「魔法使いの要件」
なによりもまずあなた自身に魔法の素養があるかどうかというところから話をはじめないことにはどうしようもないのだがこれが説明が簡単であるのにくらべて検査のほうは難しいったらないのは、なんといったって魔法使いとしての素質とはとにかく非常識であることに尽きるからで、たとえばわたしの師匠みたいなひとかどの魔法使いともなるとまず自分と他人の区別からして怪しいのでひとにものを教えるという行為がどういうものであるかいまいち理解できていないところがあり、そういう人物の下についていたのならどうしてわたしがこうして一通りの魔法が使えるようになれたのか、というかそれは自分で言っているだけで本当はまやかしなんじゃないのか、おいお前なんでもいいからその口を閉じて火でも何でも出してみろというような声が上がってくるのも当然かと思うがまあいったん置いておいてほしい、こうした説明のみならず現実の因果関係においてもそのあたりを置いておけるというのがいかにも魔法の成す業であり、というか置いておかざるを得なくしてしまうというのがいかにもわたしのような魔法使いの腕の見せどころであって、置いてあってもまあとりあえず話は聞こうじゃないかみたいな姿勢でいるのであればあなたに魔法使いの素質はからきしないとわたしは判断する──もちろん状況によりはするのだがとりあえずはそう思っておいていただくとしよう、知識がないのは仕方のないことかもしれないが感覚的にそれではいけないだろうと自分で気づいてもらわないことにはこの話だって意味がなくなってしまうじゃないか、魔法使いたるものおいそこに置いてあるそのそのあたりとかいうのはいったい何なんだそこにそこを置いておいてなんでお前なんぞの話を黙って聞いてられると思うんだと激怒しておきながらその怒りに自分で気づけないでもやもやしたままわたしの話を漫然とわかりもしないで聞き続けるくらいの姿勢でいてほしいものだがそういやあなたは魔法使いじゃないって、そういう文句が浮かんだのだとしたらやっぱりあなたに魔法の素養はないと考えてほぼ間違いないのはなぜかというと、魔法というのはとにかく時間をかけて勉強して覚えるだとか誰かに弟子入りして学ぶとか言語道断の概念なわけでそうなると魔法使いとかいう肩書きだってそうだとかそうじゃないとかなったとかまだなってないとかそういう判断の通用するものではないのだ、その名の通り魔法を使う者、使える者というのは間違いであえて詳しく言うのであれば使わざるを得ないとか使わないていることができない者が魔法使いなのでありじゃあ魔法というのは何かというとその明確な線引きはおろか根本的な定義から未だに解釈が分かれるのでとりあえず魔法使いのすることを一般に魔法と呼んでいるのが現状だ、こんな卵が先か鶏が先かみたいな議論にいちいちつきあっていては話が進まないのだがいちいちつきあってこそ魔法使いらしいというところという話もあり、しかしまああいにくこうやって魔法使いかも定かでないものに向かって魔法についての講釈を垂れようとしているこの開放的な精神のあり方からしてもう勘が良ければおわかりかと思うがわたしはあまり魔法使いらしい魔法使いではないが、とはいえここまでつきあってくれていれば概ね予想できることだろうがいかにも魔法使いでございといった魔法使いもそれはそれで魔法使いらしくはなくなってしまうわけでわたしの魔法使いらしさというのも案外捨てたものではないかもしれない──なんてったって魔法使いとしての素質とはとにかく非常識であることに尽きるので、わたしの師匠の兄弟子の五十三人の弟子のうち三十四番目の者は童話に出てくる伝説の面々もかくやというほどの素質を持つが彼女みたいなひとかどの魔法使いともなると地球上のあらゆるものは上から下にではなく下から上に落ちると思っていて自分の魔法の及ばないところでものの落ちているのやものの落ちていないのを見ては目を丸くして泡を吹くだろう、惜しむらくは彼女があまりにも優秀な魔法使いであるのでその自分の魔法の及ばないところというのをおそらくは目にしたこともないということだ──そうでなくてどうしてそんなに非常識でいられるだろう──