第24話 ソアラとレヴィン

8月30日15時PM、家元の指示で絢香が店長を務める那覇新都心店にて店舗研修を受ける運びとなった。店舗までは絢香が使用している従業員用の仮眠部屋から歩いて15分で行ける距離らしい。しかし、絢香は車好きなため海岸線を少しドライブしてから出勤しようと言いだした。


今日は東京から占術の師匠(メンター)である佳子先生が沖縄へ帰ってくる予定らしい。家元とKAKOは佳子先生を迎えに那覇空港へと向かっている。

たぶん、お昼には合流してランチを食べながらミーティングをしているはずだ。佳子先生は僕よりも4歳年上なので今年の12月で39歳になる。最初は家元の奥さんかと思っていたのだけれどどうやら色々と面倒くさいので二人の関係性については質問しない方が身の為だとティンバからアドバイスを受けている。年上の女性に強い憧れを持つ僕は35歳になったばかりの今でも子供はいらないから佳子先生のような知的な女性と結婚したら毎日刺激的で楽しいだろう、と簡単に考えている。


ちょうどお昼を過ぎた頃に絢香はドライブに行こうと誘ってくれた。朝食が中途半端な時間になってしまったせいもあり、どうせならばドライブへ出てから外でランチを食べようということみたいだ。


絢香の愛車はトヨタのソアラ。ディーラーの知り合いから安く譲って貰ったらしい。しかしながら軽自動車が当たり前の沖縄県民からしたら充分に高級車であることは間違いない。僕は車には詳しくないのだが車好きの友人からは「アキラはやっぱりレビンだろ?」と言われることが多い。たまたまその時に、ドイツ出身の社会心理学者である『クルト・レヴィン』について研究していたので『レヴィン』というキーワードを持つ人物達とはシンクロニシティを感じていたのである。


絢香はソアラで海岸線を走りながらこの先には有名なタコス屋があるのだが、沖縄県民の口コミナンバーワンの沖縄ソバ屋とどちらが良いかと尋ねてきた。たまにはタコスも悪くないと思いながらも、朝食がトーストだったので、僕は沖縄ソバ屋がいいと告げた。絢香はドライブ中には音楽をかけるタイプではないようだしこちらから話しかけても上の空という感じだったので、僕はスマホを取り出し日記用のアカウントに溜め込んだ記事を読み返していた。

すると、脳内で曖昧になっていた記憶が蘇り、すぐさまインスピレーションを受けて、簡単に記事にまとめることにした。


ー琉球4日目・58号線ドライブ中の気づきー


時間とは本当に存在するものなのだろうか?


太古の人達は、星々を観察する中で、暦を考え出した。太陽が昇る方角を東と定め、移動しているように見える星と全く動かない星があることに気づき、春夏秋冬の自然の法則に逆らえないことを悟った。


数学者である『ピタゴラス』は、紀元前に幾つもの法則を発見した。そのうちに、人間の一生にもある一定の法則があるのではないかと仮定して、ピタゴラスは数秘術の理論を打ち立てた。


時間という概念も人間が作り上げたものだ。

宇宙の法則は数字で割り切れるものではない。だから4年に一度、閏年をつくって暦を調整している。


沖縄へ来て地平線が目線よりも高い位置にあることにすぐ気が付いた。地球はまるく出来ているのだ。


日本に朝がくれば真反対に位置する国は夜になる。

現代社会においてはこの当たり前に思えることすら認められなかった時代がある。コペルニクスが地動説を発見するまでは太陽が地球の周りを動いていたと信じられていた。


科学とは再現性の高さだと定義する。

誰がやっても同じような結果になることを科学だと定義するならば、仏教は科学なのだ。


仏教では量子力学の法則を読み解き、人が人と縁することで幸せにも不幸にもなると説いている。

すなわち、釈迦は思想が一番重要だと悟ったのだ。


時間という概念があるおかげで僕たちは遅れることなく会社へと向かうことができるし、集合的無意識があるおかげで平和に暮らすことができている。

しかしながら、自由を手にした人達にとって、時間という概念は果たして本当に必要だろうか?


