エピローグ

 涙の別れを経て、累が現世に戻って数か月が経過した。

 けれどそこにあるのは変わらぬいつもの光景だ。


 「結~!元気だったか~!」

 「一昨日も会ったじゃない」

 「毎日会いたいんだ俺は~!会えない日があるとか耐えられない……」

 「生きてた時より今の方がずっと会ってるよ」


 累は錦鯉を十数匹連れて現世に戻り、それからは錦鯉を連れて行く事で鯉屋を往復をしていた。

 輪廻回廊が出入り口になっているのだが、出た先は街から徒歩で一時間ほど離れた場所だった。そこには大正時代を思わせる内装の小さな一戸建てが建っていて、なんでも黒曜が現世に来た時に使っているらしい。

 今日は結が累の金魚屋を訪れていてるのだが、これにはちゃんと目的があった。


 「いちゃつくの後にして納品数確認してよね!」

 「え~」


 ガンッと累の椅子を蹴飛ばしたのは飴屋の新菜だ。

 出目金を除去する装置の燃料となる飴をこうして持ってきてくれている。

 成分と製法を教えてくれと頼んだけれど頑として頷いてくれず、その謎は解明できないまま今に至る。

 結はぶつぶつ不満そうにしていたが、こうして納品にくる必要があれば結に会う理由にもなるので累は嬉しかった。


 「依都、神威。数えて」

 「はーい」

 「あんた自分で数えなさいよ。当主なのよ、依都は」

 「いいのいいの。結様との時間を満喫させないとこの後使い物にならなくなるから」


 依都と神威は宣言通り累に付いてきた。

 金魚屋の看板は任せられません、と依都は当主の仕事だと言い切った。今まで依都がやってきた金魚屋は他の人間に任せ、今はたまに顔を出しながら引継ぎをしている。

 神威は相変わらず依都にくっついていて、この二人は何も変らない。

 相変わらずだなあと結はクスクスと笑った。


 「そっちはどうだ?出目金片付いたのか?」

 「厳しい。思ってたよりあの世界広いんだよ」


 出目金の新規出現は無くなったものの、既に発生している出目金は手作業で消していく必要がある。

 だが神威のように戦える人間は少なく、破魔屋は思うほど戦力にならなかった。銃があるとはいえ、襲われたら怖い事に変わりはない。

 これは黒曜率いる破魔屋が引っ張ってくれると期待していたが、神威がいなくなったというのが想像していた以上に打撃が大きかった。

 それは戦闘能力ではなく『最強である神威が見切りをつけた頼りない組織だ』という見方をされる事が多く、協力してくれる人間が一気に減ったのだ。

 特に鉢は累と依都までもが神威と共に行ってしまったショックが大きく、新たなリーダーとなる人材が必要となっていた。

 いくら経済や経営を改革してもこればっかりはどうしようもなく、見込みのある人間がいれば片っ端からスカウトしている段階だ。


 「累は問題無いの、金魚屋」

 「ある。出目金て現世でも人間襲うんだよ」

 「え!?何それ。どうやって?」

 「なんつーか、こう、身体に入り込んで魂食うみたいな」

 「うげえ。それどうなるの?意識が戻らないとか?」

 「精神疾患になるみたいだな。人によるけど」

 「こっちの出目金問題精神版だね」

 「ほんとだよ。しかも生者は俺らの事も見えないからどうしようもないし」


 累は死んだわけではないから現世に戻れば普通の人間に戻るのだろうと思われていたが、どういうわけか誰の目にも映らないようだった。

 あちら生まれの依都と神威はそうなるだろうと予想していたが、これは予想外だった。

 結は、戻ったら大学に通って普通の生活もして欲しいと思っていただけにこれには相当落ち込んでいた。

 けれど累はこれからの時間を全て結のために使えるのが嬉しかったし、何よりも自分だけが年老いて先に死ぬことは無いのが嬉しかった。

 だから気にするなと言っても結は落ち込んだ顔をしていて、それ以来累は今が最高に幸せだと分からせるため、以前にも増して結にべったりになっていた。


 「そういやあれは?金魚屋に迷い込んで来る生者」

 「結の言う通り、金魚の未練の対象みたいだな。見つめ合ったかと思えば連れて帰る。何なんだろうなあれ」

 「未練の対象ねー……」


 金魚は未練を持った魂だ。

 それが鯉屋にやって来て鯉屋は輪廻転生を見送るわけだが、現世ではどういう物なのかは依都も知らなかった。金魚屋といっても金魚の生態に詳しいわけではない。

 累達は出目金の事しか考えていなかったのでそこに手を出すかどうするかはあまり考えておらず、一先ず出目金に食われないよう今まで通り水槽にいれている。

 放って多くと消えていくのでおそらく鯉屋に移ったのだろうと思われるが、ここはまだ解明できていない。

 結は金魚帖という物を作って金魚を管理し始めているが、あまり先は見えていない。

 黒曜には意味無いから止めろといわれたようだが、元大旦那の提案で続行となった。というのも、仕事を増やして鉢の人間の働き口にしてやろうという、累のやっていた方法を受け継いだようだった。今は一刻も早く全てを結に引継ぎ鯉屋を継いでもらおうと二人で頑張っている。


 するとその時、依都がぶんぶんと手を振って慌てた様子で走って来た。


 「累さーん!結様ー!来たよ!来た!」


 ガタッと二人は同時に立ち上がった。ぎゅっと手を繋ぎ深呼吸して、よし、と依都の方へと歩いて行く。

 あっちです、と依都は店を出て外へと連れ出した。すると、依都の指差した先には一組の男女が並んでいた。

 ぼうっと店を眺めていたけれど、累と結を見てひどく驚いたようだった。女性はがたがたと震えて膝から崩れ落ち、男性は慌てて抱きかかえた。

 累と結は顔を見合わせて二人に近づき、累は金魚屋の店長として手を差し伸べた。


 「ようこそ金魚屋へ。待ってたよ。父さん、母さん」

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金魚すくいは世界をすくう!~双子が廻る魂の世界~ 蒼衣ユイ @sahen

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