アリスの疑惑
(※ニコラ視点)
「すぅー……すぅー……」
ナギトが横になり始めると、しばらくして小さな寝息が聞こえてきた。
疲れが溜まっていたのかしら? アリスの膝枕が心地よかったからかしら?
それとも───我慢していたものが溜まっていつも寝られなかったから、とか。
「〜〜〜♪」
そんなナギトを見ながら頭を撫でつつ、アリスは笑顔を浮かべたまま鼻歌を歌っていた。
その鼻歌は流石シスターと言ったところなのか、とても綺麗に耳に響く。
……もしかしたら、ナギトが寝てしまったのは子守唄みたいな鼻歌が原因なのかもしれないわね。
(ほんと、静かだわ……)
目を閉じれば、枯葉の落ちていく音とアリスの鼻歌しか聞こえない。
だからこそ、自分の意識以外全てが消え去っていくような感覚を覚えてしまう。
心が洗われていくような、深い場所まで潜っていきたくなるような。
少なくとも、こんな感覚はフォーレンにいる時じゃ味わえないわ。
(……このまま眠ってしまいたい)
ナギトが聞いたら「風邪を引くからやめろ」って言いそうね。
そういう本人は寝ているのだけれど。まぁ、アリスおもてなしがフルコースですもの。
私でも流石に寝てしまうわ。
「ふふっ、ナギトの寝顔はいつ見ても可愛いですね」
鼻歌が聞こえなくなってしまったかと思えば、アリスが急にそんなことを言い始めた。
「いつも見てるじゃない」
「何回見ても、ナギトの寝顔は可愛いです。こういう時に年相応になるといいますか……普段はしっかりやさんの大人っぽいので」
「んー……まぁ、確かにそうね」
しっかり者で、面倒見がよくて、料理も家事も得意で、普段は牧師としてきちんとしていて……ナギトは本当に大人びている。
だけど今のナギトの顔は年相応に子供らしく可愛らしい。
こうして見ていると私達と同じ年齢なんだって感じさせられちゃう。
私は手を伸ばし、思わずナギトの頬に触れる。
すると「んぁ……?」っといったマヌケみたいな声が聞こえてきて、少し笑ってしまった。
「ふふっ、可愛い」
「そうでしょうそうでしょう! ナギトはとっても可愛いのです!」
まるで自分のもののようにドヤ顔を見せるアリス。
その顔も可愛らしくて、そのままアリスの頬を触ってやった。
アリスの頬はスベスベで柔らかくてもちもちで……なんか羨ましくなってきたわ。
「あ、あのー……ニコラ? 先程から私のほっぺばっかり触ってどうしたんですか?」
「羨ましいわー、この肌。何を食べて、どうケアをしたらこうなるのかしら……?」
「ふぇっ? ニコラの方がお肌スベスベですよ?」
「お世辞はいいわ」
「お世辞じゃないですよ!?」
嘘おっしゃい。
私よりも明らかにアリスの方がお肌スベスベじゃない。
「顔も可愛くて、お肌もスベスベで、人懐っこくて優しくて……あなた、フォーレンだけじゃなくてどこに行ってもモテモテになりそうね」
「ふぇっ!? そ、そそそそそそんなことありませんよ!?」
シスターを辞めてアイドルとして売り出したらかなり人気が出るんじゃないかしら?
……いけないわ、そのビジョンが浮かんできちゃった。
いや、でも実際にかなりアリ───いえ、ナギトが怒りそうだわ。
それに───
「わ、私は一人の男の子に好きになってもらうのにも精一杯ですのに……モテるだなんてあり得ないです」
「…………」
この子、本当に自己評価が低いものね。
こんなに可愛らしい容姿をしておいて、逆にそんな評価ができることに驚きだわ。
(あとは、一人の男の子……ね)
もし、昨日ナギトの言っていたことが正しいのであれば、ロイスという男のことを指しているのでしょう。
逢い引きしているのはその人に会いに行くため。
───アリスは、ロイスという男に好意を寄せている。
けど、逢い引きして朝帰りするような相手が、果たして好意を寄せていないものなのかしら?
朝帰りという表現には広義的な解釈はあるけれど、朝に帰るとなると少なくとも一夜は共にしている。
そんな相手が好きになってない? 好きになってもらえてない?
そんな話……本当にあるのかしら?
(正直、私はかなり疑わしいのよね……)
アリスとナギトを、私はよく見てきた。
やって来る度に二人のところに行ってきて、二人と遊んできて、見てきて、嫉妬して。
それで分かっているのは『二人が互いに好き合っている』ということ。
いわゆる両想いというやつ。
恐らく、二人を見てきた人なら誰しもそう思うんじゃないかしら?
───二人の距離感は、幼なじみと家族の範疇を超えている。
明らかに、誰よりも親密な関係のはず。
(だから、ロイスって男に会いに行ってるって勘違いだと思うのだけど……)
本当は別の用事があって、ロイスって男と見間違えた。
その可能性は大いにあるわ───まぁ、実際に見てしまったら話は変わってくるのでしょうけど。
「本当に、一人の男の子に好かれるだけでも大変なんですよ」
アリスがナギト頭をゆっくりと撫でていく。
その時浮かべていた表情には、言葉の重さを裏付けるような複雑な色が映っていた。
(……こんな顔をしている女の子が、ナギト以外の男を好きになるわけないじゃない)
アリスの顔を見た時、私の胸がチクリと傷んだ。
一緒の教会に住んでいる純真無垢なシスター、男の影すらなかったはずなのに最近朝帰りをするようになった 楓原 こうた【書籍6シリーズ発売中】 @hiiyo1012
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