのだ。

 川崎は違う高校に進学していた。


「ああ、向こうの世界に逝ってしまった女の子だろ?」


 違うクラスだったが彼女の奇行は有名にだったのだ。

 彼女は夏休みが明けて二週間目あたりでいきなり統合失調症にかかってしまった。

 それまでは普通に授業を受けていたのだが、問題を当てられて答えている最中に突然奇声を上げ始めた。そして、見えない何かに怯えたり、いきなり暴れ出したりって具合だったそうだ。

 先生やクラスメートが宥めようとしたが聞き入れず、挙句の果てには教室の窓から逃げようとして、先生に取り押さえられて保健室に連れて行かれてしまった。豊平が彼女を見たのはそれが最後だったそうだ。


「結局、原因はなんだったの?」

「原因はわからないけど……」


 個人情報保護の名目で学校側は何も説明しなかった。もっとも、何も分からなかったのかも知れない。

 しかし、豊平が口ごもったところを見ると何か知っているらしかった。


「例の廃墟に行ったのが原因じゃないかって噂されているんだよ……」

「廃墟?」

「思惑山の工場の裏側にある奴だろ?」


 ここで川崎が口を挟んできた。この手の情報はあっという間に学生たちに広がるものだからだ。学校は違うが塾が同じケースが多く、そこで伝聞されるらしい。そして川崎も噂話を聞いていた。


「ああ、エレベーターの試験棟が見える廃病院さ」

「あそこはマジでヤバイって噂があったけど……」


 敦が聞いていたヤバイは、人通りが少ないので違法薬物の取引に使われている方のヤバイ噂だ。


「中学の先輩が行方不明になったって奴?」

「それそれ」


 廃墟を探検していたカップルがいたが、途中で彼女とはぐれてしまい行方不明になったと言われる奴だ。

 もっとも、真相が分からないのも、廃墟やお化け屋敷に付き物の噂話だった。


「でも、見つかったって話だけどな……」

「家出だったって奴?」

「良く有る話だな」


 家出していたのが見つかった言い訳に廃墟の噂を利用したとか、堕体して躁鬱になったとか、薬に手を出したとかの噂話はあった。

 しかし、どれも噂の域は越えてはいなかった。


「矢野は何で廃病院に行ったんだ?」

「肝試しさ」

「肝試しねぇ」


 敦が苦笑していた。彼は生来のヘタレなので、そういった類の遊びは断っていたのだ。


「里美が矢野を誘ったんだよ」


 藪下里美(やぶしたさとみ)とは豊平の元恋人で同じ高校に通っていた。


「なんか意外な組み合わせだな」

「里美は矢野と遊んだことが無いのを思い出して誘ったみたい」

「へぇー、大人しかったイメージしか無いから以外だな……」


 敦は矢野と同じ部活にいたので面識は有ったのだ。もっとも、居るんだか居ないだか空気みたいな奴との印象だった。


「矢野は廃病院で幽霊でも見たのか?」

「それは分からない。肝試しが終わってからは普通に帰っていったらしいからね」


 薮下たちにとって肝試し自体は何事もなく終わったらしい。拍子抜けしたので最後はカラオケを楽しんで解散したのだ。

 だからこそ、休み明けの矢野の豹変ぶりに困惑したらしかった。


「でも、ある時。 里美から矢野が自殺をしたってメールを寄越したんだ」


 矢野には特別仲の良い子は居なかったが、嫌われていた訳ではなかったらしい。

 仲良くなっても学校生活の中のみのことであって、放課後や休日に遊ぶ友達は余りいなかった。きっと、人付き合いが苦手タイプなのだ。

 廃墟に行った時は、偶々誘われて何となく出掛けたらしかった。


「里美は彼女の生徒手帳を預かったらしいんだ。 それを写メして送って来たんだよ」


 矢野が統合失調症を患った時。矢野の母親が生徒手帳を持って薮下に相談に来たのだそうだ。

 発症する前に薮下と廃病院に誘われた書かれていたからだ。


 母親にしてみたら、薮下たちが一番彼女と仲良く見えたのだろう。だから相談相手に選んだんだのかもしれない。

 正直言うと、薮下たち仲良しグループ内で薮下以外、誰も彼女の携帯番号やメアドレスも知らないような仲だったので困ったようだ。


 それでも、母親の気持ちは良く分かるので、自分たちも何か力になれるならと引き受けたらしかった。

 そして、手帳に狂った原因が書いてあるのなら、母親も納得してくれるかもしれないという事で中身を見てみた。


 だが、中身を見た一同は絶句してしまった。


『もう、始ってるよ』

『わたしを捜してる』

『どこに隠れても駄目』

『アレは影の中から見ている』

『…………』

『飲み込まれる……』

『見つかれば殺される』

『隠れなくちゃ』

『消えたくない消えたくない』


 そんな文言がズラズラと手帳に書き込まれている。最初は整った字体だったが徐々に乱れて行ったようだ。

 そして、生徒手帳の最後のページには『誰か助けて』とびっしり赤い文字で書かれていた。


『まだ終わってないよ』


 この一言が最後の裏表紙に書かれていた言葉だった。

 しかも、彼女の母親に言わせると、これは娘の字では無いと言われたらしい。


「ああ、彼女はきっと振り返ったんだよ」

「どういう事?」

「あの廃病院で伝えられている噂さ」

「どんな噂?」

「あの廃病院では、探索していると誰かに名前を呼ばれるんだってさ」

「でもそこで、呼ばれて振り向いたらアウト」

「アウトって…… どうなってしまうんだよ」

「そのままどこかへ連れていかれてしまうと言われているんだ」

「でも、彼女は連れ去られていないで帰ってきたろ?」

「身体は帰ってきたけど魂は盗られたじゃん」


 川崎はクスクスと笑いながら言った。彼はこの手の話が大好きなのだ。


「そこ行ってみね?」

「ちょっ!」

「そんな話聞いたばかりで普通行こうって発想にならんわい」

「いや、面白そうじゃんか」

「何、ビビってんだよ」

「やはり、怪談話で盛り上がった後で肝試しってのが、俺たち若者の正しい夏の過ごし方ですな」


 川崎が笑いながら話して来た。


「いやいやいや……渓流釣りに行こうよ……」


 怪談が苦手な敦は川崎に言った。そんなヘタレな敦を川崎と豊平はからかっていたのだ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る