人は一人では生きていけないのは当然のこととしても、人間が狩猟で生き延びてきた時代には、時間という概念はもっと曖昧なものだったに違いない。

そんなに毎回毎回、都合良く獲物が現れるとは限らない。例えば、12時PMに必ず昼飯が食べれる安定した職種ならばまだしも、いつお客さんが来るかわからない占い師やセラピストであるならば、空いた時間にさっと昼飯を食べることは当たり前だし、昼飯にありつけない日だってある。


人は農耕によって安定した暮らしを手にすることが可能になったらしいが面白いことにそのせいで穀物の奴隷になったと考える人もいる。


話しは変わり、小説家で短命の人が多いのは昼も夜も関係なく思いたった時にいつでも仕事ができるのが原因の一つらしい。しかも新人ならば原稿料が400字詰めの原稿用紙一枚で3500円から5000円という厳しい世界だ。本当に書くことが好きでなければとてもじゃないけれど生活していかれない。


しかしながら、僕は人間が作り上げた時間という概念から解き放たれたいのだ。野生の本能のまま行動し、そこで得た貴重な体験を小説にする。

大人と呼ばれる年齢になった現在、こんな夢物語をまともに聞いてくれる友人は音楽で生計を立てている幼馴染の元宮くらいだろうか。


人は簡単に小説家になりたいというが、果たして、

誰にも相手にされない失意の10年間に耐え切れるだけの覚悟はあるのだろうか?


幸いなことに僕がテーマと定めた占いには一定数のニーズがあるみたいだ。解る人にだけ届けばいい。


元宮、新城、僕は信じている。


何もなくて引きこもっていたあの頃、それでも僕の中にある無限の可能性を信じて励まし続けてくれた心の友よ。


現在は理解できないこともあるかもしれない。

けれども、生涯変わらぬ誓いを決して忘れてはいない。夢、叶うその時。例え逢えないほど遠くにいたとしても祈りの中で届けたい。ガムシャラに不器用に生きてきたこの人生にいっぺんの悔い無し、と。


ー琉球4日目・友に贈る詩(うた)ー


僕は気づきという名の詩を書き上げると、心の中に熱いものが込み上げてきた。絢香はカフェラテを片手にハンドルを握り車を走らせている。こうして出勤前に気づきを書き上げることは占術師としてとても大切な時間である。


「ブログ書いてたの?」

ふと絢香はミラー越しに尋ねてきた。


「ブログのような日記です。いちおう小説家を目指しているので気づいたことをネタ帳に書く習慣があるんですよ。」髪の毛をかきむしりながら返事をすると、絢香は「小説家目指してるの?」と意外そうなリアクションをしてみせた。僕はてっきり絢香には話していたように勘違いしていたがまだまだ話してないことがたくさんあったようだ。


「まぁ、小説家になるのは厳しいけれど占い師から小説家になった人は結構いるみたいだよねぇ。」


「えぇ。占い師って他人の人生をたくさん知ることができるじゃないですか。一般人がリアルな人付き合いの中で交流できる人数って限られてくると思うんです。占い師だったらお金払ってわざわざ向こうの方から足運んできてくれる。」


「あぁ、なるほどね!それに普通に悩みなく生きている人達の話し聞くよりは、よっぽど占い師の方が面白い話し聞けるしねぇ。」


「人はリアリティのあるフィクションを好むらしいので占い師としての経験は無駄にはならないと考えてます。例えこの協会が詐欺師集団だったとしても、小説家自体が詐欺師みたいなものだと思ってるので充分に考慮した上で占い師になりましたから。」僕は正直に言うと絢香は苦笑いを浮べた。


「まぁ、小説家が詐欺師というのはあくまでも適正の問題よね。普通ではあり得ない話しをもっともらしいことを言って信じ込ませるという点では新興宗教の教祖にも向いていると言われてるよねぇ。」

絢香は本当に博学の人らしく小説家の適正を見抜いているみたいだ。


「そうなんですよ。小説家の適正が他にあるとしたらその二つは間違いなくあるでしょうね。

でも、人が欲しがるコンテンツを作れること自体が価値を生むのであって、わざわざ、不幸自慢みたいな小説に価値があるとは思えない。その点では、家元は小説家になろうと思えばいつでもなれる素質持ってると思いますよ!まぁ、儲からないから絶対やらないだけだと思ってます。」


「家元が小説家かぁ〜。じゃあぶっちゃけ詐欺師だっていう可能性だってあるよね。」

絢香は冗談なのか本気なのか解らない発言をすると信号待ちで車を停車させている間、運転席から窓の外へと視線をなげかけた。


サイコパスというキーワードがネット上で流行っている。サイコパスは魅力的な外見を持ち話しが面白くて天才的な頭脳の持ち主だが、平気で嘘をついたり人を傷つけることにもなんの罪悪感も持たないという特徴を持つ。占い師の世界にはサイコパスがたくさんいると言われている。騙されるかもしれない、そんな危険ですら楽しめるような自分自身のことを馬鹿だと思う反面、少しだけ誇りに感じている。

ヤクザが怖くて警察官ができるか、というならば、詐欺師が怖くて小説家になんかなれるかという格言があっても良いだろうと思うのであった。



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新宿占術師アキラとレヴィン 橋本昂祈 @aki0827

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