第13話 救いの手

 俺はエルシド市冒険者組合を抜けて街に戻った。


 相変わらずファンタジックな街並み。組合に入る前はゲームの世界みたいだと心が躍っていたのに、今は何も感じない。


 周りの風景には目も暮れず、俺はただひたすら街を歩いた。耳に飛び込んでくる喧騒には緊張感が漂っている。勇者が攻めてくるかもしれないんだから、当然だよな。


 けど俺には関係ない。知ったことじゃない。


 俺とは違う世界の人間だし。関係ないし。


「幸多さん!」


 後ろから声が聞こえてきた。


 振り返らなくてもわかる。マリアだ。


 俺は無視してどんどん歩を進めていった。


「あっ。ちょっと……」


 マリアの戸惑うような声。この人混みじゃ無理もないか。


 一方の俺はスイスイと進んでいける。俺が人を避けているのではなく、どちらかというと人が俺を避けている感じだ。


 俺はマリアを置き去りにするために足を進めたが、街の中心から離れれば離れるほど人も減っていく。やがてマリアは俺のすぐ後ろにきた。


「……」


 何も言わずについてくるマリア。俺も何も言わずにそのまま歩く。


 やがて街の外壁にたどり着いた。ここまでくると人気はほ全くと言っていいほどない。


 俺はこれ見よがしにため息をついて、振り返った。


「なんでついてくるんだ」


「……ごめんなさい」


 マリアは俺の質問には答えずにただ頭を下げた。


 そんなことをして欲しいわけじゃない。さらに怒りが湧き上がってくるが、下げられた頭を前にすると空気の抜けた風船のように怒りが萎んでいった。


「っ……なんでっ」


 なんで俺が異世界にこなきゃいけないんだ。


 俺じゃなくたってよかったはずだ。アニメみたいにもっと現実世界に不満があったり、不遇の扱いを受けていた奴がこの世界に来いよ。


 なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ。


 本当なら、俺は朝目を覚まして、午前中はダラダラして、午後は涼子とデートするはずだったのに。


 もう学校に通うことも、部活で汗をがなすことも、勉強することも。


 父さんや母さん、姉さんに会うことも。


 涼子に会うこともできない。


 暗い気持ちが胸から湧き上がり、吐き気と嗚咽が漏れそうになる。


「今ここに勇者が来なかったか!?」


「!」


 建物を挟んだ向こう。大通りの方から声がする。


 野太い声には緊張が滲んでいる。冒険者か。


「幸多さん、こっちです!」


 ぼんやりする俺の手を引いてマリアが人気のない建物の中に誘導し、物陰に隠れた。


「くそ、まだそう遠くへは行ってないはずだ!」


「なんとかしてグリモアを奪って無力化させるぞ!」


「おう!」


 ドタドタという足音が遠のいていく中、俺は懐にしまってあるグリモアをぎゅっと握りしめた。


 グリモアは魔法を使うために絶対に必要なものだ。


 つまり、これをなくしたら俺は終わりだ。


「街の外に出ましょう。すぐ近くにゲートがありますから」


「あ、あぁ」


 思考がまとまらないので、とりあえずマリアの言う通りにする。


 街は外壁に覆われていると聞いた。中を逃げ続けたとしてもいずれ見つかってしまう。


 俺とマリアはコソコソしながら門へと近づいた。


 だが、


「あっ」


 マリアの足が止まる。


 顔を上げれば、向こうに門が見える。その下には来た時と同じく門番がいた。


 その門番に、冒険者らしい男が何やら捲し立てているのである。


 ここで俺には関係ないと言い切るほど俺は馬鹿じゃない。このまま門を通ろうとすれば俺は止められる。


 まさに八方塞がり。逃げられない。


 心臓の鼓動が鼓膜にガンガン響く。汗で下着が背中にベッタリと張り付く感覚が気持ち悪い。


 そこへ、


「クェエエエエエエエエ!」


「うお!」


 けたたましい獣の吠え声がすぐ近くでして、俺は腰を抜かしそうになる。


 声の主はエルシド市に来る前に見た地龍だ。やけに豪華な飾り付けがされた荷車を引いている。


 それにしても間近で見るとマジで恐竜みたいだな。図鑑で見たやつそっくりだ。


 俺はささくれた心を一瞬忘れ、触りたいと不謹慎ながら思った。


「さ、乗ってください」


 荷車のドアが開いて現れたのは、冒険者組合にいたゴリ市長だった。


「行きましょう!」


「お、おう」


 俺は迷いのないマリアに導かれ、荷車に乗り込んだ。



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