偉大であることの秘訣とはとりもなおさず偉大であること、偉大であり続けることなのだからこうしてさっきからへりくだっているわたしがいかに魔法使いとしてとるにたらない存在であるかこれでわかってくれたかと思う、いや思いたくはないのだが、もしそうだとすればむしろとるにたらないこの目の前の魔法使いほど偉大な魔法使いもいないのではないかということに思い至ることはそう難しくはないとなるとじゃあやっぱり偉大な魔法使いが偉大なのでそうなるのには最初から偉大であって偉大であり続けることこそが肝要だということにしておくのがここでは魔法使いらしい物言いというものでありえるのは、なんといったって魔法使いとしての素質とは非常識であることに尽きるのであって、非常識であるということの第一の意味はこの話の中ではとにかく人の話をまともに聞かないということであって人の話というのは今わたしの話しかないのであるからその二転三転にあわせて非常識のあり方も二転三転してくるとそれはそれで魔法使いらしからぬ社交性というか世渡り上手な印象を受けて気にくわずたいへんけっこうなことだ、なんといっても魔法使いとしての素質とはとにかく非常識であることに尽きるのであって、たとえばわたしの師匠の兄弟子の五十三人いるうちの三十四番目の者がかくやと言われていた、この言い方合ってるか? とにかくかくやと言われていた伝説の面々のうち三番目に偉大な、人によっては四番目とか五番目とか意見が分かれるところだが三番より上に行くことはないのでまあ一位と二位のすぐ下はその者も含めた三、四人が同率で三位というのが実状だろうがとにかくその同率三位のうちのひとりみたいなひとかどの魔法使いともなると魔法使いとしての素質とはとにかく常識的であることに尽きるのだと周囲に吹聴して回っていたくらいなのだからこの魔法使いっぷりったらないのだがこうして結局その言説が浸透しないでここまで来ているのだからその周囲のここで言う魔法使いっぷり、つまり人の話がまともに聞けないと言う意味での非常識にこそ目を見張るものがあり、そういういかにもな魔法使いに囲まれて暮らしていた時点でこの伝説とかいう者の魔法使いっぷりもたかがしれていると言うこともできるのは、なんといったって魔法使いとしての素質とはとにかく非常識であることに尽きる、たとえばその魔法使いっぷりがさっき眉唾ではないかと疑われてしまった同率三位のうちひとりのその伝説の再来と言われたわたしのようなひとかどの魔法使いにもなると魔法なんか生まれてこの方使えた記憶もないのに当代一の魔法使いだとかいう称号を心底腹立たしく思いながらもそこは魔法使いゆえ自らの苛立ちにすら気づけないでなんとなく甘んじて受け入れているのだ、なんで気づいていないというくせにそのことを自ら語れるのかとかそのあたりについてはやっぱりひとまず置いておくこととしよう──そのあたりをこうした説明のみならず現実の因果関係においても置いておけるということこそいかにも魔法の成す業であり、というような説明はさっきもうしたから既に魔法使いの口から出る話としては成立しなくなっているのは、なんといったって魔法使いとしての素質とはとにかく非常識であることに尽きるので、たとえば童話に出てくる伝説の面々のうち同率三位のうちのひとり、どうやら眉唾でもないらしいその者の再来と言われているわたしを当代一と名高く祭り上げた人たちくらいの魔法使いともなるとまさしくその当代一という称号によって魔法使いとしてのわたしに見向きもしなくなったのは、なんといったって魔法使いとしての素質とはとにかく非常識であることに尽きるからで、こうして見向きもされずにいるわたしの話を延々聞いているあなたみたいなひとかどの魔法使いともなるとこのような要領を得ない話を聞いていられるのだからこのいかにもな魔法使いっぷりを見るにあなたの魔法使いとしての格もいかほどのものか怪しくなってくる。なんといったって魔法使いとしての素質とはとにかく非常識であることに尽きるのだ。
習作集 東風虎 @LMitP
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