第14話 真意

 俺とマリアはゴリ市長に助けられる形で馬車、いや地龍が引っ張ってくれているから竜車か? に乗り込んだ。


 おぉ、現代の椅子に勝るとも劣らないフカフカ具合。これは高級そうだ。


 ってそうじゃない。


「なんで俺たちを乗せるんだ?」


 あんなに俺たちを敵視しておきながら、ここぞと言うタイミングで俺たちを助けた。


 絶対に何か裏がある。俺は立ち上がり、ゴリ市長を睨みつけた。


「勘違いしないでほしいですな。あなたを敵視しているのはマリア殿の父上であり、私ではありません」


「……」


 ゴリ市長はあっさりと俺の睨みを受け流し、さらに、


「とはいえ、私が市民を制御しきれず、あなたに迷惑をかけたのは事実。申し訳ない」


 狭い車内の中で座りながら、上半身を九十度曲げて謝罪してきた。


「なっ」


 突然の謝罪に俺は度肝を抜かれ、そのままぺたりと座り込んだ。


 謝ってきた? この人は市長だろ? 偉い人だろ?


 何なんだよ。


「とはいえ、市民が恐怖しているのもまた事実。どうか許していただきたい」


「っ、わかりました! 顔をあげてください」


 くそ、なんか俺が悪いみたいじゃんか。


 怒っていたのが馬鹿馬鹿しくなってきた。


 ふと窓の外を見ると、エルシド市にきたときに通ってきた草原が見えた。


 竜車はそのまま門を抜け、俺たちを街の外に連れ出したようだ。


「ふぅ。これでやっと落ち着いて話ができますな」


 ため息をついてゴリ市長は顔を上げると、俺の目をまっすぐ見てきた。


「サワラギ殿が疑う気持ちはわかりますので、正直に説明しましょう。私があなたに手を貸すのは、勇者を止めていただきたいからです」


「……」


 やっぱりな、とも思いつつ、胡散臭いとも思った。


「勇者は魔王を倒すべく女神より加護を授かっています。その力は我々がどれだけ努力しても到達し得ない領域にある。よって、勇者を倒せるのは同じ勇者のみです。つまり━━━」


「理屈はわかる。けどよ、俺が断ったらどうするんだ?」


 俺は足を組んで挑発するように言った。


「俺がこの世界の嫌気がさして、前の勇者に協力するとは考えないのかよ」


「考えませんね」


 即答された。


「私はよく覚えていますよ。以前この世界に来た勇者があの組合で初めてグリモアを手にした時のことを。正直に申し上げると、あなたより体格が小さく、あなたより冴えない男でした。ですがその目はあなたより輝いていました。希望と喜びに満ちていました。それに引き換え、あなたは彼より人間として優れているのでしょうが、喜んでいる様子はあまりない。部屋に来て一眼で感じましたよ。以前の勇者とは別物だとね」


「……そうかよ」


 当たっているだけに何も言い返せない。


 大人だからか。それもと政治家としていろんな人間を見てきたのか。


 ま、どっちでもいいか。


 つーか髭をチョロチョロいじるんじゃねぇ。なんか見ててムカつく。


「聞いていただけますかな」


「正直断りたいな。大体、俺はあんたを信用できない」


「なるほど。では、私の胸の内を明かしましょう」


 髭をいじるのをやめ、ゴリ市長は座り直した。


「私はただ、エルシド市を外敵から守りたい。それだけです」


「はい?」


 シンプルな答えに俺は間抜けな返答をしてしまう。


「私は生まれ育った自分の街を愛しています。だからこそ市長になった。それ以上もそれ以下も望みません。自分の目的を果たすためなら、どのような手段でも使います。あなたを利用してでも、です」


「……」


 真っ直ぐに見つめられて、俺は視線を逸らした。


 この人は、ゴリ市長は本気だ。本気で言っている。ビリビリと肌で感じていた。


 俺が所属しているバスケ部の監督が生徒に指導するときがまさにこんな感じだった。ちゃんと生徒の目を見て、悪いところを指摘し、いいところを褒める。


 だからこそ、俺たちは全国に手が届くところまで来れたんだ。


「私の話は以上です。では、聞かせていただけますかな。あなたの胸の内を」


 あぁ、だめだ。


 俺はこの人に嘘はつけない。


「俺の望みは、元の世界に帰ることです」


「……なるほど。そうでしたか」


 ゴリ市長は腕を組んで考え込んだ。


「我らが女神はあらゆる奇跡を行使します。以前、文献で死者を蘇らせた記述を読みました。であれば、幸多さんを元の世界に戻すことだってできるはずです」


「確かに。ですが、女神に奇跡を起こしてもらうには世界が滅亡の危機に瀕するか、人々の祈りが必要でしょう」


 今まで黙っていたマリアが口を開くと、ゴリ市長と一緒に俺を見てきた。


 俺は大きく息を吸った。


 俺のとるべき道は二つ。


 世界を滅亡の危機に陥れるか。それとも人々に祈ってもらうか。


 前者を達成するなら、国を滅ぼそうとする勇者に協力するのが一番手っ取り早いだろう。 


 後者なら、逆に国を滅ぼそうとする勇者を止めるのが近道か。


 んなもん、決まってる。


「わかった。勇者を止める」


 この二者択一なら、前者を選ぶ。


 できるかどうかもわかんねぇし、正直、女神の思惑通りに動いているようで腹立たしくはある。


 それ以上に問題なのは、


「でも、俺の能力はかなりピーキーだぜ。勇者を止められるとは思えないんだが」


 最高の能力があっても、最低魔力行使量が多すぎるせいで使える魔法は強力なものばかり。加えて10回しか使えないとなると扱いづらい部類に入る。


「わかっておりますとも。そのために、竜車を走らせているのですから」


「市長、まさか」


「はい、そのまさかですマリア殿」


 二人が二人だけの会話をしている。おい、俺にも説明してくれよ。


「我々は現在、ハデス洞窟に向かっているのです」


 俺の内面を察してか、ゴリ市長が説明してくれた。


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