第12話 女神の呪い

 物事にはお約束というものがある。周囲が望むような、毎回繰り返されるパターン、テンプレみたいなやつだ。


 ドリフターズでタライが落ちてきたり、主役が遅れてきたり、森崎くんがボールを取れなかったり。


 その例に漏れるなら、今クリスが驚いている理由は二つに一つだ。


 めちゃくちゃ強いかめちゃくちゃ弱いかのどっちかだ。


「クリス君、肝心の中身を読み上げ給え」


「は、はい」


 スゥ、と大きく息を吸うクリス。


 合わせて周りの冒険者たちの緊張感が高まったと俺にもわかった。


「体力、魔力ともに上限の9999。全属性への魔法適性があります。他にも、対毒スキルなどいくつか能力を保有しているようです」


 クリスの言葉に部屋中の人間がどよめく。


 やっぱりか、と納得しつつ俺は疑問符を浮かべた。


 俺をこの世界に拉致した女神は、呪いをプレゼントする、と言った。


 なのにとんでもないチートステータスをしているぞ。これはどういうことだ?


「やはり女神の加護があるのか」


「どうする? やるか?」


「バカ、今の俺たちが敵う相手じゃないだろ!?」


「けどよ、どうせこいつも」


 俺たちの敵になるんじゃねえのか? という言葉を最後に部屋がシーンと静まり返る。


 その時、俺はわかった気がした。


 この人たちは単純に怖いだけなんだ。


 考えてみれば当然かもしれない。異世界から来た人間は自分たちが努力しても到底及ばない実力を持っている。今までは勇者らしい振る舞いをしていたからよかったものの、前に来た勇者はいきなり国王を殺害して国を乗っ取ろうとしているんだ。


 でも、俺は国を乗っ取ることに興味はない。俺は元の世界に帰りたいだけだ。


 そのためにはあの女神の力が必要で。女神に力を貸してもらうには、人々の祈りが必要だ。


 つまり、今怯えている人たちの協力が不可欠なのだ。


「待ってくれ。俺はあんたたちの敵になるつもりはない」


「……ほんとかよ」


「知るか」


「でもよぉ、魔王を倒した勇者には俺たちだけじゃ対抗できないだろ」


「同じ世界から来てるんなら、勇者に協力するかもしれないぜ」


「……」


 向けられる疑いの目。キツい。これキツいわ。


 正直、心が折れそう。


「待ってください。幸多さんは━━━」


「あ」


 マリアの弁解を止めたのは、俺のグリモアに改めて目を通したクリスだった。


 いや、止める意図はなかったようだ。その目は驚きと後ろめたさに満ちている。


「何かな、クリス君。気になることがあるのなら遠慮なく伝えたまえ」


「え、ええっと」


 俺に対して遠慮がちな視線を向けながら、クリスは口を開いた。


「幸多さんのグリモアに、バッドステータスの記載がありました」


「?」


 バッドステータス? 毒とか混乱みたいなやつか?


「バッドステータスは持ち主にマイナスの作用を与えるスキルのことです。女神が遣わした勇者が持つなんて」


 疑問符を浮かべる俺にマリアが信じられないと言うふうに耳打ちする。


「して、その内容は?」


「はい。永続効果の最低魔力行使量と魔力回復阻害、です」


「??」


 最低魔力行使量? 魔力回復阻害? なんだそれ。聞いたことないぞ。

「その数値は?」


「最低魔力行使量は999━━━」


「はぁ!?」


 驚きの声をあげたのはマリアの親父だった。ゴリ市長も目を見開いている。


 途端にざわざわとする冒険者たち。対照的に、俺は疑問符を浮かべたままだ。


「マリア、最低魔力行使量ってなんだ?」


「最低魔力行使量は文字通り一度に放出できる魔力の最低値のことです。この値が高いと、低い魔力量の魔法が使えなくなるんです」


「そっか。……じゃあ、さっきの冒険者が使っていたファイヤーボールの魔力量はどのくらいなんだ?」


「ファイヤーボールの魔力値は10までです。それ以上の魔力を込めると別の魔法になってしまうんです」


「……なるほど」


 つまり、俺の最低魔力行使量は999だから、ファイヤーボールは使えないわけだ。


 いや不便すぎじゃね? なんだ999て。高すぎだろ。しかも俺の魔力値は9999なんだろ? じゃあ10回しか魔法使えねーじゃん。


「やはりこいつは危険な存在だ!」


 不貞腐れる俺に向けられたのは、マリアの親父の怒号だった。


「魔力999を消費する魔法など、神話の領域でしかない! それも世界に破滅をもたらすようなものばかりだ!」


 恐怖の色が滲み出ている声色と一緒に唾が飛んでいる。その様子がなぜかスローモーションに見えた。


「勇者と戦うだと!? そんなことになれば街は破滅される! お前のような役立たずは不要だ! 今すぐここから出ていけ!」


 シーン、と静まり返る部屋。


 だが、部屋の空気は音より雄弁だった。


 目の前から消えて欲しい。


 世界に破滅をもたらすような魔法しか使えない、役立たずの勇者なんか、いらない。


 でも、声に出したら何されるか怒り出して街を破壊されるかもしれないから、何も言わないでいやがる。


 無言の圧力が見えない壁となって俺を押しつぶそうとしてくる。


 反発するように俺の腹の中からムクムクと怒りが湧き上がる。


 なんだよ、ぞれ。


 いきなり異世界に呼び出しておいて、結局迷惑だから出て行けという。その態度に対する怒り。


 そして何より、何も言わないでいる目の前の連中に対する怒り。


 知っている。俺はこの無言の圧力を知っている。


 これがどれだけ人を傷つけるのかを。


「上等だよ」


 俺はクリスの手から自分のグリモアをひったくった。


「あっ!」


 クリスが悲鳴をあげる。


 そりゃそうだよな。いくら強力な能力があってもグリモアがなけりゃ魔法が使えない。俺を無力化したいならグリモアを奪うのが一番手っ取り早い。


「待て、サワラギ殿。早まるな」


「勘違いすんな。暴れるつもりはない」


 俺はゴリ市長に答えつつグリモアをマントにしまって、全員に向けて言い放った。


「言われた通り、俺はこの街を出て行く。それで文句ないだろう」


 勇者の使命とか、前の勇者とか、この街がどうなるとか、もう知ったことか。これ以上このゴミみたいな空間にいたくないかった。


「じゃあな」


 俺はチンピラみたいな捨て台詞を吐いて、部屋を後にした。

 



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