ピクニック

 ピクニックに行くだけでおめかしをする必要はあるのか?

 そういう疑問は、もちろん口にしなかった。


 昔、父さんから聞いたことがあるのだが、女の子はいつでも美しくありたいのだという。

 俺からしてみれば、二人は別に着飾らなくても群を抜くほど美しい容姿をしているのだし、充分だと思っている。

 それでも、着飾るということは更に上を目指したいか……いや、よそう。


 これ以上深く考えなくても、彼女達が着飾って美しくなったことには変わりない。

 正直、男からしてみれば彼女達の着飾った姿を見られただけで満足なのだから。


「やっと着いたわー!」


 眼前に離れた場所まで広がっている大きな湖畔。

 水面は太陽によって煌びやかに輝いており、小鳥の囀りですら聞こえてくる。

 湖畔は澄み切っており遠くの木まで水面に映し出され、近くまでよれば小さな生き物が泳いでいる姿が見えた。


 そんな場所までやって来た俺達は、とりあえず近くの日向まで歩いた。

 道中、大きく背伸びをして気持ちよさそうな顔をしている二コラを見て思わず口元が緩んでしまう。


「冬に来ると、やはりいつもとは感じが違いますね」

「そうだなぁ……虫も多くないし、木は枯れてるし少し寂しい感じがあるが、それはそれで綺麗だって思ってしまう」


 これで雪でも積もっていれば話は変わっていたのかもしれない。

 この村で雪でも降ろうものなら、一面の雪景色が拝めるので別の美しさが味わえるだろう。

 まぁ、そうなれば湖も凍って遊べるぐらいにはなるのだが。


「それじゃ、シートを敷いてのんびりしましょ。着こんでるからそこまで寒くもないし、ちょうどいいわ。っていうわけで―――ナギト」

「はいはい、仰せのままにお嬢様」


 俺は持っていたシートを地面に敷く。

 ここに来るまで、シートや弁当は俺が持っていた。

 これも男だからだろう。女の子に持たせたくはないという謎の感情が湧き上がってしまうのは、仕方ないことだ。


 俺は持っていたシートを敷いて風で飛ばないように近くにあった大きめな石を拾って端に置く。

 すると、すぐさま二コラが座り、シスターが「ありがとうございます」と言って腰を下ろした。


「うーん……やっぱり、いつも見ていない景色を見るのは新鮮でいいわー」

「私達も、冬には滅多に来ないので新鮮ですよ!」

「そうなの? だったら、誘ってよかったわ」


 談笑を始める二人を見て、俺も腰を下ろす。


「ナギト、横になりますか?」

「あー……ちょっと疲れたから横になろうかな」


 シスターがゆっくり腰を下ろす俺を見てそんな提案をしてくれる。

 シートと大きめの弁当を持っていたぐらいでと思うかもしれないが、生憎と俺はそこまで力があるわけじゃない。

 猟師をしている人やロイスさんに比べたら非力もいいところ。

 湖畔までの長い道のりを歩いていれば、自然と横にもなって疲れを癒したくなってしまうのだ。


「では、ナギト! どうぞ、ですっ!」


 シスターが自分の膝の上をポンポンと叩く。

 これは自分の膝を使えということだろうか? せっかくおめかししている服なのに、そう思ってしまう。


(だが、シスターの膝の上で寝るのは気持ちがよさそうだなぁ)


 ちょっとした欲。

 惰眠か気遣いか。そんな揺れが、脳裏に浮かび上がる。

 しかし、途中までしっかりとせめぎ合っていた二つはやがて片方に揺らいでしまった。


「……んじゃ、お願い」

「はいっ!」


 結局誘惑に負けてしまった俺は厚意に甘えてシスターの膝に頭を乗せる。

 柔らかくてお日様の匂いがした。シスターに悪いかもしれないが、これは本当にいい枕だ。

 このまま目を瞑ってしまえば、自ずと微睡に誘われそうだ。


 そんなことを思っていると、ふと頭に手が置かれた。

 そして、そのままゆっくりと撫で始められる。


「あなた達の今の光景を見ていると、出会った時を思い出すわ」

「ふふっ、あの時も私が膝枕をしながらナギトの頭をなでなでしていましたよね」

「最後は俺が代わったけどなー」


 ふと、そんな話をしていると昔のことを思い出してしまう。

 あの時は冬じゃなくて春の時だった。絶好の昼寝日和で、これから寝ようとしている時に二コラが現れたのだ。


 懐かしい……今思えば、そこから俺達は二コラと仲良くなったものだ。


「今言うことじゃないかもしれないけど、私はあなた達と出会えてよかったわ」


 不意に、二コラがそんなことを言い始める。


「同年代の友達がいなくて一人寂しく過ごしていた私に、アリスとナギトはあなた達が持っている温かさをくれた。もしあの時出会わなかったら、きっと今みたいな私にはなれなかったでしょうね」


 確かに、二コラは俺達と出会わなかったら寂しい日々を送っていたのかもしれない。

 前に聞いた話ではあるが、同年代の人間と会うことがあっても結局は社交界の話で何かしら裏に繋がっている。


 全てを曝け出し、ありのままの自分で過ごせる相手……そんな友人はいなかったのだとか。

 俺達は平民で、策謀責任なんてものはない。だからこそ、二コラも気兼ねなく接することができるのだろう。


 友人になってくれたことに対する感謝とお礼。

 それを受けた俺達は———


「私も、二コラと出会えてよかったです! お洋服の話とか女の子の話とかいっぱいできましたし、一緒にいて楽しいですし!」

「だな、俺もシスター以外の同年代の人間と話せるのは楽しいんだ。感謝するなら、もちろん俺達もだ」


 感謝は受ける。

 それでも、俺達も感謝をしている方だ。

 改めて言うことではないかもしれないが、俺とシスターは二コラに向かってそう言った。


 すると、二コラは口元を綻ばせる。


「そう……そうね。本当に、あなた達と出会えてよかったわ」


 二コラが今どんな気持ちかは分からない。

 それでも―――


「これからもよろしくね、アリス……ナギト」


 決して悪いものではないのではないだろうか?

 彼女の表情を見て、そう思ってしまった。



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